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第02章――帰着脳幹編

Phase 174:若者必死

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《キャンサー・キャンサー》モーティマー謹製のマグネティックアーツ。特定の機序を繰り返すように設定することで、要求演算領域とその他の消費を抑えつつ、最大の破壊力を継続する攻防一体の奥義。ただし、攻撃は大味になるうえ、防御は創作者個人だけに集中し、仲間の援護などは実質不可能となる。










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 マイラが突き出す杖から、稲光の猛禽もうきんが飛び立つ。あらゆる追従を許さない速度で敵へ向かい、屈んだ雷雲の竜巻が見せつける洞穴を潜っていく。
 洞穴の奥にいるモーティマーは白目を向いて、竜巻の内側を引っ掻きながら迫る鮮烈な光を瞳に焼き付けた。
 竜巻の奥で猛禽が獲物に到達したことを物語る激しい雷鳴が響き渡ると、猛禽が飛び込んだ洞穴の入り口であり、竜巻の頂に開く台風の目から、涙にしては盛大でまぶしい放電が噴出する。
 見る者の網膜に焼き付くような光が沈静して視界が晴れてきた。マイラは、竜巻の目を覗き込み、その奥にて暗雲の渦をかにノ爪でもって下げた敵を見出し、息を飲んだ。
 モーティマーは蟹ノ爪を振るって自分を守った暗雲の渦を退け霧散させる。

「台風の目を射抜けば当たると思ったか?」

 雷雲の竜巻の中にこもるモーティマーは、かたわらで霧散する暗雲を蟹ノ爪で絡め集約する。
綿飴わたあめほど簡単な手順で塊をなす雷雲は、モーティマーに蟹ノ爪を突っ込まれ、中心から雷撃を放った。蛇行する閃光は瞬く間に枝分かれして、広範な領域を占領し、出鱈目でたらめな飽和攻撃となってマイラを襲う。彼女を守る稲光の網目は幾度となく敵の雷撃を受け止めたが、やがて張り詰めた弦が切れるように爆ぜて火花を飛ばし、崩れて消えた。
 生身となったマイラは、杖を筆の代わりに振りかざし、杖頭である猫の髑髏どくろを包む星雲が絵具となって空間に塗り広げられる。星雲は接触を試みる雷撃を浴びて内部から火花を作り、その度に薄くなるが、マイラが背中を向けて逃げていく猶予を作った。
 逃がさんぞ! とモーティマーが言う前に雷雲の竜巻は前進する。その途中で頂上の目を天に向け、触れるものを皆傷つける。
 マイラは振り返ってその様子を一瞥いちべつすると、微苦笑をこぼす。

「なるほど……内部はあまり晒したくないみたいだねッ」

――内側の構造を見る限り、表面ほどは活動が見られなかった。

 彼女が思い出すのは、自身の攻撃が敵に迫る最中に目撃した竜巻の内壁の様子。濃淡が対流の木目を構成していたが、稲光の猛禽が生み出す雷撃が触れた個所は、雨を受ける水面の波紋のごとく、新しい渦を作っていた。

――あれだけ刺激応答が高いってことは、もう少し近づけたらロジックアーツで内壁から浸食して破壊できる、かもしれない。

「そう思っているだろうが、簡単にはさせんぞッ」

 と告げるモーティマーは蟹ノ爪を突き出す。
 竜巻が放つ極細の稲光がマイラの全身を撫でまわす。その度に彼女は険しい顔をして、触れられた箇所を手で押さえた。

「やっぱり、皮膜がないときついか!」

 走りながらもマイラは上手に手中で杖を一回転し、猫の髑髏が吐き出す星雲を掴んで、前方へ投じた。

「〈アブセス・オン=サークレット〉」

 ささやきを贈られた星雲は投網とあみのように薄く広がって内部に稲光の網目を構築すると、マイラが飛び込んだ。稲光を内包する星雲はうやうやしく羽織られる外套がいとうのように彼女の身体を包み込み、色彩も完全に消失して、残ったのは空間を漂う稲光に反応して姿を見せる光の網目だけとなる。マイラは自身に猫の髑髏を近づける。彫刻の頭頂部を暴いて晒した作り物の脳を軽く胸に押し付けた。すると、猫の顎下から発生する星雲が彼女に引き寄せられていく。星屑の輪郭が濃さを増し、走る速度も上がっていき、迫る竜巻が放散する稲光の食指から脱した。
 逃げる気かッ、と察したモーティマーがうなりにも似た口調を発し、突き出す蟹ノ爪を持つ手を捻る。すると、キャンサーキャンサーの内径が広がった。跨いでいた暗雲が形を変え、着地したモーティマーが地面を蹴って走り出す。彼の手足の関節などから発生した太い稲光が、竜巻内部の木目模様に接触し、渦を生み、竜巻自体が、まるで押し出されるようにして突き進む。モーティマーが蟹爪の杖でゆっくりと素振りを始める。先端の角度を変える杖に合わせて竜巻は曲がって横なぎに回転し、木々を傷つけた。
 マイラは脱兎の如く飛び跳ねて、雷雲の首振りから逃れると、体を保護する稲光の網目に木の葉や木片を浴びる。
 まだまだ! などと吠えるモーティーマーは蟹爪に巻き付く雷雲に手を突っ込み、内部に生み出される稲光をもてあそんで、それを内壁へ押し付けた。

「〈バーナクル・キープ〉ッツ!」

 内壁が急速に逆巻いて雷雲の塊を上へと押し流してしまう。撹拌かくはんされたコーヒーに渦巻きを描くミルクを、色味を悪くして再現した光景は、内壁に螺旋らせんを描いてしま模様を強める。雷雲の竜巻は光の明滅を激しくさせ、次の瞬間、奔流ほんりゅうが形作る胴体から閃光の枝を無分別に広げる。太い雷の枝がマイラの背中に迫る。彼女に直接触れなかったが、身代わりとして受け止めた稲光の網が衝突に際して火花をほとばしらせる。そして衝撃がマイラを転倒させた。しかし、即座に手をついて立ち上がる。それを許さないつもりか、雷の枝が槍衾やりぶすまとなって襲い、マイラが譲った地面を穿うがって砂利を飛ばす。捻じれる暗雲の竜巻から振り回されるように発生する雷はしばし荒ぶると、木々の枝葉を薙ぎ払い樹皮を焦がして火をつける。
 小さな火の粉が舞うのを目にしたマイラは一瞬振り返った。

「捕まえたいのか殺したいのかどっちなんだっての!」

 マイラは片手で杖を支えて告げる。

「〈スクレラ・マター〉」

 猫の髑髏を包んでいた星雲が自転をはじめ球体の形状を顕著けんちょにし、色を濃くする。やがて内部から放たれた雷撃の格子で球体を作って拡大すると、中心にあった自転する星雲も膨張し、雷撃の格子とマイラを飲み込み、襲い来る雷の枝振りに関しては退けてしまう。
 モーティマーは顎を上げ、耳を立てるように左右へと目配せする。

「なんだこの感触……。なるほど、ディフェンスアーツだな! ほほう……攻撃強度の低い技とはいえ、創造者である俺でさえ手に余るバーナクル・キープを防ぎきるとは。そのまま逃げるつもり……いや、止まっている。まさか、キャンサーキャンサーに飲み込ませるつもりか?」

 星雲の球体は色を一部薄めて中にいたマイラの姿を覗かせる。ただし、完全に消えることはなく、内部の稲光の格子も加えた二重構造によって、彼女をかくまった。

「このままぶつかってくれれば、私が竜巻の内部に入って直接対決に持ち込める、かもしれないけど」

 と考えをまとめるマイラは厳しさに寄った苦笑いになる。
 得意気な笑みを作るモーティマーは。

「直接対決がお望みならば、こちらも応じる用意はあるぞ。ただし、その場合……」

 意図せずマイラが話を受け続く。

「多分、構造の強度的に、こっちのプロテクトがキャンサーキャンサーに削り飛ばされて、向こうのプロテクトだけが残って、完全防備のおっさんVS私服の乙女って構図になる。私の不利が顕著になって即ゲームオーバー。なら、ここは」

「〈アラクノ・ゲイト〉」

 マイラが地面に振りかざした杖から放たれる星雲の塊は、地面に接触して弾けると、雷撃を蜘蛛くも状に広げて、星雲の球体内の底部を占領した。そして、星雲の外に端々が飛び出し、雷撃の脚となって、走り出すマイラに合わせて地面を蹴り、胴体である星雲の球体を運んだ。
 星雲の球体に触れる雷の枝は、しかし、火花を作るだけで、決定打とはならない。
 モーティマーも走るが、下半身を覆う暗雲の作用か、竜巻と関節の各所を結ぶ稲光の作用か、跳躍のリズムはゆっくりで、月面歩行を思わせる。

「防御に徹したか。判断が早い。戦闘慣れしていない、という俺の判断は間違いか? まあ、だとしても悠長に構えるつもりはない。短期決戦で片を付ける。そうじゃないと……」

「早く援軍を連れてきてミゲルッ」

 とマイラは懇願した。






「早く! 来てくれ! さもないと俺たちの勝利の女神が2人ともやられちまうぞ!」

 そう断じるミゲルが引き連れてきたのは、擲弾筒てきだんとうを担ぐ自警軍の仲間。総勢6人で一人乗りも相乗りも含めてバイク2台バギー2台。先陣を切るミゲルの背中にも小銃のほかにTRPGという擲弾筒が負わされていた。
 緊張を顔に張り付けた彼らがやってきたのは、裂けて倒れた木。抉れた箇所から上は中心から裂けて、下から生える幹の半分が直立し、上に続く歪曲した半分の幹を考慮すれば小文字の『r』が見えてこないこともない。
 ここで合ってるんだよな? と仲間の1人がたずねる。ミゲルは。倒木を指さし。

「ここ以外に小文字の『r』に見える場所があるか? あるんなら、そっちを切り倒してここだけにすれば俺たちが正義だ」

 切迫した表情で言うから冗談か本気か分からない。
 すると、仲間の1人が森の奥を指差し、イサクだ! と告げる。
 さっきミゲルと別れた位置からおおよそ東に移動していた。どうやら途中でUターンしたらしく、彼らに近づく。
 ミゲルはバイクのアクセルをふかし。

「皆はここで待機してくれ! 何かあったら! 拳銃で合図を送る! 何もなくても敵に撃つかもしれないが、判断は任せる。けど移動はできる限りしないでくれ!」

 と言って走り出した。
 どうする? と仲間たちは遠くで吹き上がる粉塵にも目が行く。それはウォールマッシャーと仲間の自警軍の戦いを物語っていた。すると1人が。

「部隊長にも言われただろ。あのダインなんちゃら虫だって危険に他ならないんだ。それに、イサクの提案だからな」

「そうだなミゲルじゃなかったな」

「そうミゲルじゃない」

 などと特定の仲間が作戦の立案者ことが彼らを団結させる一助となった。
 そんな仲間の信頼に応えようとするミゲルは、相手が向かってくると踏んで左に逸れ、すぐにイサクと合流した。
 連れてきたか!? と開口一番にイサクが尋ねる。
 ミゲルは口角を吊り上げ、走行中なのを度外視して、親指で大雑把に3時の方向を指さす。

「ああ、あそこをご覧ください! 俺を信じた仲間がつどってくれた!」

 イサクはほんの一瞬振返り、そして、倒木にいる仲間の影を視認する。
 でかした! と言われてミゲルはますます得意気な顔になり。

「お前にめられるとはな! ソーニャにセマフォで録音してもらえばよかった。なあ、ソー……にゃ、さんは? あのお嬢さんはどこに行ったんだ? 逃げられたのか? やったな! これで心置きなく……」

 一瞬期待したミゲルは仲間の険しい横顔に表情を失う。そしてサイドミラーで、背後から迫る巨体の異質な頭部を目にして。

「まさか……もしや、ソーニャは……」

「ああ、そのまさかだ!」

 ダインスレイブは花のように口を開き、そして、黄身色の触手と絶叫を惜しげもなく披露する。
 ミゲルはサイドミラーでほんの一部分を見ただけで青ざめ、そして、ちらちらと映る異質なものに眉をかしげた。甲高い吠え声に混ざって、それとは違う喚き声が奏でられる。思い出されるのは、幼少期のころ、近所の少女が庭先で父親に文字通り振り回される光景だ。小さな子供にとってその行為は遊びの一環。恐ろしくもあり同時に興奮を誘う絶叫アトラクションでもある。思わず出るのは嬉しくも怖い複雑な歓喜の声だった。
 今聞こえるのはそれに似たもので、当人の喜びはひしひしと伝わるのに、聞いている方は、状況が状況なだけに乾いた感情を呼び起こされる。
 進路上が開けたところでミゲルが振り返ると。

「ソーニャァアアアッ!」

 よく存じ上げた少女が宙を舞っている光景にミゲルは眼を見開き、名を森中にとどろかせた。









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