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第02章――帰着脳幹編

Phase 166:記憶を注ぐ女

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《トータルポーン》次世代マグネティックアーツ代行機構のプロトタイプ。ミッドヒルのみならず、マグネティックアーツ研究を盛んにする学術機関や自治体などで開発が進められている。今現在開発が進む第一世代のコンセプトは、すでに発動されたマグネティックアーツの構造を支持することであり、いわばマグネティストの仕事の効率化と負担軽減である。ゆくゆくは、機材一つでアーツの発動から運用までを完結させることを目的としている。特にチカトーバット州が、この技術の先頭を行っている。












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 トータル・ポーンと呼ばれる装置が開示した中身は、フランチェスカや若いマグネティストに一歩引かせる異質さを放っていた。しかし、マイラは平然と歩み寄っておびただしい配線に囲まれた椅子の奥から、ぶら下がっていた輪っかを引っ張り出した。それは、内径に並ぶ突起それぞれの先端に吸盤を備えており、一方で輪っかの外径から生える数えるのがわずらわしいほどのケーブルは、円柱の奥へと接続していた。
 はたから見ていた自警軍の隊員が若いマグネティストに詰め寄り、あれって大丈夫なのか? と小声で聞く。
 若いマグネティストは半笑いで。

「どうだろうな。昔ニュースで、頭を良くするために市販の経頭蓋磁気刺激装置で脳みそが燃えた事件を見たことがある。もし今回彼女の頭で脳みそが沸騰ふっとうでもして吹っ飛んだら。あの元気なお嬢ちゃんが泣くんじゃないのか?」

 すでに輪っかに後ろがみを通して額の位置に装着していたマイラは言う。

「言ったでしょ。起動する手伝いをしたって。安心して。電子レンジと違って、これに物を熱する機能はないから……。周波数を上げない限り。このヘッドギアで私の頭にあるメスメル野めすめるやを解析して起動したいアーツのルーチンを計測し、機械に収めた調整グレーボックスにおぼえこませるの。今回は上に展開してるあの防御アーツを設定するよ。ついさっき私も関与して構築し直したアーツだから、機序記憶も色濃く残ってる。読み込みもうまくいく、はず」

 そう言ってマイラは上に広がる星雲の薄膜を指さしてから、トータル・ポーンの中から飛び出す座席に腰掛ける。
 トータルポールに接続しているC3PCを台車で移動させたフランチェスカは、円柱の画面を覗きつつ説明する。

「使用した経験のある本人が言うので大丈夫ですよ。もとから装置の安全設備も整っていますし。事前の試験で人への影響は睡眠障害と軽いめまい、あと抜け毛に貧血、一過性の意識障害。それと、便秘軟便……」

 やっぱり止めた方がいいって、と傍観者2人は中止を進言する。
 マイラも着座しておきながら、軽く渋面してしまう。
 フランチェスカは。

「大丈夫ですって。全部の副作用が出たことはないですし。もしも、誤作動が生じれば機械が自動で停止します。そうならないなら、私やマイラさんが手動で停止します」

 機械の外側にあるアクリルボックスの中と内部の座席の下には『BREAKER』と刻印された赤いグリップのついたレバーがあった。

「試さなければ有効活用できませんし、みんなの役にも立てない」

「つまり、私はていのいいモルモットってことか……」

 でも人権は保障しますよ? とフランチェスカは告げてから周囲に呼びかける。

「それじゃあ、関係ない人はさがっていてくださーい!」

 すでに良識ある人間は装置から離れていたので、心おきなくフランチェスカはマイラに通知する。

「それじゃあサンプリング始めますよ?」

「お願いします!」

 目をつむったマイラは肘掛に腕を乗せ、座面に体重を預けた。
 フランチェスカはキーボードの十字キーを使って項目を動かし。『CORRECT』の緑色の文字が並ぶらんの一番下で、『起動』の漢字2文字を乗せた黄色い表示が縁色の燐光で強調されるとエンターをタップする。
 円柱の頂に備わる球体の左右でアンテナが回転を速め、火花が飛び散る。
 フランチェスカはトータル・ポーンの円柱にある窓ガラスを覗き込んだ。内部に見えるのは、マイラの頭上に位置する水槽で、中では蛍光色の溶液が滞留し、浮遊していた発光する粒子が互いに火花で結ばれて、稲光の網目が形成される。
 C3PCのモニターで波形を確認したフランチェスカは。

「ピクシーパウダーもにごりはない。パルスの圧力も触媒の反応も問題ないようですね。それじゃあ、このまま散布ユニットも予備起動させておきましょう」

 そう言って、トータル・ポーンのキーボードに舞い戻ったフランチェスカ。
 そこへ、ダムの建屋から出てきた新手のマグネティストが駆け寄ってくる。

「製粉機のほうがあと少しでゾンビロッドの調整を終わらせるんだけど、終わったら取り出してもいいかな? こっちも予備のロッドの調子を確認したいんだけど」

「製粉機……ああ、カルドロンですか? そうですねぇ……少し待ってもらえませんか」

 フランチェスカの回答にマグネティストは、分かった、と言ってマイラを一瞥いちべつした。

「確かに、自分の一部を他人に触らせたくないよなぁ。なら、もう少し待つか」

 トータルポールの画面では、荒い画素によって、同心円を構成する幾何学構造が何段も描画される。それらは、直線的な雷にも思える線で連結を始め、実用性はないが規則的な蜘蛛の巣を描く。
 フランチェスカはキーボードを操作しつつ。

「構成アーツは、このサブルーチンを参照っと……。全体支持論理、それと誇大論理、変形型、変数採用……OK。強度は固定にしておきますか? それとも自由度を持たせますか? 安定するのは前者ですが」
 
 フランチェスカに問われた若いマグネティストは首肯しゅこうする。

「ああ、さっきの戦いで十分有効な形状とフィルタリング機能は整えたつもりだ。なら持続力が欲しい。この人員と守備範囲をかんがみるに、急なアドリブにも個人の技能で対応できるし」

「了解です。では、強度の最低値は70にしておきます」

 円柱はアンテナの回転を速める。無関係ではないが門外漢の隊員は表情がこわばる。
 若いマグネティストはだんだん楽し気な顔になりつつフランチェスカに語り掛ける。

「本当に大丈夫なのかぁ? 彼女も全然反応しないし。この前見たドラマで人の意識が機械に閉じ込められる話があったけど……」

 黙っててください、の一言で片付けるフランチェスカはキーボードの入力と画面に集中した。
 新手のマグネティストは若い同輩の首根っこを掴み、ほらもう必要ないから邪魔しない、と言って連行していく。
人1人分現場が静かになると、トータル・ポールの頂上にて、アンテナの間の球形の構造がアンテナの付け根を置き去りにする形で真ん中から開いて上半分を持ち上げ、複数の穴が開いた構造が現れる。一見すると円筒形の蜂の巣にも見える全方位に向かって穿たれた穴から、煙のように粒子が散布された。
 フランチェスカが注目する間にも煙の色は緑に発光し、やがて黄色から赤に変わる。

「よし、アーツロジックの構築確認。これで準備完了です」

 口頭で確認したフランチェスカは最後にコンソールの操作をして、座席へと駆け付ける。

「さあマイラさん。すべて完了しました。起きてくださいねぇ」

 従うマイラは険しい表情を浮かべて、背凭せもたれから身を持ち上げ、額に手を添えた。重いまぶたの裏で眼球がしきりに動く。

「なんだかこの前の時よりも、頭が重く感じる……」

 それは難儀ですねぇ、と言ってフランチェスカが白衣の裏から取り出したのは手に余るほど大きなペン。揃えた両手で握っても、手からはみ出すほど長く、人の親指より太い。ノックする場所には、正面から見るとハート型に見えるボンネンットを被るカートゥーン調のネズミが狡賢ずるがしこい笑みを作っている。
 難しい顔をするマイラはより強く瞼を閉じ、何かわずらわしいものを払い除けるように首を振る。
 フランチェスカは、マイラの顔の前で、持っていたペンを使い、点を描くような、あるいは見えない膜を突く仕草をした。するとマイラの顔に近づいたペン先から、火花と薄紅色の煙が広がる。色の薄い雷雲めいた現象はすぐに消えてなくなった。
 まばたきをするマイラの目が開き切らないうちに、彼女の頭からフランチェスカが電極の冠を外した。

「お加減はどうですか? 吐きそうだとか? 目眩めまいがするとか? 幻聴や幻覚、あるいは色の認識について問題ありませんか? 昨日食べたものは覚えてますか?」

 近づく2人のマグネティストを含めて周りが注目する中、マイラは言った。

「ええっとぉ……私はだれですか?」

 それを聞いて、その場の誰もが表情を失う。
 するとマイラは目を丸くして、慌てたように笑って。

「冗談冗談! 大丈夫。私はマイラ。あなたはフランチェスカでしょ」

 事実が判明し、フランチェスカは勿論、他の人々も安堵した。
 マイラは。

「ごめんごめん。出会って日の浅い人間にする冗談じゃなかったね。この機械を使うと感覚がおかしくなって、変にテンションが上がっちゃうんだよ」

 それを聞いて、若いマグネティストは。

「大丈夫かよ? なんか、本気で言ってる気配がしたけど。今すぐ脳の検査とかしたほうがいいんじゃないのか?」

「大丈夫だってデイビット……」

「俺……ケビン……」

 起き上がろうとしたマイラは表情が凍り付き、再び座面に腰を下ろす。
 フランチェスカは着座したマイラの頭上にペン先で円を描く。すると、インクの代わりに出た薄紅色の粒子が円環のオーロラを形成した。ゆっくりと波打つ光の帯から滴り落ちる光が、頭を動かさないマイラに降り注ぐ。オーロラは微細な濃淡で幅を変え、それを観察するフランチェスカのマスクの奥でも、薄紅色の光が揺らいでいた。

「どうでしょうね。アウロラビジョンを見る限り、脳に異常は見当たりませんが……。最後にコンソールで見たシグナルの結果も普通でしたし」
 
 ペン先で小突かれたオーロラは破れたシャボン玉のように一瞬で消失した。消える過程で燃焼反応を思わせる火花が生まれると、遠巻きに見ていた隊員たちが首を引っ込め、しかし近くにいたマグネティストは動じず、平然とするマイラも肘掛を掴んで立ち上がる。

「まあ……副作用が出るとしても、それが顕著になるのはもう少ししてからのはずだし。それよりも、私の杖、そろそろととのったんじゃない?」

 それでしたら、とフランチェスカは建屋のほうを向く。



「完了してたけど、出さなかったよ」

 と部屋にいたマグネティストはピクシーパウダーを扱う装置の前で述べる。
 あのブルームと呼ばれるSmが活動する水槽カルドロンを示されたマイラは、ありがとう、と謝辞を述べる。
 タブレットを操作するフランチェスカが、開きます、と告げればカルドロンは扉を開き、真っ先に甲高い音を発して空気を出す。
 アームに差し出された杖は主であるマイラの手で掴み出され、パピルスを彫刻した栓を尾部に締めてもらう。すると、猫の髑髏どくろ意匠いしょうがアイシャドウを施した瞳の中心に光を宿した。
 マイラは杖を手中で回転させ、もう一方の手のひらに杖頭を乗せ、赤子をあやすようなそぶりで杖を傾けた。やがて、猫の髑髏を仰向けにして、ささやきかける。

「眠れる子メレスアンク……」

 すると、猫の頭蓋骨の上顎から玉虫色の粒子があふれ出す。それは顎の下では濃い色を呈するが、主の手から腕へ遡るにつれて薄くなって、表面に繊細な火花を作る。
 どうです? とフランチェスカはタブレットを操作しつつ伺った。
 マイラはこころようなずく。

「大丈夫。杖の重心も変わってないし、パウダーとの反応も自然な感じ……本当にありがとう」

 いえいえ、と感謝に恐縮の態度を見せたフランチェスカ。
 これなら、とマイラは呟き、きびすを返した途端部屋を飛び出した。
 どこ行くの? と順番を待っていたマグネティストは尋ねるが答えはなく、空になったチェンバーに杖を収める。
ドーリア式の柱を細く引き延ばした柄に糸車を乗せたような見た目の杖をアームが受け取り、マイラの杖が受けた作業に突入する。 
 それを確認したフランチェスカはタブレットを操作しつつ。

「おそらく、家族のもと、かと……」

 外に出たマイラは、ゲート付近に並ぶ車両の一つに駆け寄ると、よく知る人物がちょうど一団を伴って入ってきた。









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