絶命必死なポリフェニズム ――Welcome to Xanaduca――

屑歯九十九

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第02章――帰着脳幹編

Phase 160:敵を連れた少女

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《スロウスナイフ》スロウスに装備させたナイフ。大口径用弾帯に収めており、種類も用途も違う既製品のナイフで揃えている。戦いの中失われると、ソーニャの指示で、スロウス自ら装備していた鉈で鉄の廃材を削り出して作った粗悪品で補充することもある。その切れ味は、一応肉は削げる程度、でしかないが、材料費も安いし、使い捨てに懸念がない。











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 今まで爬行はこうによって隠されていたムカデらしい胴体が現れる。人の感性でいえば、それは下肢に相当する器官だ。
 ウォールマッシャーが首を垂れると、持ち上げられた蟷螂カマキリの前脚は内側に捻じれ、頭上のスロウスへと迫る。
 あまり早くない動きにスロウスはナイフ1本で蟷螂の前脚を阻んで受け流して、その下を潜り抜ける。そして巨体に抗議するつもりか、その場で足場にしていた敵の頭部を踏みつけた。
 機内にいた提督テイトクは騒音と意図せぬ縦揺れにさいなまれ、おのれッ、とうなって逃れるように前屈となる。

「ウォールマッシャーの力、お前で試させてもらう!」

 蟷螂の脚と人型の手で支えた体を伏せたウォールマッシャーは、次の一瞬で天を仰いだ。
 ナイフを振り下ろすつもりだったスロウスは巨体が起き上がる勢いで、弾き飛ばされてしまう。
 スロウス! と名を呼んだソーニャはまたがるバギーの運転手の肩を叩き、スロウスのところに向かって! と指差した。
 ウォールマッシャーの背中からおおいが滑り落ちる。
 倒木を避けて進むバギーが地上に転がるスロウスのもとに到着した。
 ソーニャはバギーから飛び出す。運転手に、待って危ない! と呼び止められるが。
 そこで待って! と逆にソーニャは言い返えす。
 言葉を失う運転手は、あらわになった巨体の全容に目が釘付けとなってしまう。
 なんだありゃ……! の声に誘われソーニャも振り返る。真剣だった表情は、巨体に目が向いた瞬間、輝きを放つ乙女の笑顔となった。
 覆いが落ち、露になったのは、ヤゴを思わせる頭部で、背中はカブトガニの甲羅だが、中心に筋が伺える。
 胸部の下、人でいうところの腹部にあたる部位は、甲殻が喪失し、見かけだけなら、内部を貫く背骨に管を巻き付け、皮を張り付けたといえる造形で、全体に比して細く。その下には柔軟に屈曲するムカデの胴体が、細い腹部を包むようにして接続していた。
 ソーニャは。

「ウッヒョー! なんじゃありゃ! 後ろ足はやっぱり、ワーム系のヘクターガンのSSR-41式だ。あの大きさだと胴体を半分近く切ってるようだけど内部につなぎ目を隠してるのか? それはそうと胴体はカドモスOG-9! まさか輸送型昆虫Smをあんなふうに使うなんて。けど背中が少し、いやかなり違う。もしやシェルズの遺伝子組み換え技術か? 背中の構造の独自性と甲殻の質感からして間違いない! そして、あの鎌状の前脚はストイスヤ! 型式は多分、爪の並びからしてYIの第16番眷属か、YUの第7番眷属のはず。それにフェニアU6の腕までつけるってどんだけ欲張りセットなんだ! しかも頭はペルセウス7型とか!」

 一体何なんだあの化け物は! と運転手は叫んでしまう。
 ソーニャは腹を抱えて笑い出した。

「本当だよね! 沢山の高級腕時計のパーツを分解して、自分好みに組み換えましたって感じだよ! あんなことするくらいなら、一つの完成された機体をグレードアップしたほうが絶対効率いいって!」

 いやそうじゃなくて! と焦る運転手は声を荒げた。
 なぜなら、ソーニャが機体全体を総評できた理由が、当該の機体が2人に振り返り、近づいていたからだった。   
 早く逃げよう! と運転手が提案する。
 スロウススタンダッププリーズ! とソーニャは起き上がることを要求する。それから直ぐに、早く! と運転手に催促されてバギーの後ろに飛び乗った。

「もし、あいつがこっちに来るなら誘導して、ダムから離せるかも!」

 少女の提案に、運転手は青くなる。
 機内の提督は、頭を覆うヘッドギアのディスプレイを確認し、映し出される人影を凝視する。
 そこには、少女を隠すように立ちはだかるスロウスがいた。

「なるほど、誘うつもりか」

 対峙の構えを見せていたスロウスから、巨体であるウォールマッシャーは背を向けてダムへと走り出した。
 こっち来いよぉお! とソーニャは腕を振って自己主張するも巨体は見向きもしない。
 不満が増大するソーニャはほほを膨らませ、反転して! と運転手に願う。

「こうなったら後ろから食らいついてやる!」

 少女が口走ったセリフに運転手の表情がよりなさけなくなる。
 そんなことお構いなしにソーニャは去っていく巨体を指さし、スロウスに告げた。

「スロウス! あの、くびれた部分が分かる? 腰のあたりの細いやつ! あそこを攻撃して!」

 スロウスが振り向くと、バギーで隣まで来た主が、自身の細い胴体を腰から腹にかけて撫で回し、両手で細い何かを掴んで左右に引き千切る動作を提示する。
 主の挙動を暗い眼窩がんかで見届けたスロウスは巨体へ駆け出した。
 一方、イサクが加わる自警軍の部隊のほうも、巨体の進路に先回りし、銃撃を始める。
 ウォールマッシャーの振るう前脚によって、木々から切り払われた枝が雨のごとく飛んでいき、隊員たちは隠れることを強いられる。
 人間の襲撃に対処していたウォールマッシャー。
 そのムカデの下肢の背にスロウスが飛び乗り、よじ登り、やがて縊れた腹部に到達する。
 ソーニャの行動を真似るように広げた腕で腹部を締め上げるそぶりを見せるが、巨体に比して縊れているとはいえ、腹部の幅はスロウスの幅を上回っていた。
 結果、スロウスは斬撃に切り替える。もとから持っていたナイフに新たに引き抜いたナイフを加えた二刀流をお見舞いする。
 稚拙ちせつで雑な攻撃に見えるが、速度と力が工具による切削ほどの効率を実現する。
 その背後に影が迫った。
 スロウスは光が激減したことを察して、振り返り、迫る人の手に対峙した。巨体が背後に回した手は、あざが目立つが女性的な造形で、スロウスを人形のように扱えるほど大きい。しかし、スロウスは2本の刃でてのひらに抗う。逆手にもった刃はボクシングのフックの要領で繰り出され、巨大な手に傷を刻印する。しかし、掌は一切勢いを止めない。それどころか援軍にもう1つの手が伸びる。 
 左右から挟み込まれる。その前に。

「スロウス! 逃げることを優先! 敵の破壊は自分を守り切ってから! 安全だと判断できたら、とりあえず目についた敵の体を片っ端から攻撃しろ!」

 いつの間にか接近していたバギーからソーニャが呼びかける。運転手は前に集中したいが、近くの巨体と身の安全にも気が削がれる。
 ムカデの背の上で、スロウスは迫る両手の指の間を掻い潜ると、直近の手首へ乗り上げ、柔らかい肌にナイフを突き刺す。字面は物騒で邪悪だが、実際の大きさに当てはめると、スロウスの行いは小さな棘を押し込むような些細なもので、作った傷も巨体の動きを損なうことはできない。しかし、スロウスを支えるだけの意味はあった。
 ウォールマッシャーが背後に回していた腕を前に掲げると、スロウスが巨大な手首を挟み込むように突き立てた2本のナイフでぶら下がっていた。
 ウォールマッシャーは腕を振るうが、スロウスはナイフをピッケルにして巨体の腕を刺しながら今は下方に位置するひじに向かう。
 バギーの運転手は豊かな頬を少女に握られ逆らえない。しかし、顔に浮かぶ恐怖に従い、もう離れようよ! と臆病風を吹き上げる。

「これ以上のことは君のお姉さんも怒るんじゃ……」

 しかしソーニャは。

「まだ駄目! あのカスタムカドモスにはたくさん器官があるから、それらの動きと形状を直接目で見て観察して次の動きを予測して、適切な命令をスロウスに更新しないと。場合によってはソーニャの命令のせいでスロウスがやられる!」

 そんなぁ、と不服を隠せない運転手は、せめて巨体から付かず離れずを保ちたい。しかし、行く手は樹木と茂みが我儘わがままに成長して阻むので、時に巨体から離れ、時に接近を余儀なくされる。
 このままじゃ怪我するぞ! と運転手は言うが。
 戦うのが怖いの!? とソーニャは問いただす。

「そうじゃなくて! 君にもしものことがあったら絶対周りにどやされる!」

「だったら幸運を祈って! スロウス! 後ろから前脚が来る!」

 トランシーバーで連絡するソーニャは、避けて! の一言を飲み込んだ。
 人腕にしがみ付いていたスロウスは振り返り、忍び寄っていた蟷螂の脚に気づく。脚は関節を開くと内側に歯列のごとく並ぶ棘でもって、小さな巨躯きょくへ噛みつこうとする。
 スロウスはしがみ付いていた腕を蹴って、迫る前脚に飛び移り、ナイフを甲殻に突き立てる。ズボンが棘に引っかかるが、スロウスは前のめりになって均衡きんこうを保ち、ズボンの布地を裂いてでも鎌の内側から逃れ、直後、水平から縦に角度を変えて近づいてくるもう一振りの鎌に抱き着いた。

「スロウス! その前脚を伝って胴体のほうへジャンプ!」

 そんなことできるの!? と運転手が疑問を発する。
 ソーニャ曰く。

「ダメでもともと! できなきゃ落っこちるだけだし、それならそれでいい! 今度は足元で暴れてやる!」
 
 敵を乗せた蟷螂の左前脚は前に伸ばされ胴体から離れる。スロウスは垂直になった前脚を渡ろうとするが、その足場は平均台ぐらい狭く、バランスボールくらい動く。結局、均衡を保てずまたぐ羽目となる。が、次はそれを利用し、股で挟んだ前脚を両手で掴み、体を引っ張ると、レールを進むごとく快速で滑らかに前脚を進んで、一気に関節のところまでやってきた。
 すると、足場の位置が下がる。
 スロウス上! と首輪が主の声で告げる。髑髏どくろつらを上げれば、もう一振りの前脚が頭上から下りてくる。その右前脚は明らかに破壊の意思を宿し、実際に強烈な勢いで、スロウスの足場に甘んじた左前脚と連携し、上下から挟んで潰しにかかる。
 しかし、ナイフを弾帯に収めたスロウスは、左前脚の内側に並ぶ棘の一つを握ってぶら下がり、今まで自分が居た場所を降りてくる右前脚に譲り、直接の圧迫を回避する。
 脚同士の接触による振動で体が浮くスロウスは、とっさに下ってきた右前脚に掴みかかった。
 下がってから上がっていく前脚に懸垂するスロウスは、今まで足場としてレールとして活躍した左前脚に着地し、角度が変わる前に、急ぎ関節のほうへ駆け上った。
 それを阻もうと、右前脚が行く先に突き出されたので、今度はそっちに跳躍する。
 ちょこまかとッ! 息の詰まった声で怒鳴る提督は歯を食い縛り、イグアナの口に突っ込んだ腕を捻る。
 ウォールマッシャーが取り付く敵をフェニアの手で追いかける。 
 スロウスは足場である左前脚が傾き、落ちそうになるが空いた手で棘を掴み、伏せた体を傾け、巨大な手の掌握を掻い潜る。どころか、むしろ迫る巨大な手を片手の刃で切り裂き応戦した。そして、棘を梯子に前脚を登っていく。
 地上の自警軍は歓喜した。
 ソーニャを乗せたバギーの運転手も手に汗握り、運転に集中しつつ、それでも視界の端の友軍の善戦に笑みをこぼす。

「あの調子なら援軍が来るまでの時間を稼げる。いや! 何なら勝てるんじゃないのか?」

 しかし、その後ろで膝立ちとなって双眼鏡を覗いていたソーニャは、運転手の腰に回した腕に力が入り、硬い表情を浮かべる。

「でも、決定的な一撃を与えられてない……。ダムの方にはあれを止められるだけの力はあるの?」

 運転手は考え込んだ様子だが、うなずいた。

「ああ、壁に備え付けてるレールガンを使えば、あんな奴いちころだ。多分な」
 
 それほど速度を出していないおかげで、集団と合流を果たしても話は続き、鳥が人々の合間を駆け抜け、フレデリックの言葉が無線で皆に伝わる。

『我々の当面の狙いは少しでもあの巨大Smの速度を落とし、ダムの準備を整える時間を稼ぐことだ』

 そのダムの壁面から飛び出した銃座では、レールガンが一斉に東へ向きを変え、最終段階に備え、射角を調整する。

『レールガンの有効射程に入ったところで砲撃を開始する!』

 それを聞いて運転手は、よし! それなら……、と勝利を確信した様子だ。
 一方のソーニャは表情が晴れない。それはスロウスの姿を見るとより顕著になった。












※作者の言葉※
次の投稿は7月12日の金曜日に予定変更いたします。









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