絶命必死なポリフェニズム ――Welcome to Xanaduca――

屑歯九十九

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第02章――帰着脳幹編

Phase 159:でっかい奴の洗礼

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《VIVID》G-TUNNE社が製造販売する全地形対応車のシリーズ。搭載するゴブリンは車両のコンセプトに合わせて遺伝子組み換えがなされており、燃費と馬力のバランスが程よく、衝撃や悪環境に耐えうる強度を備えており、民間の野良Sm駆除業者に好評である。










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 何か分かったか? とスロウスに相乗りするイサクが聞く。
 巨躯きょくの肩に居座るソーニャは、敵側が連れている巨体の手にまず注目した。
 人の腕から指先そのものだが、大きさは人と比べるのがおかしいほど巨大である。

「あの手は、恐らくミューシング社のフェニア、それか皇国のヨモツ社のシコメの改造機体だと思う。表皮に脈がないこととF型の特徴が顕著だからフェニアの線が濃厚だけど。あざみたいな模様は薬物反応の類かな。一方で……足の骨格は全く違う。ちらちら見える脚の特徴はワーム系、それもヘクターガンのSSR-41式……。関節の形状の膨らみ具合からしてSSR系列は間違いない」

「ということは、2体いるっていうことか? それとも……」

 ソーニャは目から双眼鏡を外す。

「様々なSmを組み合わせた改造機体……」

 一方で、深淵を覗くものはなんとやら、自警軍の接近はシェルズに把握されていた。
 ダンプボールに乗る1人が、後方に連絡する素振りを見せる。
 ソーニャは動き出す自警軍の部隊にスロウスで追従し、語りだす。

「この状況であんな邪魔なシートを被せているあたり、もしかすると基礎骨格と中枢グレーボックスに使用した虫型Smの本能システムが抑制できてないんじゃないかな。光刺激によって機体が勝手に動き出したり、予期せぬ活動をすることがあるから、光の反応を物理的に遮断してるんだよ。かなり古い機体か条件付けが難しい機体を改造し、組み込んだのかもしれないね。となると、ヘクターガンの初期モデルをあつかった可能性もある」

 良く分かるな、と感心するイサクだが。
 うなずくソーニャは表情がかんばしくない。

「でも、その考察が正しければ、運用において一番大事な中枢をということになるから、誤作動で突然暴れだすかもしれない」

「人間が制御していないのか? あれだけ大型なら、もしかすると人が乗ってるんじゃ」

 ソーニャは、電極や金属の線を張り巡らせた青ざめた脳を想起しつつ、説明した。

「人間が直接制御しても、その制御を中枢のグレーボックスが翻訳ほんやくして付随ふずいする電導神経に命令を流して機体を動かしてる。つまり、結局はグレーボックスという中間管理職の働き一つで、機体の動き全てがひっくり返る。勿論、真っ当な職人の仕事なら、機体の勝手な振る舞いを抑制する機構を搭載するし。制御の方法だって複数組み込む。グレーボックス自体を加工したり、機体の構造上必要なものを残し、不要なものを排除したり、逆に余計な機能で神経伝達を遅延させることで人が制御する時間的猶予を作ったり、神経と運動器官双方を駆使して誤作動を修正したりする。元から搭乗用の機体の場合、機体は勿論、搭載するグレーボックスも、安全のための調整が最初から施されてるから暴走なんてそうそう起こらないけど。たくさんの機体をつなぎ合わせたカクテルマシーンの場合は、安全機構が未熟か、あるいは不備がある場合があるし、求める機能や出力を維持するため、あえて不備を許容することもある」

 説明を傾聴したイサクは真剣な顔で頷いた。

「もし、機体に自信があるなら、最初から戦力として投じてたはずだろうし。機体を中心に計画を練っていたはず。使うのをためらう程度にはじゃじゃ馬ってことか」

 イサクの発言に一理を見出したソーニャだが。

「あるいは、真打登場みたいなノリと勢いとテンションなのかもしれないよ。油断しちゃダメだね」

「そんなバカな考えのもとあんなデカ物を動かす奴なんて……いや、分からないもんだよな。何か対策はないか? 正直、戦車相手に自動小銃で立ち向かう心地なんだが」

 イサクを取り囲む自警軍の仲間たちも十分屈強で強力な火器を携帯しているが、それは人に対して有効なのであって巨体相手に通じると確信できるものではない。なんなら、スロウス相手にも、手古摺てこずる気がしていた。
 ソーニャは考え込む。

「あの巨大なヤツは、今は目が隠されてる。と思う。ということは先導してる人達が、セマフォかなんかで操縦者と連絡して誘導してるんじゃないのかな。あるいは、虫型だとフェロモンを使って誘導している可能性もある。ただ後者だと走光性そうこうせいすら抑えられていない機体の場合、余計な反応を起こすこともあり得るから可能性としては低いけど」

「それじゃあ、さっき敵がセマフォでしていたのは操縦者との連絡か? もしそうだとしたら、前にいる連中を片付ければ……」

「そうなると、いよいよ、シートを脱いで暴れ出すかもね」

 その時、一団の合間を鳥の影が横断し、各員の無線機が振動し、フレデリックの声がイヤホンから発せられる。

『周辺に敵の護衛や、伏兵もない! ここでブルーシートを襲撃する』

 ソーニャは言う。

「スロウスに突撃させよう! ただしソーニャは遠くから見守る。武器は……ナイフが数本あるから問題ない!」

 スロウスはズボンと肌着の状態であったが武装はあり、肩から下げる弾丸ベルトには本来大口径の弾薬を入れる場所にナイフを収めている。それらの刃物は包丁程の大きさで、スロウスには小さい得物だった。
 イサクが通信機を片手で操作し、マイクを口元に寄せる。すると、鳥がその頭上で滞空した。

「スロウスを使うことを提案する……」

 話を聞き終えた鳥が、また一団の合間を駆け巡る。
 隊員たちの顔に苦悶くもんが浮かぶが、しかし、戦力として期待せざるを得ない。それは自分たちが不甲斐ふがいないから、という理由以上の力量差が原因だ。
 鳥の飛翔の後で各員にフレデリックの声が届く。

「了解した! なら、先鋒せんぽうを任せる!」
 
 部隊は一時停止し、ソーニャとイサクはバギーに乗り換えながら、フレデリックと話し合った。 
 人を降ろし、身軽になったスロウスは主から拝命する。

「スロウス! あそこにいる人間たちシェルズを拘束して! ただし命と意識を奪わないように。その次に、あの大きな敵を無力化して!」

 スロウスは主が指さす先を目指して走り出した。
 やっぱり仕掛けてきやがった! と声を荒げたのは身構えていたシェルズの1人。ダンプボールの背の後ろに腰を据え、その手に握った機関銃で向かってくる敵を狙う。しかし。

「あのSmだ! 退避退避!」

 その号令にダンプボールの運転手は、振るった手綱を直ぐに手放す。
もう一両のダンプボールも反転し、後ろに座る通信係がセマフォを使う。

提督テイトク! 例の敵性Smがやってきました! 撤退します!」

むを得まい! 総員直ちに離脱せよ! ただし、進路の補正は逐次ちくじ頼む。代わりに迎撃は私1人で実行する』

 捕獲するのでは? と連絡係が訴える。

「それは相手を沈黙させられたら実行する! それよりも破壊が優先だ」

 連絡係は 了解! ご武運を! と言い残し、ダンプボールが覆いから離れていく。
 スロウスから距離をとっていた自警軍隊員の1人が、逃げていく敵を指さし、追いかけるか!? と仲間に問う。
 起伏も激しく道なき道の只中ただなかで停車した部隊。
 先頭のフレデリックが、近い1人の肩を叩いて、他3名を指で示す。

「お前たちは逃げた連中を追え。ただし、攻撃も捕縛ほばくもなしだ。警戒だけに留めて相手が攻撃してきた場合には撤退し、こちらと合流。已むを得ない場合にのみ反撃に出ろ。他は巨大なやつを優先する」
  
 生け捕りにして情報を聞き出すんじゃ、と仲間がフレデリックに問い返す。

「それは反撃されても気にしない奴がやるべきだ。お前たちは無理するな」

 一方のソーニャはトランシーバーに告げた。

「スロウス目標変更! 巨体を集中攻撃せよ!」

 並走するフレデリックは、前と少女を交互に見る。

「こんな近くでトランシーバーを使ったら声が二重になって主人認定されず命令が不履行になるんじゃないか?」

「安心して、スロウスはそれくらい判断できる。昔、性能テストの延長で実験して逆立ちのまま足でビーチボールを支えながら炎に飛び込ませられたから、間違いない。それより逃げた敵のほうが心配なんだけど。ソーニャたちの攻撃は、応援を待ったほうがいいんじゃない?」

「応援を待つ間に敵の増援がくる可能性もある。それに巨体の力量も分からない。スロウスの力だけで敵の前進を阻めない場合、俺たちが突撃することになる。それも失敗すれば、巨体をダムに近づけることになる。だから、早い段階で我々も出撃して、なるべく消耗は最低限に抑えつつ、敵の速度を削って、応援の到着する時間とダムが迎撃準備を整える時間を稼ぐ。少なくとも、相手の実力を引き出して力量を見極めてやる」

 フレデリックの、行くぞ! という号令を合図に、ソーニャを乗せたバギー以外の車両が進発した。
 ソーニャたちもGO! と少女が高らかに仲間の行く末を指さすが。
 彼女が乗るバギーを操作するふくよかな体形の運転手は、ヘルメットの下で人のよさそうな顔を困惑に歪め、もう機体に命令したなら待っていればいいんじゃないか? と返答する。
 ソーニャは断言する。

「もしそれでスロウスが勝手に判断して、こっちの味方を攻撃したらどうするの? ソーニャが現場にいないと対処できないよ!?」

 それを聞いて運転手である隊員は慌ててバギーを発進させた。
 その間に自警軍の部隊がスロウスと合流する。しかし、スロウスの機敏きびんな足には敵わない。強健な両脚は車両と違い、軽やかに段差を飛び、木々の間隙かんげきをすり抜け、2本足のバランス感覚は起伏をものともしない。そして、早々に巨体の前に躍り出る。
 弾丸ベルトから引き抜いたナイフを両手に握り締めきびすを返したスロウスは、負傷を感じさせない跳躍を見せつけ、間近にいる仲間を畏怖させると同時に雄姿で鼓舞する。
 巨体を包む覆いに、2本の刃が食い込み切り裂く。スロウスは深く刺さった方のナイフを放し、空いた手で覆いを握って自己の体を引き上げる綱の代わりにする。引っ張られた覆いはナイフに触れて口を開くが、ある程度のところで、裂け目は成長を止めた。
 見守る自警軍は固唾を飲む。
 覆いの中、蛍光を呈する黄緑色の複眼が外光を浴びると、目を構成する格子がそれぞれ明滅する様に色味を変え、描いていた暗色の円環が縮小する。
 機内にいた提督は目を見開き、背筋を仰け反らせた。
 それに合わせて巨体が急に動きを止める。大質量が等速直線運動によって若干前進し、突き刺さる一本のナイフを握るスロウスは振り回される。
 隠された巨体が今度こそ自分の意志で激しく前後するが、スロウスはより密着し、新しいナイフを覆いから覗く甲殻に突き立て、自己の居場所を固定した。
 直後、巨体は両手を地面について起き上がる。それに合わせて緩く縛っていた鎖が途切れ、破断した金輪の破片が弾丸となって飛び散る。
 退避するのは自警軍だけではない。
 木の陰に隠れて追従していたシェルズの面々も、友軍機の威容いように若干笑みをこぼし、離れるぞ! と1人が代表して叫ぶ。
 敵味方が蜘蛛の子を散らすように逃げる中、ただ1体、スロウスが立ち向かい、覆いを手掛かりに巨体を登り詰め、頂上に至る。そして、両手で逆さに持ったナイフを突き下ろした。固い切っ先が甲殻を砕く、はずだったが、それを阻んだのは横から襲い来る巨大なてのひら。ソーニャ曰く、フェニアというSmの巨大な人の手。
 巨大な平手打ちを回避するためスロウスは飛び退くと、足場である湾曲した甲殻から足を踏み外すが、覆いに叩き付けるように突き刺したナイフを甲殻に食い込ませ落下を免れた。
 ぶら下がった状態のスロウスは、ナイフをピッケルとして、巨体を包む覆いを梯子に再び上を目指す。
 自警軍が安堵したのも束の間、布が裂けて巨大な虫の足が飛び出す。それは形状こそカマキリの前脚そのもの。鎌を思わせる前脚によって、覆いそのものが巨体の下へ引っ張られたことで、それを掴んでいたスロウスは引き上げられ、もう一度、巨体の頂上に立つことになった。









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