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第02章――帰着脳幹編

Phase 155:着衣を調理する少女

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《スロウスコート》スロウスが身に着ける人型Sm用防護コート。二酸化ケイ素形状記憶ダイタランシーポリマー防護着衣というのが正式な名称であるらしく、外部からの衝撃力をコートを構成する分子構造の変化の力に置換することで威力を消費し、破壊を防ぎ、着用者を守る。来歴については持ち主すら分かっていないが、刻印された部隊章が手掛かりとなる。














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 寸胴鍋を持って戻ってきたイサクは早々に謝罪する。

「済まない遅くなった。持ち運びできるコンロを探しまわったが見つからなくて、焚火たきびでお湯を沸かすことになるがいいか?」

 ソーニャはうなずいたが、渋い表情でたずねる。

「けど、調理器具を使って大丈夫かな……」

「今は料理する人もひまもないし、使ったとしても、よほど酷く汚さない限り、後で洗えばまた使えるだろう……」

 多分な、と最後に小さな一言を付け加える。
 ほかの隊員は。

「じゃあ燃えるものを集めないと」

まきなんてないだろ? それとも転がってる敵のSmでも燃やすか?」

 ソーニャ曰く。

「下手にSmを燃焼すると有毒物質が出る可能性もあるから止めたほうがいいよ。なので、ここは自然の薪を拾い集めよう。そんじゃいっちょ……」

 外へと通じるゲートへ振り向いたソーニャを、待て、の一言で制したイサク。
 ソーニャは振り返り、笑みを作った。

「大丈夫! 外が危険だってことは分かってるから。だから……スロウス!」

 名前を呼ばれた機体は背筋を伸ばし、主に命じられるままにインナー姿で動き出した。しばらくして腕いっぱいの粗朶そだを抱えて外から戻ってくる。
 拾ってきたものから、湿った枝を分別し、コンクリートブロックで作った囲いの間に乾いた枝を投入するのはソーニャの役目だ。
 イサクは、着火の準備を整える。

「マッチで新聞紙を燃やして火種にするんだ。そうすると、危なくないし、よく燃える」

 そう言って、集めた粗朶に燃える新聞紙の束を突っ込む。炎を囲むブロックの上で寸胴鍋は加熱され、随時バケツで投入される水を温める。

「ありがとうイサクとその仲間の皆さん! 水を運ぶために何度も往復させてしまって申し訳ない」

 心からの感謝でこうべを垂れるソーニャに、今まさに水を入れたバケツを運んできた隊員たちは微笑むと、一人が口を開く。

「いやいや、こちらこそ助けていただいた御恩があるので……。何をするか知らないけど動けるうちに恩返しさせてもらうよ」

 頷くイサクはソーニャに聞いた。

「それにしても、何をするつもりなんだ?」

「ああ、コートが裂けちゃったから修繕しゅうぜんしようと思って」

「直せるのか? 布なら縫えばいいが……。そのコート、樹脂製だろ?」

「うん、二酸化ケイ素形状記憶ダイタランシーポリマーで作られたSm用防護着衣でね……」

 言いながらソーニャは、寸胴の端にフックでひっかけた温度計を確認し、それからセマフォのタイマーをセット。そして、スロウスに告げる。

「よっしゃ、スロウス! そでを脱がせるからこっちにこい……。着せるときもそうだけど脱がせるときも本当に面倒なんだよなぁ……」

 スロウスこの水の中に腕を入れて、と命じる。
 主に従うスロウスは、氷水の入った寸胴に腕を肘まで入れる。
 何をするんだ? とただ説明を求むイサクに快くソーニャは解説した。

「これはコートの分子の結合を緩める作業の一環だよ。約……おっと、正確な数値は個人的軍事機密だから開示は差し控えるけど、特定の温度に決められた時間さらすことでコートの分子結合が変化するの。いままで弾丸を防いできたコートの分子構造は、いわば毛糸が絡み合った状態でね。その構造が弾丸や刃に耐える強度と動きを妨げない柔軟性を両立してたのです。んで、今度は……」
 
 と言いつつ、ソーニャは温度計を見なが、小さなスコップでクーラーボックスから取り出した氷を水に入れる。

「攻撃は防げないけど、脱ぎ着しやすくなるような分子構造に変えてあげるわけですよ」

 やがて、彼女の服のポケットでセマフォが鳴り響く。終了したタイマーを指で止めたソーニャは、スロウス腕上げて、と告げてから即座に。次はこっちに腕を入れて、と加熱された寸胴内で気泡が沸き立つ温湯を指さす。 
 スロウスが命令を実行してしばらくしてからタイマーを確認していたソーニャが、持ち上げて、と言う。
 スロウスが持ち上げた腕からは案の定熱気が立つ。ソーニャはゴム手袋越しに、段を作るそでを握った。
 あちあちち、と言ってしまう彼女が渾身こんしんの力で引っ張るコートの袖は、口を開き、今まで内径を上回っていた手枷を包み込む。ソーニャに続き、イサクも手伝う。少し熱いが、追加で用意していた台拭きの布を手袋代わりに、熱した袖を掴む。
 そしてスロウスも自己の体を後ろに退くことで、やっと片方の袖から手枷と一緒に腕が抜け、同じくもう片方の腕も切れ目のある袖を脱した。
 そしてソーニャは、丸めたコートを今度は氷水を入れた寸胴に押し込み、温度を確認した。
 いろいろと複雑な手順が必要なんだな、とイサクが言う。
 頷くソーニャは。

「そうだね。熱によって駆動する分子の動きに合わせる必要があるからね。単一のポテンシャルに持っていくのは簡単なんだけど、副次効果をもたらしたり形状を変えるにはかなり面倒な手順を踏むんだよ」

「着せるのは大変だったんじゃないのか?」

「出発前に、リックが前もって、用意した水とお湯で袖だけを柔らかくしてくれてたんだよ。あとは水を切って、タオルで拭けば完成だった。沸騰しない程度のお湯につけてくれてさ……。色々、調節してくれたんだなぁ」

 それからソーニャは、温度計でコートを入れた水の温度を確認し、水を追加したり氷を入れて、時間を確認するなどしてから、取り出したコートをお湯で満たす寸胴に入れる。ここでも温度計とタイマーを見比べ、時に水を入れ、逆さにした買い物籠を踏み台にして、オタマでコートと熱湯を掻き混ぜる。
 手持無沙汰になったイサクはバケツを移動し、温度計で水温を確認した。
 脇にいた隊員が、氷水に塩足す? と袋を提示する。
 ソーニャはその様子を見つめて。

「これ以上は水だけで温度調節できると思うから、余った氷はほかの人に配ってください。ごめんね、リソースを使って」

 隊員は首を横に振り、持っていたプラスチックのスコップで、クーラーボックスに氷を戻す。

「いいっていいって、これくらいのリソースでまた戦ってくれるなら……」

 おい、とイサクがたしなめる。
 隊員は、あ、と声を漏らし苦笑い。

「まあ、今まで助けてくれたお礼だよ。このまま帰るにしても、どこかに避難するにしても、万全じゃないのに送り出すのは気が引ける」

 ありがとう、とソーニャは感謝の笑みを振りまいた。
 イサクは寸胴の温度計を見た。

「火力が強いから、ちゃんと湯加減を見たほうがいい。コンロと違って熱を制御できないしな」

「そうだった。1℃の違いでその後の仕上がりに影響が出るんだよ」

 よく知ってるな、とイサクは混ぜられるコートを見た。
 ソーニャいわく。

「うん。軍用品のコートなんだけど、結構高度な技術を使ってるらしくて、昔これを秘密基地の天幕にして遊んでたっけ」

 へぇ、とイサクと隊員は真顔になる。
 ソーニャは大きく頷く。

「そうなんだよぉ。熱してから、枝とロープで作った骨組みに引っ掛けた後は冷えて固まるのを待つ。すると、そのまま屋根の完成。けど、あまりにも贅沢ぜいたくで大きな作りだったから仕事場で邪魔になって、その後撤去したんだけどね」

 キョトンとした顔がデフォルトだった小さい頃のソーニャは、コートの三角屋根の下で、ネジやSmの牙や爪や骨の欠片を販売していた。硬貨はボルトやナットである。
 回想によって訪れる和やかな雰囲気にイサクは静かに微笑んだ。
 ほかの隊員たちの表情も緩和して、お互い目を合わせた。 

「そうか、んじゃあとはイサクに任せる。もちろん、手が必要なら言ってくれ。それまで俺たちは食堂で空腹を紛らわす。あ、何か必要なものはあるか? 飯とか飲み物とか」

「いいや、大丈夫だ。それじゃあ」

 イサクは立ち去る仲間を見送る。
 ありがとうねぇ、とソーニャはオタマで寸胴を撹拌かくはんしながら片手を振った。

「それじゃあ、イサクにはタイマーを確認してもらおうかな。ソーニャはお湯を掻き混ぜつつ温度調節に従事するので」

 了解した、とセマフォを受け取ったイサクは時間の管理を任され、要望に応えてバケツの水を持ってくる。
 しばらくしてイサクが、あと1分、などと知らせてくれたのでソーニャは望んだタイミングで、お玉を駆使してコートを鍋から出す。
 そこから2人で協力し、用意されていたブルーシートにコートを広げた。
 改めて防具を見るイサク。

「しかし、いいもの持ってるな。軍の品と言ってたが……」

「そうらしいよ。多分、州立軍のものだと思う。来歴は詳しく知らないけど、リック、つまりソーニャのお爺ちゃんの友人で、ソーニャの知り合いでもある人がくれた」

「つまり、家族ぐるみの付き合いのある人、ってことか? 軍人か?」

「前の職業はね。今は傭兵ようへい兼賞金稼ぎ。このコートはその人の私物で使い道にも困ってたらしくて、かといって、ただの物好きの手に渡るのもしゃくだからって譲ってくれたの。実をいうと、リックに頼んだSmの修理費用の足しにする意味もあったらしい。それでも、ツケが清算しきれていないけど」

「なるほど、もしかしてこのスロウスも軍用機体なのか? だから、あんなに正確に命令を聞いて動けるのか」

 熱気を放つコートを直接触らず、オタマで広げるソーニャは目を下げる。

「ううん違う。と思う。というより、分からないの。スロウスは……勝手に彷徨さまよってた。このコートをくれた人にも調べてもらったけど、どの州にも同じ機体、あるいは系列機体が運用された記録はおろか、研究開発されたっていう公式発表もなかったって。まあ、軍の開発プロジェクトだったら、そう簡単に情報が表に出てこないし。もし、プロジェクト自体が凍結とかしてたら、手詰まりなんだよねぇ」

 手詰まり、と言葉を繰り返すイサクに。ソーニャは微笑む。

「ああ、こっちの話。そうだ、もしかしてイサクなら何か知らない? スロウスみたいな機体とか?」

 体育座りで待機する巨躯きょくを目にしたイサクは小首を傾げ、鉄製のスコップで焚火を一部取り出す。

「すまない。あまりソリドゥスマトンに詳しくないんだ。頭のない奴なら見たことあるが……。ブレミュアエ、だっけか?」

「あるいは、アケファロイだね」

「いや、人が乗り込むやつじゃない。もっと小さい奴だった」

「なるほど。でも、アケファロイの中にも、小型で遠隔操作を基本にしたやつもあるし、ブレミュアエでも大型化した奴があるからねぇ……」

「そうなると見た目じゃ区別できそうにないな。それに、まっとうな人型なんて他に知らない。そうだ。話は変わるが、スロウスのダメージは大丈夫なのか?」

「うん、一番ダメージの大きかった脚の関節と腕はそれほど深刻じゃなかったよ。少し動きと出力に支障はあるかもしれない。けど、自然修復で十分塞がる傷だけだった。だから、エンジンタウンで受け取ったグロアミンで修復促進して、ワームスターチを経口補給させた」
 
 そりゃよかった、と鍋に水を加えて温度管理するイサクは表情に真剣身を帯びる。

「それじゃ、スロウスは問題ないなら、これからどうするんだ? マイラと合流できたし、安否は確認したんだ。もしマイラが帰るのであれば、帰宅を手伝うが」

 コートを広げ終わったソーニャは、どこか思いつめた表情になる。

「……助けたい人が、増えた気がする」

 イサクは思わず笑む。

「流石、姉妹だな……」

「ソーニャはリックの養女だからマイラの叔母おばに当たるんだけどね」

 とソーニャは笑みを浮かべたが、それもすぐに消沈し、広げたコートの修復に着手する。まずは胸元にある裂け目を摘まむ。本当にすさまじい切れ味だったんだ、と述懐するソーニャは振り返って、スロウスが今身に着けるインナーの胸の切れ目を改めて見た。











※作者の言葉※
次の投稿は6月28日の金曜日に予定変更いたします。





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