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第02章――帰着脳幹編
Phase 146: 戦う武侠
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《ジェネラルエキセントリック社製 耐EMP冷蔵庫》企業戦争以前から、原子爆弾などを利用して引き起こす電磁波による都市機能の麻痺が、新時代の戦術であるとして、各国が検討を進め、またそれらの攻撃から身を守る技術も研究された。その潮流に乗る形で、様々な企業が民間向けに戦災対策製品として様々なものを売り出し。特にそれらの分野に力を注いでいたジェネラルエキセントリック社の製品は、人々の危機感も相まって飛ぶように売れた。
Now Loading……
森の中――。
笑みを絶やさないニエモンは逃げるマイラを追いかけていたが、むやみに近づくことはしなかった。
「さあ、残りのパウダーも使い切ってくれ! そうしないと俺からは逃げられないし。俺も心置きなくあんたを安全に拘束できない」
背後からの声が近づいた気がしたマイラは、振り返ったが、死角を突いて隣に並んだニエモンに接近を許す。
驚きのあまり飛び退くマイラは、思わず木に激突する。そして、来た道を引き返した。
しまった、と口走るニエモンだったが。
「まあいいか。このままダムの方向に行って、そこに集まった連中も捕まえよう……ダムにもマグネティストが揃ってるそうだからな」
何の気なしに考えを口に出し、獲物との距離を一定に保つ。
追跡者の思惑通り、やがてマイラの足も重くなり、体から放っていた粒子も費え、彼女に絡みついていた星雲も完全に消失する。マイラはそれでも走った。もはや呼吸もままならない。残った死力を絞りつくそうとするが、無為に体中の筋肉が緊張し、自然と瞼も力んで目を瞑っていた。前方不注意のツケは、足の爪先が木の根に引っかかって実現する。
盛大に五体投地をしでかすマイラにニエモンは一瞬足を止めた。
「もうおしまいか?」
呆れた面持ちのニエモンが平然と歩み寄っていく。
マイラは何とか、杖を握る拳を支えに上半身を持ち上げ、傍らの木に背中を預けて立ち上がる。
立ち止まるニエモンは両手を広げた。
「さあ、かかってこい。武人として誉れある最後を飾ってみろ」
あからさまで、的を外した挑発にマイラも失笑し、額を流れる汗を雑に拭って見せた。
「あんた本当にバカなんだね。そんな安い言葉で私のアーツを引き出せると思ったの?」
「ケチケチすんなよお嬢さん。それとも男に言い寄られるのがまだ慣れないお年頃なのか?」
「あんたみたいな下品な奴は老若男女の区別なく誰であろうと嫌い」
「そいつは手厳しいなぁ……。だが、本当に何もしないなら、今すぐあんたをふん縛って連行する。だから、今この瞬間こそ、あんた全力を出し尽くす最後のチャンスだ」
マイラの底知れぬ敵愾心はその両目から溢れていた。しかし、何かが起こるわけではない。
ニエモンは狡猾な意思によって口角を釣り上げた。
「本当に仕舞か……? なら……」
跳躍するニエモンが巨大な手を突き出す。
捕縛を覚悟したマイラは最後の悪足掻きとして、交差した腕を盾にする。
両名のすぐ隣の茂みが突き破られ巨躯が飛び出した。
いきなりの出来事にニエモンは咄嗟に飛び退く。
男が譲った場所に、幅のある足が踏み下ろされ地面が大きな音を鳴らした。
マイラが腕を下げ目にしたものは。
「スロウスッ!?」
いきなり現れたスロウスは、熱気をたち上らせ、薄く開いた口から蒸気を噴出するのであった。
オールドマムの東南東に位置する森にて、対峙しあっていた男女は、闖入者であるスロウスに意識の全てを注ぐ。
あんたどうしてここに、と口走るマイラは痛痒に表情を曇らせた。
「つまりそう言うことだよね。ソーニャの……ッ。いや、私のバカッ」
ニエモンは髑髏の面相を覗き込み、女性と見比べた。
「おいおい、こいつはなんだ? あんたの知り合いか? まさかボーイフレンドか?」
マイラは苦笑いを作る。
「あんたより数百倍、いや、数兆倍男前だけど。生憎コイツにはもう心に決めた人がいるんだよ」
言われたニエモンは、楽し気に鼻を鳴らし、前のめりだったのを止め、何も憂うことがないようなそぶりで背中をそらす。
「そうかよ。なら、二人まとめて捕まえたら、その思い人も特典で付いてくるかな?」
顔が険しくなるマイラは男とSmをつい見比べた。
「あんた本気で言ってる? Smに勝てると思ってるの?」
ニエモンはわざとらしく目を丸くして、えぇえ! そいつSmだったのかぁ、などと驚いて見せたが大根芝居は即座に終わり、表情を消す。
「まあ、例え何だろうと、お前らなんぞ簡単に捻り潰せる。実際俺は、見た目こそ仰々しいが中身が伴ってないSmを何体も叩き切ってきた。そいつはなかなか見かけない代物だが……。MAGEがないってことは、遠隔じゃないはず。片目も潰れて整備もおざなり、おまけにその動きの異質さは中身のない人形そのもの。自立型とみて間違いない。勿論、自立型と装っている可能性もあるが、だとしても結果は同じだ……」
中身がない、と言うのはマイラも心中で同意した。ソーニャの命令で動き、彼女を優先して行動する。ならば、彼女が近くにいるはずだ。このSmが主を差し置いて行動するはずがない。特別の命令があれば話は別だが。
だが周囲に他の気配はない。自分の家族のことはよく知っている。きっと、離れた位置からでも、こちらを視認したとたん、彼女のほうから駆け込んでくる。しかし、なんのアクションも発生しない。それを見る限り、この場に件の少女はいないのだ。そしてスロウスは、待機などの命令がなければ、ソーニャがいなくなったとたん探しだそうと徘徊を始める。おそらくはその一環で、ここに辿り着いたのだろう。もしかすると、もの音かあるいは声に反応したのかもしれない。なら
「スロウス! そいつはソーニャの敵で、そいつがソーニャを連れ去った!」
今までずっと沈黙を貫いていたスロウスが顔を上げ男の目を覗き込んだ。
赤い視界では、マイラの顔がいくつも並ぶ。埋めつくすように現れる静止画や主である少女と一緒にいる女性の動画は、時も場所も違う。
『Ω0+lb山UςЩ……工!aЧ IэΛШΓ……』
形の定まらない文字が歪んだ列で並ぶと、次は、視界の中心に今初めてお会いした男の顔を持ってくる。
『ЩZщWλ……』
赤い視界は、滝の如く上から流れ落ちる文字の濁流に埋め尽くされる。歪む文字は大きさも不安定で、回転を繰り返し、波打って、やがて赤い視界に溶けて黒い網状脈に似た形状となって端に退く。
文字が変異した脈を額縁に、こちらを見る男の顔が、映像の乱れが作る白と深紅の糸屑や直線と砂嵐が作る髑髏の抽象画と重なる。
ニエモンは表情こそ澄ましていたが少し引き下がった。
「敵だの連れ去っただの、いろいろ勝手なこと言いやがって。人に聞かれたら誤解されるだろうがよ」
マイラは、男の視界から隠れるためスロウスの背後に移動しつつ言い放つ。
「現に私を連れ去ろうとしたくせに今更人聞きなんて気にしてどうすんの?」
踵を返したマイラは走り出す。
逃がすかよ、と定型文を吐いたニエモンは跳躍の構えを見せた。膝を曲げ、頭が下がったところで、スロウスの大きな手が迫る。
それを紙一重で躱すニエモンだったが、今度は髑髏の面相が近接する。
何のつもりだッ? ニエモンは横へと逃れるがスロウスは手を緩めない。今度は頭を狙う。
ニエモンは得物を持つ右腕の肘で肉薄する手を下から撥ね除け、左の拳を相手の腹に叩き込む。
左ストレートを受けたスロウスは腹を太鼓にされて鈍い音を鳴らすが、両腕を広げて力の限り抱擁しようと相手に迫った。
しつこいんだよ、その怒号とともにニエモンが繰り出した左足の蹴りは、スロウスの腕が容易く防ぐ。
なにッ、と口走る間もなくニエモンが蹴りで出した左足首は握られた。
――こいつ自立型にしちゃ機敏すぎるし動きが的確だ。
ニエモンは内心で敵を称賛し、捕まった左足を引こうとするが動けない。ならば、その固定された左足を支えに反対の足で蹴りを実行する。刹那の決断で実行した攻撃も片腕で防がれる。だが、その間にニエモンは抜刀を果たしていた。冷蔵庫をぶら下げた包みを投げ捨てる。
両足が地面から離れた状態で掲げたのは研いだ刃が鈍く光を反射する太刀。
振り下ろされた一刀は、光と見紛う輝きと速度を誇り、剥き出しの頭蓋骨を両断せんと迫る。
スロウスは男の左足を振り回すが、刀の軌道は臨機応変で、左腕の手枷を突き出して防がざるを得ない。
刀身は装具に弾かれる、かに思われたが、触れる直前で取って返した刃は角度を変えると刺突に移行し、スロウスの首を捉える。
仰け反ったスロウスは斬撃の軌道に首枷を入れ、刃の直撃を防ぐと、ニエモンの足を上下に振るった。
叩きつけられそうになったニエモンは、左手で地面を押さえつけ、なおかつ足裏が向く方にいた敵へ刃の刺突を放つ。
スロウスは自由な腕で刃を横から退け、そのまま突進気味に駆け出し、相手を抑え込む。
逆さにされたニエモンが自由な足で相手の顔面を踏みつけるが、逆に右足首も捕縛され、体格と重量の差に圧倒される。
スロウスと地面に上下から挟まれたニエモンは、覆い被さるスロウスを足場にして地球を持ち上げるような窮屈な姿勢を余儀なくされる。それでも、背骨が音を上げる前に、異様に隆起する肩を支えに刃を突き出す。
スロウスは持った足首を高々と持ち上げるが、正確な突きはすでに眼前に至る。結果、再び片手を防御に回した。
鋭い突きによって送り込まれた刃が翻り、切り裂いたのは、捕らえられたニエモン足首。
ニエモンは己の左足首を両断したのだ。
スロウスは、すぐさま相手を再度捕まえようと画策したが、ニエモンは離脱。健全な右足で着地し、体を左に捻って倒れると、左手で地面を押し退け、次の右足の跳躍で大きく距離を開ける。
左足首の断面からは薄紫色を呈する液体が零れ落ち、質の違う蛍光色の液体も噴出する。
人工的な肌色の分厚い表皮に包まれてきたニエモンの脚は、内部に維管束が散見され、中心にある鉛色の構造を青ざめた組織が取り囲んでいた。
スロウスは持っていた足を元の持ち主に投げつけるが、髭面に命中する直前に、太刀の一撃に足は寸断され無駄に終わる。
やりやがったな、とニエモンは笑みを浮かべて襲い来るスロウスの手を掻い潜った。熊の攻撃を思わせる一見乱雑な横からの掴み掛りは、腰の捻りも加わって加速し、必殺の攻撃に化ける。
常人では残像を追いかけることしかできない連撃に曝されたニエモンだが、時に仰け反り、屈み、地面を転がり、スロウスの踏みつけからも逃れる。
切断した左脚の断面を前に出して地面を踏みしめ、半身の姿勢から鋭い刺突を放つ。足の体をなさない断面は独楽の軸として働き、ニエモンの回転運動を支え、彼の発達した剛腕が振るう刃は閃光と化し、切っ先はスロウスの懐に潜り込む。
腹を引っ込める姿勢になったスロウスは、膝を突き出してから高速で足を伸展する。端的な蹴りは相手が詰めた短い間合いの中で、牽制を兼ねた一撃になる。
突撃から一転、屈んで足蹴を回避したニエモンは、切っ先の行方を相手が伸ばし切った足へと定めた。身を屈めて太刀の峰に手を添え、頭上にある敵の膝裏に向かって刃を捧げる。
スロウスは盛大に仰け反り、後方へと一回転し、両手を足の代わりに跳躍した。
互いの距離が開くと、ニエモンは右足を前に半身をとる。
「そうか。お前遠隔操縦型だったか……。自立型と思って油断しちまった」
スロウスは無言を貫いた。
ニエモンの表情が悪くなる。
「だんまりなんて芸のないことしやがる。それともスピーカーを搭載してないのか?」
無言の相手に笑みと鋭い眼差しを送り続けるニエモン。
だがスロウスは、微動だにしない。
Now Loading……
森の中――。
笑みを絶やさないニエモンは逃げるマイラを追いかけていたが、むやみに近づくことはしなかった。
「さあ、残りのパウダーも使い切ってくれ! そうしないと俺からは逃げられないし。俺も心置きなくあんたを安全に拘束できない」
背後からの声が近づいた気がしたマイラは、振り返ったが、死角を突いて隣に並んだニエモンに接近を許す。
驚きのあまり飛び退くマイラは、思わず木に激突する。そして、来た道を引き返した。
しまった、と口走るニエモンだったが。
「まあいいか。このままダムの方向に行って、そこに集まった連中も捕まえよう……ダムにもマグネティストが揃ってるそうだからな」
何の気なしに考えを口に出し、獲物との距離を一定に保つ。
追跡者の思惑通り、やがてマイラの足も重くなり、体から放っていた粒子も費え、彼女に絡みついていた星雲も完全に消失する。マイラはそれでも走った。もはや呼吸もままならない。残った死力を絞りつくそうとするが、無為に体中の筋肉が緊張し、自然と瞼も力んで目を瞑っていた。前方不注意のツケは、足の爪先が木の根に引っかかって実現する。
盛大に五体投地をしでかすマイラにニエモンは一瞬足を止めた。
「もうおしまいか?」
呆れた面持ちのニエモンが平然と歩み寄っていく。
マイラは何とか、杖を握る拳を支えに上半身を持ち上げ、傍らの木に背中を預けて立ち上がる。
立ち止まるニエモンは両手を広げた。
「さあ、かかってこい。武人として誉れある最後を飾ってみろ」
あからさまで、的を外した挑発にマイラも失笑し、額を流れる汗を雑に拭って見せた。
「あんた本当にバカなんだね。そんな安い言葉で私のアーツを引き出せると思ったの?」
「ケチケチすんなよお嬢さん。それとも男に言い寄られるのがまだ慣れないお年頃なのか?」
「あんたみたいな下品な奴は老若男女の区別なく誰であろうと嫌い」
「そいつは手厳しいなぁ……。だが、本当に何もしないなら、今すぐあんたをふん縛って連行する。だから、今この瞬間こそ、あんた全力を出し尽くす最後のチャンスだ」
マイラの底知れぬ敵愾心はその両目から溢れていた。しかし、何かが起こるわけではない。
ニエモンは狡猾な意思によって口角を釣り上げた。
「本当に仕舞か……? なら……」
跳躍するニエモンが巨大な手を突き出す。
捕縛を覚悟したマイラは最後の悪足掻きとして、交差した腕を盾にする。
両名のすぐ隣の茂みが突き破られ巨躯が飛び出した。
いきなりの出来事にニエモンは咄嗟に飛び退く。
男が譲った場所に、幅のある足が踏み下ろされ地面が大きな音を鳴らした。
マイラが腕を下げ目にしたものは。
「スロウスッ!?」
いきなり現れたスロウスは、熱気をたち上らせ、薄く開いた口から蒸気を噴出するのであった。
オールドマムの東南東に位置する森にて、対峙しあっていた男女は、闖入者であるスロウスに意識の全てを注ぐ。
あんたどうしてここに、と口走るマイラは痛痒に表情を曇らせた。
「つまりそう言うことだよね。ソーニャの……ッ。いや、私のバカッ」
ニエモンは髑髏の面相を覗き込み、女性と見比べた。
「おいおい、こいつはなんだ? あんたの知り合いか? まさかボーイフレンドか?」
マイラは苦笑いを作る。
「あんたより数百倍、いや、数兆倍男前だけど。生憎コイツにはもう心に決めた人がいるんだよ」
言われたニエモンは、楽し気に鼻を鳴らし、前のめりだったのを止め、何も憂うことがないようなそぶりで背中をそらす。
「そうかよ。なら、二人まとめて捕まえたら、その思い人も特典で付いてくるかな?」
顔が険しくなるマイラは男とSmをつい見比べた。
「あんた本気で言ってる? Smに勝てると思ってるの?」
ニエモンはわざとらしく目を丸くして、えぇえ! そいつSmだったのかぁ、などと驚いて見せたが大根芝居は即座に終わり、表情を消す。
「まあ、例え何だろうと、お前らなんぞ簡単に捻り潰せる。実際俺は、見た目こそ仰々しいが中身が伴ってないSmを何体も叩き切ってきた。そいつはなかなか見かけない代物だが……。MAGEがないってことは、遠隔じゃないはず。片目も潰れて整備もおざなり、おまけにその動きの異質さは中身のない人形そのもの。自立型とみて間違いない。勿論、自立型と装っている可能性もあるが、だとしても結果は同じだ……」
中身がない、と言うのはマイラも心中で同意した。ソーニャの命令で動き、彼女を優先して行動する。ならば、彼女が近くにいるはずだ。このSmが主を差し置いて行動するはずがない。特別の命令があれば話は別だが。
だが周囲に他の気配はない。自分の家族のことはよく知っている。きっと、離れた位置からでも、こちらを視認したとたん、彼女のほうから駆け込んでくる。しかし、なんのアクションも発生しない。それを見る限り、この場に件の少女はいないのだ。そしてスロウスは、待機などの命令がなければ、ソーニャがいなくなったとたん探しだそうと徘徊を始める。おそらくはその一環で、ここに辿り着いたのだろう。もしかすると、もの音かあるいは声に反応したのかもしれない。なら
「スロウス! そいつはソーニャの敵で、そいつがソーニャを連れ去った!」
今までずっと沈黙を貫いていたスロウスが顔を上げ男の目を覗き込んだ。
赤い視界では、マイラの顔がいくつも並ぶ。埋めつくすように現れる静止画や主である少女と一緒にいる女性の動画は、時も場所も違う。
『Ω0+lb山UςЩ……工!aЧ IэΛШΓ……』
形の定まらない文字が歪んだ列で並ぶと、次は、視界の中心に今初めてお会いした男の顔を持ってくる。
『ЩZщWλ……』
赤い視界は、滝の如く上から流れ落ちる文字の濁流に埋め尽くされる。歪む文字は大きさも不安定で、回転を繰り返し、波打って、やがて赤い視界に溶けて黒い網状脈に似た形状となって端に退く。
文字が変異した脈を額縁に、こちらを見る男の顔が、映像の乱れが作る白と深紅の糸屑や直線と砂嵐が作る髑髏の抽象画と重なる。
ニエモンは表情こそ澄ましていたが少し引き下がった。
「敵だの連れ去っただの、いろいろ勝手なこと言いやがって。人に聞かれたら誤解されるだろうがよ」
マイラは、男の視界から隠れるためスロウスの背後に移動しつつ言い放つ。
「現に私を連れ去ろうとしたくせに今更人聞きなんて気にしてどうすんの?」
踵を返したマイラは走り出す。
逃がすかよ、と定型文を吐いたニエモンは跳躍の構えを見せた。膝を曲げ、頭が下がったところで、スロウスの大きな手が迫る。
それを紙一重で躱すニエモンだったが、今度は髑髏の面相が近接する。
何のつもりだッ? ニエモンは横へと逃れるがスロウスは手を緩めない。今度は頭を狙う。
ニエモンは得物を持つ右腕の肘で肉薄する手を下から撥ね除け、左の拳を相手の腹に叩き込む。
左ストレートを受けたスロウスは腹を太鼓にされて鈍い音を鳴らすが、両腕を広げて力の限り抱擁しようと相手に迫った。
しつこいんだよ、その怒号とともにニエモンが繰り出した左足の蹴りは、スロウスの腕が容易く防ぐ。
なにッ、と口走る間もなくニエモンが蹴りで出した左足首は握られた。
――こいつ自立型にしちゃ機敏すぎるし動きが的確だ。
ニエモンは内心で敵を称賛し、捕まった左足を引こうとするが動けない。ならば、その固定された左足を支えに反対の足で蹴りを実行する。刹那の決断で実行した攻撃も片腕で防がれる。だが、その間にニエモンは抜刀を果たしていた。冷蔵庫をぶら下げた包みを投げ捨てる。
両足が地面から離れた状態で掲げたのは研いだ刃が鈍く光を反射する太刀。
振り下ろされた一刀は、光と見紛う輝きと速度を誇り、剥き出しの頭蓋骨を両断せんと迫る。
スロウスは男の左足を振り回すが、刀の軌道は臨機応変で、左腕の手枷を突き出して防がざるを得ない。
刀身は装具に弾かれる、かに思われたが、触れる直前で取って返した刃は角度を変えると刺突に移行し、スロウスの首を捉える。
仰け反ったスロウスは斬撃の軌道に首枷を入れ、刃の直撃を防ぐと、ニエモンの足を上下に振るった。
叩きつけられそうになったニエモンは、左手で地面を押さえつけ、なおかつ足裏が向く方にいた敵へ刃の刺突を放つ。
スロウスは自由な腕で刃を横から退け、そのまま突進気味に駆け出し、相手を抑え込む。
逆さにされたニエモンが自由な足で相手の顔面を踏みつけるが、逆に右足首も捕縛され、体格と重量の差に圧倒される。
スロウスと地面に上下から挟まれたニエモンは、覆い被さるスロウスを足場にして地球を持ち上げるような窮屈な姿勢を余儀なくされる。それでも、背骨が音を上げる前に、異様に隆起する肩を支えに刃を突き出す。
スロウスは持った足首を高々と持ち上げるが、正確な突きはすでに眼前に至る。結果、再び片手を防御に回した。
鋭い突きによって送り込まれた刃が翻り、切り裂いたのは、捕らえられたニエモン足首。
ニエモンは己の左足首を両断したのだ。
スロウスは、すぐさま相手を再度捕まえようと画策したが、ニエモンは離脱。健全な右足で着地し、体を左に捻って倒れると、左手で地面を押し退け、次の右足の跳躍で大きく距離を開ける。
左足首の断面からは薄紫色を呈する液体が零れ落ち、質の違う蛍光色の液体も噴出する。
人工的な肌色の分厚い表皮に包まれてきたニエモンの脚は、内部に維管束が散見され、中心にある鉛色の構造を青ざめた組織が取り囲んでいた。
スロウスは持っていた足を元の持ち主に投げつけるが、髭面に命中する直前に、太刀の一撃に足は寸断され無駄に終わる。
やりやがったな、とニエモンは笑みを浮かべて襲い来るスロウスの手を掻い潜った。熊の攻撃を思わせる一見乱雑な横からの掴み掛りは、腰の捻りも加わって加速し、必殺の攻撃に化ける。
常人では残像を追いかけることしかできない連撃に曝されたニエモンだが、時に仰け反り、屈み、地面を転がり、スロウスの踏みつけからも逃れる。
切断した左脚の断面を前に出して地面を踏みしめ、半身の姿勢から鋭い刺突を放つ。足の体をなさない断面は独楽の軸として働き、ニエモンの回転運動を支え、彼の発達した剛腕が振るう刃は閃光と化し、切っ先はスロウスの懐に潜り込む。
腹を引っ込める姿勢になったスロウスは、膝を突き出してから高速で足を伸展する。端的な蹴りは相手が詰めた短い間合いの中で、牽制を兼ねた一撃になる。
突撃から一転、屈んで足蹴を回避したニエモンは、切っ先の行方を相手が伸ばし切った足へと定めた。身を屈めて太刀の峰に手を添え、頭上にある敵の膝裏に向かって刃を捧げる。
スロウスは盛大に仰け反り、後方へと一回転し、両手を足の代わりに跳躍した。
互いの距離が開くと、ニエモンは右足を前に半身をとる。
「そうか。お前遠隔操縦型だったか……。自立型と思って油断しちまった」
スロウスは無言を貫いた。
ニエモンの表情が悪くなる。
「だんまりなんて芸のないことしやがる。それともスピーカーを搭載してないのか?」
無言の相手に笑みと鋭い眼差しを送り続けるニエモン。
だがスロウスは、微動だにしない。
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