絶命必死なポリフェニズム ――Welcome to Xanaduca――

屑歯九十九

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第02章――帰着脳幹編

Phase 142:来訪

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《パオペイPro》 パオペイ社が売り出す高性能セマフォシリーズ。一般的なセマフォよりも機能と耐久性が向上していると宣伝しており、その価格は競合他社と比較して安価である一方、シェアはセマフォ市場売り上げ一位のシャッフルに迫る。内蔵する小型グレーボックスの水流栄養補給は圧力調整機能があり、分量を間違ったり衝撃による容器の内圧の変動にも強い。一方で、すぐ論理暴走を来す欠点が指摘される。













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 ダムの上では自警軍の面々とシェルズが土嚢どのうや自前の盾に隠れて身を守り、銃で応戦し合う。
 ゲートの付近では人同士の攻防が繰り広げられているが、こちらもほぼ膠着こうちゃくしている状況だ。
 ゲートへの突入を試みるシェルズは、すでに第一陣の侵入により、総数が減じたためか勢いがなく、複数の甲羅の盾を重ねて形成した移動シェルターに庇護されてばかりだった。守りにてっすれば爆破物などの応戦によく耐えて、隙間から銃口を出して反撃もできるし、燃え上がった機関銃を投擲とうてきすれば、それが弾倉の弾薬を加熱して、無差別発砲を始め、敵地上戦力を足止めする。しかし、攻め手に欠ける。
 対する自警軍は、ゲートを塞ぐ土嚢や車両に身を潜め、襲撃者が投げてくる手榴弾や暴発した火器から身を守り、壁の上から射撃をお見舞いする。
 そして、内陣に待機していたブルドーザーも土嚢を詰めたバケットを盾にして爆弾を押し返し、爆発を仲間から遠ざけつつ、ゲートの入り口に土嚢を遺棄して、より入り難くする。
 ダムの壁には直接外に出る階段や梯子はしごはなく、一方でダムを経由し地下から人と物資が出てきて、受け取った擲弾てきだんを発射し、敵の防御に穴をあけようとする。
 しかし、シェルズの中でもとびぬけて大柄な兵士が擲弾を盾で受け止め、爆発から同胞を守り抜いた。
 盾の隙間から見えた敵の体は、まるで人型のかにのようで、動きのさなか、関節から覗く隙間に赤い筋肉が詰まっているのが見て取れる。
 壁の上の自警軍の面々は渋面する。

「どうやら、装着型Smを身に着けてるやつがいたか」

「かまわない! もらった分は遠慮なく使え!」
 
 と言って擲弾筒を構える自警軍の隊員。
 その隣で仲間が小銃の弾込めをしつつ文句を口にする。

「指揮所の連中の判断が間違ってたんだ。最初の時に使わせてくれればッ」

「どっかの誰かさんが、敵の安い挑発に乗って弾を大盤振る舞いしてきたから、仲間の信頼と弾薬を失ったんだろうが。文句なら過去の自分に言え!」

「あの牽制があったからこそ土嚢を積む時間が稼げたし、こうして応戦ができたんだろうが!」

「狙いを外してゲートを破壊した奴の言葉は説得力が違うな。きっと、あの人型Smがいるときに発射してたら、見事背中に命中させて、今頃ダムは敵に制圧されてただろうな」

 一方シェルズたちは。

「援軍が来るまでこの場を死守するんだ!」

 と呼びかける。
 シェルズが突入を拒まれるゲートを入って内陣を超えた先にあるダムの端では、第一陣のシェルズが甲羅の盾によって道を塞ぐ。さらに進むとシェルズの指揮官である提督テイトクが甲羅の盾と土嚢から顔を覗かせる。
 その視線の先ではスロウスとビィシィたちが踊る。
 ダムの中央に鎮座する建屋の前に積まれた土嚢の壁の裏から、自警軍の隊員たちが発砲する。
 弾倉を取り換える隊員が、すぐ隣の仲間に問い質す。

「どうする部隊長殿! 相手の機体の編成が変わったぞ!? 押し切られる前に、いっそ攻めたほうが」

「いや、新手の敵は軽量で、人型友軍機を翻弄ほんろうしている。あの速度だと下手に介入すればこちらが巻き込まれるし、きっと敵の歩兵もそれを懸念して攻めてこないんだ。なら、こちらは友軍機が取りこぼした敵機に集中砲火を注ぐ」

「ならマグネティストのほうにも手が空いたら応援を頼もう」

 と言って隊員が奥に目を向け、星雲を操る集団を見据えた直後、飛来した榴弾が、ダムを覆う薄紅の星雲と稲光の網を爆発でもって波打たせた。
 空気が激しく震えて風が吹く中、提督を中心とした第一陣のシェルズから声が上がる。

「おい! 何やってるんだお前!」

 同胞から詰問を受けるシェルズは、今まさに装備を脱いでいる。武装を捨てて敵前逃亡するつもりか、と思われたが。
 本人曰く。

「あたし聞いたんだ。あの子供がSmに命令したとき、かなり漠然としていた内容だった。となると、あのヒト型Smがどうやって敵味方を認識してるかって考えて……」

「つまり、装備で敵味方を区別してる、っていうのか?」

 確証はあるのか? と問われるが。無防備となったシェルズは爆弾だけを抱えて上官に目を向ける。
 真っ直ぐ見据えられた提督は、盾を持つ同胞の肩を叩き、こいつを守ってやれ! と親指で装備を解いた部下を指さす。
 装備を解き無防備となったシェルズは、動きやすく肌寒そうな服装のまま、盾で守られつつ最前線へおもむいた。
 先陣をきるソフトベビー01は、スロウスの広く高い背に飛び掛かり、直後、スロウスの前にいた同型機も突進する。
 スロウスは背中に組み付く虫の前足を捕まえると、一気に体を前屈させて背負い投げで、面前に叩き落した。
 正面から挑んでいたソフトベビー02は、味方の腹を踏み台に頭を下げた相手に前脚を伸ばすも、スロウスは迅速に一歩引いてから、蹴りによって、立ち上がる姿勢のベビー02が見せた腹部を踏みつけ遠ざける。
 完成したビィシィ相手では動きを止める程度だった攻撃は、一回りも小さな相手には、仰向けにする威力を発揮した。
 しかしタフネスは完成体にも匹敵するソフトベビー。
 真っ先に地面を転がされたベビー01は、6本の脚を激しく揺さぶり、同型機に横腹を押される援助もあって起き上がる。塗装済みの背中でスロウスの踏みつけを受け止め、地面に抑え込まれるが、目立つ破壊には至らず。完成体のビィシィが突撃して、スロウスがその対処に追われると、ベビー01は逃げ出す。
 再び完成体ビィシィとの取っ組みあいに発展したスロウスの背後に、ソフトベビーが回り込んだ。
 すると、土嚢の高台から身を乗り出した年嵩としかさのマグネティストが、星雲くぐらせる杖を掲げた。

「〈アクト・リティキュラ=ディスチャージ〉」

 その宣言と同時に、杖にて蜷局とぐろを巻いていた星雲は、すでに稲光の網を構築し、振り下ろす動作で前へと飛んでいく。主から離れるほど稲光の塊は目まぐるしく歪曲を繰り返し、膨張し、スロウスの背後に位置するソフトベビー01を包み込んだ。
 雷撃の網に捕らわれたソフトベビーはうずくまる体勢で委縮する。そこへ投じられた手榴弾が破壊力を拡散し、ソフトベビーは衝撃を半身に浴びせかけられ、甲殻を砕いてしまう。全体としては4分の1ほどの損耗にもならないだろうが、立ち上がろうとするソフトベビーは、6本の脚のうち、左半分を負傷し、そのうち真ん中の脚は変な個所から折れてしまい、左右に体を揺らしてやっと直立するも傾いだ状態だ。
 わずかな戦果だが、それでも自警軍の心を沸かせる。そして、スロウスの援護となる。
 対峙するビィシィに全力を集中できたスロウスは組み合う相手を横へと転がし、自由になったとたん反転して腕を広げると、負傷した虫の捕縛にかかる。
 左脚が不自由なソフトベビー01は回避行動を取る。小回りでは若干分があり、スロウスが狭める腕を潜り抜け、懐に潜り込んだが、スロウスの蹴りが襲い、思わず前脚を盾にしてしまう。太い関節の甲殻から鉛色の保護剤が割れると、下に隠していた柔軟な粘着質の層が破片をぶら下げる。ひるんだベビー01にスロウスが拳を振り下ろす。単純な攻撃は、相手が背負う甲殻を殴打した。鼓膜を振るわせる騒音と衝撃が響き渡り、息を飲むのは自警軍の面々だ。  
 誰かが言う。

「絶対に! あの人型に攻撃を当てるなよ!」

 皆、うなずいた。
 動きの鈍ったベビー01の甲殻の端をスロウスが握り締める。逃げる隙もないまま負傷した01は持ち上げられ、それを阻もうと同型機が2体飛びついた。一体はスロウスの脚に、もう一体は腰に。
 しかし、スロウスの怪力を抑えきれず。負傷したベビー01は湖の反対へ広がる奈落へと投擲とうてきされた。
 スロウスの脚に組み付いていたソフトベビー02は前脚を掴まれる。すると、もう一体がスロウスの背中を上り詰め、前脚で頭を隠し、牙でうなじや、頭部の欠損を狙う。
 だが、頭を捻って急所の攻撃を回避するスロウスは、大雑把に右腕のかせを項に迫った牙へと突っ込み防ぐ。 
 その間に、掴まれたソフトベビー02は自分の関節を噛みしめ食い千切った。
 味方の離脱を確認したベビー03はスロウスの背中から飛び降りる。
 視界を回復したスロウスは敵陣に目を向けるが、きびすを返し、自警軍側に近いソフトベビー02をにらみ、牽制けんせいする。
 そんな中、シェルズたちの盾が突き進む。その前方をビィシィ2体が先導し、もう1体も合流して、合計3体のビィシィが並べば、それだけで圧力を放つ壁となる。
 銃撃は持ち前の甲殻が退け、その後ろの盾も防護として機能する。
 グレネードで襲うか? と自警軍サイドで提案が出るが部隊長は。

「だめだ! 甲殻を砕けない上、人型に被弾しかねない! 戦力を失えないし、もし人型が自立式だった場合、誤射によってこちらを敵と認識し、襲われかねない! 近接するまで温存しろ!」

「向こうが爆弾やら重武装を持ち込んでこなかったのは助かったな。あったら、間違いなく突破されてた」

「持ち込もうとしてたらゲートの仲間が体を張って止めてくれたさ。それに、それよりも厄介なものを送り込んできてるしな」

 そういって、迫るビィシィに銃撃を加えた部隊長。
 敵の対処に加えて、不調を来した銃を交換したり、弾倉に弾を籠めたり、指も目も休む暇がない。
 牽制がてらに甲羅の盾への射撃を継続するが、射線上にいるスロウスが驚異的な瞬発力を誇るソフトベビーを相手取るため闊達かったつに動くから、双方に射線を塞がれ、銃撃が継続しないのが口惜しい。ただ、射線のために退いてもらったら、今度はソフトベビーも突っ込んでくるので文句も言えない。勿論、擲弾を思う存分発射できるかもしれないが、壁にいる仲間からの報告を思えば、果たして擲弾でビィシィを止められるか疑問の余地がある。
 シェルズの盾は着実にダムの中心へ近づいていた。スロウスも敵の接近に意識を向けるが、そうするとソフトベビーが四方から迫りくる。2体だけの時はスロウスの方が優勢だったが、さすがに4体相手だと、攻め、妨害、死角からの突撃、というオプションが増えて、結果、決定打に欠けるもののスロウスに対処を強いる。
 しかしスロウスの手数も豊富で、蹴りに踏みつけ、殴打に突っ張り、果ては跳躍して、相手の背後に着地し、無防備な背中を掴んで、ひっくり返す。
 加えて、外部からの砲撃の合間にマグネティストが土嚢の上に立って、星雲の塊を放ち、雷撃の網目を空間に創造して、それに触れたビィシィは体に激震が走り、動きが鈍る。
 二人並んで土嚢から姿を見せるマグネティストに、自警軍の一人が援護に出て覆面に隠した口で、大丈夫なのか? と尋ねる。
 マグネティストは杖から雷撃を放つと、土嚢に引っ込み口元を隠しつつ語る。

「防衛のことを言ってるなら、すでにアーツの機序の効率化は果たした。砲撃が直撃することはないだろうが、それでも結構ギリギリな人員だから、砲撃による爆発の衝撃が少し強くなるかもしれない」

 その言葉通り、今度の砲撃による衝撃と音はすさまじかった。ダムが揺れた気がして、みな凍り付いたが、部隊長は笑みを作る。

「まあ、黙示録の日まで持ちこたえられれば何でもいい」






 ソーニャとイサクは、二人背中あわせで、茂みの中で警戒する。
 
「それにしても、ミゲルはどこへ行っちゃったの?」

「敵前逃亡したのなら、見つけ次第、始末してやれるが……。それにしても、パオペイも結構使いやすいな……。次セマフォを買い換えるときに考えようか。いや、戦いが終結したあと鹵獲ろかく品が出回ったら、予備で買ってしまおうか?」

 そう言ってイサクは平然と敵のセマフォと自分のセマフォを操作し続けた。
 ソーニャは晴れない面持ちで尋ねる。

「敵の居場所をまだ探ってるの?」

「今は敵が発信したメールの履歴を見ている。何か掴めるかもしれないし、これからミゲルのことが通知されるかもしれない。あいつには離脱する前にソーニャの援護をするように頼んでいたが……。さっき、敵が来てたよな?」

 いわれてソーニャは、ああ、と口走り森を疾走したソフトベビーの列を思い出す。
 イサクは。

「もしかすると、敵と接触したこともあり得る。そして、敵がこちらに向かわないように誘導したのか……。そのまま追跡してる可能性もある」

「もし敵に捕まってたら助けなきゃ……そんで……」

 深刻な顔で告げるソーニャに、イサクも真面目に応じる。

「見つけ次第、敵前逃亡の罪で……」



「なんて言われてんだろうかなぁ……」

 そう呟くミゲルは木の陰から慎重に様子を伺った。
 彼が注ぐ視線の先では、シェルズたちが同胞同士合流する。集団が居座っている場所では、巨大なダンゴムシが立派な牙で木を噛みしめて根元から切り倒して、許可なく空間を拡大していた。
 陣地を構築するシェルズたちは、トラックなど、数種の車両と巨大なダンゴムシで回りを囲み、銃を持った同胞たちがうろついている。
 一方、陣営の中心では、より大きなトラックがあり、荷台の上には蛾の触覚めいた構造を広げたアンテナを乗せていた。そして荷台の内部には、太さが人の腕から小指まで様々なケーブルが床に張り巡らされ、その合間に巨大蛆が突き刺さるヘッドギアを装着した5人が横たわる。彼らは、パイプの枠の簡素な寝台に身を預けおり、奥では、設置されたC3PCを挟む形で机が向き合い、その上に複数並ぶモニターを同胞が注視し、キーボードを操作する。
 一人が口を開いた。

「おおよそ、提示されるバイタルは許容値に収まっている。ただ距離が離れすぎてるから遅延したフィードバックで、ベレ3のパーソナルパラメーターにノイズと思しき数値が現れている。それと破損したアハブ2とアハブ4のバイタルに変動が見られないのが気がかりだ」












※作者の言葉※
次の投稿は一身上の都合により5月24日の金曜日に予定変更いたします。









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