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第02章――帰着脳幹編

Phase 140:甲殻の子供たち

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《携帯式発電ゴブリンG40-s》レイモンドプレジション社は企業戦争後の政権破綻を経て旧国軍から払い下げられた自社の軍事用手回し発電機にゴブリンを組み込み、一般向けに販売した。携行性をある程度犠牲にすることとなったが、その分、十分な発電能力を獲得するに至り、爆発的ヒットとなる。最初はアウトドアで活躍し、そして、断続的に繰り返される内戦で使用されるようになった。











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 操作端末であるC3PCのとなりには上下に激しく震えるゴブリンがバッテリーボックスめいた箱から頭を出しており、頭から直接生える足に相当する器官が、ペダルをこいでいた。額には緑色の液体を内包したアンプルが突き刺さり、そこから根のように表皮に浮かぶ脈は拍動し、側頭部に埋め込まれた電極や配線はC3PCや、小さな鉄塔めいた装置へ接続している。
 駆けつけてきたシェルズの伝令が、全機出撃の命が出た、と回答する。
 元から居たシェルズはC3PCのキーボードを操作し、画面に注目する。
 さらに一人は機械同士をつなぐ配線に絶縁テープを巻きつつ、準備しててよかったな、と呟く。
 機体のバイタルオールライムグリーン、と機材の画面に釘付けになる人員が告げた。
 ある者はビィシィに取り付けていた電極を引き剥がす。彼らのすぐそばにあった迷彩柄の天幕の下に並べていたビィシィは、鉛色の塗装を施した甲殻を背負っている。今ダムで跋扈ばっこする機体と同種に見えるが、比べると横幅が細く、足も華奢きゃしゃだった。
 その奥では今まさにスプレーでもって、機体への塗料の吹付作業を終わらせた同胞がマスク越しに言った。

「ソフトベビーの塗装完了! あとは乾かすだけ!  出撃するなら、乾燥が終わった機体を優先して……」

 いや全部出せとのお達しだ と伝令が再度告げる。
 塗装担当は塗料を入れたドラム缶の上に、スプレーであるノズルを置いて言い返す。

「乾燥を終えた半数はさておき、今塗装した奴らは指触乾燥の段階で完全に塗料が高質化してない。生乾きのまま動かせば。せっかくの塗装ががれるし、その分無駄になる。塗装一回で31ザルになるんだぞ?」

「だが、命令は絶対だ! 俺たちに拒否権なんてない。そうだろ?」
 
「ったく、俺の仕事を台無しにすんなよ運用班……」

「もう、強深度通信始めてるから、そいつに言ってやれ」

 そう告げたのは、トラックの荷台の上でタブレットを持つ同胞だった。同じ荷台には、ドーム状の装置が鎮座しており、上部の水槽には触手と脊柱を生やす脳が収められていた。
 タブレットを持つ同胞は、モニターの波形をもう一人と一緒になって、二人がかりで確認している。

「OK、タワーとC3PCとの連携はできてるな。新調したトランスも順調みたいだ」

 そう告げる同胞はタブレットから片手を放し、ドーム型の装置を撫でた。
 すると突然、ソフトベビーの1体が胴を持ち上げ前脚でせわしなく地面を踏み鳴らし、反転する。
 塗装担当はしゃがむと、ソフトベビーの楕円を歪曲させた形状の目を覗き込んだ。
 聞こえてるか? と塗装担当がたずねればソフトベビーは持ち上げた前脚を振る。
 塗装担当は振り向き、自分が今までいた天幕の隣に設営された別の天幕に足を運ぶ。とばりで壁を作り外界と完全に隔絶されたそこには、10人ほどが鉄パイプで作った座席に縛りつけられており、見守り役が、タブレットをいじっていた。
 眠る同胞たちは、目に痛いほど配線と電極を突き刺した虫の頭を被っている。虫の頭は頭頂部に太い胴体をよじる蛆を生やして、それが内部から淡い光を放っており、被り物の縁には、太い赤文字で『Noli me tangere』と書かれていた。
 荷台でタブレットを扱っていた同胞が、同調良好いつでも行ける、と告げた。

「ただし、お安い設備なんで、操縦者の感覚器官占有度が高いのがネックだな……。一つくらい操縦者が口頭で実況できる程度に感覚占有度の低く抑えられる回線設備を揃えればいいのに」

 C3PCを扱う同胞が答えた。

「しゃあない。うちは現地の仲間との連携に主眼を置いている。現場の状況を話せるようにするくらいなら、その分に支払うコストで操縦者を揃えたほうが戦力になるし、高級無線を使うとなると費用もばかにならない」

「でも、サッカーフィストは実況してたぞ?」

「あれはスポンサーがいるんだよ。それに扱うのも一機と一人だけだから、経過観察もしやすい。うちみたいに数を揃えて同時に運用すると、その分一人当たりのコストとバイタルの確認に気を遣う。今だって、数人の感覚ラリーをひとまとめにして通信して、一人一人の順番待ちを解消してるんだ」

「おかげで感覚を盗み見るのも大変だし。見えても古い情報ばかりで、リアルタイムで状況を確認したら通信に遅延をきたし、現場の混乱を誘発する」

「ままならないな。じゃあ、俺たちも金払いのいいスポンサーがつくほど、成果を上げるしかないのか……」

 その言葉を合図に今まで伏せていた10体のソフトベビーが体を浮かせ、走り出す。馬ほどに早く、長く伸ばした脚は森へと突入し、自然の起伏をものともしない。
 10体はそれぞれ進路を変えて、自身の調子を確認するように飛び交い、それでいて同じ方角へ突き進む。
 その物々しい隊列は、イサクに警戒を抱かせ、索敵を続ける同胞を鼓舞する。
 一方のミゲルは直ぐ傍を駆け抜ける機体が過ぎ去るのをうずくまることで切り抜ける。枝葉がこすれる騒音を浴びていたその時、最後尾の1体がミゲルの頭上に躍り出て、その脚力でもって人の頭を踏みつけ、額を痛烈に地面に押し付ける。
 若い隊員は、一時の入眠へいざなわれた。
 移動を続けるソーニャは遠くに向かう影を視認し、口走る。

「ビィシィKG-SC! 華胥カダ特別義勇隊が、かつてザナドゥカの南岸に侵攻して来たときに投入し、鹵獲ろかくされた機体! 初めて見たかも! もっと近くで見たいぃい! でも逃げないといけないいッ!」

 待てぇえ! の呼び声が背後から迫ってくる。それだけでソーニャの足は拍車を叩きつけられた馬のように加速する。
 追いかけるシェルズは息が上がっていた。体を左右に揺らし、目の焦点が段々と不安定になる。本人もそれを理解する。何かおかしい、呼吸が苦しくて手足の感覚が喪失している。自覚症状が無視できなくなって、しばらく経たないうちに、膝からくずおれる。

「まち……やが、れ」

 もはや地面に向かって訴えるシェルズの同胞B。
 散々追い掛け回されたソーニャは、後ろを振り返り、誰の姿も追従していないと判断し、立ち止まって周りを見渡す。荒くなった呼吸を整えつつ、慌てて身を低くし、頭の上で盾を構えた。しばらく耳を澄ませ様子を伺い、なんの気配もないと判断してから、慎重な足取りで来た道を引き返す。その途中で倒れる追跡者を発見した。最初の三歩は駆け足で途中から忍び足。蹲っていた顔面が持ち上がると、ソーニャは立ち止まり、前に出した盾に引っ込む。

「お前……オレに、何、しやがった。何を注射したッ!?」

 消え入る声で詰問する同胞Bは、銃に手を添えるだけである。ソーニャは大きくした目で相手を観察し、おもむろに片手には余るほどの石を拾う。その光景はシェルズに立場が逆転したことを知らしめた。  
 やめろ来るな、と悲痛な声で同胞Bが要求しても少女は近づく。盾の作る影を被る少女の表情は、無味乾燥だが人間に内在する闇の部分を暴いたようにも受け取れる。だからこそ、同胞Bは薬物の影響かも知れないが打ち震え、命の危機と壮絶な暴力を予感し、涙目になって、やめてくれ助けてくれ、と懇願こんがんする。
 しかし少女は眉一つ動かさず動けぬ相手を見つめ、そして、蹴った。
 少女の爪先は地面を削って木の葉と土を巻き上げ、同胞Bの目を襲う。
 目に砂利が入り、うめく同胞Bは直接的な暴力はなかったが、一時的に視力を損なった。
 それからソーニャは急ぎ銃を掴んで引き寄せる。
 手から武装がなくなった、と漠然ばくぜんとした感触で察した同胞Bは、緩慢かんまんな動きで取り返そうと手を伸ばす。だが後の祭り。返せ、の言葉も空しい。
 ソーニャは周りに警戒しつつ、石と持ち替えた火器から、どうにかこうにか弾倉を外し、やっと一息ついた。

「ふぅ~、これで安全」

 やり切ったという声を上げる少女に、シェルズは地面を撫でるように手を動かす。

「た、たすけて……」

 ソーニャは急ぎシェルズの首に触れる。

 「脈は弱い感じがするけど。意識はまだある。 舌の感覚は残ってる?」

「あ、る……」

 土の味はする? という質問には。する、と答える同胞B。ぎこちない口ぶりだが、まだわずかに動くことも可能だと分かる。
 ソーニャは強引に相手の兜を奪い取り、目を開けて、と告げ。ペンライトで照らした瞳孔が収縮するのを確認した。

「よしよし、うまく効いたみたいだね。息苦しくなったら教えて。まあ、勝手に判断するけど」

 ソーニャはうつぶせの同胞Bにまたがると、腕を背中で束ねて手首と両足を持っていた結束帯でたばねた。
 何を投与したんだ、とたずねられたソーニャは説明しながら背後からボトルを次々取り出す。

「これ、ヒプノイシン……Smに使うための麻酔鎮静薬なんだけど。これには一部、人の筋弛緩薬きんしかんやくとして使用されるスキサメトニウムが含まれているんだけど。同じくテトロドトキシンも入っているから、こっちのメディアホルムに含まれるアコニチンで相殺する。まあ、生理食塩水で希釈するひと手間が必要だし、先にテトロドトキシンが分解されて、残ったアコチニンの作用が後で現れるから気を付けないといけないんだけど」
 
 そんなぁ、と同胞Bは、少女が扱うには刺激的な薬剤を提示され、驚愕きょうがくした。
 ソーニャは動けなくなった同胞Bの拘束を済ませ、うんしょ、という掛け声で大の大人を引き上げ、座る体勢にしてやる。

「今からはバイタルのチェックのためにソーニャに従ってね。じゃないと、いつ呼吸が停止してもおかしくないから。まあ、仲間に医術の心得があれば別だろうけど。今もし、ソーニャがいなくなって呼吸ができなくなったら、助けが来るよう神様に祈るんだね。けど、あなた方のような怖い人にご利益をもたらす神様を知らないなら、お祈りもできないねぇ」

 ソーニャは勝手に相手の知識のほどを知った気になると首を横に振ってみせた。
 無力にうなだれる同胞B。
 ソーニャは表情を変え、自分の仲間のことに意識を向けた。あごに手を当てて考え込み、瞑目めいもくの果てに一つの答えを出す。そして、同胞Bに近づいた。

「ねえ、おじさんたちは、ソーニャを抹殺するために来たの?」

「ち、がう。捕まえる、つもりだった……」

「なら、もしおじさんがソーニャをボコボコにしてたら、もう一人のほうは、どう動くかなぁ……」

 遠くから聞こえる発砲音にソーニャは視線を傾ける。
 少女の目の色が何やら企みの色に変わった気がして、同胞Bは瞳を震わせた。

「ぎゃああああああ!」

 森に響き渡る少女の絶叫。茂みに潜むイサクは思わず顔を上げる。その鮮明な声に方角も見当がついた。それは、敵も同じ。そして、ミゲルは蹲った姿勢のまま、安らかな顔で眠っている。
 シェルズAは、小さく鼻を鳴らし、まだ続く絶叫を心して聞いた。

「やめててぇぇええ捕まえないでぇぇええ!」

 すると銃声が鳴り響き、少女のなげきの声がとどろく。

「うぎゃあああ! 撃たないでぇえええ! 殺さないでぇええ!」

 あいつ何やってやがる! とシェルズAは焦りを覚える。銃声と少女の叫びが繰り返され、しぬぅうううだずげでぇええ! などと絶体絶命を予期させる声まで聞こえてきた。
 シェルズAは茂みの陰で縮こまっていたが、やがて腰を浮かせ、歩き出す。
 イサクは動く茂みを発見したが、向けた銃口を一旦おろし、その行く末を見定めた。

「うぎゃああああ、お願いですぅう! 言うこと聞きますうぅう!」

 銃声は繰り返され悲劇的な叫びもとどろく。
 おいおい本当に何やってやがるッ、シェルズAはどんどん困惑にかられ足が速くなる。
 命令を根底から否定する暴挙が営まれていたとしたら、同胞からの叱責しっせきはもちろん敵の憎悪を招くことになる。ただあの人型Smを停止させるために追い詰めている可能性もある。それにしたって、今すぐはおかしい。標的を捕まえたのなら人質にして今潜んでいる狙撃手を黙らせることも可能だ。きっと、射撃も少女を助けるためのおとりだったはずだから。そのために、せっかく自分がヘイトを集めていたのに、努力が無為むいにされては、たまったものではない。その一心で森を突き進み、やがて、木の陰からはみ出す兜に出くわす。茂みが遮り、相手の全容は分からないが、自分が装着するのと同じ装備だったので、合流できた安堵が自然と湧いた。それでも緊張や怒りや不安は消えず、何やってんだ、と声を荒げて隠し切れない兜の前に回り込んだ。
 そこにあったのは仲間の抜け殻、木の根元に突き立てていた枝によってディスプレイされていた自分と同じ装備であった。
 は、と気の抜けた声を発したシェルズAは、今自分が背にしている方角から聞こえる呻き声に気づき、振り返ろうとした。

「動くな!」

 そう言われて防具の隙間、腰部の背面に固いものが押し付けられる。銃口だと悟り。少女の言葉に黙って従った。

「よろしい。そのまま地面に武器を下ろせ! 下手な真似をしてみろ。お前の母ちゃんも見たことがないお前の中身を見ることになるぜ?」

「……ジム・ケースとエディ・ベーグルのダブル主演『エンパイヤタッグ』のセリフ……か」

「よく知ってるね。じゃあ、このセリフの後どうなったか覚えてる?」

「たしか……それを言った敵は……お前には暗証番号を吐いてもらう、と言って……」

「そのあと……?」


「主人公ジョージの後ろ蹴りを食らって……」

 ソーニャに後ろ蹴りが放たれる。
 しかしシェルズAの反撃を予期していたソーニャは、回避すら必要のない位置にいて、シェルズAの足元に射撃を加える。
 決して少なくない弾丸が地面から跳ね上がり、シェルズAはその場で喚いて踊って、転んでしまう。









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