絶命必死なポリフェニズム ――Welcome to Xanaduca――

屑歯九十九

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第02章――帰着脳幹編

Phase 139:ちびっこよ、どこへ行かれるのですか。

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《ビィシィシールド》ビィシィの甲羅を剥ぎ取り熱処理と防腐処理を施した防具。その硬さは、対物兵器に耐えうるほど堅牢であり、同じ性能と大きさの鉄製の盾と比べて軽量で、強度はほぼ同等かそれ以上となる。素材を提供したビィシィは稼働を続け、その後背中の甲羅が回復次第、再び剥ぎ取られる。一方で、製品の形状がビィシィに依存し、削ることで強度と耐久性を犠牲にして小さくできても、性能を保ったまま形状を変化できない欠点もあり、形状を保ったまま運用するには体力と技術が求められる。











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 ダムの上にて。
 マグネティストが放った星雲と稲光が構築するネットは、襲い来る巨虫を阻む。
 ネットの端々で捻じれる光の粒子の渦は空間に固着するための留め具となり。突撃したビィシィは雷撃の網目に足を絡めとられ、前進も後退も許されず、稲光の網は動きに合わせて柔軟に伸縮する。迫りくる巨体にたじろぐマグネティストは、星雲がまとわりつく杖頭を振り下ろす。

「〈ラムベイゴ=ディスチャージ〉ッ」

 星雲は杖頭を軸に高速で回転し、持ち主が起こす垂直の動作に合わせて発射される。
 内向きに捻じれる星雲は、巻き込んでいた光の粒子が強烈な明滅を繰り返し、表面に無数の渦を描くと、まばゆいスパークに被覆される。閃光に包んだ星雲の鉄槌は稲光の網目を貫通し、直接、囚われたビィシィの広い甲殻に触れてより一層激しく甲高い音とともに弾けて、視聴者の五感に差し障るほどの雷撃を解き放つ。
 異常現象による衝撃を浴びたビィシィは、一瞬動きを止めて、そして、体を持ち上げ金切り声を上げ、対峙たいじする年嵩としかさのマグネティストを筆頭に周囲の人間の鼓膜を痛めつける。
 人間が耳をふさぐと、雷撃を浴びたビィシィは地面を蹴って、ようやく稲光の網を引き裂いた。あれほど巨体を阻んだ光の網は崩れ、ほどける稲光の繊維はちりとなり、砕けた星雲は消失した。
 残された極彩色の粉雪の中を解放された巨体が駆け抜ける。
 年嵩のマグネティストは再度杖に星雲を集約させた。しかし、発射が間に合わず、迫る巨体が足元の土嚢どのうに衝突すると、尻から倒れてしまう。
 崩れた土嚢の坂を駆け上るビィシィに対し、年嵩のマグネティストが咄嗟にとれた対処は、腕を盾にすることだけだった。
 ビィシィは鎌と形容できそうな前脚と斧と言うに相応しい牙を開き、人体を容易く両断してあふれ出るもの全てを己のかてにしようとする浅ましい意志が実現する、と思われたが、あと少しのところでビィシィの巨体は後ろに引き下がる。
 先陣を切っていたビィシィの甲殻の端々を掴むのは、低く叫ぶスロウスであった。
 人の危機を救ったスロウスは、力任せにビィシィの巨体を持ち上げ、そのまま仰け反って豪快なバックドロップを披露する。
 ビィシィは、自重とスロウスの怪力が合わさった技によって、鼻先から固いコンクリートの地面に墜落し、頭は潰れ、牙が折れる。
 遅れてやってきた2体のビィシィは同類が破損したところで立ち止まった。
 腹筋の力で起き上がるスロウスは迅速に反転し、晒された虫の腹を踏みつけようとする。しかし、頭に爆弾が直撃した。ビィシィの極刑の中断の原因は、人が繰り出した攻撃にあらず。
 事態を察知した自警軍の隊員は空から飛来する巨大な蚊に射撃を実行する。
 太った胴体は蛍光する黄色が透けて、危険を周知させ、腹部に突き刺さる雷管は痛々しく禍々まがまがしい。
 頭部を煙に包んだスロウスは棒立ち。
 その合間に、健全なビィシィが仰向けになった同種に駆け寄り、甲殻を押し上げて上下を正す手伝いをする。
 同時に、頭を爆発の煙に埋没するスロウスへ、健全なビィシィが近づいて組み付こうとしたが、突如、スロウスが放った蹴りに甲殻を砕かれる。
 それを合図にスロウスは煙から顔を出し、両手を広げ不用意に近づいた敵に襲い掛かる。
 だが敵は上からも近づいていた。
 蚊がスロウスの背中に張り付き、腹部を激しく振動させて、スロウスにぶつけた雷管を体内に押し込んだ。その瞬間、爆発を引き起こす。
 襲来する蚊は数えるのが億劫おっくうになるほど増え。爆発を解き放てばダムの上を煙と衝撃で埋め尽せると思われた。
 腹の色味に加えて、送り込んできた人物の悪意が透けて見える。
 マグネティストは杖に絡みつく星雲に語り掛けた。

「流量1000、圧力4000……」

 その後の言葉は、まるで音の羅列、人の発声器が出しているが、どこか再生が失敗した録音音声を思わせる。口からは飛沫の代わりに微細な稲光がのべつ幕無しに飛び出して杖にかかる。
 声と火花を受けて、杖頭で回転していた星雲は、先細っていく過程で先端へと流動し、球状にまとまると、杖から離脱した。
 年嵩としかさのマグネティストは空に飛び交う蚊に星雲の塊を向ける。

「ショックアーツ〈エレクトロード・チェインリアクション〉」

 杖から発生する稲光は円環となって、瞬く間に直径を膨らませると断裂する。その衝撃に弾き出された星雲は、爆弾蚊の一つに接触した瞬間、盛大な雷光となって飲み込む。それにとどまらず、雷撃の枝を伸ばして近い蚊に飛火し、はねの動きを奪い、筋肉を委縮させ、墜落へと導く。
 雷撃の鎖が飛翔する爆弾を落とす中。
 背中に煙を背負ったスロウスは、攻めてくるビィシィを受け止めた。だが、今度は重なり合うようにして2体の巨体が同時に襲う。 
 1体がスロウスの脚に抱き着き、後続機は同種の甲殻を駆け上ってスロウスの胴体に迫る。
 巨体を胸で受け止めたスロウスは重みでる。
 それを見た年嵩のマグネティストは、スロウスに近づき、背中に星雲の塊を押し付けた。

「味方だと信じるぞ……〈ゼノジニック・オーソティック〉」

 星雲から生み出された稲光は、つた植物のようにスロウスの体を駆け巡り、それを骨組みにして杖頭から噴出した星雲の薄膜が広がった。
 妖光を纏うスロウスが暗い眼窩がんかで敵を見下ろす。
 巨躯きょくから撤退した年嵩のマグネティストは自身の杖を一瞥いちべつして自身の行いを再認識し、やっちまった、と後悔じみた念を吐いた。






 一方、ダムの前に広がる森では。
 どこなんだぁ、とささやきかけるシェルズの同胞Bが、いきなり鳴った物音に向かって銃口を向ける。そして、前を横切るリスを見送った。途端に脱力した。
 足元に発煙筒が投じられそこから盛大に煙が吹き上がる。
 何?! と突然の出来事に口走り、視界の確保された方へ振り返った瞬間、すでに腰丈の高さに盾が迫っていた。
 引き金に指がかかるが射撃はせず弾丸の代わりに蹴りを放ち、その一発で解決、かに思われたが。足が触れる前に、広がる煙に紛れて盾の陰からガンスプレーが飛び出し、ノズルから一気にミストが噴射される。
 顔にまぶされた液体は刺激的で面具を乗り越えた飛沫が目を襲い、痛みを生み出す。
 乱雑な射撃が茂みを揺さぶる。
 盾を構えるソーニャは果敢かかんに突き進んで、握り締めたものを相手の太腿に突き刺した。
 叫ぶシェルズの声は同胞にも届いていた。
 何やってんだアイツ、とつぶやいたシェルズAは無意識に先ほど被弾した腹部に触れて生理的なうめきをえる。
 すると、耳元に銃撃音が素通りし、即座に応戦に転じた。
 イサクの隠れる茂みが弾丸によって枝ぶりを変えられる。それは敵の関心の表れであり、同時に、ソーニャを逃がす余地を意味する。はずだが、当初の想定は無効になったと遠くからの銃声で察せられる。
 撃たれた恨みが痛みによって増長するシェルズAは木に潜み、あいつに何が起こった? と内心同胞の心配をする。

「早く終わらせて援護に来い」

 しかし、それはしばらく無理そうだった。

「アァアアアッ、ぐ、クソが!」

 少女を追いかける同胞Bは、鉄の盾を銃床で殴りつける。ところが、それよりも早く盾は自ずと地面に倒れ、その下に隠れるソーニャがとある昆虫を彷彿ほうふつとさせる爬行はこうで茂みへ逃げて行った。
 残された同胞Bは呻き、装甲の関節のつなぎ目をって、太腿の付け根付近に突き刺さる注射器に手をたずさえた。
 ふざけやがってッ、を連呼する同胞Bは、太腿に突き刺さるシリンジを握ってゆっくりと針を体から引き抜く。鼻息荒いが思考は残っており、シリンジの中身を確認するも、内容物は完全に押し出され、つまりは自身の体内に入った後だった。
 何を注射しやがった! と注射器を捨てて声を荒げても返答はない。
 答えを知るソーニャは、絶賛逃亡中で今は木の根元に隠れ潜み、興奮であふれ出す冷や汗にまみれるが、したり顔である。
 その様子をどうにか茂みの陰から観察しようとしていたミゲルは、枝葉の間から銃口を突き出すが、標的である大人は移動して、射線に割り込む木によって姿が見えなくなる。
 舌打ちしたミゲル。

「このまま、突撃する。いや、敵が装甲頼みで強引に突っ込んできたら、俺が負ける……。それに、ソーニャちゃんの作戦を邪魔しかねない……」

 一方、怒りと恐怖に駆り立てられる同胞Bは、無差別な射撃を開始した。とりあえず近くの茂みから弾丸で枝葉を刈り取っていく。そこに確保すべき対象がいることも銃身が煙を上げることもいとわない。注射箇所の深い痛みはあるが、それが突き進む弊害へいがいにはならない。今までの冷静な対応など消失し、何か異変を察知したら、すぐに発砲する。
 響く銃声を遠くから聞いていたイサクは表情を険しくする。
 シェルズAも、何やってやがる、と思わず呟いてしまう。
 同胞の苦言も知らず同胞Bは腰の鉈を引っ張り出し、行く手を遮る枝葉を叩き切る。その先にある木の陰では、ソーニャが自前の鉄の盾のかけ紐に頭と腕を通して亀の如く背負い、首を引っ込め打ち震えていた。徐々に敵は近づいている。動かねば荒ぶる敵に接触する。直接、見なくとも音で判断できる。だからソーニャは腰を浮かせ、急ぎ、走りだそうとしたとこで、木の根っこに足を取られ盛大に転んだ。
 同胞Bは自分由来でない音を察知し、音の発生源へ走っていく。
 ソーニャは犬のように両手足で地面から飛び上がり走り出す。
 ミゲルも頭を出す。その瞬間、遠くから弾丸が迫って、耳元で枝葉が切断される音が響いた。
 シェルズAは機関銃でもって遠くで動く影を狙撃し、牽制けんせいする。
 その間に。
 待ちやがれ! と同胞Bは盾に銃弾を撃ち込む。
 ソーニャは弾丸の直撃こそ免れたが、衝撃は背中を痛烈に打ち据え、呻く間もなく前のめりによろめく。だが、走るのは止めない。追う同胞Bも走ることに集中する。注射された部位の痛みは無視できる。それよりも、何をされたかを知らなければならない。そして、同胞たちのため、カレイジシェルズ全体のために人型Smを止めさせるのだ。
 不安と怒りと使命感が駆り立て、声を上げる同胞B。

「あのSmを止めろ! そうすりゃ手を出さない! そして俺に注射したものの正体を教えろ!」

 問われたソーニャは答える余裕を失っていた。それは壮絶な人相をていする顔からも察せられる。






 ダムでは――。

 雷の羽衣を纏い、薄紅色の星雲を湯気のように立ち昇らせていたスロウスが、圧倒的な力でビィシィを押し返す。
 ダムの敷地内でありゲート前で交戦していた自警軍は、虫Smは素通りさせろ! 俺たちの手に余る! と呼びかけあう。
 結果、ダムの上へと躍り出たビイシィは、土嚢どのうや甲羅の盾に隠れるシェルズによる、いけ! 突き進め! の激励を浴びながら、荒ぶる人型Smの前に現れる。
 しかし、雷撃を纏ったスロウスはビィシィを持ち上げて、突撃してきた別のビィシィへの盾として使い、さらには押し返した。
 その横をちゃっかり素通りしようとするビィシィには、スロウスが持っていたビィシィを叩きつける。
 素通りを画策したビィシィは横からくる同種の背中でもってうなじを守る甲羅の端を殴打され、あっけなく転がされる。
 武器に使った敵機を地面に叩きつけたスロウスは、振り返ると、今まで背中に組み付いていたビィシィを捕まえ、前屈の動作で振り下ろし、これもまたひっくり返した。
 土嚢と甲羅の盾に前後を守らせていたシェルズの一人が、こちらもメンターを出しましょう! という。
 だが提督テイトクは首を縦に振らない。

「その前に……残りのビィシィを投入する! 全機体出動! の符丁を伝令に仕込め」

 提督が突き上げる左腕にしがみ付いていた甲虫が、カブトガニの甲羅を開く。
 の触角を生やしたテントウムシの胴体、その背を包むカブトガニの甲羅が二つに開き、中から伸びた薄羽が高速で羽ばたく。
 同じ甲虫が提督の後ろにいた同胞の腕からも飛翔し、合計2体放たれた。
 甲虫は列をなして森を進み、やがて、茂みの一点に飛び込んでいく。そこにいたのはヘッドギアを装備したシェルズで、やってきた甲虫の一体を右腕で受け止め、震わせるはねにそっと指を添えて振動を感じる。それから肘を曲げ、二の腕に居座る同型の甲虫を来訪者に近づけ、背中合わせにして、薄羽を高速で擦り合わせる。元から左腕にいた甲虫から延びるケーブルは、セマフォに接続しており、腕の主が操作し、隣にいた同胞へ口で伝える。

「コマンド……487-DCだ。すぐに伝えてくれ」

 了解、とうなずいた同胞は森を突き進む。
 伝令のいた場所から、木々に阻まれ見えない程度に離れた地点では、C3PCと呼ばれる脳から脊椎せきついにかけてを水槽に入れた機械が設置されており。隣では、配線された金属の柱にて、広がる葉脈に膜を張り合わせた構造物が左右に伸びて、ゆっくりと回転していた。









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