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第02章――帰着脳幹編

Phase 137:蟹の調教師

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《ビィシィ》Cada社会主義民主国が作り出した多目的虫型Sm。高い耐久性と運動性能を実現し、軍事目的で開発されながら主に農業労働などで利用された。しかし、その後の反政府主義グループによる利用などが目立ち、Cada内での一般の使用が禁じられると、今まで民間に流通していた機体が国外へ売り出され、結果、海外での研究改良が進み、原産国の機種より海外機種の方が性能面で上回るに至り、逆輸入が起こっている。
 












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 森の中、隠れ潜むミゲルとイサクを素通りして、続々と見晴らしのいい芝生しばふの領域に躍り出た巨大甲殻虫ビィシィは、提督ていとくによる、突撃! の号令で一つの目標へ猛進した。
 跳躍したスロウスは最初に迫ってきたビィシィを飛び越え、次に現れた個体に廃車から失敬しっけいしたバンパーを叩き込み、硬いもの同士の殴り合いで激しい音を響かせる。
 殴打の反動と敵の突進の威力を利用して空中宙返りを決めたスロウスは、新手のビィシィに甲羅の盾を突き立てた。元から甲羅に幾重いくえにも巻つく鎖に腕を通して握り締めれば、支えは十分。
 同質のものが起こすぶつかり合いは、助走も相まったビィシィが押し勝つ。
 着地したばかりのスロウスは重心を整えるのが間に合わずり、その背後にいたビィシィが突撃を決行する。
 スロウスがその場で飛び上がって盾を引き寄せれば、前後から迫っていた2体のビィシィが正面衝突をしでかす。
 双方は頭を隠す甲羅をぶつけ合った衝撃で、動きが緩慢かんまんとなる。その合間に別のビィシィは、土嚢どのうが吐き出す土砂の坂を上り、ゲートを潜る。
 すかさずソーニャが、スロウス! の一声を上げようとするが。スロウスは向かってくるビィシィを盾で阻み、時には跳躍で相手の甲羅を踏みつけるのにいそがしい。
 カレイジシェルズの一兵卒は甲羅の盾を掲げ、その下に寄り集まった3人の同胞が銃を構えると、前進する。彼らはスロウスを無視し、後ろ脚を曲げ、尻を地面に向けたビィシィの背中を階段にする。事前にダムの敷地内に入っていた盾を構える同胞が、待ち受けていた自警軍の銃撃を防ぐ。
 援軍の同胞が不安定な土砂を乗り越えると、シェルズの先兵が振る舞う弾幕と防御は厚みを増す。
 スロウスが侵入者たちに向きを変えるが、その前に横入りしたビィシィが壁となってふさがる。助走もない接近ではスロウスと互角、とはならず押され気味になるが、時間稼ぎには十分だ。何なら別のビィシィがスロウスの背後へ忍び寄る。突撃かと思われたが太く長い前脚を使った飛び掛かりを決行する。
 逃げるのが遅れたスロウスは、更に追加で来た個体を含めて、合計3体のビィシィに抑え込まれた。

「ビィシィであのSmを牽制しろ! 他の者は私に続くのだ!」

 同胞が担ぐ甲羅に隠れて提督がダムへと急ぐ。その脇を固めるシェルズの面々は上からの銃撃に応戦した。
 3体のビィシィに組み付かれるスロウスは強引に前進を試みる。
 三階建て以上の高さを誇るダムの壁の上にいた自警軍の隊員たちは人型Smを指さし、あれも敵か? と仲間に質問する。

「違うみたいだ、むしろ援護するぞ」

 と仲間が返答すると別の隊員が、本当に大丈夫か? そう不安を口にする。
 期待と疑いを一身に受けるスロウスは甲羅の盾をビィシィに執拗しつように叩きつけ、バンパーの尖った部分で相手の甲殻の隙間、比較的柔らかい部位を狙う。
 しかし、スロウスの振るう甲羅の方が亀裂を作り、バンパーではものの役に立たない。
 やっぱり生体の方が強度は上かッ、などと歯噛みするソーニャは双眼鏡を外し、自前の鉄の盾に隠れつつ、背後からやってきて横を過ぎる敵を視認する。時折、お互い目が合い、ぎこちなくも会釈えしゃくを交わす。
 あれ何? と森から来たシェルズたちは少女に困惑したが、とりあえず同胞たちへ加わった。
 弾丸の駆け抜ける音に強く鼓膜を揺さぶられたソーニャは、盾を背負ってその場に伏せ、トランシーバーに言葉を贈る。

『スロウス! 追加でやって来た人間たちの前進を止めて!』

 という主の命令を履行りこうしたいスロウスだが、自身の脚と太い胴体に巨虫が抱き着いて動けない。
 最初から攻撃に加わっていたシェルズは。

「Smに構うことはない! 子供にもだ! 壁の上からの銃撃とダムに入ることだけに集中しろ! 制圧すればこちらのものだ!」

 ビィシィもゲートの内部に侵入し、駆けつけた自警軍に突撃を仕掛け、その前脚の爪で襲う。
 スロウスは持っていた甲羅の盾をフリスビーの要領で投じてシェルズの面々を数人巻き込んだが、続々と森から敵の増援がやってくるのを止められない。
 残るバンパーも投じたが、これはシェルズの勇士3名が身を乗り出して支えた甲羅の盾で防ぐ。盾の重量も銃撃も比較にならない威力だったが、何とか耐え抜いた。
 スロウスは空いた両手で真正面のビィシィの両脇を掴み上げた。6本の脚が浮き上がり、抵抗するための支えがなくなる巨虫は、スロウスの前進を許してしまう。残る2体が前に回りこんで抱き着いてくる。スロウスは横へれることを試みるが、前脚による抱き着きは強固な拘束具となり、残り8本の脚が地面を捉え、虫の巨体が重荷となる。体の向きを変えることはできても、それ以上の動きは許されなかった。
 盾を背中に背負って匍匐ほふく前進で接近するソーニャが声を上げる。

「スロウス! ビィシィを……突っ込んできた巨大な虫をひっくり返して腹を攻撃して!」

 スロウスはしがみ付く一体に注力し、自身ほどではないにしても重いビィシィを仰向あおむけにする。
 あらわになるビィシィの腹部は虫特有の柔らかい甲殻が脚の動きに合わせて波打っており、果敢かかんにも近づくソーニャが指さして、壁の上に助言した。

「このお腹を銃撃して!」

 ダムの壁の上にいた自警軍の第一声は、なんで子供が!? である。
 しかし隣の仲間は少女が逃げるのを確認すると、指示通りに向けられた腹へ射撃を加えて、ビィシィの脚の付け根あたりを弾丸で砕く。

「なんでもいい! あのSmを援護して敵の戦力を削るんだ!」

 仲間に言われた隊員は疑問を飲み込んで、分かった! と同意しスロウスが次々とひっくり返す虫を狙う。
 急ぎ盾を掲げて撤退するソーニャ。
 その場に似つかわしくない少女の姿を今度はシェルズの一人が指さした。

「Smの力を見誤ったか……ッ。あの少女を捕まえろ! 間違いなく奴がSmのマスターだ! 命令をめさせるんだ!」

 複数枚の甲羅の盾が構築する壁の内から指示がとどろくが、ソーニャはスロウスの背後に隠れてしまうし、彼女が見える位置にいたシェルズは壁からの攻撃に反撃することに力を注ぐ。
 そして、スロウスはビィシィに対する集中的な対処とダムからの援護もあって、自由を勝ち取り、主を狙う者たちが潜む甲羅の壁へ向きを変えた。シェルズの射撃は容赦がなく、スロウスは今まで使っていた甲羅の盾を拾い上げ、主を隠す。
 するとソーニャは自前の盾の取っ手に通した紐に腕と頭をくぐらせ、スロウス盾よこせ、と下僕の持ち物をぶんり、それを担いでうずくまる。

「スロウス! お前はあいつらに突撃だ!」

 盾に潜む主の命令通りに、スロウスは銃撃を片腕で防ぎつつ、甲羅の壁へ突進した。
 いくら弾丸に強靭な防御を実現していても、追突する巨躯きょくの重さには人の腕が耐えられなかった。
 蹴散らされたシェルズは、ガキを狙え! と同胞の声に触発されて少女を狙う。しかし、彼女を守っている盾は、今まで自分たちを守っていたものであり、その強度は生半可な攻撃では突破できない。
 こうなったら! と手榴弾しゅりゅうだんのピンを抜いたシェルズに対し、スロウスは拾った岩を投擲とうてきして退治した。頭に重い一撃を食らい昏倒こんとうするシェルズ。その手からこぼれ落ちた爆弾を同胞が小銃で下から殴打。解き放たれた爆発は空中で拡散し、シェルズ達に衝撃を与え脅かす。
 ひっくり返されたビィシィたちは銃弾を浴びたがゲートから舞い戻ってきたビィシィに側面を小突こづかれて、やっとの思いで半転し、起こされた機体がもう一体を起こし、すぐさま全機が復帰した。
 シェルズの一人は言う。

「あのガキが人型Smの仲間なら、捕まえて停止させられるはず! 殺すんじゃないぞ!」

 まずは動きを止めるぞ! と言い出したシェルズに追従した同胞が、威嚇射撃をする! と明言してからソーニャを銃撃する。しかし、少女を包む甲羅の盾は面白いくらい弾丸をはじいた。おまけに地面を走り出す。その様子はまさしくカブトガニそのもので、色がもっと黒ければ生理的に明言を避けたい昆虫を彷彿ほうふつとさせる。
 ゲート襲撃に加わり、ダム内部に入っていた提督は、手榴弾を敵陣に投じて爆発へと同胞たちを駆り立てた。
 そこへ走ってくる同胞が窮状きゅうじょうを訴える。

「敵の人型Smに押されています! このままでは持ちません!」

「分かっている! 今は子供は無視しろ! 早く突入してダムを奪い! そのあと奴を誘い出す。狭い場所なら、運用経験の豊富なビィシィに分がある。敵のSmの動きを封じつつ、破壊も捕縛も容易となるはずだ。まずは同胞を中に入れて、その後、入り口を負傷したビィシィによって塞ぐ。残ったビィシィはゲートの死守! 人型Smと敵の援軍を牽制けんせいしろ!」

 その命令をすでに実行しているのは、一度ひっくり返されたビィシィたちで、それぞれ腹部から赤紫の液体を垂れ流すが運動性能に関しては問題なく。四方から一斉にスロウスへ組み付き、一体が背中にしがみついて、よじ登る。
 その時、森の茂みから甲羅の盾が飛び出し、快速でスロウスにい寄ると、浮き上がって、下からソーニャが頭を出した。

「スロウス! さっきと同じく! ひっくり返して、腹の中心をお前の足で踏みつぶして! お前の全体重を乗せれば重要な器官を潰せる! そんでお前はこの周辺の敵を全部片づけること! ただし、人は殺しちゃダメ! 骨折と打撲だけは許すから、人だけは動きを封じて。そんでもって敵が制圧されるまで帰ってくるな」

 早口でまくし立てたソーニャは、再び甲羅の盾に頭をひっこめ森へと逃げるが、途中で引き返し、追伸ついしんを残す。

「スロウス! 外の敵が片付いた後は、ゲートを潜って中にいる指定した服装の敵を殺さない程度に始末して。以上」

 今度こそ森へと向かう甲羅の盾。
 待て! と言って追いかけるシェルズに森から射撃が襲った。加えて壁の上からも狙われる。
 援護射撃に後押しされたソーニャは草原を踏破し、また茂みへ突入して行方ゆくえくらませる。
 スロウスは背中を丸めて肩甲骨の位置まで登ってきたビィシィを地面に叩き落とすと、仰向けになった虫の腹部を力いっぱい踏みしめにかかる。ところが横から割り込んできたビィシィに止められた。ならば、とその背中を踏み越え、背後に迫っていたビィシィ2体を引き連れて走り出し、シェルズの集団へ突入して、驚かせた。
 少女を追いかけようとしていたシェルズは、スロウスが捕まえた同胞を盾と武器の代わりに振り回わされ、対処を迫られる。
 掲げられる甲羅の盾の下、外で戦うシェルズの中で提督の次に声を上げていた人物が、一番森に近い2人を指さした。

「お前たちは、あのガキを捕まえに行け! ただし絶対に殺すなよ! しくじったら私がお前たちをビィシィの餌にしてやるからな」

 了解! と言ってシェルズは森へと急ぐ。すぐさま木の陰から銃撃が来るが、運よく弾はれ、盾を持つ同胞が壁となって保護し、一人が機関銃で森に反撃する。
 後方のダムからの攻撃は追加で来た甲羅の盾が防ぎ、使命を受けた2人のシェルズは満を持して森へ突入した。
 目立つからここからは、と告げた追跡担当は盾を持つ同胞と別れる。
 木の陰から陰へ身を低くして移動するイサクに追従するミゲルが、ソーニャを助けに行いこう、と告げる。

「分かってる。んであいつは今どこにいるんだ?」

 ミゲルは、お前が見てたんじゃないのか? とただした。
 別方向から捜索の手を広げるシェルズたちは目視されないよう低姿勢を維持しつつ。

「おい、お嬢ちゃん! 怖がらないで出ておいで! 出てこないなら銃撃するよ! 死んじゃうよ!」

 などと平然とのたまった。
 あまりにも大っぴらが過ぎたのか、冗談だよな? と同胞が小声で聞いた。
 口達者なシェルズAは。

「あたり前だ。けど、おどさないと動いてもくれない。動いてくれなきゃ見つけられるものも見つからない」

 そう言ってから、お~い、とより大きな声を発するシェルズA。
 疑問に思うシェルズBは、シ、と口の前に指を立てる。

「銃を持った敵が森に潜んでるってことを思い出せ」

 それが心配ならもっと頭を下げて遠くまで見通せ、とシェルズAは茂みという遮蔽物のある状況では矛盾をはらむ指摘を返した。









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