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第02章――帰着脳幹編

Phase 133:搬送の車

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《W-09 108mm旅団砲》スラーヴァ社会主義帝国が開発した私掠旅団向けの野砲。採用される108mm砲弾はザナドゥカでも広く使われており、これによって地球上のおよそ4割の地域で運用できるといわれている。ザナドゥカ国内に流通しているものは、おおよそ、スラーヴァが略奪進行の時に置いて行ったか、鹵獲されたもので、安全性に懸念がある一方、威力には定評があり、一時期コピー製品が勝手に売り出されてこちらも好評を博した。












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 野戦砲を牽引けんいんしつつ、時速40キロにも満たない速度で森林の道を進むトラックの荷台では、四隅にいる自警軍の隊員と中心に体育座りの姿勢で敷き詰められた捕虜ほりょが同乗している。合計人数は20余名で、捕虜は結束帯で手足を縛られ、さらに仲間同士で後ろ手を一まとめにされており、息を合わせないと体を傾斜させることもできない。
 荷台の後方では、虜囚に敬遠されていたマイラが後方に目を向けた。
 漂う光の粒子を足場にして飛んできた糸屑にも見える細い静電気を猫の髑髏どくろが目立つ杖で受け取る。 
 羽虫めいた動きを見せる細やかな稲光は、マイラの右側頭部にある傷跡に飛び火した。
 直後マイラは目を見開き、立ち上がって後方を凝視する。
 周囲を警戒していた自警軍の隊員たちは彼女に注目し、内一人が右手に小銃を掲げ、荷台の縁を手すりに転がされる捕虜をまたいで近づき、何かあったか? と質問した。
 マイラは後方に送る視線をさらに研ぎすまし、何か来る、と訴える。
 隊員はマイラの肩を抑えて、無言のまま姿勢を低くすることを求めてから射撃の構えをとった。
 大群か? と聞かれたマイラは首を横に振る。

「数は一人、でも……早いッ。バイク……。いや、これはたぶん足?」

 後方から送られる光の線を受け止める杖。そこから次々と発生する微細な稲光が、持ち主の指に静電気の細糸を絡ませる。
 隊員は目を細めた。

「どういうことだ? 走ってるってことか? ならSmか?」

「だとしたら、ヒト型に近い……。いや、あれは、人にしか見えない」
 
 彼女の横顔を見ていた隊員には、何を言ってるのか最初こそ分からなかったが、後方から近づいてくる人影に気が付き、即座に銃口を定める。
 味方じゃなさそうだね、と呟くマイラが掲げた杖に、周囲から光の粒子が集う。
 あんたの知り合いじゃないのか? と緊張した面持ちの隊員は冗談含みで口走る。
 マイラは猫の髑髏の鼻先に集結した小さな星雲に手を添えて、硬い笑みを作った。

「生憎、知り合いにあんな奴はいないな。似たり寄ったりの化け物はいるけど」

 尋常ならざる脚力を発揮して迫りくる男は、雑に縛った長髪をなびかせ、最低限不潔に見えない程度に整えた髭面で笑みを作る。年のころは若くても30代後半から40代半ばだろう。屈強な肉体であるが両肩は異質なまでに突出している。そして右肩には紐で雁字搦がんじがらめにした小型の冷蔵庫をぶら下げた竿状の品を担いでいた。
 男は声を張り上げる。

「おい! そこのトラック待ってくれッ!」

 まるで知り合いに対する気さくな物言いは、初対面の相手に対しては不調法が過ぎる。
 状況が状況なうえ情報不足も相まった隊員たちは戦慄せんりつし、銃を構えてしまう。
 止まらないでよ、とマイラに言われた隊員は。

「当然だ。あの方角から来たということは隊長たちと出くわしているはず。だが……」

「彼らはどうなったのか……。あの通信からして間違いなく良くないことが起こっただろうね。そしてそれは、あいつと出会う前か、それとも後か……」

 相手がいよいよ目と鼻の先まで到達し、隊員は声を張り上げた。

「止まれ! さもないと射撃する!」

 男は得意な顔を崩すことなく、足を止める。せっかく縮めた距離はトラックが冷たく遠ざかることで急速に広がる。
 男は足元に目をやり、土に指を刺して、自分の手に余るほどの岩を掘り返した。
 何をする気だ? と疑念を口にする隊員。
 マイラは男の投擲とうてきの構えからすでに察した。

「見りゃ分かるでしょ! 投げてくるつもりだ!」

 ご想像の通り、野戦砲をよける位置に一歩移った男は、ピッチャー然としたフォームで岩を投じた。
 マイラが突き出す杖は猫の頭蓋を中心に星雲の渦を作って広げ、彼女の口は言葉を紡ぐ。

「〈アクト・リティキュラ〉=〈アキュートーレラント〉」

 発射された薄い光の円盤は、渦の中心から発生した稲光の蜘蛛の巣でもって岩を阻み、稲光の端々を周囲の木々や牽引する野戦砲に接続して威力を押しとどめようとする。だが、岩に付与された推進力は簡単に抹殺できず、稲光の蜘蛛の巣とその合間を埋める星雲の薄膜を貫く勢いで引き延ばし、マイラが杖にまとわせた肉厚の星雲が盾となって受け止める。だが、消しきれない余力によってマイラは尻餅をいた。
 やっと岩の威力は途絶え、稲光の蜘蛛の巣が焼失し、星雲が霧散すると、岩は最後の力で虜囚たちの間に飛び込んだ。
 おのの虜囚りょしゅうを背にしてすぐに身を起こすマイラに、大丈夫か? と隊員が心配する。

「大丈夫、それより。あいつ普通の人間じゃない」

「だろうなおまけに敵だってことも確定できた!」

 一方の男は笑みを強めた。

「見て直ぐ分かったが、かなり優秀なマグネティストだ。それに……ヒュー……。いいねぇ。ボスマートに差し出すには勿体もったいない。だがあれだけの器量なら町のほうが身代金を出すか? 何なら恋人の一人でもいたら、もっと実りある取引が出来るかもしれん。まあ、どのみちボスマートを仲介にしないと、さすがにどやされるし、違反金を要求される。正規の手順でも手数料を取られるのは避けられない。こういう時下っ端は辛い」

 男は微笑みにほろ苦い感情を付与すると、再び駆け出す。
 蹴られた地面が爆発じみた勢いで土を飛び散らせ、それを合図に隊員の警戒心に火がついて銃が唸る。
 威嚇射撃は跳躍する男の直ぐ側の空気を切り裂くが、当人に気にしたそぶりはない。むしろ反骨精神をきつけてしまったらしく、笑みが深まり、走る速度が増す。
 ミラーで事情を理解した運転手に対し自警軍の仲間が、もっと早く! と告げるが。ずっと前から運転手の足はアクセルを踏んでいた。
 これで限界だ! の訴えの直後、隊員が告げる。

「射撃しろ! 警告を無視したのは向こうの責任だ!」

「それはこっちのセリフだ」

 そう言って跳躍した男は、トラックが牽引してきた野戦砲の砲身の上に着地していた。

「俺の言葉を無視した責任をきっちり取ってもらおうか?」

 撃て! と告げる隊員の口を男の大きな手がわしづかみにした。直前まで野戦砲の上に居た男の片足の指は、すでに荷台の縁を掴み、そのまま隊員の頭を荷台の床に叩きつける。
 とうとうトラックに乗り込んだ男にマイラが身を引くと、四人の隊員による銃撃が始まる。しかし、飛び出す弾丸は男の肌に触れる前に空気に生まれた電撃の膜に受け止められ、火花を発して弾かれる。
 マグネティスト……ッ、と口走るマイラ。
 違う、と即時否定する男は嘲笑ちょうしょうを浮かべ射手を眺めた。

雑魚ザコは引っ込んでほしいねぇ……」

 そう言って今しがた自分が制圧した隊員のベストのすそを片手で掴み、容易く持ち上げる。
 仲間を盾にされた自警軍は不服だが引き金から指を離し、マイラはより苛烈な表情で、星雲をまとう杖を突き出した。
 彼女のすぐ近くにいた捕虜たちは、離れろ! 向こうに行け! と距離をとるために隣に呼びかけるが。押すな押すな、腕を引っ張るな、手を踏むな、と小声での言い合いが始まる。
 だが、マイラが口を開けば沈黙した。

「私はマグネティストだ! 今すぐその人を離さなければ攻撃する!」

 杖の表面を激しく渦巻く星雲は、生半可なまはんかな現象ではないと察するにあまりある存在感だ。しかし、それを前にしても男は笑みを崩さない。

「随分な自己紹介だなぁ、おじょうさん。それによ、あんたがマグネティストってのはそのゾンビロッドを見れば分かるし、すでに攻撃が始まってるのに今更警告は冗談にしか聞こえねぇよ」

「分かってるなら、私の一撃だって冗談にならないってことも承知してるんじゃないの?」

 負けん気の強い返答に男はより笑みを深めた。

「なら、さっさとぶっ放せばいいはずだ。けど、手より先に言葉が出たってことは、よほど俺に気があるのか。技術がないのか。あるいは……ピクシーパウダーが底をついたとか?」

 マイラは笑みを作って緊張を誤魔化す。彼女の手中で星雲が密集し、渦を描いて火花を散らす。

「答えは二つに一つだね」

「俺に気があるに一票」

「それは論外。理由は鏡を見れば分かるよ」

 表情こそ得意気だが内心穏やかじゃないマイラは思案する。

(一番威力の低くて燃費のいいアーツでも、最低限の効力を維持して実行できるのはおよそ3回まで……。無駄にはできない)

 相手の心理を解ってない様子の男は、俺モテるほうなんだがなぁ、と小首を傾げ面持ちを改める。

「ああ、先に行っておくと俺はマグネティストじゃない。俺の名は仁衛門にえもん! フリーの……傭兵だ。それで提案なんだが……。お前たちをぶちのめすのは簡単だが……」

 ニエモンはそう言って持っていた隊員を見せびらかしつつさとす口調を続ける。

「面倒でもあるから今すぐ武器を捨てて降伏しろ。抵抗されると命の保証をしかねるからな。それに、新しい酒を早く開けて口直しもしたいし」

「だったら、勝手に消えて、酒でもなんでも飲んでいればいい」

 マイラの即答に、舌を鳴らして首を横に振るニエモン。

「いやいや、仕事終わりの一杯を楽しみたいんだよ。そんで答えはどうだ?」

 鋭くにらむマイラは。

「正解を教えてあげる」

 突然の答え合わせに眉をひそめるニエモン。
 マイラは言い放つ。

「あんたを攻撃しなかった理由は……そのバカでかい図体を片付けるのが、めんどくさそうだから、でした」

 次の瞬間、無言の隊員から発射された弾丸は、ニエモンの蟀谷こめかみに肉薄した。だが、ニエモンが仰け反ったことで、標的に当たらず空を突き進む。
 尋常ならざる反射を見せた男に、対峙する者たちは目を丸くした。
 背筋を戻したニエモンは快活に笑う。

「返答に感謝する。お礼に容赦なく行かせてもらう」

 ニエモンは荷台の横へと飛び降りる。
 敵を追って前のめりになるマイラ達。
 落下の最中ニエモンは竿状のものに巻き付く掛け紐に腕と頭を通し、片足をトラックの進行方向へ突き出すと、着地の瞬間、両手で荷台の底を押し上げた。持ち上がったことで空転したタイヤを今度は抱えて、さらに高く持ち上げる。車が前輪で進む中、ニエモンの脚が杭となって地面を抉り、ついに車体は左半分が浮き上がり、左へ道をそれる。
 右へと傾斜する荷台では人々が片方に寄ってしまう。
 目が覚めた襲撃者もいたが手足が縛られて動けず、ひとまとめにされた同胞たちと一緒に外に転がり出て、2名の隊員も捕虜の雪崩に巻き込まれた。
 車の下に辿たどり着いたニエモンは全身の力で車体の裏を支えるが、中心線から大きくズレた試みによってトラックはついに横転。
 鎖と鉄のはりつながった野戦砲は向きを変えるが倒れることは免れた。
 最後まで荷台にしがみ付いていたマイラと隊員も投げ出されるが、状況を理解していたため、受け身をとる余裕があった。
 といっても転がるに任せた感じで、衝撃は確実にマイラたちから思考と自由を一次的に奪う。
 だが危機感は体を無意識に立ち上がらせる。
 すでに立ち直った隊員がマイラに、逃げろ! と命じ、射撃を始めた。
 手足を使って身を起こしたマイラは、逡巡しゅんじゅんして視線が移ろうも、言葉通りに走り出す。
 背後で響く銃声と叫び声。それらを聞くと胸を掻きむしられる。だが走るため腕を振うから、ふさげない耳の代わりに目を強くつむった。それもほんの束の間の代償行為にしかならない。目の前の現実を直視して、乱立する木々の間をう。比較的直線的に開けた場所に至ると、マイラは杖を突きだす。

「既存定理……マスターデータの3-80A参照。肉体言語項目修飾、圧力3000 流量4100」

 彼女が杖を振るうと、薄く漂っていた星雲が、棒に絡みつく綿飴わたあめみたいにまとまりはじめ一塊になり、そのまま彼女は進行方向へ杖を振るう。遠心力に乗っ取って放り投げられた星雲はすぐさま速度を下げて、空中にとどまり、まるで内部に隠された何かが暴れ出ようとするみたいに無分別に表面で突出と陥没を繰り返す。

「〈オーソティック〉」

 マイラは空中でうごめく星雲の塊に体当たりし、軽い跳躍を披露した。









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