絶命必死なポリフェニズム ――Welcome to Xanaduca――

屑歯九十九

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第02章――帰着脳幹編

Phase 123:鉄の帽子の男

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《ブッシュマーカー》ボスマートの軍事部門が運用する多目的探索ドローン。長時間の運用と使い捨てにすることを前提にした機体であり、鹵獲されたものが市場に多数出回っている。その構造は機械と昆虫型Smのシモンマギ眷属を組み合わせた比較的単純なものとなっており、一般人でも知識さえあれば近い品質の機体を作れると言われ、いい意味でも悪い意味でもホームメイドと揶揄されることもある。おおよそは、敵と味方を識別して目標の位置を操縦者に知らせたり、数kgの物資を運搬する程度の性能だが、中にはもっと高度な運用を想定し、レベルの高いグレーボックスやオプションパーツなどを搭載した機体も存在し、それらの市場価格は、ほかの同型機とは比べ物にならない。











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 やぶの中の行進を先導するシャロンは言った。

「街道を通れば、各地でうちの仲間から情報を聞き出せる。そうすりゃいずれ、マイラの居場所も分かるだろうし。ソーニャの友達と再会できるはずだ。名前はディノモウだっけ?」

 その乗組員のレントンとマーキュリーだよ、と答えるソーニャ。
 わざとらしく、そうだったそうだった、とシャロンは微笑む。
 集団は藪に潜み、時に物音に足を止め。昼を過ぎた頃には斜面を下って、道路に出てから橋を通過した。
 みんな歩き通しだけど大丈夫? と心配するソーニャだったが。
 シャロンが代表して笑って見せる。

「あんたこそ、ずっと狭い中にいて辛くないのかい?」

 スロウスの懐から頭だけを出す格好のソーニャはうなずいた。

「うん、結構熱いし狭いし関節が痛い。やっぱり、ワームは着心地が悪いね。あのおじさんたち、よくこれを着てたよ。けど、ソーニャが一番楽な思いをしてることには変わりないから、文句ばっかりも言ってられない」

「その分、あんたのSmに荷物を運んで貰ってるから、気に病むことはないよ」

 スロウスの肩には、確かに車の荷台がふさわしい武骨なクレートが担がれていた。
 シャロンは続けて語る。

「おかげ車を出さずに静かに荒れ地を行ける。それに、もしもの時はスロウスが盾になってくれるんだろ?」

 うぬ、と首を縦に振るソーニャ。

「スロウスならとりあえず、対人兵器を防いで人間相手なら制圧できる。それにソーニャも今はワームによって無敵だからね!」

 そう言って飛び出すソーニャの上半身は、チューブにしか見えないワームを積み重ねた上着によって、元の体型がわからないほど膨れ上がっていた。

「それは心強い。頼りにしてるよ。防具ともどもね。ただし、ソーニャはあたしらの後ろにいてほしい」

 そうだね! と快く応じるソーニャは不格好な上着の質量に見合わず、スロウスの懐に元通りコンパクトに収まった。

「背後を襲われたら敵わないものね! なら背中はソーニャに預けてくれ!」

 いやそうじゃないんだが、とシャロンも自警軍の仲間も微苦笑を浮かべる。
 少女は実情を知らぬままワームの端を引っ張り出すと、話し続ける。

「なんならソーニャは盾で身を守れるから、ワームを上げようか? 多分、上下半分に切って断面を縫合すれば、二人分の防弾ベストになると思うよ?」

「ああ、ならこっちの装備が壊れたら使わせてもらうよ」

 口だけ笑うシャロンが答えた直後。先頭の隊員が藪から道の端に身を乗り出し、そろそろ検問所です、と告げる。
 谷底を流れる川に沿った道を西へと行けば、緩やかに曲がりくねった先に大型車両の列と、鉄骨で作った針鼠が見えてきた。
 すると、頭上から耳障りな羽音が降り注ぐ。空へ振り向くと、小さな影が飛んでくる。それは巨大なカメムシで、頭部が撮影機材に置換していた。
 シャロンは真っ先に銃を向け射撃した。すると、トンボのはねで飛翔するドローンが接近し、機体の下から突き出したアームを伸ばす。金属の腕の先には、口径の大きな銃器があり、そこから空気圧で発射された弾丸が、隊員の足元に直撃した。弾丸はジェル状で、地面で飛散すると、金色の粒子を混ぜた内部から、小規模の花火、と思わせるほど火花を生んだ。
 集団が一斉に銃口を掲げると、北側の峠から、巨大な猛禽もうきんが飛んできた。頭にはスコープが装着され、うなじにはケーブルが生えている。
 猛禽は鋭い爪を伸ばす足でもって、敵性ドローンを蹴り飛ばす。
 シャロンは銃を下ろして、逃げるよ、と仲間に告げて駆け足で先行した。
 検問所のほうでは、銃声を耳にした自警軍の隊員が車両の陰から頭を出し、接近する集団を視認した。
 一人が車両に隠れつつ、止まれ! と銃口を突き付ける。
 集団の先頭を走っていたシャロンが手を挙げて、味方だ、と答えて銃をその場に置き、上腕の記章を見せつけてゆっくりと近づく。
 車の陰から出てきた人物が、シャロン! と声を上げ駆け寄る。
 イサクかい、とシャロンも駆け寄ってくる相手の名前を呼んだ。
 中東系の顔立ちのイサクは検問所の仲間に手を振り、味方だ撃つな! と忠告してシャロンたちを出迎えた。

「無事だったようだが、あんたがこっちに来たってことは戦艦に追い出されたのか?」

「知ってるってことは、通信したのかい?」

「通信部隊が伝書Smを飛ばしてくれた。加えて、敵性ドローンも接近してるって聞いたぞ」

「さっき出くわした。虫と腕付きのコンビだ」

「そうか。あんたらを追ってきたのか? いや、こっちが送った偵察部隊か通信部隊が補足されたのか? どっちにせよ援護に行ったほうがいいか……」

「あれは攻撃型というにはお粗末だ。きっと傍受型だと思う。不用意に通信して受信しなけりゃ、問題ないだろう。うちの後続隊が鳥で追い回してくれてる。運が良ければ機体を確保して、解析して、操縦者の位置を見つけ出して捕まえて敵の内情を引き出せるかもしれないよ」

「だといいがな。ああ、すまない引き留めて、すぐに中に……あれはなんだ?」

 イサクが目を留めたスロウスにシャロンも振り返った。

「中で話すよ」

 ソーニャ一行が招かれたのは、川沿いの道に作られた防衛拠点の一つである検問所。縦長の分厚いコンクリートの壁を隙間なく並べた作りは、見るからに堅牢で、さらに周囲に有刺鉄線を巡らせている。四隅に設営された見張り台には機関銃を備え、一見するとどこぞの刑務所の縮尺にも見える。それと、北側の峰にも小さな監視所があるが、そちらは北を見張り、ふもとの検問所と連携するためのもので、規模が一回り小さい。
 案内を担ったイサクはスロウスを一瞥いちべつし、落ち着いた声で語る。

「なるほど、味方なら心強い。ただ……」

 少女と目が合い、イサクの瞳に影が差す。
 シャロンは両者を見比べ。

「言っておくが、ソーニャもなかなか度胸があるよ。でなきゃ、ここまで来れなかっただろうし。あ、そうだ! マイラのことなんだが、彼女の今の居場所を知らないかい?」

「マイラ? あいつがご執心の……? 彼女は……すまないが俺は、今の彼女の足取りを詳しく知らない。けど、そうだな……。南へマグネティストの一団がおもむいた、とは聞いた。大規模な敵の部隊を阻むつもりらしい。6日前の話だ。もしその中に加わっていたら、今頃帰還して補給がてらミッドヒルで休んでいるか、あるいはそこから南西のオールドマムダム、オークパウンドとかを守っているかもしれない。どちらもマグネティストの設備があるって話だからな」

 そうかい、とシャロンは振り返り、少女が見せる沈んだ面持ちから目を背けた。

「まあ、貴重な人材だ。どこに行こうとも敵味方問わず無体な扱いはされないだろう……」

 などとシャロンが最後につぶやいたところで、プレハブやトレーラーを並べただけの兵舎にたどり着く。
 スロウスはソーニャの命に服して、現場の自警軍隊員の誘導で、抱えていたクレートをトラックに乗せた。
 プレハブは雨風をしのぐに十分だ。ちなみに飲食は隣のキッチンカー、水場はキャンピングカーとのことだ。
 ソーニャは、兵舎の中を覗くだけにとどめて案内のイサクに尋ねた。

「あのぉ、パイロットが2人ほど来ていませんか?」

「パイロット? いや来てないな」

 小首を傾げたイサクに変わり、シャロンが答えた。
 
「ソーニャの話を聞く限り、捕虜ほりょを全員失って収容っていう任務が完全に消えた。だから、道を変更して、セントエイリアンに向かったかもしれない。そこはSmと機械部品の工場があるし、何なら飛行場もある。機体を直すにも解体するにも好都合だ」
 
「そうか……じゃあ合流はまだか。あるいは、そのままお別れかもしれないねぇ。二人とも、ソーニャとは別件で脱出の手伝いに来てるから」

 寂しげなソーニャにシャロンは微笑む。

「状況にもよるだろうが義理堅い連中なら、無言でおさらば、なんて無粋ぶすいなことはしないさ。それに、今生こんじょうの別れになるわけじゃないだろう。今は英気を養いな。あんたも傷をいやさないとね。そうして元気になればまた会える」

 治療はしてもらったよ? とソーニャは首に張り付くガーゼを見せる。
 鼻を鳴らすシャロン。

「若いからって自信過剰になるんじゃないよ。人間はSmと違って傷が治るまで時間がかかる。そうだろ? ほら、いったん中に入って落ち着いて、腹が減ってるなら飯をおごってやる」

「いいよ、ソーニャ無一文じゃないよ?」

 仲間に対して金は取らないぞ、とイサクは一言残してその場を去った。






 そのころ、ノルンから検問所へ向かう道中を車両が列をなして走行していた。先頭と最後尾の装甲車以外は、それぞれが、鎖とそれに絡みつくケーブルで接続し合う。列の真ん中にいる大型車両は、巨大な虫の脚で地面を蹴り、腹のシャシーに備えた車輪で進む。その後ろに続くのは完全なトラクターで、後部のトレーラーの中は部屋の様相を呈し、実に暗く、快適設計のゲーミングチェアの座面を倒して寝そべる青年が、セマフォのゲームを楽しんでいた。

「あ~あ……。ほんと戦争の一番最悪な点は、ソロプレイしかできないところだよ」

『わかってると思うけど。この前みたいに無線通信しないでよね? おかげで、後ろにいたこっちまで攻撃飛んできたんだから』

 などと背後のスピーカーは少女の文句を届ける。
 青年は軽い口調で応じた。

「本当に、あの時の敵は、なかなかやるやつらだった。おかげで楽しみと稼ぎが増えた」

『その分こっちの被害も出たけどね。あの時みたいにふざけてたら今度こそ足元すくわれるよ』

 わかってるよ、と答えたゲームプレイヤーは目まぐるしく変わる画面の光で、眼鏡と雀斑そばかす、それと癖毛の前髪を明るみにする。
 凹面レンズの奥に宿す瞳はやる気を感じず、薄い唇は、得意げな微笑みも度重なる指摘によって失われる。
 スピーカーの相手は話し続ける。

『今回の狙いは検問の突破。敵の拠点を一掃して、地上の部隊が川と言う天然の堀を渡るのを助けるの』

「そんなのドローン爆撃でいいじゃん。別に金がないわけじゃないんだから」

『町側の自立型飛行Smが相当優秀みたい。なんなら、ドローン部隊が離陸の瞬間を襲われて、大損失を出したんだって。いざ出撃出来ても、目標に到達する前に何所からともなく同盟の飛行Smが現れて、近づくこともできない』

「はぁ、とんだ間抜けがいたもんだ。いや、敵が強すぎるのか?」

『その間抜けのおかげで、あんたに仕事が回ってきたんでしょ? うだうだ言ってないで準備してよ』
 
 準備ならもうしてるよ、そう言って若者は適当にゲームを切り上げると、セマフォを暗がりのクッションに投げて。反対の闇からヘッドギアを取り出す。ヘッドギアの前後から生えるケーブルは途中で分岐して、トレーラーの四隅に設置する各種装置に接続し、そのうちの一つであるC3PCという装置が水槽のグレーボックスに泡を贈っていた。
 オムツ履いた? の質問には。うるさい、と一言で済ませる青年。

『ねぇアンドリュー……なんでも自分一人でやろうとしないでよね。本当はニューロジャンクの接続だって……』

「うるさいないぁ、だったらボニーがこっちに来ればいいだろ?」

 いやだよ臭いし、と辛辣しんらつな即答が返ってくる。
 ちゃんと換気してる、とアンドリューは反論し空気を嗅いだ。しかし何も察知できず、鼻を鳴らすと準備を再開する。外したメガネを近くのテーブルに置く。頭上に掲げたヘッドギアが内径から空気を噴出し、かみを左右に退けると、装備と頭頂部が互いに突き出すプラグが互いの差込口ソケットに挿入される。青年は身震いを耐えるようにうつむいて身構え、しばし沈黙した後、脱力し、椅子に体を預けた。
 頭を支える部分はUの字のクッションでヘッドギアの形に即し、配線を邪魔しない。
 顎のベルトを装着して、準備が整うと、アンドリューは語りだす。

「アクセス……KR540F74。『承認』……接続コンディション正常。神経伝達相互リレイ開始……」

 青年は仰け反り始め、ヘッドギアの前面から生える配線の中でも一番太い脊柱めいたものが、等間隔で内部から青白く光る。
 青年が次に目を開けると、見えてきたのは真っ白な空間だった。低く思える天井に手を伸ばすと、およそ人間のものとは思えない太い右腕が視界に入った。しかし、その腕の先は、五指の生えた手、ではなく球体に近い構造に置換して、手首の皮膚を突き破って、複数の金属の管が飛び出していた。

「おはよアンドリュー」

 とスピーカーの声の主が身を乗り出し、ヘッドギアに埋没した顔で、アンドリューの視界をのぞき込んできた。











 今まで、ソケットとプラグを間違って記述していたのではなかろうか、と校閲のさなか心配になりました。




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