絶命必死なポリフェニズム ――Welcome to Xanaduca――

屑歯九十九

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第02章――帰着脳幹編

Phase 119:捕虜を解放する正攻法

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《ライフイズデンジャー》貨物運搬機ディノモウの乗組員マーキュリーが持つエナジーエッジ。折りたためるブーメラン型のブレードに二振りの電導触媒式磁界封入レーザー刃を仕込んでいる。製造年は勿論、製作者も不明。詳しい来歴もわかっていないが、前の持ち主の最後は生中なものではなかったという。












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 コロンビーナ内では。
 道具入れを持つジュディにソーニャから奪った道具が返却され、リレー方式で続々と盗まれたものが元の場所に納まる。
 結局、ライオネルの手中を除いて盗品は持ち主の腰に帰還した。
 ライオネルは自分の持っている刃に関して釈明しゃくめいする。

「もし、ここを切り抜けられたら返すから! 絶対に返すから!」

 大の男が嘘偽りの感じない声色で言うので、ソーニャは表情こそ晴らさなかったがうなずいた。
 ライオネルも頷き、マーキュリーに視線を送る。

「どうするんだ? 本人の意思も固まったようだが?」

「全員殺せって?」

 マーキュリーの声色には感情がなかった。
 相手の即答に背筋が凍るライオネルは。

「違う! 開放するんだよ! そうすりゃ全員生きて、この子も道具を取り返せる。悪くないはずだ」

「ソーニャ的には、道具を奪われてリックに合わせる顔がないので、ここで死にたい気分……」

 そんなこと言うな! まだ間に合う! 生きていればいいことがあるって! と悪人たちは意欲をなくした人質を全力ではげました。
 マーキュリーは、賊徒ぞくとに正面を向けたまま後ろへと下がり、武装の引き金から手を放し、光の刃を消す。

「なら、あとは町の住人と交渉しろ。俺は手出ししない。なんのメリットもないからな。ただし、この町のやつが、お前らを知らぬ顔で見逃すと思うか?」

 外への射撃は散発的にとどろく。機内には操縦席の人員を含め、銃を持つ戦闘員が8名おり。必ず2人が虜囚りょしゅうを向いて、何かあれば弾丸をばらまける。一瞬で虜囚は制圧されるだろう。運よく生き残っても重症は避けられない、と予想される。抗って敵に突撃したら、それこそ、無駄死の切符を切ることになる。
 ソーニャは腰に帰還した道具入れを握り締めた。

「一本足りない……」

 え? とライオネルが聞けば、ソーニャはさっきと同じ言葉を繰り返す。
 それは俺が、とライオネルは分かり切ったことを言うのを途中で止め、おい! と低い声を発する。
 美しい刃を差し出すのはライオネルの仲間である少年ヘイデンで、即刻、ジュディとキャプテンに頭を殴られた。
 ジュディからソーニャに手渡された刃が道具入れに収まるのを全員で見届ける。
 自警軍の隊員の一人が告げた。

「なら、少女ともう一人だけ逃げるがいい。あとはここに留まれ」

 女性の冷徹れいてつな物言いにライオネルは緊張した面持ちを動かさず、そのほかは不満を爆発させる。
 冗談じゃない! だったらガキも道連れだ! そう言ってはばからない。
 みんなさようなら、と傷心しょうしんいちじるしいソーニャは手を振る。
 道連れ、と口走った襲撃者は仲間に頭を叩かれる。
 逃げるなら全員だ、とライオネルも意思を表明した。
 なら全員ここで死ね、と即答する隊員が自動小銃の銃口を突き付ける。
 ライオネルは真顔で言った。

「子供を犠牲にできるほど、お前は悪魔になれるのか? 今はアドレナリンに支配されているかもしれないが、後で冷静になったとき、後悔しないといえるか? 言っておくが、人里ひとざとで生きているうちは、必ず、身内だろうと他人だろうと子供の姿を見ることになる。その時、思い出さない自信があるのか?」

 虜囚の指摘に動揺を隠せないのは、銃口を突き付ける隊員ではなく、ほかの隊員たちだった。
 自警軍の仲間である彼らはまばたきが増え、手の放熱と除湿のために、火器のグリップを握る手を断続的に開く。
 ライオネルは声を張り上げた。 

「早く決断しろ! でなければ無駄に死人が出ることになるぞ!? お前たちだって捕虜を抱えて敵にまれるより、身軽になって迅速に突破したほうがいいはずだッ」

 虜囚の揺るぎない恐喝きょうかつと冷静な意見具申ぐしんを浴びて隊員は短い瞑目めいもくを挟んでから。

「わかった……。後ろのハッチを開けろ!」

 操縦を担当していた仲間は、ヘッドギアを被った顔で一瞬後ろを振り返り、俯き加減となった。
 すると、機体後ろのハッチである巨虫の尾部の先端が上下に開帳する。
 真っ先に出た勇み足の襲撃者数人が手を挙げて、俺たちは敵じゃない! 逃げ出したんだ! と外に向かって大声で喧伝けんでんした。彼らは、コロンビーナが牽引けんいんするディノモウを素通りし、周辺へ助けを乞う。
 建物の陰に隠れ潜んで銃撃にいそしんでいた襲撃者の一人がげたてのひらを握り締め、同胞に告げる。

「一旦中止だ傍受型無線で連絡しろ」

 銃撃していた襲撃者たちは、後方へと駆けていった同胞一人を見送ると、盾を構える同胞を先頭に通りへ出ていく。
 盾の陰から襲撃者の代表が声を上げた。

「止まれ! 私はバッグベアーズの第三旅団指令のノースミート! 今はボスマートに協力している。お前たちは」

「俺たちはフレンドリーパーの者だ」

 それを証明するものは? と銃を突き付けながらの問い。
 襲撃者フレンドリーパーの一人は獣の脚で立ち止まり首を横に振って、武器もセマフォもヴォールトも奪われちまった、と答える。
 一方で、去っていくコロンビーナには銃撃が続いているらしく、遠ざかっても壮大な足音に負けないくらい発砲音がひびいていた。なんなら、爆発音も聞こえる。

「ヒィー、派手にやってんな。あの後ろの飛行機今頃スクラップじゃないか?」

「スクラップのために弾とか爆弾とか使ったら、逆に高くつくんじゃないのか?」

 などと、フレンドリーパーの一部は危機を脱して緊張の糸が途切れたらしく、雑談まで始める。
 そのすぐ隣では、消沈した面持ちのキャプテンが見送るほかなかった愛機へ視線を注ぐ。すでに見えなくなった機体への思いは強く、視界に入るライオネルを気にも留めない。
 一方で、他の乗組員は笑顔で仲間を迎え入れ、よくやったぁあああライオネル! などと手を伸ばし抱擁ほうようする勢いだ。
 しかし、手を突き出して他人を遠ざけるライオネルは、ああ、と生返事で周囲を警戒する。
 道具入れを握り締めるソーニャは最早もはや、されるがままといった感じで、首の傷すら意に返していない。
 やっと振り向くキャプテンは、道具入れを覗き込む少女に鼻を鳴らし。 

「クソガキが。道具のために命を捨てるなんて言い出しやがって」

「……自分の機体を奪われても平然としてる人には分からないよ」

 なんだと!? と甲高い声が出るキャプテンに対し、ソーニャはそっぽを向いた。
 ライオネルは。

「たとえ目的はどうであれ、自分の命をけて何かを守ったんだ。俺たちよりはよっぽど立派だろ」

 そう評価した誘拐犯はソーニャを解放し、よく手入れされたメスを持ち主に返却した。
 無言での受け渡しを目にしたフレンドリーパーはライオネルを問い詰める。

「おい、なんで武器渡してんだよ!」

「こいつが振り回したって危険じゃない。俺なら直ぐにでも制圧できる」

 ていや、とソーニャはこぶしを突き出すが頭にチョップを入れられてこころざしなかばで沈黙ちんもくする。
 危ないことするな、とライオネルは平易へいいな声で叱責しっせきした。
 ソーニャは頭頂部の鈍痛を撫でて緩和しつつ、道具入れの中身を改めて確認し、よし刃こぼれなし、と納得する。
 そっぽを向いたキャプテンは、次は奪われるんじゃないぞ、と忠告した。
 そこへフレンドリーパーの一員が近づき、そのガキどうする? ここで絞めちまうか? などと嬉々ききとしてうかがってきた。
 物騒な提案にソーニャは急ぎ振り返り、身震いする。
 周りはすでに手荒な連中に囲まれており。特に金と因縁が絡むコロンビーナの乗組員は、近ず離れず見張っている。
 ライオネルは。

「いや、それはダメだ。こいつはまだ使えるし。今だって完全に危機を脱したわけじゃない。人質としての活用は十分可能だ」

 なるほど、とフレンドリーパーは不満げだが少女に残忍な目を向けるにとどめて引き下がる。
 アドレナリンの反応が急速に鈍ったのか、冷静になり始めるソーニャは自分の置かれている状況に青ざめる。
 一方、少女からは話し声が聞き取りにくい位置にて、フレンドリーパーの一人と対話していたノースミートが振り向く。
 あの子供は? というノースミートの質問は。知らん、の一言で一蹴される。
 一層少女が気にかかるノースミートは銃口を逃亡者集団に向けつつ回り込み。同胞の耳打ちを受け、思わず聞き返す。

「なに、それは本当か?」

 そして、耳打ちした同胞が差し出すセマフォの画面をお互いを壁にして覗き込む。
 ノースミートは少女へと向きを戻すと近づいた。

「その子供をこちらに引き渡してくれないか?」

 反応したソーニャ。その横に並ぶライオネルが、なぜだ? と返す。
 明確な返答の前にノースミートをはじめとするバッグベアーズ一同いちどうの銃口が上向うわむく。
 いやな沈黙にヘイデンと身を寄せ合うジュディは苦笑いで詳しくも知らない人質を指さす。

「そ、そいつはうちのクルーなんだ。だから、渡すわけには……」

 どういうことだ? と先ほど命の精算を拒絶されたフレンドリーパーの一員が反応し、今までノースミートと対話していた獣脚も話が違うと言わんばかりに首を伸ばす。
 ライオネルは銃口を向ける相手しか見ずに答弁する。

「ガキの戯言ざれごとだ……。分かるだろ? 子供は子供と遊びたいんだよ。だから渡したくない」

 子供たちは強く執拗しつように頷く。
 ライオネルは補足した。

「俺としても、自分の手札を簡単に手放すつもりはない。お前たちだってそうだろ?」

 フレンドリーパーの面々も気が付く。自分たちの立場を、銃を持っている相手に囲まれていることを。
 ノースミートは。

「その子供を引き渡せば命の保証をする。なんなら安全な場所まで連れて行くぞ? ボスマートの用意した公衆トレイラーがあるんだ。そこに行けば飯も食えるし、弾薬も補給できる。代金なら、我々が責任をもって立て替えよう」

 フレンドリーパーの連中はあからさまに表情を明るくする。もちろん獣脚をはじめとして渋い顔の連中もいるが、大多数の納得の雰囲気に飲まれた。
 フレンドリーパーの獣脚がライオネルに告げた。

「いいんじゃないのか? 悪くない話だ」

「こいつらを信用できるほど付き合いが長いのか?」

 ライオネルの指摘に肩をすくめる獣脚は。

「一応俺たちはボスマートの下請したうけで働いてる者同士。たとえ些細なことでも仲間内でだまし合うのは何かとまずいだろ? それとも、何か隠してるのか? あんたは……」

 獣脚は双方を見比べ、値踏みする眼光を飛ばす。しかし、銃口の説得力には敵わず、ライオネルに振り向き、まるでバッグベアーズの一味か、あるいは仲介者のような立ち位置だ。
 コロンビーナ一味に紛れライオネルの背後に隠れた少女を見据えながら、獣脚は告げる。

「俺は引き渡しに賛成だ。バッグベアーズと言ったら傭兵界隈じゃ、信用が服を着て歩いてるって評判だ。嘘をついてボスマートの評価ひいてはお得意さんの評価を落として、手を取り合う同業者の不興を買うような馬鹿なことはしない。だから、ここは素直に聞き入れて、渡してやれ」

 そして、ソーニャの腕を掴もうとするが、それよりも早くライオネルがソーニャを引っ張り寄せる。
 空振りに終わった獣脚は鼻筋を痙攣けいれんさせ自分より背の高い男をにらむ。
 なんのつもりだ? 獣脚の詰問きつもんに対しライオネルは淡々と応じる。

「そっちこそ何の真似だ? 何の権利を持ってこのガキの扱いに口をはさむ?」

「はあ? 当然だろ。俺たちは一緒に逃げて……」

 ライオネルは一歩踏み出し、相手を見下ろした。

「そうだ。一緒に逃げた。というより、こっちの逃亡に便乗しただけのやつが何を言う権利がある?」

「ほう……言ってくれるな。みんな一緒の意味は、自分を守る弾除けってことか? だが今の自分の立場を……」

 顔を上げる獣脚は、ライオネルが放つ迫力に言葉を奪われる。
 素早くフレンドリーパーの同胞たちが駆け付ける。
 それを目の端に留めた獣脚は鼻を鳴らす。

「言っておくが、一番立場が弱いのはお前たちだ。数もこっちが上。そんで、仲間は銃を持ってる……」

 仲間、と言った獣脚が視線を送った相手は、バッグベアーズの連中である。

「それで、争って真っ先に死ぬのか?」

 ライオネルのナイフほどに鋭い視線と鈍器くらい胸を打つ低い声を真正面から受けた獣脚は、余裕の笑みに冷や汗が垂れる。

「は、今更いまさらそれをいとうほどまっとうな精神じゃねぇよ! 言っておくが俺が正常で良識あるヤツだと思ったら大間違いだぞ? 試してみるか? 命を使って?」

 目の下の皮膚に脈が隆起する獣脚。フレンドリーパーの同胞たちもそれぞれ、異質な脚や腕を動かした。
 しかし、ライオネルは動じず。

「いいや、俺は無駄なことはしない。戦場じゃゴミだって立派な資源だ……」

 獣脚の顔が一気に険しさを増す。
 周囲を見渡したソーニャは怖い顔の大人に近づき。

「あんな。ソーニャはどうやら多額の懸賞金がかかっているらしくて……」

 おいガキを黙らせてくれ、とライオネルが丁重に懇願こんがんする。
 空賊一味が揃って少女を取り押さえようと近づくが、フレンドリーパーの面々が強引に割って入って立ち塞がる。
 詳しく聞かせてくれよ、とリーパーの一味が言うのでソーニャは、じっくり聞かせてあげた。











※作者の言葉※
次の投稿は一身上の都合により3月22日金曜日にいたします。





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