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第01章――飛翔延髄編

Phase 106:レダと巨鳥

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《創空隊コントロールルーム》デスタルトシティー空港内に作られた設備。デスタルト配属の中央軍直轄グライア小隊の本拠地でもある。部屋は企業戦争中に作られた領空管制室を転用しており、内装には、使われなくなった宇宙基地の設備を移植しているという。しかし、設備の随所に最新の技術と機材が組み込まれており、実際の軍事作戦に対処できるほど充実している。また、今なお仮施設であり、今後の働きによって、設備拡充が成される予定だ。













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 ソーニャはどう思う? 藪から棒な質問を投げかけたのはベンジャミンだった。
 危うい飛翔を続けるミニッツグラウスの上で質疑応答を迫られたソーニャは。

「どう思うって……ケラーマン機長のグラウス降下作戦? 地上のどこに落ちるか正確に分かるの?」

「ロケットで月に到着するよりは楽な計算で予想を導けるって話だ」

「結局はホールインワン狙うくらい難しんじゃない?」

 懐疑的な少女を抱きしめていたナスは、にじり寄ってくるスロウスにたじろぎながら、メイの声で通信に加わる。

『今のところ落着候補は二つ。一つは保育園で、もう一つは集合住宅隣の駐車場だ』

「広い道路とかに落とせないの? それか、ゴミ処分場とか」

『残念ながらそれには大きく機体の進路を曲げなければならない。ほかの候補も検討したが一番被害を少なくでき、なおかつ事後処理と許諾を必要としなかったのが、さっきの候補だ。二か所ともすでに周辺の人の退避が完了し、落着の制御が容易で、何なら機体の破壊を伴う墜落を起こしても、その後の事態を収拾できると予想される』

 メイのいるコントロールルームの画面では、円形の軌道を成す線が、途中から二つに分かれて、傾いだ放物線を描いて地上へと延びた。その行方には、無機質な緑の直線で輪郭を描いた町並みに紛れて、広い空間があった。現実にある遊具や駐車車両はないことにして。

『そもそも、機体の進路を曲げられるなら、それこそ、壁の外、あるいは壁際の環状道路への落着が優先だ』

 理解を示すソーニャたちのイヤホンに声が割り込む。

『こちら管制塔のギャレットだ。聞こえるか?』

 ベンジャミンとソーニャは

「きこえる」

「きこえるよー」

 とそれぞれ返答した。

『よかった。今、増援が来る』

 増援だあ? ベンジャミンは懐疑的な声になってしまう。
 すると、輸送機のエンジン音をものともしない声が、聞こえたようなソーニャは顔を上げる。
 暴走機の高度にまで上昇する新手の航空機の入り口から、身を乗り出す怖いもの知らずの人々は着衣を作業服で統一している。
 彼らが同僚たちとすぐに分かったベンジャミンは、表情が綻んだ。

「おいおい、どうしたってんだ?」

 無線機は、今まさに同じ高度を併行へいこうする航空機に乗る技術者の声を届けた。彼らはセマフォを使って陳述ちんじゅつする。

『俺たちも何かできないかって頭を働かせた結果、先駆者に倣ってバカになることに決めました!』

「なに? どういう、まさか……」

 ソーニャがやってきた複数の航空機に注目していると、銀色の装甲が目立つ機体の搭乗口で人が強引に入れ替わる。
 場所を奪った人物が手を振って自己主張するので、その人の名前をソーニャは迷わず吠えた。

「エロディ!」

「ソーニャァァア!」
 
 俺もいるぞ、とディノモウを駆けるレントンも告げる。
 銀色の鰐の絵は、表面の保護剤の光沢によって鈍い空の光を反射する。
 女性に向かってソーニャが手を振っている傍らで、ベンジャミンは通信に笑った。

「はっはっは! こんなバカげた作戦に参加する人員がどこにいるのかと思ったが……。俺の同僚も俺と同じくらいバカげた連中だったな。こりゃ好都合だ」

 ソーニャは振り返り、イヤホンから延びるマイクに。

「じゃあ作戦はわかってるの?」

 飛行機側の若い整備士が連絡に応える。

『ああ、こっちでも二人の作戦を検討した。まず航空機2機で一組になって、牽引用の牽引索を持ち上げて綱の中間に作った輪っかをミニッツグラウスの足に引っかけ、胴体を持ち上げる。作戦に参加する航空機は合計12機。うち、8機で後ろ足を拘束し。そんでもって引っ張る。残念ながら前輪を支えてた器官が消失したから、胴体は、縄を横渡しにして、残った4機による2本の牽引索でただ引き上げることになりそうだ。でも、何もしないよりは安定するし、場所を選んで市内に落とせる。そして』

「うまくすれば街の外にも出せる。縄の長さは大丈夫?」

『エゴ度の高いSmを安全に引っ張るための長い縄を持ってきた。それなら柔軟だし、不用意に機体を傷つけないと思う』

 成功のきざしを見出したソーニャは目を輝かせる。
 ベンジャミンは頷く。

「それじゃどっちの作戦を遂行する? 町のどこかにピンポイントで落とすか。それとも」

「街の外に落っことすのに賛成な人は挙手願いまーす!」

 ソーニャと同じくらい高々と手を挙げるベンジャミン。それからナスも手を挙げた。だが

『勝手に話を進めるな!』

 突然責任長の怒声が無線に割り込む。
 せっかくやる気と希望に満ちた顔になれたベンジャミンは、表情を曇らせ、マイクを唇に近づける。

「責任長さんよ。もう時間も猶予もないんだぞ」

『そんなこと言われずともわかっている。だが……なんだ? 今忙しい……え? え、市長?』

 通信相手の話が途中で行方不明となって、聞いていた全員眉をひそめた。
 現場に混乱をもたらした責任長は、セマフォに恐縮しきっていた。

「作戦を実行せよと?」

「その通り……」

 そう冷徹に答える市長タウンゼントはリムジンの中にいた。

『で、ですが、よろしいので?』

「どう転ぼうと君の責任なのですから」

『なんですって? いや、ですがちょっと』

「よろしく頼みますよ」

 タウンゼントは通話を切ったセマフォを隣に放り投げ、不満を胸の内にしまうように腕を組んで窓を睨む。
 壊れずに済んだセマフォを回収したアレキサンドラが口を開く。

「まさか、企業サイドの方々から要望が出るとは。自分たちの資産が損なわれる可能性があると分かれば強硬な提案に出ると思いますが……。なぜいきなり町全体の利益を優先するのか」

「しかも、同時多発的に同じような要望が出た、ということは裏で示し合わせがあったとしか思えん。しかも、現場の事情を考慮した発言が目立った……」

「現場にいる誰かの関係者に、有力者を動かす力を持つものがいたのか」

「かもしれん。あるいは、力を持つ存在そのものが居たか……。複数の企業を手玉に取る大物……一体誰なのだ?」

 未知の力学に脅威を覚えた為政者は、車の窓から空を睨む。
 同じころ、エロディもセマフォで通話していた。

「うんうん! ありがとうパパ! おかげですっごく助かっちゃった! うん……ええ! ほんにー! そうなんだ。わかった。うん、またねー! ありがとう!」

 そう言って通話を切り、セマフォが鳴り出すとまた通話。

「おじ様ぁ! うんうん、そうなんだー! ありがと~本当にエロディこわくてこわてぇ~」

 助かったよまたねぇ、と猫なで声で応対する。
 甲斐甲斐しい振る舞いも束の間、次の通話が入ったと同時にエロディの雰囲気も顔つきも一変する。

「おう! 手前ェか。報告遅かったじゃねぇか」

 声色には迫力と威圧感が付与され、人相も悪くなる。同乗していた整備士たちは狼狽する。

「当たり前だろが? ああ? 家畜はご主人様の言うことを理解できて初めて動物と認められ、んでもって言われたことをできてやっと生きることを許され、家畜扱いしてもらえるんだよ。そうでなきゃ、切り刻んでドブに捨てるに決まってんだろ? なに……? チッ、さっきからブヒブヒうるせぇんだよ豚が。呼吸の仕方思い出してから電話してこい!」

 そう言って通話を切ると、次に入ってきた通話には笑顔で、ハニー! と親しみあふれる声で接待するエロディ。
 それじゃあね。の優しく甘い声音で通信を切ってまた鳴り出すセマフォ。

「今度は誰だぁ……。はーい! エロディでーす!」

 今度はどんな彼女をみせてくれるのか、と整備士たちは胸を弾ませ待ってみるが。期待とは違ってエロディは背筋を伸ばし緊張する。

「……ママッ!」

 その言葉を発したエロディは恐縮しきってその場に座り込み、セマフォに集中し。

「はい、申し訳ありません」

 と脂汗を流して平謝りを繰り返した。

 一方ベンジャミンはを翼へ振り返り おい! と叫んだ。
 彼が指し示す先では、ミニッツグラウスのプロペラが轟音と炎を振り絞って出力を上げる。
 メイ・グライアが、上昇しろクラウドウェーブ! と命令し。ケラーマンは操縦桿を引き寄せる。
 ミニッツグラウスの上昇は、最めこそ処女の如くゆったりで、気づかれると脱兎の如く性急となり、ナスが羽ばたく予備動作よりも先に機体が迫った。
 ミニッツグラウスの背に乗るソーニャは、頭上に近づくクラウドウェ-ブの腹に対し、身を屈める。
 衝突の鈍い音にさらされるソーニャは、ゆっくりとまぶたを開けた。 
 少女がさっそく目に留めたのは、屈した膝。それは片膝立ちのスロウスのもので、骨を張り合わせた両手と突き出した右肩でクラウドウェーブの腹を支えていた。無骨な首枷も邪魔になる一方、クラウドウェーブの下っ腹を突き返す一助となる。
 大質量を支えるSmを置いて2機のナスが屈んだ体勢で、それぞれ人を抱えてミニッツグラウスの背中を走って逃れる。小さな羽搏はばたききのあと、わずかな間、重力に身をゆだねて落下し、翅を震わせ飛翔する。

「クラウドウェーブ! 上昇を」
 
 メイの懇願に機長が、もうしてる! と返した。

 ヘリコプターから状況を見ていた責任長は下唇に爪をあてがいほざく。

「これで失敗しても私のせいじゃない。民間人が勝手にすべてやったのだ。そうだ。私のせいじゃないぞッ」

 浅まし自己肯定と責任転嫁を聞いたヘリのパイロットは、呆れて上を一瞥いちべつし、首を横に振った。

 ナスに抱えられて空中遊泳するベンジャミンが、薬の効能が切れたのか? という懸念を口にし、ソーニャが応答する。

「それか内部の給油にかかわる器官が薬効を免れたんじゃ。それで燃料がドバドバっとエンジンに入ってるんじゃないの? だからああして上昇できる」

「だとしても限界だ。エンジンが火を噴いてる。もしかすると燃料に不純物が混ざったんじゃ……」

 撤退するか? とメイが問う。
 ソーニャはいう。

「まだやれることはあるし、動きを止めればきっと」

 ベンジャミンはミニッツグラウスの辿る軌道の前後を振り返り、町の囲壁と見比べる。

「畜生、一番壁に近いタイミングを通り過ぎた」

 クラウドウェーブからミニッツグラウスが離れていく。それを見止めてソーニャは告げる。

「ならその間に作業を終わらせる!」

 行けるのか? と聞くしかできないメイ。
 顔を上げるソーニャは、羽毛の群落に取り残された醜い化け物の顔を見据え、そして自分を抱きかかえてくれるおぞましい面相を見上げた。

「守ってくれるんでしょ? ならやって見せる」

『……必ず守ろう。君も、町も』

 ソーニャは頷き、目をつむる。
 瞼の裏に広がる闇の中。見えてくるのは老人の背中、そして、今は遠くとも鮮明に思い出せる女性の姿。そしてついさっき名を呼んでくれたエロディを始めとする皆の面影が勇気をくれる。目を見開く力をくれる。

「おっしゃあああ! んじゃスロウスの手も空いたことだし」

 やるっきゃないな、とベンジャミンも覚悟を決め、局所麻酔を頼む! と連絡した。
 了解した、とメイの一言のもと複数のナスが一斉に輸送機から飛び出し、ソーニャたちの間を過ぎ去る。
 ミニッツグラウスに群がるナスたちが、一斉に突き刺す注射器は薬液を注入。

「ヒプノイシンを投薬する。温度計、脈拍計のモニターをするが。見る限り、数値もあてにならんし、薬の効力もお守り程度と思われる。もしかすると、肝臓の能力で各所の受容器が失われている可能性もあるぞ」

 ソーニャは顔にセットしたマスクの収まりを正し。ゴム手袋の感触を確かめる。

「了解。それと、ベンジャミンは帰っていいんだよ?」

「その質問の答えは分かってるだろ?」

 苦笑いを浮かべるベンジャミンに少女は言う。

「ベンジャミンを怪我させたら、ソーニャがベンジャミンの家族にブッコロリされるんじゃない?」

「安心しろ、その時は怪我した俺が、庭にある犬の墓の隣に埋められるだけだ。生死を問わずにな」

「怪我した上に? 奥さん怖い人?」

「怖いのは治療費だ。なんせ、これが終わった後、俺はクビを宣告されるかもしれない。となると労災も怪しいからな」

 シビアすぎる平社員、とソーニャが青ざめ。二人そろってミニッツグラウスの背中に舞い戻る。

「なんだか。重苦しい気が」

 少女の不安にメイが答える。

『クラウドウェーブの重力操作の出力によって空気が加速しているからかもしれん。今影響機体……ミニッツグラウスの重量を元の数値に近づけている」

「今更だけど、いきなり落っこちたりしないよね?」

「安心しろ。そうならないと専門家たちが判断したんだ」

 信じるよ、と断言したソーニャは腰に巻いていたナスの腕を少し広げて自分の足で立ち、トランシーバーに告げる。










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