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第01章――飛翔延髄編

Phase 93:機材と現場追放

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《ベイビーダイナマイト》ジャガイモを材料に作られた軍用チョコバー。100gあたり300キロカロリーほどで、旧ザナドゥカ軍による携行非常食No.Dとして作られた。提供された当初は兵士の士気の増減に影響しないよう味はなく今のようなチョコのコーティングも当然施されず、乾燥した芋を潰して固めただけの代物で、兵士からの評判は散々なものだった。その後、第三次世界終末戦争のあと、深刻な食糧不足の対策に、配給品として人々に配られ、味のバリエーションが増え、今では中央政権の主要な産品となっている。











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 空港の滑走路では、手を組み合わせるエロディが空を舞う機影に心配のまなざしを送っていた。そして、おもむろに隣にいた整備士たちに尋ねる。

「ねえ、機体の制御ができないから、いずれ燃料がなくなって落ちるんだよね? もしかしたら、だんだん燃料がなくなってゆっくり降下して不時着……なんてことは?」

 整備士は。

「可能性は無きにしも非ず……。ただそれでも制御できなきゃどこに落ちても大惨事は必至だよ」

「それに報告だと、かなりエゴ数値が高くなってるみたいだから、エンジンが動かなくなったとしても、地上に落ちたSmが勝手に動き出したら……」

 顔色を悪くする専門家たち。エロディはどこかに肯定的な意見がないか探し求めて、視線がエヴァンに行き着く。
見開いた眼で機影を追いかける少年は、蒼白に近い顔色で、とても有用な回答を求められそうにない。すぐ隣にいるマーカスも、我が子から女性へと目を移動し、暗澹あんたんたる面持ちで首を横に振る。
 すると、整備士の一人が頭を掻きむしり。

「その前に組織が機内を埋め尽くして、中にいる全員もれなく潰れたりしてな」

 それは不安からくる予測だったし、現場の人々への憂いも感じられた。だが、受け取るほうは聞き捨てならない。
 軽はずみなことを口走った整備士へ、知己の少女を案じる部外者三人が振り返る。
 六つの鋭い眼光に射抜かれる軽率な整備士は、生唾を飲み込み、迫力に気圧された。






 ミニッツグラウスの中。
 床下を掘って暴いた蠕動運動を起こす管に触れるソーニャは問い質す。

「ロックってこういうところに消化器官があるの? 付属器官が見当たらないけど」

 ベンジャミンは首を傾げる。

「食道は確かに通ってるが、もっと深いし、付随する器官と密着していて単一で通っていることはない」

「じゃあ、何かの機能代替器官? それこそ燃料を送るやつとかの一部なんじゃ」

「この機体は古い型で燃料系は心臓型供給、配管自体はリンパ腺型だ。蠕動運動することはない」

「そう、なら、もともとの消化器官は? Smエネルギー源はどうやって補給してたの?」

牛性四段階収縮循環消化胃嚢ぎゅうせいよんだんかいしゅうしゅくじゅんかんしょうかいのうだ。液体から半固体まで効率的に消化して、嘔吐排出が可能だ。そこにこそ蠕動性器官があった」

「そりゃエネルギーロスも少ないし、整備も楽だね。で、その一部が今じゃ導管の役割を果たしてる……そう思っていいんだよね?」

「それか、構造が破綻したか……。そのせいで接続する器官と分離され、内壁から工業血液が漏洩して……」

 その時、彼らが首にかけていた無線装置がイヤホンを通じて声を届けた。

『メイ・グライアだ。報告をくれないか。何か不都合があるならコクピットにて聞くが』

 わかった、とベンジャミンが答える傍で、ソーニャが告げる。

「話の間ソーニャはもう少し深くを掘ってみるね。それで、もし普通の導管に出くわさなかったら、いよいよ注射はこの消化官に入れるよ」

「ああ、薬剤を集約されて、こっちの使うタンパク質製剤を無効にされる懸念はあるが」

「その時は、種類を変えるしかないよ」

「だな。それと切削も気いつけろ。廃棄腫瘍なら最悪傷入れようが、そっくり切除しても問題ないが、太い管ぶち抜いたら面倒だ」

「わかってる。周りの支持組織を慎重に切除するにとどめるよ」

 頼んだ、の言葉を残してベンジャミンは指揮官に連絡を入れた。

 ソーニャは蠕動する管を手で支え、切除した軟組織を床に持ち上げる。通信を終えたベンジャミンも、邪魔なものを取り除く手伝いをする。二人を襲うのは、開いた床下から立ち上る熱気と臭気。貧酸素。マスクの中にできたサウナ。
 ソーニャとベンジャミンはいったん穴から離れ、ソーニャが鞄から取り出した水筒を分け合う。
 アレサンドロは座席下から取り出した小さな工具箱から、チョコレートバーを二人に与えた。
 短い補給の後、また二人は作業に取り掛かる。神経の構造から離れた位置にある組織をガンスプレーによる投薬で灰色に塗り替え、手作業も続く。

「切除じゃなくて、ヘルジーボで変質させた組織で覆ったほうがいいかもね」

「だな、そうすりゃ新しい組織の発達を遅らせられる。いうなりゃ瘡蓋作戦だ」

 切除と投薬を繰り返す中、マスクの奥でソーニャの目が大きくなる。
 彼女が切り開き、メスで丹念に慎重に裂いた組織の奥では、赤い導管が根のように広がっていた。ゆっくりと触れて、一番太いものは、指二本分と測る。

「間違いないこれは工業血液導管……しかも太い」

 ベンジャミンは提案する。

「もっと切り開こう。ただし、血管を裂いたら元も子もないから慎重に。それと、こういう太い管と細い管が合流する場所は、急激に内圧が高くなるから導管瘤ができてる可能性もある」

「そうだね。刺したメスを脈瘤に当てないように……優しくかつ大胆に……」

 糖分補給の効果はまだだろうが、それでも休憩の効能か、気力がわずかに回復した二人は、切っ先鋭いメスで導管から組織を剥離して、管の表面積を広げていくと、指二本では足りない太さの管と出会う。そこへ注射器を用いて、先ほどやった手順に従い、テップで針を刺した箇所を塞ぐ。
 注射器を満たす赤紫の液中に漂う琥珀色の油滴に熱い視線を注ぐ。

「これも、燃料を送ってるみたい。それに組織の厚みも申し分ないから、ここなら大量の薬剤の注入に耐えられる」

 少女が軽くたたいて示す導管を見て、ベンジャミンは首肯した。

「そうだな。迂回してあの腸に直通なんてことは……ないと願おう」

 再生を始めようとする組織を刃でそぎ落としては、千切ったものを床に投げる。それをスロウスが踵で機体の後方へと押しやる。ソーニャは言う。

「また再生する前に作業を始めよう。さっきから再生速度が上がってきてるみたいだし」

「だな。組織対応が始まって、リソースの集中作用を促すSmNAのプロトコルが起動したのかもしれない」

「テップ組織が発生しなければなんでもいいよ」

「外壁と違ってここは深部だし、異物素材とくっつくための接着剤となるテップは出ないと思うが。支持組織が発生する可能性はある」

「それと、神経と痛覚経路も……もし出来上がったら」

「麻酔を使うしかない。すでに注入した麻酔の耐性ができてることを考慮して、さっき複数種類準備してもらうようグライアに言った」

「やめさせたのって、耐性を作らせないために?」

 いろいろ考えてるのさ、とベンジャミンは分かりにくいが微笑んだ。

「それを先に言えば、もっとすんなり、要求が通ったかもね」

 最後にソーニャが評価を添える。会話と並行して、伸びてくる組織を手際よく切除する二人。作業に参与するスロウスも時に位置を変え、さりとて空間の確保を堅持し、主の真似をして、穴を塞ぐため膨らむ組織を手で千切り、鉈で引き裂いた。
 穴の空間が確保されたところで、ベンジャミンに名を呼ばれたソーニャは、準備していた注射器とガンスプレーで薬剤を内壁に注入していく。二人による投薬で穴の壁を構成する組織は明るい色を失っていく。
 ベンジャミンは少女から渡されたウミウシめいた電極を穴を横断する半導神経に巻き付け、つながるモニターを見た。
 ソーニャはしばし太い導管に手を置いてから。

「OK……この導管からは蠕動運動を示す感触はないよ。心拍だけしか読み取れない。だから、つながってたとしても、蠕動管との間に長い経路があるか、別の器官が中間にあるはず」

「半導神経の活動も正常だ。薬剤の影響はない。怖いくらいな」

 モニターに描かれた均一な稜線から目を外したベンジャミンは、ウミウシを回収すると、前屈に近い姿勢のスロウスの脇腹を通過し、穴から這い出て、無線機に呼びかける。

「ベンジャミンだ。こっちも準備がおおよそ完了した。作戦を決行するぞ」

『了解した。これより作戦行動を開始する。各員指定の持ち場に移動せよ。チームリマ01は、併進を維持。観測班はι-7のチェックリストの15-7を追加せよ』

 整備士の目配せを受け取ったアレサンドロは頷く。ロッシュもパイロットキャップを装着し、そして父のジャケットを羽織る。

「お父さんも脱出するんだよね」

 黒い半袖姿となったアレサンドロは、しばしの逡巡を挟んでから、お前が出た後でな、と目を合わせず我が子の厚着のチャックを上げ、我が子の華奢な指に巻き付く包帯を見つめた。
 ベンジャミンが通信を受ける。

『そちらに到着する。交換の準備を』

「了解した……ソーニャ」

 顔を上げたソーニャはメスを道具入れに仕舞うと、直ぐにスロウスを呼び、壁の切削作業を止めさせ、穴から飛び出す。入れ替わってベンジャミンが作業に入るが、鉈が穴の壁面に刺さっていた。

「おい! 武器忘れてんぞ! 使わないのか?!」

 すでにコクピットの窓に迫っていたソーニャは。

「それ使って! あと注射器も」

 ベンジャミンは心躍らせた面持ちで、なら遠慮なく、と深く突き刺さる鉈を手にするが持ち上げようとしたところで何も動かず、真顔になり、同じく組織に刺さっていた変哲もない木工用鋸を握り直すと、前後させた刃で組織細胞の再生を阻む。

「やっぱ手作業は正確性とスピードだよな」

 使って、と言われたのはこっちのことだったのか。細やかな謎を抱えた整備士の一言を聞き取れなかったソーニャは構うことなく、開けるよ! とヘッドフォンに告げた。

『よし、あと少しで道路の直上にミニッツグラウスが突入する。そこで頼む』

 グライアの応答を受けてソーニャはコンソールに乗り上げると、コクピットの窓を叩き、スロウスに振り返る。
 指名に動き出すスロウスは、主が飛び退いた前方に向かって、身構える。それから無線がカウントダウンを始めた。

『道路の中心まで3……2……』

 スロウス、殴る準備完了。

『……1、行け!』

「スロウス! スマッシュ!」

 スロウスは握り締めた固い拳を振りぬく。
 その隣の副操縦席では、親子とソーニャが身を寄せ合い隠れていた。
 外ではナスたちがミニッツグラウスの操縦席の付近を飛ぶ。すると、軟組織の蔦に縁どられていた窓ガラスが弾け飛ぶ。
 スロウスの固い拳が突き破った窓ガラスの破片は半分外へ、もう半分は風に煽られ、機内に飛散するが、おおよそスロウスが全身で受け止めた。








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