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第01章――飛翔延髄編
Phase 86:非常に見ている
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《クロウクルワッハクロック》ワーム眷属複合生態Smの小脳伝導網の一部と未発達の機械脳幹を利用して設計された大容量人意思適宜接続補助回路。内部にはSm器官の制御と品質保全のための装置が組み込まれており、重量が大きく一定の施設とそれを稼働させる技術が必要となる。一方で、精細な感覚を操縦者にフィードバックしても細部まで感覚の精度を選択でき、また別の感覚へ置換することも可能である。一台当たり、6400ザルに相当すると試算されているが、中央政府は軍部で作った製品の値段は公表していない。
Now Loading……
ミニッツグラウスのコクピットの窓から見た街並みは小さく、大地との距離を把握するには十分の情報を提供してくれた。
高みにいることを再確認したソーニャは、先刻、自分が味わった危機的状況を生々しく思い出し、足場が喪失した浮遊感を追体験すると、青ざめ、深く座面に密着し、膝を凝視して、映像記憶の上書を図った。
少女の一連の動作に対し、大人二人は顔を見合わせ、思わず口が緩む。
アレサンドロは。
「どうした? 飛んでる飛行機の外から窓を突き破って侵入したんだから、怖いものなしだろ。無駄に緊張したらこの後身が持たないぞ? リラックスしとけ」
子供らしくて俺は安心したよ、とベンジャミンは述べる。
ロッシュは少女の顔を覗き込み、怖いの? と伺う。
ソーニャは顔の上半分を渋面させ、口をへの字に曲げる。
「仕方がないでしょ。ソーニャは地上で生まれた人間なの。人は土がないと生きていけない、ってソーニャのおじいちゃんも言ってたし」
アレサンドロは得意げな笑みを消し、吐息を吹く。
「確かにそうだな。俺も地上が恋しいよ」
彼は首元から細い鎖を手繰ると、引っ張り出したドックタグと十字架を握りしめた。
ロッシュもその手に両手を添える。そうすると、アレサンドロは息子に十字架を握らせ、自身は息子を抱き寄せる。
「俺も十字架でも呪いの人形でもいいから、一つくらい願掛けを持ってくればよかった」
などとベンジャミンが言うので、ソーニャは鞄の奥底から、革の装丁が半分ふやけて、紙が変色した聖書を掲げる。
「一応旧約聖書ならあるけど」
「ほう、ソーニャは信心深かったのか。意外だな。その聖書も使い込んでるみたいだし」
膝に乗せた鞄に聖書を置くソーニャは豪語する。
「うん、結構役に立つよ聖書って。勝手に増殖したSm細胞をこれで叩き潰したり、小さな臓器に乗せて機能を傷めない程度に圧迫して活動を抑制したり。ページの間に太い導管を挟んで工業血液の流量を物理的に調整したり」
それを聞いた三人は、へぇ、と真顔で生返事をする。
「リックには怒られるけどね……。使う?」
聞かれてベンジャミンは、首を横に振った。
そう、と呟くソーニャは鞄諸共聖書を抱き、足元の闇に向かって漠然と視線を送った。
「塵は元の土へ帰し、霊はこれを与えし神に帰る……」
少女が虚空を見つめて呟く言葉に、ある種の諦念を覚えたベンジャミンは肩を落として。
「帰るんだったら、塵になる前に家に帰りてぇよ」
と小さく答えた。
空中のナスはそれぞれそれミニッツグラウスを遠方から確認していた。
ナスの頭部に組み込まれた撮影機器が捉える映像は、地上にあるコントロールルームのメインモニターに映し出されている。
部屋の後方に並ぶコンソールと画面にそれぞれ向き合うオペレーターの一人が告げる。
「機体の腹腔の完成組織閉塞を確認。侵入するには外科解体が必要と断定されます」
「解体の準備を整えろ。今すぐ実行しないが、地上の保安兵にも状況の説明をしてくれ」
凛とした女性の声が端的に指示すれば、了解! と応じる。報告は続く。
「ミニッツグラウスの機体後部はSm組織に置換しています。しかし、主要内臓器官との接続度合いは検査項目を増やさないと確定できません」
「血液流量検査を実施し、打音検査で硬組織密度も調べろ」
コントロールルームの前半分を占領する複数の座席は、歯科医院の医療用椅子と形状が似ており、簡潔で機能的な印象を与える。しかし、椅子に体を預ける人間が、後頭部に装着する機械の芋虫のような構造は、機体に沿って張り付く管や配線によって仰々しく飾られ、無機質な全体に解剖学的なディテールを与えていた。
座席に寝そべる人々は膝掛代わりの装置に腕を突っ込み、床を突き破って生える機械の芋虫が鎌首をもたげた先に生やすイソギンチャクめいた生物的部位に後頭部を捧げ、目にはヘッドギアを装着し、足で数種類のペダルを踏む。
メインモニターの前にある椅子に座る黒人女性は、天井から垂れ下がる金属の管と配線で吊るされた大型機械に頭を覆う。はたから見ると、機械の獣に頭部を噛みつかれているようだった。
腕を組み足を開く彼女の服装は簡素でありながら物々しい軍服で、胸には古代エジプトでは勇敢さの象徴とされる蝿をデフォルメした紋章をつけていた。
「聞こえていますか? グライア中尉殿」
責任長の声が制服の女性グライア中尉の耳に届く。
「はい聞こえております責任長」
「では、よろしくお願いします。仮設軍隊の初めての実務でしょうが。成功すれば私の出世……ではなく皆さんの、ひいてはこの街の貢献と飛躍につながるので!」
「わかっています」
グライアの凛とした声で紡がれた明瞭な返答には、未来への浮ついた期待も漠然とした不安も感じられず、ただ実行するべき己の使命を弁えた頑なさだけがあった。
上空では、ナスが人型の両手でミニッツグラウスの羽毛に張り付く。
虫の尾部に装着された器具をハイジャック機に向けると、油圧機構が作動し、先端にある鋭いドリルがせり出す。
また別のナスは、持っていた円筒形の機材の鋭い先端を機体に向ける。
メディスンモニターセット完了、の通信がグライアに届く。
「了解。メディスンモニター挿入開始せよ」
グライアの指令が下る。
指令の内容を復唱する通信が交わされた後、ナスが機材の先端を突き刺した。
銀色の棒を体に受け入れたミニッツグラウスの口から、耐えるような呻きが漏れる。
別のナスが頭とは別の撮影機材を構えて、機体の意識反応微弱、と報告する。
ギャレットは機内の人々に説明した。
『中央政権直轄部隊。創作航空小隊……略して『創空隊』。彼らが目指しているのは対空中敵性勢力制圧、だそうだ』
首にかけた無線装置から連絡を受けるベンジャミンは、なんだそれ、と小首をかしげる。
『近年、空中に飛翔する野良Smや、それを利用した空賊まがいの連中、さらには国外勢力の飛翔物体が問題になっている。それらを包括的に制圧するための高機動部隊だ。まだ正式に設置された軍ではないらしいが暫定政権直轄都市に派遣されて、運用試験とデータの蓄積が行われている』
同じく無線で事情を伺うソーニャも話に加わる。
「それなら前、新聞で読んだと思う。たしか野良Smを相手にするのが直近の課題なんだけど。その野良Smが野良で生き抜くだけあって搭載したグレーボックスもエゴ値が高くて記憶量も多くて、動きが読みにくいんだって。しかも戦闘機よりも俊敏で機動力もあって。だから戦うためにこっちもエゴ値が高い、つまり高度な自立行動ができるSmを送り出して対抗してみたんだけど」
「そうなると、逆に鎮圧に送り出したSmが今度は野良となって勝手にどっか行っちまうってんだろ」
アレサンドロが指摘すると、ソーニャが頷いた。
「そう。で、勝手に逃げないように爆弾を仕込んだら、それが野良Smの攻撃で爆発するって話も聞いたし……」
ソーニャはツボに入ったのか突然笑い出す。
ベンジャミンは視線をそらし。
「それを鑑みて人間が直接Smに乗って操作して立ち向かうが」
「そうなると人命が危険に晒される。だから人間の損耗を減らすために遠隔操作。けど、それもかなり難しいから経験値を積んでるって感じらしいよ」
「つまり、実験部隊を本番に使うってか? 正気とは思えないな。誰が決めたのやら」
責任長じゃないの? とソーニャがいうがベンジャミンは首を横に振る。
「あいつに試験部隊とはいえ中央軍を引っ張り出す権限があるとは思えない。おおかた、市長様に貸してもらったって感じか?」
ギャレットは言った。
「しかし、試験部隊も、決して胡乱な集団でも技術がないわけでもないし、彼らも人命と国防を考えているから、やる気は十分だし、分別もある。ヒポグリフの操縦士たちも総飛行時間一万時間越えのベテランだ」
ソーニャは眉を傾げ、それってすごいの? と尋ねた。アレサンドロ曰く、俺より上だな。
ギャレットは。
「だからこそ、責任長も信頼して、当人もやる気になったのだろ」
その信頼をこっちにも振り向けてくれればよかったんだがな、とベンジャミンは愚痴をこぼす。
好奇心で目を開くソーニャは、ちょっと外見てみたいなぁ、と体を座席から浮かせる。
ベンジャミンは少女の頭を抑え込んで、また地上を見ることになるぞ? と指摘した。
ギャレットは。
『というわけだ。今は彼らに任せてじっと我慢していてくれ』
以上だ他に何か? とギャレットは最後に尋ねるが。いいや、と言われて。それじゃあ、と通信を終える。
実物のギャレットの背中を見つめる管制官達が内輪で話し合う。
「本当に大丈夫なのか? 結構危ない状況なんだろ?」
「だからってすべてを知らせてもなぁ。死ぬ前に絶望に飲まれたら可哀想だろ」
管制官はただ頷き、憐れみの眼差しを空に向けた。
皆の不安も期待も背にしたナスは、頭部の撮影機器で対象機体の機微を確認し、指定の位置に陣取って、虫の足にあるブラシの毛を彷彿とさせる器官と人型の手に生えた指で羽毛を握り締めた。
「チームリマ、指定位置に配置完了」
チームロメオも指定位置に配置完了、と次々に報告が入る。
グライアは、メディスンモニターはどうなっている、と尋ねた。
ミニッツグラウスに刺した円筒形の機材には透明な水槽が配管に固定される形で埋め込まれており、内部では光る粒子が渦巻いていた。それを観察していたナスは。
「液中残留薬物は確認できません」
「報告では内部で変異抑制系の投薬をしたはずだ。残留物がないというのはありえまい」
「しかし、シュビレ試験虫は反応していません」
「もしや薬剤の量が少なかったか? それとも分解したか……?」
疑念の晴れないグライアは。
「しかし、反応がないというなら。了解した。これより作戦を実行する。注入を開始せよ!」
注入開始! ナスの操作者たちは両手を入れた装置の内部で指の数以上のボタンを操作する。
命令の信号は有線を通り、都市中央の電波塔から放たれ、ナスが頭頂部のアンテナで受信すると、そこから体内を通る組織の束を情報が駆け抜け終着点である尾部の装置を動かす。
油圧装置に支えられたドリルは、回転するビットによって羽毛を砕き、皮膚を突き破り、それに接続する管が内部の液体を送ることで震えた。
Now Loading……
ミニッツグラウスのコクピットの窓から見た街並みは小さく、大地との距離を把握するには十分の情報を提供してくれた。
高みにいることを再確認したソーニャは、先刻、自分が味わった危機的状況を生々しく思い出し、足場が喪失した浮遊感を追体験すると、青ざめ、深く座面に密着し、膝を凝視して、映像記憶の上書を図った。
少女の一連の動作に対し、大人二人は顔を見合わせ、思わず口が緩む。
アレサンドロは。
「どうした? 飛んでる飛行機の外から窓を突き破って侵入したんだから、怖いものなしだろ。無駄に緊張したらこの後身が持たないぞ? リラックスしとけ」
子供らしくて俺は安心したよ、とベンジャミンは述べる。
ロッシュは少女の顔を覗き込み、怖いの? と伺う。
ソーニャは顔の上半分を渋面させ、口をへの字に曲げる。
「仕方がないでしょ。ソーニャは地上で生まれた人間なの。人は土がないと生きていけない、ってソーニャのおじいちゃんも言ってたし」
アレサンドロは得意げな笑みを消し、吐息を吹く。
「確かにそうだな。俺も地上が恋しいよ」
彼は首元から細い鎖を手繰ると、引っ張り出したドックタグと十字架を握りしめた。
ロッシュもその手に両手を添える。そうすると、アレサンドロは息子に十字架を握らせ、自身は息子を抱き寄せる。
「俺も十字架でも呪いの人形でもいいから、一つくらい願掛けを持ってくればよかった」
などとベンジャミンが言うので、ソーニャは鞄の奥底から、革の装丁が半分ふやけて、紙が変色した聖書を掲げる。
「一応旧約聖書ならあるけど」
「ほう、ソーニャは信心深かったのか。意外だな。その聖書も使い込んでるみたいだし」
膝に乗せた鞄に聖書を置くソーニャは豪語する。
「うん、結構役に立つよ聖書って。勝手に増殖したSm細胞をこれで叩き潰したり、小さな臓器に乗せて機能を傷めない程度に圧迫して活動を抑制したり。ページの間に太い導管を挟んで工業血液の流量を物理的に調整したり」
それを聞いた三人は、へぇ、と真顔で生返事をする。
「リックには怒られるけどね……。使う?」
聞かれてベンジャミンは、首を横に振った。
そう、と呟くソーニャは鞄諸共聖書を抱き、足元の闇に向かって漠然と視線を送った。
「塵は元の土へ帰し、霊はこれを与えし神に帰る……」
少女が虚空を見つめて呟く言葉に、ある種の諦念を覚えたベンジャミンは肩を落として。
「帰るんだったら、塵になる前に家に帰りてぇよ」
と小さく答えた。
空中のナスはそれぞれそれミニッツグラウスを遠方から確認していた。
ナスの頭部に組み込まれた撮影機器が捉える映像は、地上にあるコントロールルームのメインモニターに映し出されている。
部屋の後方に並ぶコンソールと画面にそれぞれ向き合うオペレーターの一人が告げる。
「機体の腹腔の完成組織閉塞を確認。侵入するには外科解体が必要と断定されます」
「解体の準備を整えろ。今すぐ実行しないが、地上の保安兵にも状況の説明をしてくれ」
凛とした女性の声が端的に指示すれば、了解! と応じる。報告は続く。
「ミニッツグラウスの機体後部はSm組織に置換しています。しかし、主要内臓器官との接続度合いは検査項目を増やさないと確定できません」
「血液流量検査を実施し、打音検査で硬組織密度も調べろ」
コントロールルームの前半分を占領する複数の座席は、歯科医院の医療用椅子と形状が似ており、簡潔で機能的な印象を与える。しかし、椅子に体を預ける人間が、後頭部に装着する機械の芋虫のような構造は、機体に沿って張り付く管や配線によって仰々しく飾られ、無機質な全体に解剖学的なディテールを与えていた。
座席に寝そべる人々は膝掛代わりの装置に腕を突っ込み、床を突き破って生える機械の芋虫が鎌首をもたげた先に生やすイソギンチャクめいた生物的部位に後頭部を捧げ、目にはヘッドギアを装着し、足で数種類のペダルを踏む。
メインモニターの前にある椅子に座る黒人女性は、天井から垂れ下がる金属の管と配線で吊るされた大型機械に頭を覆う。はたから見ると、機械の獣に頭部を噛みつかれているようだった。
腕を組み足を開く彼女の服装は簡素でありながら物々しい軍服で、胸には古代エジプトでは勇敢さの象徴とされる蝿をデフォルメした紋章をつけていた。
「聞こえていますか? グライア中尉殿」
責任長の声が制服の女性グライア中尉の耳に届く。
「はい聞こえております責任長」
「では、よろしくお願いします。仮設軍隊の初めての実務でしょうが。成功すれば私の出世……ではなく皆さんの、ひいてはこの街の貢献と飛躍につながるので!」
「わかっています」
グライアの凛とした声で紡がれた明瞭な返答には、未来への浮ついた期待も漠然とした不安も感じられず、ただ実行するべき己の使命を弁えた頑なさだけがあった。
上空では、ナスが人型の両手でミニッツグラウスの羽毛に張り付く。
虫の尾部に装着された器具をハイジャック機に向けると、油圧機構が作動し、先端にある鋭いドリルがせり出す。
また別のナスは、持っていた円筒形の機材の鋭い先端を機体に向ける。
メディスンモニターセット完了、の通信がグライアに届く。
「了解。メディスンモニター挿入開始せよ」
グライアの指令が下る。
指令の内容を復唱する通信が交わされた後、ナスが機材の先端を突き刺した。
銀色の棒を体に受け入れたミニッツグラウスの口から、耐えるような呻きが漏れる。
別のナスが頭とは別の撮影機材を構えて、機体の意識反応微弱、と報告する。
ギャレットは機内の人々に説明した。
『中央政権直轄部隊。創作航空小隊……略して『創空隊』。彼らが目指しているのは対空中敵性勢力制圧、だそうだ』
首にかけた無線装置から連絡を受けるベンジャミンは、なんだそれ、と小首をかしげる。
『近年、空中に飛翔する野良Smや、それを利用した空賊まがいの連中、さらには国外勢力の飛翔物体が問題になっている。それらを包括的に制圧するための高機動部隊だ。まだ正式に設置された軍ではないらしいが暫定政権直轄都市に派遣されて、運用試験とデータの蓄積が行われている』
同じく無線で事情を伺うソーニャも話に加わる。
「それなら前、新聞で読んだと思う。たしか野良Smを相手にするのが直近の課題なんだけど。その野良Smが野良で生き抜くだけあって搭載したグレーボックスもエゴ値が高くて記憶量も多くて、動きが読みにくいんだって。しかも戦闘機よりも俊敏で機動力もあって。だから戦うためにこっちもエゴ値が高い、つまり高度な自立行動ができるSmを送り出して対抗してみたんだけど」
「そうなると、逆に鎮圧に送り出したSmが今度は野良となって勝手にどっか行っちまうってんだろ」
アレサンドロが指摘すると、ソーニャが頷いた。
「そう。で、勝手に逃げないように爆弾を仕込んだら、それが野良Smの攻撃で爆発するって話も聞いたし……」
ソーニャはツボに入ったのか突然笑い出す。
ベンジャミンは視線をそらし。
「それを鑑みて人間が直接Smに乗って操作して立ち向かうが」
「そうなると人命が危険に晒される。だから人間の損耗を減らすために遠隔操作。けど、それもかなり難しいから経験値を積んでるって感じらしいよ」
「つまり、実験部隊を本番に使うってか? 正気とは思えないな。誰が決めたのやら」
責任長じゃないの? とソーニャがいうがベンジャミンは首を横に振る。
「あいつに試験部隊とはいえ中央軍を引っ張り出す権限があるとは思えない。おおかた、市長様に貸してもらったって感じか?」
ギャレットは言った。
「しかし、試験部隊も、決して胡乱な集団でも技術がないわけでもないし、彼らも人命と国防を考えているから、やる気は十分だし、分別もある。ヒポグリフの操縦士たちも総飛行時間一万時間越えのベテランだ」
ソーニャは眉を傾げ、それってすごいの? と尋ねた。アレサンドロ曰く、俺より上だな。
ギャレットは。
「だからこそ、責任長も信頼して、当人もやる気になったのだろ」
その信頼をこっちにも振り向けてくれればよかったんだがな、とベンジャミンは愚痴をこぼす。
好奇心で目を開くソーニャは、ちょっと外見てみたいなぁ、と体を座席から浮かせる。
ベンジャミンは少女の頭を抑え込んで、また地上を見ることになるぞ? と指摘した。
ギャレットは。
『というわけだ。今は彼らに任せてじっと我慢していてくれ』
以上だ他に何か? とギャレットは最後に尋ねるが。いいや、と言われて。それじゃあ、と通信を終える。
実物のギャレットの背中を見つめる管制官達が内輪で話し合う。
「本当に大丈夫なのか? 結構危ない状況なんだろ?」
「だからってすべてを知らせてもなぁ。死ぬ前に絶望に飲まれたら可哀想だろ」
管制官はただ頷き、憐れみの眼差しを空に向けた。
皆の不安も期待も背にしたナスは、頭部の撮影機器で対象機体の機微を確認し、指定の位置に陣取って、虫の足にあるブラシの毛を彷彿とさせる器官と人型の手に生えた指で羽毛を握り締めた。
「チームリマ、指定位置に配置完了」
チームロメオも指定位置に配置完了、と次々に報告が入る。
グライアは、メディスンモニターはどうなっている、と尋ねた。
ミニッツグラウスに刺した円筒形の機材には透明な水槽が配管に固定される形で埋め込まれており、内部では光る粒子が渦巻いていた。それを観察していたナスは。
「液中残留薬物は確認できません」
「報告では内部で変異抑制系の投薬をしたはずだ。残留物がないというのはありえまい」
「しかし、シュビレ試験虫は反応していません」
「もしや薬剤の量が少なかったか? それとも分解したか……?」
疑念の晴れないグライアは。
「しかし、反応がないというなら。了解した。これより作戦を実行する。注入を開始せよ!」
注入開始! ナスの操作者たちは両手を入れた装置の内部で指の数以上のボタンを操作する。
命令の信号は有線を通り、都市中央の電波塔から放たれ、ナスが頭頂部のアンテナで受信すると、そこから体内を通る組織の束を情報が駆け抜け終着点である尾部の装置を動かす。
油圧装置に支えられたドリルは、回転するビットによって羽毛を砕き、皮膚を突き破り、それに接続する管が内部の液体を送ることで震えた。
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