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第01章――飛翔延髄編
Phase 71:着地はまだ
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《カロナクナール》大人から子供まで広く使われる鎮痛剤。中枢神経に働きかけることで解熱から怪我の痛みの緩和までこなす。含まれているアセトアミノフェンは多数の薬剤にも使われており、副作用も比較的軽微だとされている。一方で、大人用の薬を子供に飲ませる人もいるが完全に間違った用法であり、販売会社及びザナドゥカ公衆衛生局は注意喚起を促している。ちなみに同じ成分は、Sm用の薬剤にも一部使われている。
Now Loading……
鞄の中を漁りだすソーニャは、正真正銘の工具としての鋸を引っ張り出した。
鞘を抜くと、鋸刃の鋭さを検める少女の瞳に白い光が反射する。
凶器と言って遜色ない得物を握るソーニャの視線に曝されたピートは息を飲むが、近づいてくると察して、恐怖に耐えきれず顔を背けた。
縛られた大の男にできる最大限の抵抗だ。しかし、それは無駄に終わる。
「ちょいと失礼いたしますよ~」
などとソーニャは緩い謝罪を繰り返し、バイタルポンプを目指して犯人の横を通り過ぎる。
顔を上げたピートは少女の背中を見送って安堵した。
あと少しで目的に到着するソーニャは、足元から伝ってきた異変に立ち止まる。その場で何度も浮かぶ床材を踏み締め、発見した隙間に指を入れた。
ベンジャミンもやってきて、どうした、と尋ねる。
床材を剥がそうとするソーニャは、隙間に鋸を差し込み、テコの原理も駆使した。
「ここ、なんだか変でッ」
そこへロッシュがバールを持ってくる。
鋸と役目を交代したバールはベンジャミンの手で角度を上げてもらい、押された床材は緩んだボルトごと粘着質な組織から音を立てて離脱する。
露になったのは、筋肉じみた繊維組織の束を捩じった塊。その表面は不規則に伸縮を繰り返し、渦を描きながら窪んでいた。
ソーニャが緊張した面持ちで伺う。
「この器官ってなにかわかる? 一見すると渦状重層心臓にも見えるけど……。その割には上下の拍動がないけど」
「いや心臓じゃない。こんなのを搭載した覚えはないし、こんな窮屈な隙間に付けるはずもない……」
「なら、これも、変異の産物ってことだね……。ここまで発達してるところを見ると廃棄腫瘍の完成段階に達してる。このまま放置してたら、ますます栄養を奪って周辺組織を圧迫するんじゃ……」
話の途中で気が付いたソーニャは渦に顔を近づけ、そして光るものを見つける。確信したのか、ためらうことなく鋸で渦の中心を十字に裂いた。そして、奥に光っていた異物を掴む。略奪から抵抗するように、柔軟な組織の筋は異物に絡むが、引き伸ばされたところを横から鋸刃が容易く削いでしまう。
少女が確保した異物の正体は注射器で、針を失い、シリンジ部分の縦長の窓が砕けて中に組織が詰まっていた。
ベンジャミンも手袋越しに受け取ってシリンジの中を覗くと、声を上げて注射器を落とす。
ソーニャは整備士の反応にも目を見張るが、転がるシリンジに注意を奪われ、縦長の窓から這い出てくる触手やイトミミズのような組織に青ざめることとなった。
なんじゃこりゃ、それしか言えないベンジャミン。しかし、ほかの人々が受けた印象の総括でもある。
「これって犯人が持ってきた注射器?」
そう言ってソーニャはバイタルポンプの場所と見比べる。
どうなんだ? とベンジャミンに聞かれたピートは注射器を視認して直ぐ頷いた。
「一体、この注射器に何が入ってたの?」
少女の質問にピートは、知らねぇよ、と情けない声で答える。
注射器を拾ったソーニャは、寄り目気味で外と内部を観察してから、匂いを嗅ぐ。
とっさに、やめさせようと手を伸ばすベンジャミンは後の祭りと即断し、何かわかったか? と質問を繰り出す。
「うん、わからない」
「だよな畜生……。こうなったら」
「何か手立てがあるの?」
ああ、と言ってベンジャミンは犯人を見ながら説明した。
「俺はアレサンドロに代わって規定手順で機体の再覚醒処置をしてみようと思う。そうすればグレーボックスの神経活動と諸々の器官の連動が復活してくれる可能性があるからな。それに、あいつも相当な怪我してるから。ソーニャが治療を頼む。ロッシュは親父さんが来るまで犯人を見張ってくれ」
わかった、とソーニャが応じ。ロッシュも、うん、と力強く答えて犯人に睨みを利かせた。
操縦席に来たベンジャミンは弾丸がうがった窓ガラスの穴に風を浴びせかけられつつ、ヘッドフォンを装着し、マイクで言葉を交わす。
「操縦を代わる。お前はソーニャに治療してもらえ」
その申し出にアレサンドロは、分かった、と素直に応じて席とヘッドフォンを譲る。さっそく後方へ一歩踏み出すが、少女を見て整備士に耳打ちする。
「医療ってあの子にか? あの女の子はいったい誰なんだ?」
「俺たちの女神さまで、お前を助けてくれる守護聖人だ。黙って言うこと聞かないと、お前も俺も運に見放されちまうぞ」
ソーニャはすでに新しい手袋をはめていた。
左肩を抱えるアレサンドロは片足の運びも鈍く、最悪のコンディションなのは一目瞭然である。しかし意識は明瞭で。 怪我の程度は? と少女に尋ねられて努めて冷静に応じる。
「ああ、たぶん骨をかすった。だけど貫通したし、耐えられる痛みだ」
不安げな息子に笑顔を見せる父親。彼の傷口を観察したソーニャは
「痛み止めと伝達麻酔があるけど」
錠剤の小瓶と個包装に入った注射器を提示されたアレサンドロは。
「痛み止めをくれ。流石に注射は自分で打つ余裕がない」
「お姉ちゃんなら注射できるよ」
アレサンドロは受け取った錠剤を口に運ぼうとして、停止する。
ソーニャは。
「少年、ちょっといいですかぁ……」
しばし、息子と少女の密談を見つめるアレサンドロは服用した錠剤を提供されていた水筒の水で流し込む。それから戻ってきたソーニャとロッシュに、話し合いは終わったか? とほほ笑んだ。
「終わった終わった。それじゃあ応急処置として縫合する?」
少女の提案に対し、即答しなかったアレサンドロは衣服の肩にできた裂け目をのぞき込み、歯を食いしばって少女の持ち上げた消毒液の瓶を確認した。
「……消毒だけで済ませたいんだが」
止血しといたほうがいいと思うけどなぁ、と相手の判断に懐疑的なソーニャ。
しかし、アレサンドロの決意も堅く、断固首を縦に振らない。代わりに上着を脱ぐのを息子に手伝ってもらう。
方や操縦席では、ベンジャミンがメーターや窓の外を睨み、ダイヤルとボタン並びに小さなレバーを幾つも操作し始める。
そこへ、ギャレットの声がヘッドフォンから発せられる。
『ミニッツグラウス そちらの状況は?』
「機体が旋回しているところを見る限り催眠制御装置は働いてるらしい。と言っても、どこまでが制御されてるのか判断つかない。ミニッツグラウスの変異の度合いが規定を超えているからな。あと、仮に機体を制御できても計器との連動が破綻してたら厄介なことになる。耐熱支持組織がそれぞれの機関で役に立ってるのかどうかも不安だし。問題は山積みだ」
『機体の動きを操っている催眠制御装置を利用できないか?』
「……それは、最終手段にもってこいの作戦だな。あの装置の循環器関門は狭いから薬物の影響が少ないと思うし。だから元気に機体の制御を続けてるんだろう。操縦自体は変異によって寸断された可能性もある。それが機械的なのか機能的機序なのかは判断しにくいが。もし機能的機序なら」
『再起動で復活できるか?』
「試してみるさ。もしダメだったらあんたの提案を実践してみる」
ベンジャミンは操作を続けた。
アレサンドロは、傷口に消毒液をかけながら若人たちに語る。
「こちらの制御を受け付けないなら催眠制御装置も壊れたか。あるいは装置自体は生きていても催眠制御装置の命令を受け付けるミニッツグラウスが壊れたか」
ソーニャは消毒液で湿らせたガーゼで負傷者の背中側の傷口を優しく拭いつつ、会話に応じる。
「構造の変形が物理的に機体の制御を阻んだとしたら、同じような変化がほかでも起こってる可能性が高い。そうなると電源系や燃料系にだって不調が現れても不思議じゃない。でも、今のところ照明もついてるし、電源は機能してるみたいだから。深部環境は変異の影響が少ないのかも。だとすると制御の誤作動は機能的つまり、神経の働きがおかしくなってるだけかも。それなら薬物の作用だけでバイタルを安定させて機能を復活できる可能性もある」
「そうだな……。エンジンが止まってないところを見るとまだ、給油系器官も生きてるし。燃料系を軒並み特化Smに置換したのが功を奏したな」
「それって、どういうこと?」
質問するロッシュに回答したのは、包帯と綺麗なガーゼを準備したソーニャだ。
「つまりね、燃料を運ぶパイプは、このミニッツグラウスとは別のSmってこと。もちろん、血管や神経の一部は本体とつながってるけど、それも全面的にじゃなくて一部だけ。いわゆる寄生虫みたいなものかな。口とお尻だけが繋がってるの」
例えを聞いたロッシュは、うげぇ、という声にふさわしい顔になる。子供っぽい反応に父親はもちろんソーニャも笑みがこぼれ嬉々として説明を続けた。
「そういうタイプのSmなら、例えばミニッツグラウスに作用する薬を投与しても独立のSmである燃料系には薬の影響が少なく済んで、目立つ作用が起こらなかったりする。万が一薬が入っても、特化Smは形状と役割が限定されているから変異の影響も少なくて、広く作用する薬剤の耐性が高かい傾向にある」
「デメリットは、その分経費が掛かる」
アレサンドロは重々しく語りだす。
ソーニャも。
「それと外部投薬の作用が少ないということは、もちろん。治療のための投薬も効きにくくて直すのに直接触れないといけないことが多い」
一長一短が並んだもののアレサンドロはすぐに表情を晴らした。
「だがその価値はあった。だから今も俺たちは生きてる。そうだろ?」
そうだね、とソーニャは笑顔を作り、アレサンドロの治療が始まる。包帯の巻き付けに手を貸すソーニャは思い出してスロウスに告げた。
「その犯人が動いたら……折って」
スロウスは漠然とした命令を頂き、横たわる男を見下ろす。
ピートは戦慄し、動かぬことを肝に銘じた。
ギャレットがベンジャミンに告げる。
『現状、墜落の危険はいかほどだろう。詳しくない人に説明を求められているんだ』
「はっきり言って航行に関しては良好だ。恐ろしいほどにな。ただ……電源系は機械制御だが支持組織はSmだ。内部で構造が変化して電源系が破断したら、あとは、ミニッツグラウスの思し召しのまま、飛行することになる」
と言ったとたん機体が振動する。
ミニッツグラウスの先端で動きがあった。
Now Loading……
鞄の中を漁りだすソーニャは、正真正銘の工具としての鋸を引っ張り出した。
鞘を抜くと、鋸刃の鋭さを検める少女の瞳に白い光が反射する。
凶器と言って遜色ない得物を握るソーニャの視線に曝されたピートは息を飲むが、近づいてくると察して、恐怖に耐えきれず顔を背けた。
縛られた大の男にできる最大限の抵抗だ。しかし、それは無駄に終わる。
「ちょいと失礼いたしますよ~」
などとソーニャは緩い謝罪を繰り返し、バイタルポンプを目指して犯人の横を通り過ぎる。
顔を上げたピートは少女の背中を見送って安堵した。
あと少しで目的に到着するソーニャは、足元から伝ってきた異変に立ち止まる。その場で何度も浮かぶ床材を踏み締め、発見した隙間に指を入れた。
ベンジャミンもやってきて、どうした、と尋ねる。
床材を剥がそうとするソーニャは、隙間に鋸を差し込み、テコの原理も駆使した。
「ここ、なんだか変でッ」
そこへロッシュがバールを持ってくる。
鋸と役目を交代したバールはベンジャミンの手で角度を上げてもらい、押された床材は緩んだボルトごと粘着質な組織から音を立てて離脱する。
露になったのは、筋肉じみた繊維組織の束を捩じった塊。その表面は不規則に伸縮を繰り返し、渦を描きながら窪んでいた。
ソーニャが緊張した面持ちで伺う。
「この器官ってなにかわかる? 一見すると渦状重層心臓にも見えるけど……。その割には上下の拍動がないけど」
「いや心臓じゃない。こんなのを搭載した覚えはないし、こんな窮屈な隙間に付けるはずもない……」
「なら、これも、変異の産物ってことだね……。ここまで発達してるところを見ると廃棄腫瘍の完成段階に達してる。このまま放置してたら、ますます栄養を奪って周辺組織を圧迫するんじゃ……」
話の途中で気が付いたソーニャは渦に顔を近づけ、そして光るものを見つける。確信したのか、ためらうことなく鋸で渦の中心を十字に裂いた。そして、奥に光っていた異物を掴む。略奪から抵抗するように、柔軟な組織の筋は異物に絡むが、引き伸ばされたところを横から鋸刃が容易く削いでしまう。
少女が確保した異物の正体は注射器で、針を失い、シリンジ部分の縦長の窓が砕けて中に組織が詰まっていた。
ベンジャミンも手袋越しに受け取ってシリンジの中を覗くと、声を上げて注射器を落とす。
ソーニャは整備士の反応にも目を見張るが、転がるシリンジに注意を奪われ、縦長の窓から這い出てくる触手やイトミミズのような組織に青ざめることとなった。
なんじゃこりゃ、それしか言えないベンジャミン。しかし、ほかの人々が受けた印象の総括でもある。
「これって犯人が持ってきた注射器?」
そう言ってソーニャはバイタルポンプの場所と見比べる。
どうなんだ? とベンジャミンに聞かれたピートは注射器を視認して直ぐ頷いた。
「一体、この注射器に何が入ってたの?」
少女の質問にピートは、知らねぇよ、と情けない声で答える。
注射器を拾ったソーニャは、寄り目気味で外と内部を観察してから、匂いを嗅ぐ。
とっさに、やめさせようと手を伸ばすベンジャミンは後の祭りと即断し、何かわかったか? と質問を繰り出す。
「うん、わからない」
「だよな畜生……。こうなったら」
「何か手立てがあるの?」
ああ、と言ってベンジャミンは犯人を見ながら説明した。
「俺はアレサンドロに代わって規定手順で機体の再覚醒処置をしてみようと思う。そうすればグレーボックスの神経活動と諸々の器官の連動が復活してくれる可能性があるからな。それに、あいつも相当な怪我してるから。ソーニャが治療を頼む。ロッシュは親父さんが来るまで犯人を見張ってくれ」
わかった、とソーニャが応じ。ロッシュも、うん、と力強く答えて犯人に睨みを利かせた。
操縦席に来たベンジャミンは弾丸がうがった窓ガラスの穴に風を浴びせかけられつつ、ヘッドフォンを装着し、マイクで言葉を交わす。
「操縦を代わる。お前はソーニャに治療してもらえ」
その申し出にアレサンドロは、分かった、と素直に応じて席とヘッドフォンを譲る。さっそく後方へ一歩踏み出すが、少女を見て整備士に耳打ちする。
「医療ってあの子にか? あの女の子はいったい誰なんだ?」
「俺たちの女神さまで、お前を助けてくれる守護聖人だ。黙って言うこと聞かないと、お前も俺も運に見放されちまうぞ」
ソーニャはすでに新しい手袋をはめていた。
左肩を抱えるアレサンドロは片足の運びも鈍く、最悪のコンディションなのは一目瞭然である。しかし意識は明瞭で。 怪我の程度は? と少女に尋ねられて努めて冷静に応じる。
「ああ、たぶん骨をかすった。だけど貫通したし、耐えられる痛みだ」
不安げな息子に笑顔を見せる父親。彼の傷口を観察したソーニャは
「痛み止めと伝達麻酔があるけど」
錠剤の小瓶と個包装に入った注射器を提示されたアレサンドロは。
「痛み止めをくれ。流石に注射は自分で打つ余裕がない」
「お姉ちゃんなら注射できるよ」
アレサンドロは受け取った錠剤を口に運ぼうとして、停止する。
ソーニャは。
「少年、ちょっといいですかぁ……」
しばし、息子と少女の密談を見つめるアレサンドロは服用した錠剤を提供されていた水筒の水で流し込む。それから戻ってきたソーニャとロッシュに、話し合いは終わったか? とほほ笑んだ。
「終わった終わった。それじゃあ応急処置として縫合する?」
少女の提案に対し、即答しなかったアレサンドロは衣服の肩にできた裂け目をのぞき込み、歯を食いしばって少女の持ち上げた消毒液の瓶を確認した。
「……消毒だけで済ませたいんだが」
止血しといたほうがいいと思うけどなぁ、と相手の判断に懐疑的なソーニャ。
しかし、アレサンドロの決意も堅く、断固首を縦に振らない。代わりに上着を脱ぐのを息子に手伝ってもらう。
方や操縦席では、ベンジャミンがメーターや窓の外を睨み、ダイヤルとボタン並びに小さなレバーを幾つも操作し始める。
そこへ、ギャレットの声がヘッドフォンから発せられる。
『ミニッツグラウス そちらの状況は?』
「機体が旋回しているところを見る限り催眠制御装置は働いてるらしい。と言っても、どこまでが制御されてるのか判断つかない。ミニッツグラウスの変異の度合いが規定を超えているからな。あと、仮に機体を制御できても計器との連動が破綻してたら厄介なことになる。耐熱支持組織がそれぞれの機関で役に立ってるのかどうかも不安だし。問題は山積みだ」
『機体の動きを操っている催眠制御装置を利用できないか?』
「……それは、最終手段にもってこいの作戦だな。あの装置の循環器関門は狭いから薬物の影響が少ないと思うし。だから元気に機体の制御を続けてるんだろう。操縦自体は変異によって寸断された可能性もある。それが機械的なのか機能的機序なのかは判断しにくいが。もし機能的機序なら」
『再起動で復活できるか?』
「試してみるさ。もしダメだったらあんたの提案を実践してみる」
ベンジャミンは操作を続けた。
アレサンドロは、傷口に消毒液をかけながら若人たちに語る。
「こちらの制御を受け付けないなら催眠制御装置も壊れたか。あるいは装置自体は生きていても催眠制御装置の命令を受け付けるミニッツグラウスが壊れたか」
ソーニャは消毒液で湿らせたガーゼで負傷者の背中側の傷口を優しく拭いつつ、会話に応じる。
「構造の変形が物理的に機体の制御を阻んだとしたら、同じような変化がほかでも起こってる可能性が高い。そうなると電源系や燃料系にだって不調が現れても不思議じゃない。でも、今のところ照明もついてるし、電源は機能してるみたいだから。深部環境は変異の影響が少ないのかも。だとすると制御の誤作動は機能的つまり、神経の働きがおかしくなってるだけかも。それなら薬物の作用だけでバイタルを安定させて機能を復活できる可能性もある」
「そうだな……。エンジンが止まってないところを見るとまだ、給油系器官も生きてるし。燃料系を軒並み特化Smに置換したのが功を奏したな」
「それって、どういうこと?」
質問するロッシュに回答したのは、包帯と綺麗なガーゼを準備したソーニャだ。
「つまりね、燃料を運ぶパイプは、このミニッツグラウスとは別のSmってこと。もちろん、血管や神経の一部は本体とつながってるけど、それも全面的にじゃなくて一部だけ。いわゆる寄生虫みたいなものかな。口とお尻だけが繋がってるの」
例えを聞いたロッシュは、うげぇ、という声にふさわしい顔になる。子供っぽい反応に父親はもちろんソーニャも笑みがこぼれ嬉々として説明を続けた。
「そういうタイプのSmなら、例えばミニッツグラウスに作用する薬を投与しても独立のSmである燃料系には薬の影響が少なく済んで、目立つ作用が起こらなかったりする。万が一薬が入っても、特化Smは形状と役割が限定されているから変異の影響も少なくて、広く作用する薬剤の耐性が高かい傾向にある」
「デメリットは、その分経費が掛かる」
アレサンドロは重々しく語りだす。
ソーニャも。
「それと外部投薬の作用が少ないということは、もちろん。治療のための投薬も効きにくくて直すのに直接触れないといけないことが多い」
一長一短が並んだもののアレサンドロはすぐに表情を晴らした。
「だがその価値はあった。だから今も俺たちは生きてる。そうだろ?」
そうだね、とソーニャは笑顔を作り、アレサンドロの治療が始まる。包帯の巻き付けに手を貸すソーニャは思い出してスロウスに告げた。
「その犯人が動いたら……折って」
スロウスは漠然とした命令を頂き、横たわる男を見下ろす。
ピートは戦慄し、動かぬことを肝に銘じた。
ギャレットがベンジャミンに告げる。
『現状、墜落の危険はいかほどだろう。詳しくない人に説明を求められているんだ』
「はっきり言って航行に関しては良好だ。恐ろしいほどにな。ただ……電源系は機械制御だが支持組織はSmだ。内部で構造が変化して電源系が破断したら、あとは、ミニッツグラウスの思し召しのまま、飛行することになる」
と言ったとたん機体が振動する。
ミニッツグラウスの先端で動きがあった。
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