絶命必死なポリフェニズム ――Welcome to Xanaduca――

屑歯九十九

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第01章――飛翔延髄編

Phase 67:ミネルヴァを退けるマルス

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《鳥類模倣複合構造骨格》BFW社が得意とする軽量型Sm骨格。骨格内部の空洞を増やし、特徴的な螺旋を描いて並ぶ柱構造とそれらを形成する微細構造、高分子の配列と組成が軽さと耐久性を両立させた。一方で修復速度も速く、自己修復はもちろんのこと専用の骨格素子、リペアコンパウンドなどで破損部位を置換する修理も可能である。この技術を用いて、BFW社は完全骨格機体の製造に着手したこともあるが、その後に続く航空型Sm製造の波に押される形で、今は半機械型の作成に重点を置いている。それでも卓越した技術であることには変わりなく、似た技術の再現に他企業も取り組んでおり、類似した技術が発表される度にBFWがSmNA配列特許侵害の訴えを起こしている。















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 突撃するソーニャは無我夢中で目さえ開けてない。戦いの素人丸出しだが、それ以前に凶器を持っていてもリーチと威力でマクシムのほうが上回るのは明白だった。
 お姉ちゃん! とロッシュは叫んだ。
 やっと目を開けたソーニャは、相手が振るう銃床によって、突き出していたドライバーを叩き落とされる。
 再びマクシムが銃を振りかぶる。

「死ねええええ!」

 渾身の一撃のためにマクシムは床を踏みしめた。
 機体は少しだけ上昇する。
 それによって床の弾丸も後ろへ転がり、犯人が後ろに引いた足に踏みつけられた。
 乱雑な構えからの振り下ろしによって、重心が若干傾いたマクシムは、足裏で弾丸を回転させ、勢いよく片膝をつき、膝の皿を床に打つ。
 痛みに一瞬ひるむ。
 その一瞬が、ソーニャの接近を許した。

「うりゃぁぁああああ!」

 つい昨日言われたのだ。

―― いい威力だな……ッ。この頭なら釘も打てそうだ

 一直線いっちょくせんに走るソーニャの頭突きが、マクシムの鼻っ柱を潰した。
 鈍い音が響き渡り、少女も反動で後退する。
 プロのセコンドに釘でも打てると称賛された重い一撃によって仰向けに体が傾ぐマクシム。
 額を抑え涙ぐむソーニャは、相手の制圧を確信した。
 ところが、マクシムの意地は残っていた。たたらを踏む足を制御し、直立を保とうとする。
 その背後ではピートが工具に貫かれた足を持ち上げようとする。
 
「うむ……? 逃がさん!」

 大勢の部下を持つベテラン職人ベンジャミンは、工具から伝わる感触で相手の動きを察知し、ドリルの角度を少し変えて引き金を引いた。
 残忍に回転する刃に耐え切れず、ピートは腰が砕けて尻餅をついて泣き喚く。
 体勢を立て直すマクシムは最後の支えのために足を後ろへ伸ばし、ぶっ殺してやる、と宣誓。
 しかし、整理整頓を脇に置いた怠慢は運命を弄ぶ。
 犯人の足は奔放な弾丸をまた踏んで、それを車輪代わりに前へ空回りする。あと少しで定まった重心にとどめを刺されたマクシムは倒れ、背中は相方の股にいい感じにはまり、左肘は親切なドリルが受け止めてくれた。

「………ぃぃいいいぎゃああああああ!」

「ああああああ!」

 ピートは相方の肘によって上から穴の開いた足を圧迫され、人間になる途中で瀕死に陥った豚みたいな絶叫を挙げる。
 新たな傷を増やしたマクシムは相方にはさんざん言ったくせに自分も痛みで身動きができない。
 少年のもとに駆け寄るソーニャは、大丈夫? と心配するが。ロッシュは、うん、と確かに答えた。

「何があったんだ!」

 声を張り上げるアレサンドロは後ろを見たいが操縦桿との格闘に目を奪われる。

「お父さん!」

 我が子の声に導かれアレサンドロは振り返った。
 発砲音が鳴り響く。
 アレサンドロの頬を小さな影が掠め、薄皮を裂き、射撃の残響は外から甲高く吹きすさぶ風音に塗り替えられる。
 ソーニャはロッシュを隠すように抱きしめ、犯人を睨む。
 硝煙を気流で拭った銃口。レバーアクションを片手で作動させるマクシム。
 少女のナイフによって負傷させられた右手の機能は健在だった。
 マクシムは強引にドリルから肘を引き抜く。血以上に噴き出すのは荒い息。しかし、苦痛も呻きも噛み潰し、感情のすべてを怒りというグリコーゲンに転化して起き上がると、慎重に左肘を曲げて、感触を確かめる。
 背後で耳障りな喚きが続き、マクシムは激怒の矛先を相方に向ける。

「お前ェも! とっとと足引っこ抜け! さもねえと足を吹っ飛ばすぞ! それとも空っぽの頭をぶち抜いてほしいのかッ! あ⁈」

 頭に銃口を向けられたピートは今まで以上の絶叫を放って、ついにドリルビットから足を引き抜いた。
 肥えた見た目に似つかわしい脂汗がどっと全身からあふれるピートは、熱気を立ち昇らせ満身創痍の様相を呈する。それでも起き上がる意地を発揮した。
 片足を引きずっている犯人にソーニャは言う。

「もう無理だよ! あきらめて降伏し……」

「黙れ!」

 銃を向けられたソーニャは、もう弾入ってないんじゃない? と。
 それを鼻であしらったマクシム。

「試してみるか? ……4発入れたからな。残りでガキ二人にクズ親父一人。全員殺せんぞ」

 銃口に対峙するソーニャだったが。
 ぶっ殺してやる! とやる気を見せるピートに目が移る。

「おい! クソ親父! さっさと操縦席に戻れ!」

 振り返らずに命令するマクシム。
 座席から立っていたアレサンドロは、ピートの常軌を逸した目にも気圧され、操縦席に引き返す。

「わ、分かった。だから、息子は……」

 黙れ! の一言によってアレサンドロの反抗の機会は潰え、息子との邂逅も一瞬目が合っただけに終わる。
 マクシムは片手で照準を合わせようとするが体自体が大きくぶれてしまう。
 ソーニャを狙うつもりだが、銃口がロッシュに向かうこともある。

「おい! ガキ!」

「どっち」

 少女の反抗的な態度にマクシムは歯茎を剥き出しにして小銃でロッシュを示す。

「そっちのほうだ! おい男! 手前ェはすっこんでろ」

 ソーニャがロッシュを突き放そうとするがロッシュはソーニャの服を握って離れようとしない。それは恐れからではあったが、自分本位なものではなく、少女の身を案じてのことだと、少年の目と振る舞いを見比べれば、マクシムですら理解できた。

「さっさと手を放せ! それともお前から死にたいのか?」

 壁に寄りかかって子供たちに眼光を飛ばすピート。
 操縦席のアレサンドロも、犯人たちの間を通して、ロッシュの姿が見えるようになった。
 震えていたソーニャは少年の手を掴む。

「手を放して、でないと。危ない目に合うから」

 声も震えていた。そして少年も。

「いやだ……」

「大丈夫だから」

 震える声の応酬。

「嫌だ!」

 ロッシュは半泣きで反抗した。
 耐えられなかったのはマクシムで小銃を少年に突き付ける。

「だったら手前ェも死んでみるか? あ?」

「いっそ二人ともやっちまえ!」

 ピートの提案の返答は頬にめり込んだ拳であった。
 子供たちに気を取られたのが仇となった。
 アレサンドロが走る勢いに乗せて放った殴打は、巨漢というべきピートをいとも簡単に撃沈させた。
 慌ててアレサンドロに銃を向けるマクシム。
 ソーニャも駆け出す。
 マクシムの狙いが反転し、ソーニャは立ち止った。
 しかしマクシムはまた反転し、引き金を引いた。
 アレサンドロは飛びかかろうとした自分を呪う。

「お父さんッ!」

 苛烈な銃声が轟き、アレサンドロは倒れる。
 急いでパイロットのもとに向かおうとするソーニャは、一歩目にして銃口の奥を覗く。同じく、足を踏み出していたロッシュも立ち止まった。
 今すぐにでも父親に駆け寄りたかったが、少女の盾となることを選ぶ。
 起き上がるピートは怒りに任せて、地面で呻くアレサンドロを踏みつけようと足を上げる。

「余計な事はいいからしっかり見張ってろ!」

 相方の命令に、ピートは床を見渡し、殴られたときに落とした自身のナイフを拾うと、転がっていたソーニャのナイフに手を伸ばした。
 足に伝わる振動に目をやると、ひっこんだドリルビットがナイフの傍らに飛び出す。ピートは手を引っ込めたが、意を決してナイフを回収。怒りに任せて床を踏み鳴らすと、穴あきの足から発せられた苦痛の訴えに苦悶する。
 ロッシュはソーニャを背後に隠した。

「お父さんのところに行ってあげて!」

 いやだ! とロッシュは少女の言葉を受け入れない。

「よく言ったぞ……ッ! それでこそ男だ」

 思いがけない称賛の声に、少年の目は涙でにじむ。
 アレサンドロは起き上がり、血が流れる肩を抑えると無理やり笑顔を作り、我が子に頷く。
 弾丸を躱すつもりだったが、結局当たった上、倒れこんで患部を強打してしまった。恥ずかしさに顔を上げられない。それでも、我が子に心配をかけたくないから虚勢を張って、ついでに足元で稼働するドリルから離れた。
 お父さん、と我が子に呼ばれアレサンドロは。

「大丈夫だロッシュ。お父さんは元気だぞ!」

 汗にまみれたアレサンドロの顔色は緊張と焦燥と疲弊で最悪だが、それでも立派に強がる。

 クソが! 悪態をつくマクシムは右手で銃を回転し、レバーアクションを果たした。
 その一瞬を見逃さないアレサンドロは、マクシムに飛びつこうと腰を浮かせる。しかし、首に向けられたナイフとそれを持つピートの血走った目を受け、二の足を踏む。
 ロッシュとソーニャも銃口が外れたと思って動いたが、排莢が早すぎて結果に結びつかない。
 今も銃口は逸れているが、すぐにでもこちらに向くだろうと確信したソーニャは意を決して少年の横に立つ。
 おねえちゃん……、ロッシュは縋るような声だ。
 ソーニャは表情もなく、ただ熱くたぎる瞳を犯人に向けた。

「大丈夫……」

 嘲うマクシム。

「はは、バカが! なにも……いや、確かに大丈夫だ。お前が死ねばな」

 マクシムは銃の重さを漠然と感じとる。

「先に地獄に送ってやらぁ……ッ」

 震える銃口だが、もう外さない。少女の胴体を狙うのだ。
 頭で発射を思い浮かべる。小銃を持ち上げる腕が遅い。だが痛みはすでにぼやけている。じらされて体にしびれを覚える。それが快感への期待を増幅させる。興奮と悦楽に焦がれるマクシムの血走った目に光がぎらつく。
 ソーニャは息を吸い込み、声を張り上げた。

「スローーーーース!」

 機体と交差する方向へ背中を向け、片膝をついた体勢でうずくまてっていたスロウスは、足場の軟組織から発生した赤い肉の蔦に埋もれていた。その暗い眼が見降ろす先には、色を悪くした組織に囲われて、剥き出しになる太い骨の梁と、それに食い込む鋸があった。
 スロウスは徐に持ち上げた両手の拳を振り下ろす。
 電動ドリルがピートの足元から飛び出す騒音はこの上なく耳障りだった。しかし、それを軽く上回ったのが天井から降り注いだ轟音。
 機内の気圧すら歪める衝撃に、マクシムは鼓膜と脳を殴られた錯覚に陥り、目を丸くした。
 スロウスが振り下ろす拳の連打が、歪曲する骨に墜落し、硬さと柔軟性を両立させた構造を砕き、三度目の殴打で鋸が食い込む個所から折れる。同じ骨に足を載せていたスロウスは落ちる。
 機内では、破壊的な音に伴い、ロフトの入り口直前の天板が脱落し、露になった組織が膨らみ、垂れ下がる。
 盛大なBGMで登場した軟組織は脂肪の網目を表面に描いて内部からうごめく。
 降りてきた有機物の塊の躍動にマクシムは敵を忘却して、たじろいだ。
 何なんだ! の口癖を発して白目を剥くマクシムは覚り。少女に銃口を向け。何しやがった! と問いただす。
 ソーニャは手を挙げた。その瞬間、垂れ下がる肉の中から咆哮がほとばる。
 思わず引き下がるマクシム。たとえ少女が元凶だとしても、撃てば解決するのかわからない。弾は無駄にできないし、足元の弾丸を拾ってのリロードは隙が大きすぎる。それに加えて体中の痛みが思考と判断を妨げる。
 ピートも逃げたい。しかしパイロットを制しておかなければと思って逡巡する。それが視線を彷徨さまよわせた。その一瞬をついてアレサンドロは離れてしまう。
 おい、と手を伸ばすが再びの咆哮によって空気が揺さぶられ、足がすくんで内臓の底まで凍り付くのであった。









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