絶命必死なポリフェニズム ――Welcome to Xanaduca――

屑歯九十九

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第01章――飛翔延髄編

Phase 58:反省中の市井の少女

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《自己修繕肉芽》Smの自己修復のプロセスは多岐に及ぶ。その中で、液体性修復は純粋Sm機体において早い修復を見込めるが、機械内蔵型の場合、液体成分による金属の腐食や機械の故障が懸念される。そのため非液性修復の一つとして自己修繕肉芽と呼ばれる応急発生組織を活用した修復が用いられる。これらの肉芽が優先修復活動を引き起こし、周辺組織をそれぞれの特性を用いて吸着することで組織の癒合を促進し、かつ、修繕過程をある程度省略するこ可能となるなる。これにより自重などの弊害も克服され、Smの巨大化を可能とした。












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「ほらさっさと動け! 優しい足取りで」

 スロウスは自身の四分の一の大きさしかない子供に追い立てられていた。だが、ご主人様の命令となれば素直に従うしかない。
 ソーニャを飲み込んだあの裂け目は、断面から太い根を模した組織を発生させ、それらが勝手に絡み合い、網目構造を形成して塞いでしまった。さらにその上、網目構造と皮膚の断面をまとめて挟む形で巨大なハキリアリの頭が等間隔で並ぶ。
 修繕に修繕を重ねた個所を手で押すソーニャは、直りが早くて助かったぜ、と呟いて。持っていた巨大なハキリアリを鞄に仕舞う。

「摩擦刺激に強い重層扁平上皮といえども、そりゃリック直伝の砥ぎ技で磨かれた刃にはかなわんよ……。そう、かなわんよ」

 噛み締めるように言葉を繰り返す。
 空中に身を投げた感覚が蘇ると、ソーニャは身震いを起こした。二度とあんな事故は御免である。だからこそ念には念を入れ、ステイプラー代わりのアリの顎で傷口を挟み、その間の網目構造にテップに塗れた赤い組織を乗せた軟組織のスライスを張り合わる。
 一方で、足元の軟組織も勝手に活動し、粘着性の高い赤い組織を接着剤にして、皮と肋骨を元通りに癒合させる。
Smの自己修復の過程で組織に覆われようとするスロウスの足裏は、赤い根っこを引き千切って、足の幅だけ前進を続けた。

「この赤い組織をテップ組織となずけよう。本当は強化線維芽の一種なんだろうけど……。ふむ、こいつは他の組織と比べると脆く脂肪細胞には、あまりくっつかないことも判明した」

 そう言う訳で、今、ソーニャの両足には脂身のような白い組織を切り取ったものが巻き付けられ、足の甲の部分で組織の端をアリの牙で留めている状態だった。それでも、足首に到達する根もある。
 スロウスのベルトを掴んでいたソーニャは、スロウスの移動で体を引っ張られ、足に絡まる根っこを引き離し、手袋に張り付いた赤い組織を吸着材として活用し、スロウスが丸めた背中をクライミングする。
 いったん切り離した組織に着地したソーニャは、機内を包む肋骨の間にある平穏な肉の表面を手早く切ると、メスを道具入れに仕舞い、ヘッドライトを消して、こさえた切れ目に指を入れ、中を確認した。
 先刻、機内をうかがったときの窓から、二枚分後ろの窓を今回は覗き込む。
 操縦席を含めて、犯人たちの背中がくっきり見える。
 穴から指を外し、距離も取ったソーニャは、首に下げた無線装置の内臓マイクに告げた。

「こちらソーニャ。ええっと中の様子を確認。人質の子供は……太った男に抑え込まれていた。それと、もう一人は銃を持って子供から離れた位置で前を見てた」

 ばれてないよな? とベンジャミンが問い詰める。

「ばれてない、と思うから心配は無用……。それより、犯人が武器を持ってるみたいで今突撃しても人質を盾にされる。かもしれない」

 格納庫の視線は、ルイスに注がれるが、彼もまた思案の迷宮にとらわれていた。
 マーカスが変わって口を出す。

「最初の計画じゃ、スロウスで中に突入して制圧だったか? それか、犯人を説得して機体のコンディションを保つ、だったよな?」

「そう。スロウスの力なら二人くらい余裕で制圧できる。だから、攻撃でも威圧でもして、自由に機体の修繕をさせてもらったり、そのまま、ほんの少しだけ、成敗することも考えてたんだけど……」

 ほぼ制圧する気満々だったでしょ? とエロディが指摘する。
 真剣な顔のまま、ソーニャは視線をそらした。
 エヴァンはいう。

「犯人の武装が対物兵器でもない限りはスロウスなら銃弾も簡単な工夫で受け止めて、多少強引になるかもだけど、相手の懐に入れる」

 ソーニャは肯定した。

『スロウスのコートは防弾防熱仕様だから対人武装ならほぼ無効にできる。ちなみに、体のむき出しの骨はどれも亜音速弾ほどのジュールの弾丸を防げる。これは実証済み。アーサーに聞けば立証してくれる』

 実験したんだ、とエロディはよく知る保安兵の銃撃を受けるスロウスの姿を想像した。

『敵の装備を確認したところ貧弱だったし。相手が手品でロケット砲でも持ち出さない限り勝てる。スロウス自体が盾になってくれるだろうからソーニャも安全。うん、こいつは良い盾になる。スロウスじゃなくて、スクトゥムって名前にしようかな』

「それなら問題は人質の安全確保と入る方法か……」

 ルイスの総括にソーニャは頷く。

「肋骨の間の組織を突き破ればスロウスの図体でも入れる。けど強引になるから実行した瞬間、犯人に気づかれて人質が盾にされる。もしかすると骨を折ったりする必要もあるだろうし。機体の主要機関はノータッチでぶち抜けるはずだから、飛行を妨げないと思うけど」

 ベンジャミンが補足する。

『横っ腹に穴を開けるだけなら着陸も可能だろう。そもそも機体の制御を奪い返せば、安全な降下が実現できて、みんな無事生還できる』

「町も助かる。けど、スロウスが行くなら、ソーニャも一緒に行かないと」
 
 少女はスロウスを見上げ、イヤホンでマーカスの解説に傾聴する。

『スロウスだったらソーニャの命令次第で単騎での犯人制圧は可能だろう。だが、突入して暴れまわって人質まで攻撃するリスクは排除しきれない。違うか?』

 ソーニャは苦し気に頷く。

「そうだね。グレーボックスの判断の能力が高くても完璧じゃないし、不安要素は付きまとう」

 ルイスは指摘する。

「それは人間でも同じだ。人質と犯人がいる中に突入するのは危険と隣り合わせの作戦。実行した手段や攻撃によって、本来助けるべき対象が負傷することもありうる。前段階である突入の過程でも、犯人の行動次第で状況は一変するし」

 エロディは親子と保安兵を交互に見る。

「え、無理なの? 今更?」

 エヴァンは眼だけで悩ましさを表現した。

「いや、五分五分……より分が悪いか。スロウスの機動力とあの認識力、それと命令遂行能力は軍用機体張りだから、スロウスが人質を危険にさらすリスクは低い、はず。一番の問題は、やっぱり犯人だよ。そっちを何とかすることを主眼にしなきゃ」

 なんであんたが語るのよ、とエロディ指摘されてもエヴァンは表情を変えない。
 一瞬の苦笑いを消してマーカスは尋ねた。

「ソーニャ。ちなみにスロウスに犯人と人質の姿を見せたか?」

「あ……」

 少女の発したその一音がすべてを物語った。事情を知るものは頭を抱える。
 エロディは、えなになにドユコト、などと頭に『?』が乱立する。
 エヴァンが険しい表情で言った。

「スロウスが機内に突入しても、犯人と人質の区別ができなければ、まとめて攻撃する可能性があるってこと」

 無線からソーニャの声が届く。

『一応、人質の足を見せることもできるし、子供と大人の区別はつくはずなんだよ。たしかエゴテストの項目でも……いや、あの時は、犬と子供の区別をテストしたんだっけか? スロウス! ソーニャみたいな子供がわかる? いや、だめだ。もしかするとソーニャをナイスバデイな大人のレディと認識してる可能性もあるし、ソーニャを基にした刷り込みでは』

「あんたは十分子供だから 心配すんな」

 エロディの忌憚のない意見は少女を絶句させる。
 あくまでも冷静なエヴァンは。

「もう少し文言を慎重に選ぶべきだ。下手な刷り込みで認識に齟齬があったら、例えばソーニャに似た人間以外を敵だと認知して全員攻撃してしまうかも。あるいは犯人を救助対象に認定する可能性だって」

 ぐ、と少女の声が漏れる。
 エロディは記憶を巡らせた。

「ああ、なんか昔似たような場面があったなぁ。あたしの店の近くでひったくり事件があってさ。その時、アイツが犯人だ、って野次馬の誰かが叫んだんだよ。で。現場にいた保安兵が走ってる男を取り押さえたんだけど、その人が被害者で、犯人の女は逃げ切っちゃってさ。その保安兵、犯行現場を見ないで通行人の言葉を頼りに突撃して、まあ笑った笑った」

「その保安兵アーサーって名前じゃありませんでしたか?」

 ルイスはここにいない同僚の顔を思い出しつつ、無線に告げた。
 
『ソーニャ、スロウスに機内を見せられるか?』

「見せたとしても……。エヴァンのご指摘通り。本番でどう判断するかはわからない。うぬぬ、人質と犯人……。ソーニャの心の内に分け入ってみよう……。やはりここは脅すだけで制圧せず機体の補修に徹するべきか……。なるようになる精神で突撃か……」

 苦悶するソーニャに今まで指摘と回答を告げてくれたイヤホンから全く別の声が発せられた。

『おい! 貴様ら何をしている! 今状況はどうなってるんだ!』

 ヒステリックな声にソーニャは眉をひそめ、どうしたの? と伺う。

『なんだか、空港の責任者とかいう人が』

 説明をしようとするマーカスの声がいきなり別人に変わる。

『私はこのデスタルトシティーインフラターミナルの管理責任長を務める……』

 ソーニャが慌てるほどの音量を発揮した声は突然止んだ。

『ギャレットだ。すまんな二人とも。こちらで制御できない音量だったので回線を一時切断した。向こうが落ち着き次第つなげる』

「な、なにがあったの?」

『どうやら空港責任長が市長にせっつかれたらしくてな、こっちにも何とかしろって怒鳴り込んでくる勢いで命令された』

 ベンジャミンが鼻を鳴らす。

『あのスーツ野郎……何もわからんくせに、またでしゃばるつもりかよ』

 どういうこと、とソーニャの質問に答えが出るよりも先にギャレットが言った。

『すまない。回線障害という嘘がばれそうだし、クビにされそうなんで通信を戻す。音量並びに要求に心してくれ』

 ソーニャとベンジャミンはそれぞれ、分かった、了解、と述べた。

『おい! 聞こえているか!』

「こちらベンジャミン、聞こえてますよ管理責任長殿……」

 肩書に敬称を添えたベンジャミンの声色に敬いは感じない。
 管理責任長は整備士の意図をわかってか、鼻を鳴らすも、早々に本題を話し始める。

『事態解決のために乗り込んだらしいが、どうなっている。飛行機はいつ停止できる?』

「……停止といわれましてもね」

『言っておくが墜落した場合は責任を取ってもらうぞ。嫌なら飛行機のコントロールを早急に奪取するか、薬でも何でも使って、安全に、危険も損害もなく停止させる……その準備を始めろ』

 あのですね、とベンジャミンが口を開くが無遠慮な責任長の声が被さる。

『聞いた話では、君は機体の内臓部にいるんだろ?』

「ええそうですよ。機械腹腔にいます。けどあんたの要求は言葉でいうほど簡単じゃないですよ」

『わかっている。だが、こちらの整備士たちの話では、今君……名前はなんだっけか。まあいい、君は今Smの内部にいて、そこからならば、内臓に直接薬剤を注射することで徐々に停止へ移行させることができるそうじゃないか。そうすれば……』

 ちょっと待った、とソーニャが割って入る。

『ん、なんだ? その声は部外者の子供だな。君は黙っていなさい』

 ソーニャは眉を傾げ、口を閉ざすが。ベンジャミンが発言を促す。

「ソーニャ言いたいことがあるなら言ってくれ」

『いや部外者は黙っていろ!』

 その物言いに、ソーニャは。

「ほいッ?」

 若干キレれた。









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