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第01章――飛翔延髄編

Phase 34:マミレナ

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《空港警備保安兵》空港警備に従事する保安兵の一部隊。空港の運営自体は市庁舎の管轄で、そちらでも独自に警備体制などを構築しているが、安全管理と航空法の管理は中央政権が直轄する保安兵そして管制塔が行っている。これは地方都市による中央暫定政権への反乱を防ぐ狙いがある。一方で、市民にとって重要なインフラが一組織に掌握されることを防ぐ狙いもあるが、その意味合いは過去のものとなりつつある。













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 遠目からコロコッタの行動とハイジャック機を比べるベンジャミン。特に注目したのはミニッツグラウスの後輪を支える鳥の脚にしか見えない構造物だ。

「ロックのオリジナルチキンレッグピストンは頑丈だ。表面の防虫皮革は一見柔軟だが強靭で、内部の多層筋組織は深部の筋組織が無事な限り、最大70%まで機能を維持する。それに関節の周りは動いている間は、近づけばコロコッタが挟まれる危険がある。コロコッタの顎で破壊するならピストンを動かしている神経節を寸断したほうが効率がいい」

「なら私がやる!」

 名乗りを上げたのは女性保安兵で、彼女の装備が一番重々しい。両腕には獣の足先のような機械を装着し、頭を包むヘッドギアは、まるで女性を丸のみにしようとする機械の獣を彷彿とさせ、それらの装置をつなぐ配線はたてがみの様相を呈していた。

 同僚が、フィードバック気をつけろ、と忠告する。
 女性隊員は小脇に持っていたクッションを床に落とすと、その上に胡坐をかき、返答する。

「わかってる! けど気を失ったらバックアップお願い」

 出遅れていた一体のコロコッタが背筋を仰け反らせた。ほかの期待より多くの配線が頭部の撮影装置から生えてうなじを中心に接続しており、これも鬣を思わせる。しかし配線が首の駆動を妨げることはせず、鬣のコロコッタは頭を低くして駆け出すと、走る仲間を飛び越え、鳥の足に食らいつく仲間と場所を入れ替える。
 その光景を観察してベンジャミンは尋ねた。

「精密操縦できる機体で破壊ってわけだな。神経節はピストンの付け根にあるから装甲がない場所から内部に入るといい。だがよ機体を止めた後はどうするつもりだ? 中にパイロットは?」

 状況確認に努めるルイスは言った。

「報告によると……犯人がパイロットを脅しているらしい」

「助けられるんだろうな?」

 詰め寄るベンジャミンに対し、ルイスは横顔を向けたまま答える。


「……それは相手の出方次第だ。まずは規定通りの作業に集中しよう」

「町の安全のためにってか?」

 整備士の冷ややかな物言いに、保安兵は答えない。
 ミニッツグラウスはシャッターの破壊に勤しんでいたが、しかし突破に至らず前進できていない。それを見計らって機体後部の大穴に女性が操作する鬣のコロコッタが爪を立てて上がり込み、
 鬣のコロコッタは一旦頭を引いて操縦者が言葉を発する。

「いろんな器官がくっついてるけど大丈夫?」

 
 レッグピストンは肉の壁面から盛り上がった組織から発達し、その付け根の表面には多くの管が巻き付いて突き刺さっている。 
 ベンジャミンはルイスが持っている筐体の画面を見てコンソールから生えるマイクに告げた。

「その管は脚のための補助機関だ。冷却導管に除細動神経。全部取っ払っても動きは止まらない」

 なら遠慮なく、女性隊員の言葉に従い鬣のコロコッタはチキンレッグピストンの付け根に噛みついた。金属のフレームをはめ込んだ顎は鋼の牙で有機組織を挟んでは砕く。そのたびに液体があふれ軟組織の破片が飛ぶ。
 ベンジャミンは説明を続けた。 

「あんたが噛みついた奥には、筋肉の内側に沿って張り付く背骨みたいなものがあるんだ。それが神経節でそいつがグレーボックスのシグナルを増幅して、指令を読み取り、内分泌物系を働かせてチキンレッグピストンを駆動させている。チキンレッグピストンはグレーボックスの信号で直接動くんじゃなくて、分泌物を受容することで筋肉組織が伸縮して動いてるんだ。その司令塔である神経節を壊されると分泌器官が機能を失う」

 いったん自分のいる空間を見渡す鬣のコロコッタ。今いる地点からさらに奥には、無数の管が縦横に走り色の違う臓器を分断している。それらを固定するのは組織の壁面である。臓器は全て生物の部品を拡大したような生々しさで、コロコッタが足先で押すと、形が柔軟に変形し可塑性を示した。
 女性隊員は、空間に余裕があって助かった、と口にする。
 ベンジャミンは。 

「気をつけろよ。壁の薄皮をひっかいたら、また違ったSm器官と管が張り巡らされてるからな」

「適当に内部を切り裂いたらどう? 止まらない?」

 女性隊員の言葉にベンジャミンは苦い表情になる。

「絶対にお勧めしない。いや止まる可能性もあるが、グレーボックスの指令が寸断されて制御ができなくなった器官がエンジンとか他の駆動機関を暴走させるリスクがある」

 分かった、と答えた女性隊員の操作でコロコッタは作業を再開する。
 
「まだ装甲板の修繕が済んでなかったのが不幸中の幸いだったな。それと機関銃の部品も入れてないし、空間の余白ができている。いやもっと早く仕事を済ませていたら、今頃あの機体も空の上だったかもしれない。そしたらこんなことには。くそ……」 

 自分の責任の一端を認識し悪態をついたベンジャミン。
 一方床に足をつけるコロコッタは、集団でチキンレッグピストンに爪を立てる。そして、機体そのものの動きが止まった瞬間に噛みつく。
 整備士の言葉を頼りにゴロコッタを操作する女性隊員は顎を夢中で動かす。
 傍から見ていた整備士はうなずく。

「あの動きわかるわかる。俺も、ああしてSm動かしてるとき、なんか動きつられるよなぁ」

「それじゃ相当通信密度高いだろ? 危なくないのか?」

 女性隊員が歯を鳴らす間に、鬣のコロコッタは付け根の肉を食い千切り、さらには飲み込む。
 ほかのコロコッタもタイヤにしがみつき、チキンレッグピストンの肉を歯で削り、爪で切り裂く。
だが保安兵が音を上げる。

「だめだ! 太腿の組織は固いうえに弾力があって爪が効かない」

 だから言ったろ、とベンジャミンが口をついて思わず言う。
 すると保安兵の一人がまた報告した。

「それに破壊した組織がすぐに回復してる」

「こ・っ・ち・も!」

 ベンジャミンは報告した保安兵に疑問の眼差しを向ける。
 破壊の現場では、コロコッタに食い千切られた筋肉の断面、そして、砕かれた付け根の管が瞬く間に結合、あるいは損傷部から発生する肉で埋め立てられていく。傷口によっては形成された瘤が心臓のように拍動を開始した。

 保安兵はヘッドギアに映る鳥の足首の破壊の痕を報告する。

「内部の硬い組織も噛み痕が即座に塞がるし、軟組織も結合が早すぎて、それどころか厚みが増して切断が追い付かない」

 どういうことだ、とつぶやくルイスに目を向けられたベンジャミンは小首をかしげる。

「わからない。ここまで回復が早いのは想定してなかった。とりあえず、食ったもんは吐き出せ。コロコッタの内部で断片がどんな変化を起こすか分かったもんじゃないからな」

 それを聞いて、現場のコロコッタは一旦引き下がり体を仰け反らせると、背筋を後ろから前に向かって波打たせるように弾ませ、頭を振るいながら大きく開けた口から内容物を吐き出す。
 黄色い液体にまみれた組織断片は亀裂のような屈曲を描く根を四方に伸ばすと、その場で膨張と収縮を繰り返した。 
 整備士たちは内々の話に興じる。 

「増殖の速い筋肉だと量に対して栄養価値が低いだろうから食っても力になるかどうか」

「むしろ、吐き捨ててウェイトを軽くするほうが身軽に動けるんじゃ」

「あるいは逆に発達を待って栄養が十分に育った組織を食らうとか」

 最後の提言は可愛らしい声で述べられた。
 整備士たちは苦笑い。

「いやいや、それじゃ本末転倒だろ、なんせ組織の切断が目的……」

 皆が振り向く先には、双眼鏡で現場を遠望する少女がいた。可憐で異質な存在に目を奪われたのも一瞬で、少女の背後にいたスロウスの威容に誰もが圧倒される。
 そこへ駆けつけたレントンが少女の肩を捕まえ、双眼鏡どころか体の向きを変更し撤収する。

「ソーニャ! 勝手に出歩くな。行くぞ!」

「ちょっとだけだから~」

「もういいだろ。逃げるんだよ。危ないから。そもそも何のためにここに来たのか忘れたか」

 あ、と口走るソーニャ。それは本来の目的を思い出したから、ではなく目の端に留めていたハイジャック機の異変を察知したからであった。






 遠くからビルを超えてやってきたPFOは走り続けるトラックの直上の位置を維持した。その底部からぶら下がるマニピレーターが掴むのはゴブリンのために調合した餌を満たしたドラム缶。黒い溶液を入れたドラム缶は、さっそくトラックの荷台に乗せられた。
 運転手の老人はサイドミラーで一連の動きを察知し、渋い表情となる。 

「うちのオンボロじゃなく、もっとほかにいいトラックはなかったのか? 保安兵の車にもあったろトラック。そもそも重力牽引で運ぶなら適当な板でもよかったんじゃないのか? それと足元のカバン踏むなよ。あと消火器も」

 度重なる質問と指摘をぶつけられたジャーマンD7は、カバンの両側に置いていた脚を抱える。

「貴殿が想定スルような手頃で使い勝手の良い板を探す時間はなかった。それに貴殿のトラックはいいトラックだ。無駄に広い荷台に不自然なほど徹底した塗装。誇りを持つがイイ」

 運転手を務めるリックは助手席のアンドロイドに不快感を隠せない。一方で視線はサイドミラーへ。
 鈍重な動きだったゴブリンは鼻を持ち上げ、鼻孔を広げると活発になって前進を始めた。
 リックは巨体が近づいてくることに焦燥感を抱く。

「早くトラックを引き上げてくれ。それともいったん停車するか?」

 PFOを誘導していたジャーマンD7は、安心シロあと少シダ、などと平然と告げる。さらには走行中だというのに開けたドアから滑り出て荷台に移動した。

「出る前に一言言え。そしたらカードレールに近づいてだな……」

 助手席に残された無線のスピーカーが、ナニカイッタカ? と問いただす。
 いいえ、と返す老人に対し、ジャーマンD7は。

「今カラ燃焼用の燃料を運んでくる。その間に目標地点に到達し、対象が餌に食いつき口を開けた瞬間、燃料を放り込めば……」

 作戦を語っている間に、ゴブリンは停止し、腹部を膨らませた。
 なんだ、の言葉を繰り返すリックはサイドミラーに半分映る巨体の行動に不安を掻き立てられる。
 異変を直視したジャーマンD7は目の奥でレンズを絞った。
 ゴブリンは膨らむ腹を前に押し出すように仰け反った、かと思えば振り下ろす勢いで頭を前へ突き出し、開いた口から上下の歯茎を突出させ、喉の奥からヘドロを吐き出した。
 なんなんだ! を連呼するリックはアクセルを踏んだ。
 ずっと視認してたジャーマンD7は高速計算によって疑似的な人類の思考に基づき楽観に該当する結果に至る。

――私にかかればあのような攻撃、簡単に回避できる。

 吐瀉物の予想質量と速度に空気抵抗を加味して計算すれば、吐瀉物のおよそ58%は走行するトラックのルーフに直撃する。その後ろに伸びる残りの42%は細い形状で荷台の真ん中に降り注ぐ。ならば私は背後に位置するルーフに吐瀉物が接触した瞬間、荷台の後ろ端に退避すれば83.54%の確率で、吐瀉物との接触を25%以下に抑えることができる。それこそが現状において最も今後の作戦を支障なく遂行できる回避行動だ。

 ただしトラックが急速発進することは考慮してなかった。
 汚い放物線の大部分はアンドロイドの目論見モクロミを外れ、トラックの荷台に降り注ぎ、ジャーマンD7を覆い隠した。
 突然の質量に晒されたトラックは左右に揺さぶられるがリックの確かなハンドル捌きで方向修正を成し遂げた。

「おいポンコツ! 何が起こったんだ⁉」

 トラックの荷台では、ひどい悪臭の彫像が蕩けて流れ落ち、その中からジャーマンD7が再登場する。
 車内に放置された無線機にリックは怒鳴り気味に問いただした。

『おい! 何があった⁈』

「貴様が急発進シタせいで、私の計算に狂いがッ……ア!」

 ジャーマンD7が機械らしくない驚きの声を上げた。
 汚泥をかぶっている間にトラックとゴブリンは進み、しかし、遠隔操作していたPFOは位置を変えていなかった。
 内容物をぶちまけ身軽になったゴブリンは、体のばねで真上へ跳ねると、PFOのマニピレーターごとドラム缶に食らいつく。
 その瞬間を冷めた目で見るリック。

「あ~らら。餌よりも優先して食べちゃって。よっぼどエネルギー不足だったのねぇー」
 
 のんきで機械的な物言いの老人とは対照的にジャーマンD7は、人であれば旋毛がありそうな箇所の突起を急いで引き伸ばす。そうして伸びたアンテナの先端を早速PFOに向けて指令を飛ばした。
 しかし、ゴブリンの質量に引っ張り込まれたPFOは地面に追い込まれ、車の足に圧し掛かられ、巨大な牙で破壊され、爆発を引き起こし、炎でもって鬼面を包み込む。

「おお……やったなジャーマンD7署長。狙い通りになったじゃないですか」

 感情が希薄な声で称賛する老人を無視してジャーマンD7は。

「各員全員ニ命令スル! 今スグPFOヲ救出セヨ!」

『PFOの救出って……』

 繰リ返ス! といって命令を復唱する無線に失笑が抑えられないリックは、サイドミラーの光景に注目しすぎて、目の前の工事を示す看板を失念していた。結果、急性にハンドルを回し、軽いドリフトを決めて思わず停車してしまう。

「繰リ返ス! 各員ッ」

 慣性力の一種である遠心力が働いたジャーマンD7は、体を汚染するヘドロも相まって足を滑らせ背中から転がり、汚物の海にダイブした。
 再び発進したトラックの中ではリックが顔をしかめた。

「まさか排出活動を攻撃に使うとは。いや筋肉が発達しすぎて腹圧が強すぎた結果、意図せず攻撃に至ったのかもしれん。それだといいが……。この匂い。ちと消化不良を起こしとるな。食った量も種類も多かったから。あの勢いは遺物除去のための嚥下だったのか。となると、もとからゴブリンに搭載していた嚥下機能は生きてたってことに……」
 
 老人の疑念の眼差しは、サイドミラーに映る炎の中で蠢く影から、フロントガラスの向こうへ移る。
 荷台ではヘドロの海が波打ち、膨張した個所からジャーマンD7が飛び出す。
 汚泥に塗れたアンドロイドは荷台の縁に縋って運転室に近づいた。
 リックは一瞬だけ見るつもりだったサイドミラーに得体のしれない何かを発見し、即座にドアのハンドルを回し、窓を閉める。
 黒く汚れた機械の手が窓ガラスを打ち。運転席の天井からジャーマンD7が垂れ下がった。

『入レロォオオッ……』

 無線から聞こえたジャーマンD7の声。しかし、先ほどとは違い無機質な音声に確かな怨念オンネン怨嗟エンサが宿っていた。
 リックは首を大いに横に振った。

「無理! それあれだろゴブリンのゲロだろ?」

『ソウだ……荷台は地獄だッ。だから入レロォオオッ』

「無理無理無理! Smの内容物は大体人体に有害だから排出の際にもきちんと後始末しないと。もし荷台がゲロ地獄なら早く除染作業しなきゃワシ訴えられるパクられる!」

『安心シロォオオ。この町において被疑者拘束の判断の責任者はこの私だッ。だから今すぐ入れろ! さもなくば暫定政権刑法にある治安維持機体保護義務違反によって逮捕スルッ』

「逮捕も嫌だが寿命と精神衛生を擦り減らすのはもっとごめんだ!」

『デハ私を見捨てるノカ!』

「機械なら毒物は平気だろ!」

『吐瀉物なのダロ? ならば胃酸めいた物質で機体が酸化腐食したらどうスル!』

 と言ってるそばからジャーマンD7の機体表面に錆が目立ち始めた。黒い装甲には赤茶色の斑紋が浮かび、関節の銀色の筒構造も赤黒い錆が侵食する。

「ナンということだ……。腐食が始マッタダダト!」

 もはや音声にも異常が垣間見えるアンドロイドに、今すぐ洗い流せ! の老人の判断が寄せられた。

「洗浄剤ナンテナイゾ!」

『ドラム缶のオイルがあるだろ。それで洗え!』

 ドラム缶もオイルも現状一つしかない。そのたった一つの対象を覗き込んだアンドロイドは。

「正気カ? あれハ」

『主成分は黒色ガソリンで親油性の物質じゃない限り溶かさんぞ! 体の表面にゴムでもあるのか?』

「ナイ!」

「なら早く洗わないと即刻金属パーツが壊れる!』

「ダガこの中にも吐瀉物が……」

「その中には消化不良を引き起こすための薬剤もぶち込んである! それが中和に一役買うだろう。つべこべ言わずさっさとしろ!」

 ジャーマンD7は機械らしくもない躊躇いを見せたが、結局ほかに体を守る方策もなく、ドラム缶を満たす黒い溶液に飛び込んだ。
 アンドロイドを受け入れたドラム缶は淵から大量のオイルを溢れさせる。
 それから黒い水面に渦が生じて、しばらく続いた後、溶液が噴出した。
 黒い飛沫を拡散せたジャーマンD7は、ヘドロこそ大幅になくなったが黒い溶液と黄身色のドロリとした塊に塗れ、頭のアンテナに引っかかったビニールの袋を投げ捨てた。









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