絶命必死なポリフェニズム ――Welcome to Xanaduca――

屑歯九十九

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第01章――飛翔延髄編

Phase 26:老人とロボ

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《Vs機関》VIS INSITA ORGANUM。電気制御によって重力制御をなす生体機関。ザナドゥカではニューメシトリコのロスアラモードに捕獲されているジャランダラが産み落とすスタルカテルから摘出したものを使用している。













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「はい。今ブブゼーラが炸裂したと思います」

 車の防塁に隠れた位置に停車する車両。その車内から出した無線のマイクに、保安兵が語っていた。

「え? はい……。思いますと言いました。だって、見てないから……え、でも、現場って」

 その時、防塁の向こう側から、先ほど入った保安兵二人とトラック運転手が出てきた。保安兵は持っていた空のブブゼーラを急ぎ投げ捨て、無線で話していた同僚に「逃げろ!」と叫ぶ。
 ジャーマンD7の呼び声がする無線は手放された。

『自分ノ目デ見て確認して報告しろ! 無責任は許さん! そして射撃の結果はどうなった! 誰か応答シロ!』

 無線からの怒声は防塁の車両が追突される騒音にかき消される。無線マイクが投げ出された車両も、巨大な物量に押しやられ転がされた。





 ジャーマンD7は無線から届いた咆哮に頭部の受信機が異常をきたした懸念を抱く。
 だが、それにかまう暇もなくリックの声が届いた。

『さっきぶっ放したエネルギー兵器でも使ったらどうだ?』

「……残念ナガら。あれは使エン」

 どうしてだ、と言うリックの疑問に、コワレタ、と言う淡白な回答が出る。

『は、壊れた?』

 アンドロイドの発言が片言に聞こえて何が壊れたのか一瞬迷ったリック。
 
「ソウだ。もとより私の扱うPFOは古い機体だ。装備に関しても中古品……ビンテージで、さっきの一撃で電磁収束プラズマ砲の乱屈折信管が焼けてしまいつぎ発射しようものなら機体もろとも爆散スル」

『どんな管理しとるんだ』

「電磁収束プラズマ砲は第6種武装に当タル。部品点数も多く、一つ一つが高価であり、そもそも取り扱いの法規制も厳しくおいそれと修理や購入が許されない。だからこその貴殿だ。知恵と経験に勝る武器はない。貴殿こそこの難局を打開する秘密兵器ナノダ」

 リックは呆れるとともに渋面した。

「調子のいいこと言いやがって。そんだけ口が達者ならコメディアンにでも転職したほうが世のためになるんじゃないのか?」

『当機《ジャーマン型暫定政権行政支援ユニット:D-7666番》ハ暫定政権所管ノ器物デアリ勝手ナ運用ハ許可サレテイマセン』

 ジャーマンD7の口調はさっきと打って変わって抑揚も感情も失い事務的な録音のようになる。
 リックは喉を鳴らし苛立ちを表した。

「そいう時だけは機械気取りか。ふざけやがってッ。勝手ができないなら、一方的に一般人を巻き込むな」

『一般人であろうとも時ニハ公務執行に協力する必要はある。事情聴取や不法行為の通報がそれに該当する。加えて私が監督する保安兵舎は人員が少なく。予算も限られているのデナ』

「第6種武装だから部品調達できないんじゃなくて。金がないからまっとうな装備も用意できない、ってのが本音か」

『断ジテ違うッ。このPFOに装備できる大きさと送電設備を検討した結果だ。資金的な問題は別でアル』

「けど金がないのは本当だろ? 人員も少ないならいっそ保安兵舎なんて解体して信用できる市民に武器持たせて自警させればいいんだ」

『無政府状態ハ理性的文明にとって有害だ。そのようなことを許せば秩序が破綻し社会崩壊を招く。それを証明するようにボッブスやロックなどの著名な学者も人間の自然状態に言及し警鐘を鳴らしてイタ』

「ポンコツが偉そうに人間様を曲解するな」

『今ノ発言モ憲法に抵触すると……』

 話の途中無線が新たな連絡を発した。

『キャッサバ・ストリートで逃亡犯と思しき人物を見たとの報告、追跡します』

『報告します! 暴走ゴブリンはダービー通りからウィンダム通りに入り! 停車Smや車両を破壊、いえ捕食しています!』

『機械エンジン車両デ突撃シ、行動を封じろ。この際車両の破壊も許容する。銃弾も惜シムな』

『待ってください! その分俺たちの給料が減るとかは……』

 リックが通信に割り込んだ。

「なあゴブリンは今も壁にぶつかりまくってるか? それとも目で見て物を判断して移動してるのか?」

『えあ、あ、はい! ゴブリンは判断して移動しているようです。すでに車両で進路を妨害しましたが止められません。銃弾も効果がなく。給料は』

『ドウなっているンダ』

 リックが答えた。

「おいポンコツ。いや、ジャーマンよ。どうやらワシらは認識を改めたほうがいいらしい」

「というト?」

「あのコブリンは新しいグレーボックスを、しかもかなり高度な代物を獲得したってことだ」

「説明ヲ要求スル」

「……もしも、お前が今の体を構成するパーツが全部そろった状態で、頭にあるメモリが前進する機能以外持ってない状態で。壁に向き合ったらどうなる?」

「壁に激突だ。そうか本来はあのゴブリンもそうなるはず、と言うコトか?」

「ああ。あの機体はエンジンとして組み込まれていた。本来、車輪を回す動きと口に入った燃料を識別し分解することしかできないはずだ。なぜなら組み込まれている臓器やそれらを統合して動かす神経節は、その機能だけに特化しているからな。そして、ゴブリンと言う機種に潜在的に備わる神経網が発達しただけでも、ただ無為に動くことしかできない。それは頭を失った蜘蛛」

「ツマリ、ゴブリンが持ち合わせている神経が成長を遂げて脳のような器官を形成しても、それは何も情報がない記録媒体でしかナイ、と?」

「だが今は感覚器官で得た情報から、空間とモノを識別し、定めた目標に向かって行動をしている。つまり出来上がったんだ……入力された情報を理解し、その上、目的に向かって前進せよと命令できるグレーボックスが」

「われらアンドロイドでいうところのプログラムか」

「生物でいうところの認知と本能ってやつだ。いや、プログラムのほうが正しい」

「初メからグレーボックスが搭載されてイタ可能性ハ?」

「もちろんゴブリンにもグレーボックスは搭載できるが、エンジン型のゴブリンにはもっと単純で無駄のない働きを命令する神経節が組み込まれるのが普通で、グレーボックスをわざわざ搭載しない。おそらく犯人が投与した薬が原因だとしか思えない。まあ、そっちのほうもだいぶ跳躍した発想だが。グレーボックスの製造方法も、Smによる組織造成作用だからな。Smにグレーボックスを作らせて、同時にプログラムをインプットする……」

 PFOが高度を上げて、ジャーマンD7は町の広範囲を見下ろす。

「何か止める方法はないのか?」

「大量の薬剤で止めるか、あるいは、職人としてやりたくはないが徹底的な破壊だ。体の動きを封じるならイシスタミンがポピュラーで量を確保できるだろう。Smハンターも使ってるし制御拒絶を起こしたSmにいの一番に使われる。問題なのは投与できるかどうか……。そして破壊についてだが、言うまでもないな。もう一度聞くがゴブリンは見かけ上確固たる目的をもって移動してるんだな?」

『……現地上空ニ到達シタ。今、暴走ゴブリンは停車車両のボンネットに頭部と思しき器官を突っ込んで、それ以上特別な動きがみられない』

「だが、手あたり次第噛みついたりしてるわけじゃないんだな。であればゴブリンを誘導できるかもしれん」

『ドウすればイイ?』

「経口燃料を使う」

「ドコに行けばそれが手ニ入ル?」

「ワシのガレージにある。ちと古くなってるかもしれんが」

『なら行コウ』

「待ってくれ、鍵をかけたから今は入れないぞ。だからゴブリンの専門店に」

『心配無用ダ。貴殿ニ開けてもらう。運転する隊員に次ぐ。これより「重力牽引」ヲ行ウ!』

「ラ……ラジャーッ」

 顔色を一気に悪くした運転手の歯切れの悪い言葉。突然の停車。不穏な文言にリックは無線に耳を近づけ、なんだって、と尋ねるも突然の振動に襲われ、身がすくんでしまう。
 すぐそばでバイクを止めたアーサーが目撃したのは、リックを乗せた車に向けてPFOが降下し、その球体のタイヤを車の天井に密着させた一部始終。
 リックは混乱するも緊張した面持ちの運転手にシートベルトを求められる。いったんは反論しようとするが相手の無言の気迫に圧倒され、リックは指示に従う。
 変事はそれにとどまらない。
 ジャーマンD7は足元から引っ張り出した装置を膝に乗せる。その装置はタイプライターに球形の水槽を乗せた構造をしていた。水槽の中では吹き上がる泡によって光る粒子が撹拌される。
 ジャーマンD7はPFOの操縦席に並べたボタンやツマミを操作した。するとPFOと直下の車がより密着し、球体タイヤが若干つぶれる。
 ジャーマンD7は、装置に搭載した半球形の構造の表面から放射状に突出する打鍵で入力を始める。

『重力空間確定!』

 水槽の中で泳いでいた粒子は光量を増し、位置を確定し、はたから見たPFOと車の輪郭と凹凸を構築した。
 PFOの直下の車内では緊張して身を強張らせる運転手に、リックは何が起こっているのか問いただす。しかし答えが出る前に帽子や、車内の目に見える塵が浮き上がっているのを理解した。
 ジャーマンD7は軽快に打鍵を叩き、若干弾んだような音声で告げる。

『重力作用、対象補足完了! 重力牽引開始!』

 ジャーマンD7が機内の操縦桿を引くと、PFOが浮遊を開始する。タイヤで密着する保安車両も浮き上がった。
 車内にいたリックは遠ざかる路面と手を振るアーサーを目の当たりにし「おろせー!」と怒鳴り散らして窓をたたく。
 運転手は微動だにせず言った。

「リックさん! お願いです静かにしてください。これ最悪墜落する危険がありますからッ!」

 リックは半泣きになる。

「ワシ……ッ。孫に会いたいだけなのにぃッ」






 そのころ、ディノモウの機内では。
 ソーニャが頭に被っていたヘッドギアを外す。
 コートを脱いでいたスロウスは肌着をめくっており、晒した腹に張り付くウミウシ電極から伸びたコードはソーニャのヘッドギアと接続していた。さらに接続部の分配器からもう一本伸びるケーブルには銃のような検査機が繋がっている。
 開いた搭乗口から入ってきたレントンは状況を察し、異変があったか、と尋ねた。
 ソーニャは首を横に振って器具を鞄にしまう。

「なんの異常も発見できない。やっぱりリックは凄いなぁ。普通だったら、あれだけの運動をこなした翌日は、投薬して栄養補給して安静にしても、少しくらい活動電位のシグナルに異常や発熱分布の乱れを検知できるのに」

「それだけ、スロウスがタフだってことかもな」

「それもあるけど、やっぱり、適切な投薬と皮下注射で断裂の局所応急処置をして開腹で骨の結合も施したからだと思う」

「よく何をしたかわかるな」

 目を見張るレントンに対し、ソーニャは得意満面で細めた目を一瞬相手に向けた。

「リックのことはお見通し。丁寧な仕事はまず型通りの手順を踏んでから創意工夫が輝くんだよ。そしてその型通りが結果を見ても窺えなくて、鮮やかであればあるほど職人の腕が知れる。だから優秀な職人仕事ほど、注意深く見ないと何をしたかはわからない。まあリックの腕はみんな知ってるけど」

「そんなに信用してるなら確認しなくてもよかったろ」

 スロウスが着衣を整えコートを羽織る。そのころにはソーニャの機材撤収も完了していた。

「リックが言ってた。仕事は確認が重要だ。そうすれば間違いも防げるし仕事も学べる」

「学べたか?」

「……ちょっとね」

「そうか。ならよかった」

 と言ってレントンは外に興味を示し、出て行ってしまう。
 ソーニャも搭乗口から身を乗り出すと、格納庫に満ちる不穏な気配に小首をかしげた。

「どうしたの? なんだか」

 今まで真面目に仕事に精を出していた整備士たちは手を止め、数人ずつ寄り集まり、誰かが持っていた通信端末の画面やラジオに注目している。
 レントン曰く。

「街の方で事件が起こったらしいSmがらみで」

「どういうこと」ソーニャが端末を操作し、情報をかき集める。

「それラジオかテレビと連動してるか?」

「ううんしてない。でもゲーミングセマフォだから、誰かが動画投稿してたらいい画質で見れるよ」

 ソーニャが検索バーに『デスタルト 事件 今』などと、いろいろワードを変えて検索を始める。
 何事か聞こうと集団へ歩き出したレントンは、見つけたよ、の声に振り返って自機に舞い戻り、ソーニャの向ける画面を凝視した。

「なんだよこれ」

 ソーニャも画面を目にする。映し出された動画は、デスタルトシティのどこかの通りに面した建物の二階からセマフォで撮影しているものらしい。画質は荒く手振れもひどい。それでも、道路を占領する動くモノは漠然と判断できた。その時

「すみません! 警備保安兵です」

 声を張り上げた若い保安兵に注目が集まる。彼は言う。

「いま、飛行場のフェンスに一般車両が激突しました。それだけです」

 女性整備士が、それだけって、と不満をこぼす。
 保安兵は。

「情報がまだなくて、でも保安兵が対処していますし管制塔と連絡して航空に影響はないそうなので」

 髭が目立つ整備士が最初に不満を表明した仲間の肩をさっと叩いてなだめ、保安兵に尋ねる。

「航空に支障がないならいいが、街のほうはどうなってる?」









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