絶命必死なポリフェニズム ――Welcome to Xanaduca――

屑歯九十九

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第01章――飛翔延髄編

Phase 08:ファイトクラブを持つ男

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《SmF》ソリドゥスマトン・ファイト。文字通りSmを使って行われる格闘技の総称。競技の内容は、ボクシング、柔道、プロレス、Sumo、など様々な競技形態があり、場合によってはルール無用、武器あり、殺人の限定的許可もありうる。広く一般に浸透したザナドゥカの国技でり、オリンピック、パラリンピック、強化拡張オリンピックに続く第四のオリンピック〈Smオリンピック〉の開催に発展した。













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 場所は変わって夜の街路。紅灯緑酒こうとうりょくしゅ渦巻く通りから漏れ出る光が路地の隙間を掻い潜り、それぞれ大きさの違う四つの人影を照らし出す。
 歩いていた酔っぱらいは、だらしない表情が一変し、向かってきた一行の最後尾に目が釘付けとなり、意識を醒まされた。
 野良猫が毛を逆立てて近づいてくる巨躯を威嚇する。小型の野犬が吠え立てる。
 リックは立ち止まり、ネオン看板を見上げた。

「ついた。ここが俺の顔なじみが経営するソリドゥスマトン・ファイト・ジム『ドラゴンノックジム』だ」

 ネオンで表現されたクロスカウンターの瞬間が、点滅する。
 レントンは顎を撫でた。

「へえ、さすがデスタルトシティー。通りを歩くたびにこういったSmファイトのジムを見かけるが、いくつあるんだ?」

「まあ、合法非合法含めて盛んだから俺も正確な数は知らねえ。それに、プロ専門や素人相手のジムもあるから。全部ひとまとめにすることもできねぇな」

「素人相手って?」

 レントンの疑問にソーニャが答えた。

「遠隔操作でSm同士を戦わせて、Smに搭載したカメラの映像をゴーグルで楽しむって感じのヤツだよ。ソーニャもたまにやる」

「へぇ、今度俺も経験してみようかな」

「楽しいよ」

 なごやかな二人の会話にリックは水を差す。

「しかしレントン、あんたは別に来なくてよかったんだぞ?」

「俺がソーニャを連れて行くんだ。迷惑じゃなければ最後まで成り行きを見させてもらうよ。それに……」

「それに?」

「二人をたきつけた責任もあるからな」

 リックは苦笑する。

「あんたは事実を言ったまでだろ?」

「それでもだ」

「そうか……。なら、行こう」

 リックがジムのドアを開けると、さっそく、サンドバックを殴りつける快音が響き渡った。
 ソーニャは肩をすくめる。
 ジムの中心に当然のごとく存在したリングの上では、手足や頭に機械を装着した選手がボクシングをしている。選手の動きと寸分違わぬ動きを再現するのは、傍らにいた人の形をしたSm。
 獣毛に覆われた胴体に比して、手足が長く、丸めた背中では、背骨の突起がひどく隆起しており、キノコの傘のような装置に頭の上半分を占領されて、その下では食い縛った剥き出しの牙が目立つ。
 パンチを繰り出す選手と同じ動きをこなすSmを見上げていたのは、リングの上でも、ロープの外にいた上下スウェットを着た男。
 二の腕と胸でロープを挟む男は、選手とSm双方の動きを注意深く観察し、同時に、持っていたタブレット端末に情報を入力していた。タブレット端末は入力を受け付ける度、接続する容器の中で液体を循環させる。
 さて選手のほうは、ゴーグル下に見える口元と肌艶からして十代くらい。身長も伸び盛りだろう。しかし、四肢の筋肉は大人顔負けに発達しており、繰り出すパンチは空気を切り裂き鈍い音を鳴らす。
 スウェットの男は近づいてくる部外者に気が付き、笑顔を振りまく。

「リック! ソーニャ!」

「よ! マーカス」

 ソーニャは目の前に降りてきた男マーカスに手を振り、続いて、シャドーボクシングをやめた選手に対しても手を振る。
 選手はソーニャをじっと見つめてから、特別な反応もせず再びシャドーボクシングを始めた。 
 その一部始終を見たマーカスは微笑み、口を開く。

「どうしたんだ。こんな時間にジムに来るなんて。珍しい」

 マーカスの視線は、どうしてもスロウスと見知らぬ男性に集中する。
 リックは帽子をとった。

「ちょっとたのみたいことがあってな。悪い時に来ちまったか?」

「いや大丈夫だ。おい! 水の補給だ。そんで、ちょっと休んでろ」

 マーカスに言われて、リング上の選手はロープをくぐり出て、給水に向かう。

「で、何の用なんだ?」

「実は……」





 リックに事の次第を聞いたマーカスは、リングに背中を預け、うつむいていた。
 深刻な話をしたから反応に困るのも無理はない。と誰もが思っていた矢先、マーカスは顔を上げて。

「あっはっは! 傑作だ!」

 爆笑するマーカスにリックは目を細める。

「笑いごとじゃないぞ?」

「いやいや……すまんすまん。でも、ソーニャの家出、脱出? 飛行計画が……あまりにも馬鹿げてて。つい」

 レントンはうなずき、それなぁ……とつぶやく。
 マーカスは。

「そもそも、リックがいつ部屋に入るかわからないのに、なんで手紙なんか置いたんだ?」

 ソーニャは泳ぐ視線を伏せて言う。

「朝、ソーニャが起きてこなかったら……リックが気になってソーニャの部屋に入ると思って。それなのに、朝でもないのに、部屋に入ると思わなかったんだもん……」

「ワシを睨むのは筋違いだぞ」

 マーカスは笑いの衝動がひと段落すると、ソーニャに注目した。

「しかし、とんでもないことになってたんだな……。それで、そのスロウスにソーニャの保護者を任せると? 務まるのか?」

「違うよ! がッ! コイツの保護者なんだよ」

 スロウスは主に執拗に叩かれても微動だにしない。
 そんな健気なSmにマーカスは近づく。

「何度もガレージでコイツを見たが……」

 脱力した状態だったマーカスは、瞬く間に攻撃姿勢に移行し、右フックを放つ。
 近くにいた人々は目を見張った。特段の気配も感じさせなかった男が、身の丈を超える相手を打倒さんとする一撃を披露したのだから。
 スロウスもまた、マーカスの一連の動作を見ていた。しかし、男の拳が顎に差し迫っても無反応だった。
 マーカスは目を細め、拳を引く。

「半人前を二人揃えても、一人前になるかどうか……」

 あっけにとられていたソーニャは、自分が侮られたと分かり、すぐさま癇癪かんしゃくを起した顔で吠えようとするが、リックが遮る。

「それを確認するために、ここに来たんだ」

「というと?」

 リックはスロウスに触れる。

「このスロウスと……あんたのジムのSmを戦わせてもらえないか?」

 マーカスは一瞬白目をむくが、事態を飲み込む。

「なるほど、うちの機体をスパーリングにしようってことか。リック、あんたも人が悪い」

「タダで、とは言わん。もし頼んでくれたなら今年いっぱい、このジムのSmを無料で点検してやる」

「本当か?」

「それに修理が必要な場合は一度だけ無料にしてやるし。それ以降も今年いっぱい修理費用を……二割引にしてやる」

 苦しみぬいた様子のリックに対して、マーカスは笑みがこぼれる。

「ほっほう、そいつはいいね。うちは仕事の特性上、機体の損耗が激しいからな。それに……そうだな。こっちとしても未知のSmとの対戦経験を得られる。よし……その話乗った!」

 ソーニャは笑顔になる。

「ありがとうマーカス!」

 リックも、感謝する、と述べる。
 マーカスは手を振る。

「こっちこそ、面白いこと考えてくれて嬉しいよ。それじゃあ日取りは……今すぐ戦いたいんだよな?」

「ああ、頼む。できれば一番強い相手を」

 リックの要求にソーニャは硬直した。
 マーカスは笑顔になり、考え込んだ。

「確かに。弱いヤツをぶつけてもスロウスの品質保証にはならないよなぁ」

 いよいよソーニャは動揺する。
 それも見て取りマーカスは言う。

「なら、ちょうどいいヤツがいる。準備するから、そっちも準備……いや、あんたのことだSmに関しちゃ抜かりはないか」

「ああ、スロウスは毎日点検してた。こいつがな」

 リックに肩を叩かれたソーニャは、居心地が悪そうに視線を逸らす。
 事情を少し知っていたレントンはいぶかしむ。
 
「だから、生半可な奴じゃ、相手にならねぇぞ」

 と言うリックの不敵な笑みに、マーカスは得意げな笑みで返す。

「いいねぇ、了解した」

 マーカスは、ジムの仲間たちに号令をかける。

「お前ら! 手伝ってくれ」

 リックも振り向く。

「なにぼさっとしてるソーニャ」

 ソーニャは肩を跳ねると、目を伏せつつスロウスに向かい合い、ぶっきら棒に指をさす。

「ほら、あっちに行くぞ」

 スロウスは主が指さすほうへ歩き出した。
 遅い! ソーニャがスロウスの脹脛ふくらはぎを蹴りつけた。
 すると、スロウスは膝を曲げ、跳躍の構えを見せつける。しかし、その姿勢から動かない。
 ソーニャは苛立ち、スロウスの服を引っ張った。そうするとアジアンスクワット状態のまま、スロウスが移動を始める。
 レントンは微妙な表情になって、何やってんだ、とリックに聞いた。

「きっと、ソーニャは、あの壁際の丸椅子にスロウスを座らせたかったんだろう」

 レントンは理解の入り口に立つ。
 スロウスは不格好なカニ歩きで、ソーニャが指さすほうへ向かった。その途中、遅い! と主に怒鳴られ、急がなきゃ、との思いからか再び膝を屈した。そして、再び動かなくなる。
 ソーニャが頭を抱える。
 リック曰く。

「命令を受けたスロウスは……指示された方向までは目視で分かった。しかし、目的地が椅子というところは判断つかなかったんだろうな。定まった方角に広がる空間を漠然と目的に設定して、とりあえず、ゆっくりと進んでいたら、今度は早くしろ、と命じられて、そのために跳躍の構えを見せた。ところが正確な目的地がわからないから、どこに着地すればいいのか、わからず、結果固まった」
 
 なるほど、レントンは得心いった。
 リックが声を上げる。

「おいソーニャ、命令が大雑把すぎだ! そんなんじゃ朝になっちまうぞ」

 ソーニャはうなずき、先んじて丸椅子をたたき、ここに座れ! と命じた。
 スロウスは流れるような所作で移動し、瞬く間に丸椅子に着座する。
背筋はまっすぐだが、いつでも即座に立ち上がれる、と無言で誇示するようだった。
 ソーニャは背負っていたぬいぐるみのような鞄を降ろし、縦チャックを開き、取り出したごついゴーグルを装着した。『SINPENLAW』と刻まれたゴーグルの側面にあるボタンを押すと、世界が極彩色のグラデーションに代わる。熱い場所は白く表示され、冷たい場所は黒くなるサーマルヴィジョン。ゴーグルとすでに接続していたスコープのレンズをスロウスに向けた。続いて目盛りがついた棒をスロウスの口に突っ込む。

「うんうん、熱分布は問題なし! 特別高温でもなければ深部体温も良好。チッ……健康そのものじゃねぇか」

 途端に口が悪くなるソーニャに、レントンは何とも言えない顔だ。

「普段はいい子なんだぞ」

 とリックは述べた。

「うん、だと思うぞ」

 ソーニャはゴーグルを外すと憎悪と怒りとその他さまざまな複雑な感情を表情筋で体現した。

「いいかよく聞けデクの坊! 貴様はウジ虫以下のゴミクズだ! それでも今回お前には大変名誉な職務を与えてやる! ありがたく思って当たって砕け散れ!」

「そいつが当たって砕け散ったら、お前をマイラのもとには送り出せないぞ?」

 リックが冷静に指摘する。

「というわけだ砕けない程度に苦しめ! であははは!」

 まるでヘビメタバンドのアーティストのような厳つい人相で舌を出すソーニャ。
 リックは嘆息し、腕を組んだ。

「さてどうなることやら……」

 半ば呆れた風な老人に、レントンが尋ねた。

「その、さっき聞きそびれたが、ソーニャの親がその、殺されたって……」

 リックは渋い表情になる。

「殺人に使われたSmを乗せたくないよなぁ」

「いや、そういうことじゃないんだ……。まあ、飛行の安全上好ましいとは言えないが……。言いたくないなら、もう聞かない」

「そうか……じゃあ、そうしてくれ」

 すると、ジムの照明が消えた。









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