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第01章――飛翔延髄編

Phase 05:スーツを着けた市長の微笑

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《スコル》スウェーデンの『アウド』が売り出す肉食獣大型Smシリーズ。自己完結型として自立命令履行式の運用はもちろん、機械置換を施すことで機械操縦も可能にするばかりか、様々な状況と要望に応じたカスタムを可能とした自由度の高い機種。ザナドゥカでは、安定性(機体が勝手なふるまいをしない)も評価されて、特殊機体として保安兵が操縦するのがよく見られる。
 











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 ライトベージュのスーツ、磨かれた革靴、それらを着こなす小太りのタウンゼント市長は、清潔に整髪された金髪を優しく手直ししていた、が、突如、眉をひそめガレージを嗅ぎまわる。

「なんだこの臭い」

「男の仕事場の匂いってやつだ。保育器ばりに小奇麗な部屋にずっといるあんたにゃ辛いだろうな」

 皮肉を隠さないリックをタウンゼントは嗅ぎまわる。

「Smの整備はなかなか大変だと聞きますが。接客は印象も大事。こまめにお風呂に入ることをおすすめします。Mrラヴォー」

「そいつは問題発言だぞ市長。それと、ラヴォーは孫のファミリーネームだ」

「失敬、そうでしたか。えっと……」

「名前を憶えてから来てくれ。話はそれからだ」

「客を追い返すのですか?」

 苛立つリックが視線を移したのは、タウンゼンの背後で待機するスーツを着た二体のSm。
人型の骨格。まるでSPのごとく慎ましく立っているが顔面は分厚い鉄の被り物でわからない。しかし、表皮を剥いだような首回りに生える牙めいた構造が人外であることを証明していた。
 リックは鼻を鳴らす。

「その後ろに並べたSmに、でっかいムスコでもこさえて一晩どころか朝まで楽しみたいっていうなら他をあたってくれ」

 エロディは吹きだす。隣のソーニャは何の話か分かっていないようすで、口をあけて小首をかしげた。
 タウンゼントは噛んだ苦虫に舌を噛まれたような顔になるが、即座に作り笑いを見せる。

「その無駄に達者な口に負けないくらい器用なあなたの腕を見込んで依頼を持ってきたのです」

「悪いな。時間がないんだ。今着手している仕事も依頼主に詫び入れて中断するつもりだし」

 リックは施術室の台に横たわるSmを親指で指し示す。
 エロディはソーニャにささやく。

「あんたがいるのにガレージ休むの?」

「ソーニャが働いていることは一応内緒」

「了解……」

 エロディはうなずく。
 リックが言う。

「しばらく休業、ガレージは閉める。だから、とっとと帰ってくれ」

 追い返そうとするリックがタウンゼントに近づくと、SP役のSmが大きな一歩で前進し、タウンゼントの盾となる。
 リックは壁のようにそびえた巨体をにらみ上げ言う。

「ずいぶん状況判断能力に優れてるじゃないか。エゴテストに引っ掛からなかったか?」

 タウンゼントは余裕の笑みで。

「心配無用です。そちらの労働環境と違って」

 タウンゼントが向ける視線と笑みに、ソーニャは身をすくませる。
 市長と少女の間に入ったリック。

「なら何の用だ? 言っとくがエゴテストは常連だけのサービスだぞ?」

「ですから私のSmには問題はない。問題なのは明日以降来る予定のSmです」

「明日?」

 リックは目を丸くする。
 老人の反応に目を細めるタウンゼントだが、追求せず話を続ける。

「明日の何時になるかわからないが、あるいは明後日になるか……。『アバドン社』の輸送用Smが、整備のためにこの町に立ち寄ることになりました」

「一括整備か……さぞ安く請け負ったんだろうな」

 うれしくない思いがリックの顔にありありと表現されている。
 逆にタウンゼントは微笑を維持する。

「……つきましては、こちらにも修理調整を頼みたく」

 ソーニャが市長に駆け寄って目を輝かせた。

「アバドンのSmって、もしかして『リヴァイアサン』の『デザートツイスター』が来るの?」

「……なんですって?」

 ここにきて初めてタウンゼントはうろたえた。
 ソーニャはお構いなしに詰め寄る。

「アバドン社が子会社にした『リヴァイアサン』のSm『デザートツイスター』はね。稼働時間と低燃費を両立しておまけに生産性も高いシリーズなの。本当は軍部の依頼かコンペに応募した製品なんだけど。結局採用されなかったから一般向けに販売して、それから事業者向けにモデルチェンジしたんだって」

「よ、よくご存じで」

「アバドン社は航空運送主体の会社だったから。機械飛行装置搭載型のAM6系か、それとも自力運動型のBF9系かな? だとすると脚はリソースカットされてるの?」

 勝手に話して勝手に悩む少女の振る舞いにタウンゼントは若干たじろぐも、襟を正し、気を取り直す。

「この子も随分と仕込まれたようですね。日々の仕事の賜物ですか?」

 リックはソーニャを背後に引き寄せてから言った。

「市長さん。わざわざ来てもらって悪いが、もう一度言う。今回は忙しい。仕事の依頼なら他をあたってくれ」

「もちろん、ほかの技術者にも依頼していますよ。なにせ顧客はあの飛ぶ鳥を落とす勢いのアバドン社ですからね。仕事内容も膨大でして。万全を期するために人手がいくらあっても足りないのです。ですので、こうして交渉が難渋しそうな相手には私自ら訪ねて頼みに来た次第」

「そりゃあご苦労だったな。でも、お生憎様あいにくさま。ワシは明日、町の外へ出かけなきゃならん」

「なぜだね?」

「ミッドヒルに野暮用があってな」

「ふむ……たしか、そこは数日前にボスマートが進出したと聞いたが」

「ああ、そんな時にワシの孫娘がミッドヒルに出かけちまった」

「なるほど、それで、無事を確かめる、あるいは連れて帰るために明日出発すると?」

「ご明察、その通りだ。お互いタイミングが悪かったな市長。さ、わかったら帰ってくれ」

 とリックは外を示した。
 タウンゼントの顔には、すでに作った笑いも感情もない。一歩リックに近づき。

「何か勘違いしてるようだが君に断る権利はないのだよ?」

「あんたこそ勘違いしてないか? 俺たち職人にも人権があるってことをよ」

 タウンゼントは、自分は平静である、ということを誇示するように深呼吸する。

「いいかね……今回の依頼は、中央政府のお歴々も関わる重要事業で、ひいてはこのデスタルトシティーの利益に繋がる一大プロジェクトです。市の条例にも書かれている通り。有事の際は市民も率先して事態に対処する義務がある。まさに今回がそれだ」

「そいつは条例の拡大解釈ってもんだろ。職権乱用にもほどがある」

「市長が町のために仕事を持ってきて、それをあっせんすることが非難に値するなら私は市長にはなれませんね」

 リックが口を開くも、タウンゼントは平手を見せて話を続ける。

「職人組合のメンバーの支持も多数得ています。なぜなら、アバドン社と中央政府から謝礼が入ってくるのですから。仕事をきっちりこなせばね」

「なんで中央政府が?」

「……それは私から話すことではありません。ただ、今回の依頼は通常のSmの修繕と比べて倍の利益が見込めることは保証されています」

 エロディがソーニャに近づき耳打ちする。

「ねぇ、リックって実は市長と仲いいの? こうしてわざわざ来るってことは」

「ううん……リックは職人組合の会長してるから多分仲は良くないよ」

 リックは目を細める。

「その謝礼のほとんどをあんたらの懐に収めるため、ワシらをこき使いたいなんじゃないのか?」

 タウンゼントは肩をすくめる。

「もちろん私も市長の果たすべき職責をこなし、それに見合うサラリーはもらう。しかし、大部分の利益はあなた方職人の手にわたり、残る利益の一部はこのシティー全体のために蓄えられ、使われる。それは巡り巡って市民、つまりあなたの生活を支える。良いこと尽くめ、だと思いませんか?」

「そうか。じゃあアバドンや中央連中の関係強化も俺たちの利益か?」

 タウンゼントはむ。

「ええ……私がこの町の市長である限りは、そうなることでしょう」

「……ああそうか、わかったよ」

 と言うリックの言葉を聞き、タウンゼントが浮かべた満足げな笑みは、次のリックの言葉を聞くまでだった。

「あんたとの無駄話には何の価値もないってことが、よくわかった」

 リックは不機嫌な面を市長に見せびらかすと即座に踵を返し、奥へと向かう。

「早く帰ってくれ」

「いいですかMr.ヒギンボサム。このシティーは『暫定政権中央指令省』直轄都市だ」

「だから何だ」

「この町は、暫定政権中央指令省の法がかれその法が我らを守っている。そして我らもまたその法を守らねばならない」

「その法律には、市長の命令には絶対服従、とでも書いてるのか?」

 言われたタウンゼントが視線を移すと、見据えられたソーニャは再び委縮する。
 それすら楽しむような微笑みでタウンゼントは、ゆっくりとリックに近づく。

「ザナドゥカ暫定政権刑法では……Smの深部機構に携わる場合には免許が求められ、そして、その免許発行は十八歳以上と規定がある」

 リックはタウンゼントとソーニャの間に入る。

「だからなんだ。ソーニャはうちに住んではいるが掃除と片付けの手伝いくらいしかさせとらん」

「それは、表向きの話だろ」

 タウンゼントは歩み寄り、リックに耳打ちする。

「私が知らないと思っているのなら大間違いだ。今すぐにでも保安兵が事情を調べるためにあなたを拘束し、ガレージの操業停止もできる」

 リックは握った拳を震わせる。
 ソーニャも蒼白な顔で足元を凝視し、服の端を握りしめた。
 エロディは少女の小さな肩を掴み市長をにらむ。
 市長は平然とした面持ちで尋ねた。

「さて、色よい返事をもらえると期待するが。どうです?」

 不穏な気配を察してソーニャもエロディも心細くなる。
 リックは歯をむき出しにし、目をつむると。しばらくして重たい息を吐き、いからせた肩が力を失っていく。

「一つ条件がある」

 タウンゼントは眉をひそめたが、余裕な顔で言う。

「できる限り応えよう」

「もし、あんたの依頼を達成したら、ワシをミッドヒルまで送り届けてほしい」

 タウンゼントは今まで見せなかった考え込んだ様子で、しばし瞑目し。頷く。

「ふむ……一市民を特別扱いするのは、いささか考え物、ではありますが。大事な市民を守るためでもある。わかりました。私の力が及ぶ限り、手をお貸しいたしましょう」

「大事な市民、ね……」
 
 皮肉を強調する意図で、忌々しく復唱したリック。
 目的を果たしたタウンゼントは意に介さない。

「それでは、明日以降も、ちゃんと、この町にいてくださいね。ほかに仕事を入れたりせずに」

「ああわかってる」

 去り際にタウンゼントは

「ああ、約束を反故にすれば、わかってますよね?」

「わかってる! ッたく」

「では、お互い期待を裏切らぬように頑張りましょう。あ、それと、アバドン社の作業にその少女は立ち入らせないように。先方は法律と信頼を重んじていますから。至らぬ結果だけは困りますし、不確かなことでこの街の信頼を損ないたくありませんので」

 目的を果たし壮快な気分の市長は、ようやく、シャッターをくぐって出て行った。





 ガレージの前では、頭のでかいハエのようなヘルメットを被った完全防備の集団と、私服に八芒星のバッジを輝かせた集団が銃器を構えて一列に並び、路上のリムジンを挟んでいた。
 そのほかにも、空気を和ませるつもりなのか、子供じみた面構えで、樹脂製布を膨らませた外装の警察官アンドロイド。一方こちらは畏怖を与えるためなのか、異様に脚の長い筋肉質の狼までいる。軽トラックほどの高さの狼の頭部は、目元から上が機械で、そこから延びるケーブルが項に生えるハンドルやレバー等の運転装置と接続している。 獣が勝手に動かぬよう、騎乗する人員は、ハンドルを握って、オオカミの横腹のブレーキペダルを足で抑えていた。
 統一性のない一団の中心にあるリムジンに、タウンゼントが乗り込み、その前後に待機していたピックアップトラックの荷台にそれぞれ、随伴していたSP役のSmが乗る。続いて、ハエ頭の集団が先頭車両に乗車し、バッジの人々も、市販車やバイクにまたがって走るリムジンを中心に据えた車列に追従した。
 ソーニャ、エロディ、リックは車列を見届ける。不安や不満がそれぞれの表情から判断できた。

「ごめんなさい、リック……」

 震えた声で謝罪するソーニャ。涙こそ出さなかったが、悲しみと葛藤、そして悔しさは表情にありありと出ていた。
 リックは遠くを見つめて言った。

「謝るなソーニャ。全部、ワシが決めたことだ。お前に知識と技術を教えたのも、ワシが決めたことだ」

「でも……」

 ソーニャが悲痛に歪む顔を上げる。そこへ、声がかかる。

「災難だったなリック」

 リック達三人が、車列の向かった方向とは逆に振り向くと、またがったバイクを足で前進させる男が近づいてきた。
無精ひげ、外見は三十代から四十代前半。ジーンズに擦れたブーツ、チェックのシャツ。なんの変哲もない装いの中、バッジだけは輝いていた。

「いつから保安兵の仕事が市長のお守りになったんだ? アーサー」

 そう男に尋ねたリックは目を細めた。









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