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第01章――飛翔延髄編
Phase 04:チーズと辛さの風味
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〈パタタスブラバス〉フライドポテトのブラバスソースがけ、を意味するラテン系料理。ブラバスソースは辛みを特徴とするトマトソースであり、この料理は、全く違うアイオリと呼ばれる別のソースと併用して食べられる。料理のレシピ自体はとてもシンプルだが。ブラバスソースの材料の組み合わせは個々人で好みが分かれ、家々で独自の工夫がされることで無限の完成形が生まれ、奥深く、決して単調な品ではなくなっている。
パラリラ州では老夫婦がブラバスソースの味について口論となり、それが近隣都市を巻き込んだ大規模な暴動へと発展し、三つの町が焦土と化した、という新聞記事が残っている。
Now Loading……
「このパタタスブラバスおいしいね!」
とエロディが絶賛するのは、赤いソースがかけらたフライであった。
「この前エロディが作ったパタタスブラバスは正統なるイモだったけど、この謎の柔らかいフライとチーズがよく合うね」
ガレージの片隅にあるソファーで相席となったエロディとソーニャはパタタスブラバス擬きをいただく。
ブラバスソースの刺激的な風味をチーズが受け止めることで、衣をつけて揚げた雁擬きの繊細な味わいと直接出会うことをさせず、口に入れた後の調和をもたらす。そんな珍味に舌鼓を打っている女性陣と対面するソファーで、リックは不愛想な顔をしていた。
エロディは口元のソースを拭い、マグカップに注いだペヨルーラを味わってから尋ねる。
「どうしたのリック。早く食べないと。まだ温かいよ、ほんのりと」
ソーニャも瓶のペヨルーラをストローですすり、口いっぱいのモノを飲み下すと、開放感たっぷりに息を吐き出す。
「ぷっは! そうだよリック。ドクターも……ジジイは黙ってカロリーだ! って言ってたでしょ」
「お前ら忘れてるかもしれないから改めて言うぞ。ワシは今まさに、孫娘の安否が気がかりなんだ。音信途絶で」
エロディは。
「町を離れたら簡単に通信できないのわかってるでしょ。気を揉んだって仕方がないよ」
ソーニャは自身のセマフォをまじまじと見つめる。
「最初は何度か通話できたんだけどなぁ……マイラのセマフォ壊れてたのかなぁ」
エロディは解説した。
「そうじゃなくて。マイラが大きな町に立ち寄った時だけ、そこの基地局を通して通話できるんだって。町から離れたら即圏外。おまけに、町自体の通信バックボーンが近隣の町と違ったら、そこからの通信が届かないか通信が遅延する。最悪、通信費として高い料金を払わされる。これ常識」
「え、ソーニャが聞いた話では、いつでも話ができるから安心していいって……ねえリック?」
リックは視線をそらしペヨルーラを飲む。老人の態度から状況を察したエロディは言った。
「さてはリック。ソーニャをだましたね?」
リックは軽くむせた。
「ち、違わい! ただ、ソーニャを心配させたくなくてだな。ほら、めったに通信できないと、その」
「そんなぁ……」
「ほら見ろ。ソーニャが泣いちまったぞ」
「泣いてないよ」
とソーニャ本人はむしろ虚偽報告に憤慨した面持ちになり、軽いやけ食いに移行する。
エロディはいう。
「そうだソーニャ! いっぱい食べろ大きくなれ! 腹を満たして負の感情を捨て去るのだ! リックもね!」
エロディの眼差しにリックはいう。
「既に不安で胸がいっぱいでな。食欲がわかない。あと薬と水で腹も満たされている」
「薬と水に栄養価ないでしょ?」
とソーニャが指摘した。
「食後の薬もあるんじゃないの? ちゃんと飲まなきゃ効果出ないよ?」
女性陣の追及にリックは。
「薬ってのは不調な時に服用するのが一番いいんだよ。Smだって過剰投薬でポテンシャルが損なわれる。もちろん、感染症や寄生虫の予防薬は健康な時であっても接種が必要だ。けどな。そういう薬でもしっかり容量と用法を守らないとかえって害を及ぼす。鎮痛剤だって過剰に摂取したら危険だし、場合によっちゃ依存症を引き起こす。それに……仕事中は腰の痛みも感じないんだ。そう! ワシにとって一番の良薬は仕事なんだよ」
「あたしは腰を使う仕事だからなぁ……その考え方わからないわ」
エロディの発言に、おまえなぁ、とリックは悩まし気だ。
ソーニャがいう。
「やっぱりリックは具合が悪そうだし。これは、もしもの時はソーニャが旅に出るしかないみたいだねぇ」
「それはダメ」「ダメだダメだ」
また二人に却下されてソーニャは口に物が入っているのもはばからず反論する。
「でもそれじゃ、誰が迎えに行って場合によっては説得するの?」
大人二人は視線を交わす。リックがとりあえず回答した。
「とりあえずダメだ。マイラも危険かもしれないのに。お前まで危ない目にあったら今度こそワシの心臓が持たん」
エロディも飲み込んでから。
「そうだよソーニャ。あんた賢いんだから無理だってわかってること言わないの」
「でも……」
エロディは
「とりあえず、情報を集めて。もし行くことになったら、算段が付いてから誰が行くか相談しよう。だから、それまでに食事も済ませて、いつでも出発できる準備をしなきゃ。ね、リック」
エロディが差し出す紙パックを渋い表情のリックが受け取る。伝わる微熱が手の芯に宿る冷えを緩和する。
エロディはスプーンでガンモドキをつつきながら言う。
「食欲がなくても食べれるときに食べなきゃ動けなくなって頭も働かなくなるし、だんだん体が冷たくなって。そんで、大変な時に力が出ない。そして餓死する。どうするの? マイラが助けてほしいときに、リックが野垂れ死んだら。それこそ誰が助けるの?」
「その時はソーニャが助けてあげるね。二人とも」
と言った本人はスプーンをくわえて悪い笑み。
エロディが顔を覗き込んできた。
「いいの若い娘に借り作って?」
言われてリックは鼻を鳴らし、紙パックを開帳した。
「たく、うるさい奴が多いな、この町は」
そう言って、スプーンでたこ焼きを口に運ぶ。
咀嚼してしばらく、気難しい顔がいきなり切り替わり、パックの中を凝視する。
「これ結構うまいな」
リックの豹変した食べっぷりに、エロディとソーニャは笑みを交える。
「ちょっと全部食べないで。少しちょうだい」
「ソーニャにも一つ、あ、三つ」
三人で料理を平らげた後。
空になったパックをエロディが片付けていたとき。
電信機の前で待機していたリックが、突如鳴り響いた受話器型携帯で通話を始める。
「おう。お前か。ああ……知ってる」
一方で、セマフォの情報を漁っていたソーニャに、エロディが膨らんだごみ袋を持って近づく。
「どう?」
「うん……情報は集まってる。やっぱり、ミッドヒルに行くつもりの運び屋さんは、こっちに来る途中で予定を繰り上げて引き返したりして……。あ、デスタルトシティーからミッドヒルの方角へ行く人は、一応いるみたい」
「ほんと?」
「うん! もしかしたら荷物の積み下ろしのために、町に来た運び屋さんの中で、ミッドヒルに行く予定のある人がいるかもしれない。そうじゃなくとも付近までなら連れて行ってくれる可能性がある、らしい」
「なるほど……全部憶測。けどミッドヒル付近まで行ったらバスとか地上の交通手段で行ったり?」
「どうだろ……書き込みを見てると、もうミッドヒルへの公共の移動業はだいたい停止してるって」
その時、鳴り出したセマフォの画面をソーニャは切り替える。飛び込んできた情報に白目をむく。
話がひと段落したリックも近寄ってきた。
「どうした?」
「これ……」
ソーニャが二人に見せた画面にはSNSのページが表示されていた。その直近の更新には
『友達とちょっと長旅に出かけるので旅行を延長しまーす! 爺さんとおチビちゃんは留守番よろしくね♡』
と書かれていた。
「マイラのアカウント……。どゆこと? 無事ってこと?」
とエロディはぎこちない笑みを作る。
しかし、他二人は互いに見合って悲壮な顔に影を落とす。
「あいつの文面に思えないがマイラの更新、なんだよな? ♡って……」
リックの問いに対し、ソーニャは頷いた。
「それは間違いない、と思う。あ、メールも届いてる」
「内容は?」
「……同じ文章」
「そうか……届いたってことは、通信がつながるんじゃ?」
エロディはすでに自身のセマフォで通話を試みた、そして。
「あたしのほうにもマイラからメールが……あ」
エロディはメールを読み進めるうちに言葉を失い、慌てたように目を上げた。そして、駆け寄ってきた二人に気まずそうな顔を見せる。
「その……」
エロディが二人に見せたメールとは。
『エロディ様、元気にしていらっしゃるでしょうか。私は元気で旅をしております。だから心配はいりません。私のことはご心配なく。実はその旅を延長することになりました。つきましては貴女にリックとソーニャの面倒を改めてお願いしたく本メールを送らせていただきました。旅の延長の理由につきましては今お話しするための簡潔な文章が思いつきませんので、後日、落ち着いたときにメールを送信いたします。勝手な懇願だと重々承知しておりますし、貴女に苦労を掛けることになると思います。しかし、なにとぞお願いいたします。それでは、お元気で。
マイラより』
そして二つ目のメールには。
『さっきのメール絶対に二人に見せないで!』
「ごめんマイラ」
エロディはすべて明かしてしまった。
老人と少女は、しばし棒立ちとなり。そこから急いで手を動かす。
リックは電信機を使う。
ソーニャはSNSに書き込み、情報収集に乗り出す。
Sonia is pen:『探し人からメールが届きました\(◎o◎)/! 今までの音信不通はどうして? そして謎のメールが』
David0220:『マイラのことだだな? さっきマップの更新を見た。回線がつながる場所に行って通信したんだと思う。メールのほうは、たぶん、通信が中継局を何度も経由して、データの分別と待機を繰り返して、やっと今届いたって感じかな?』
David0220:『オレにもDMが来て、すげえ丁寧に家族のことを頼むってお願いされたんだけど何あれ。マイラのセマフォ乗っ取られたか? 新手の詐欺?』
ソーニャは返信に感謝する一方で顔色を失う。
しばらくして、それぞれ成果を報告した。
「もう一回交換所に頼んだが、やっぱり通じんかった」
「あたしも……。でも、なんだが、無事、みたい……だけど? そう思いませんか? 無理ですか?」
エロディが同意を求めるが、二人の表情は晴れない。
リックは腕を組む。
「首を突っ込んだってこと、だろうな」
リックはソーニャの顔色を窺いつつ言った。
エロディは。
「でも……無事だよって書いてるし」
「もし本当に無事だったなら、もっと適当な文言で無事を知らせるのがアイツだろ」
「あ……ですよねぇ」
エロディは記憶にあるマイラの考え方を思い出す。
ソーニャも。
「それに長旅に行くっていうなら詳しくどこそこに行くか書いてくれるはず。でも……書いてないってことは。書けないってこと?」
リックは頭を掻いた。
「あいつは、基本賢いが妙に嘘がつけないからな」
エロディは目を丸くする。
「じゃあ、やっぱり、さっきのメッセージって二人を心配させないための偽装工作?」
「結局心配になったがな……」
と苦悶したリックはソーニャの悲愴な顔を見て、咳ばらいをした。
「まあ、本当に無事ってこともあり得るしな。わざわざSNSを更新したんだし。メールもな。考えすぎてもな。な?」
同意を求められたエロディ。
「あ、うん。そうだよ。ね! だからダイジョブだよソーニャ」
ソーニャは二人と目が合い、うん……と、か細く答えてセマフォに視線を落とす。
「嘘をつけないのは、二人も同じだよ……」
リックは少女の呟きを聞き逃し、尋ねようと思うも、携帯電話の着信に応答する方を選んだ。
「もしもし……おお、お前か!……うん……なに! ミッドヒルと周辺地域は行ける、本当か? ああ……それで……え。そうか。うん……わかった。ありがとう。それじゃまたあとで……ああ、いつでも連絡してくれて構わない。ああ、それじゃ」
リックは二人に話す。
「古いなじみに連絡が回って、ミッドヒルに向かうヤツが見つかったらしい」
ソーニャもエロディも表情が晴れる。
「それじゃ」
リックはうなずく。
「ああ、詳しくは知らんが。どうも輸送機で運んでくれるらしい。ソーニャの早とちりが功を奏したようだ。ただ、もしかすると現地にはいかず途中で引き返すかもしれないそうだ。事情が事情だからな……」
希望に寄生する懸念を知り、皆の顔は再び暗くなる。
エロディはリックに尋ねた。
「行くつもりなの?」
「……現地に近いほうが着実に情報を集めれる。だが危険もある」
それを振り払うように声を張ったのはソーニャ。
「でも、一番危険が迫ってるのはマイラだよ。何もできないでウジウジするより少しでも近くにいてあげたい」
エロディもリックも微笑む。
「そうだな。何もしないよりはずっとマシだ」
すでに話題の人物の救出に話はシフトしていた。同意するエロディが。
「それで、出発するとしたら、いつなの?」
「早ければ明日にでも」
「早……帰ってくる方法は?」
「……それは現地に行ってみないと分からん。だがワシにも知恵と経験がある。戦闘地域や嵐から生還したことも一度や二度じゃないんだ」
「それって、若いころの話?」
「今だって若いもんに負けん。それにな、避難者を金づるに脱出を手伝う連中ってのはいるもんだ。場合によってはそいつらの手を借りる。だから帰る手はずはワシに任せろ」
「わかったよ。それじゃあリックが行くってことで、いいんだね?」
リックは大きくうなずいた。
「ワシが行く。旅の心得はあるから迷うようなへまはしない。そもそもほかのヤツに頼める話じゃないしな。もちろん、お前にもだぞエロディ」
「あたしも手伝いたいけど……体力に自信はあるし、ある程度ならサバイバルもできると思うけど。いざとなったら、戦闘経験はないし学もないし……」
リックは鼻を鳴らす。
「戦場に小娘一人行ったって、ろくな事にならん。わかったなソーニャ?」
エロディの話、だと思っていたソーニャは、リックの視線に驚く。
エロディも少女の顔を覗き込む。
「まさか、まだ行こうと思ってるの?」
「だって、リックの体調、本当に悪いんだよ? 本当に」
「お前さんは心配しすぎなんだよ」
でも、と口を開くソーニャを遮るリック。
「うるさい。お前を送ることはできない。これは決定事項だ。わかったら、明日に備えて今から店じまいするぞ」
リックは開けっ放しだったシャッターに向かう、が、閉めようと思ったシャッターを潜った人物と対峙することになった。
「お邪魔しますよ」
侵入者は穏当に挨拶する。
リックは
「すまんな、今日はもう店じまいなんだ……タウンゼント市長」
鋭利な眼差しを相手にぶつけた。
パラリラ州では老夫婦がブラバスソースの味について口論となり、それが近隣都市を巻き込んだ大規模な暴動へと発展し、三つの町が焦土と化した、という新聞記事が残っている。
Now Loading……
「このパタタスブラバスおいしいね!」
とエロディが絶賛するのは、赤いソースがかけらたフライであった。
「この前エロディが作ったパタタスブラバスは正統なるイモだったけど、この謎の柔らかいフライとチーズがよく合うね」
ガレージの片隅にあるソファーで相席となったエロディとソーニャはパタタスブラバス擬きをいただく。
ブラバスソースの刺激的な風味をチーズが受け止めることで、衣をつけて揚げた雁擬きの繊細な味わいと直接出会うことをさせず、口に入れた後の調和をもたらす。そんな珍味に舌鼓を打っている女性陣と対面するソファーで、リックは不愛想な顔をしていた。
エロディは口元のソースを拭い、マグカップに注いだペヨルーラを味わってから尋ねる。
「どうしたのリック。早く食べないと。まだ温かいよ、ほんのりと」
ソーニャも瓶のペヨルーラをストローですすり、口いっぱいのモノを飲み下すと、開放感たっぷりに息を吐き出す。
「ぷっは! そうだよリック。ドクターも……ジジイは黙ってカロリーだ! って言ってたでしょ」
「お前ら忘れてるかもしれないから改めて言うぞ。ワシは今まさに、孫娘の安否が気がかりなんだ。音信途絶で」
エロディは。
「町を離れたら簡単に通信できないのわかってるでしょ。気を揉んだって仕方がないよ」
ソーニャは自身のセマフォをまじまじと見つめる。
「最初は何度か通話できたんだけどなぁ……マイラのセマフォ壊れてたのかなぁ」
エロディは解説した。
「そうじゃなくて。マイラが大きな町に立ち寄った時だけ、そこの基地局を通して通話できるんだって。町から離れたら即圏外。おまけに、町自体の通信バックボーンが近隣の町と違ったら、そこからの通信が届かないか通信が遅延する。最悪、通信費として高い料金を払わされる。これ常識」
「え、ソーニャが聞いた話では、いつでも話ができるから安心していいって……ねえリック?」
リックは視線をそらしペヨルーラを飲む。老人の態度から状況を察したエロディは言った。
「さてはリック。ソーニャをだましたね?」
リックは軽くむせた。
「ち、違わい! ただ、ソーニャを心配させたくなくてだな。ほら、めったに通信できないと、その」
「そんなぁ……」
「ほら見ろ。ソーニャが泣いちまったぞ」
「泣いてないよ」
とソーニャ本人はむしろ虚偽報告に憤慨した面持ちになり、軽いやけ食いに移行する。
エロディはいう。
「そうだソーニャ! いっぱい食べろ大きくなれ! 腹を満たして負の感情を捨て去るのだ! リックもね!」
エロディの眼差しにリックはいう。
「既に不安で胸がいっぱいでな。食欲がわかない。あと薬と水で腹も満たされている」
「薬と水に栄養価ないでしょ?」
とソーニャが指摘した。
「食後の薬もあるんじゃないの? ちゃんと飲まなきゃ効果出ないよ?」
女性陣の追及にリックは。
「薬ってのは不調な時に服用するのが一番いいんだよ。Smだって過剰投薬でポテンシャルが損なわれる。もちろん、感染症や寄生虫の予防薬は健康な時であっても接種が必要だ。けどな。そういう薬でもしっかり容量と用法を守らないとかえって害を及ぼす。鎮痛剤だって過剰に摂取したら危険だし、場合によっちゃ依存症を引き起こす。それに……仕事中は腰の痛みも感じないんだ。そう! ワシにとって一番の良薬は仕事なんだよ」
「あたしは腰を使う仕事だからなぁ……その考え方わからないわ」
エロディの発言に、おまえなぁ、とリックは悩まし気だ。
ソーニャがいう。
「やっぱりリックは具合が悪そうだし。これは、もしもの時はソーニャが旅に出るしかないみたいだねぇ」
「それはダメ」「ダメだダメだ」
また二人に却下されてソーニャは口に物が入っているのもはばからず反論する。
「でもそれじゃ、誰が迎えに行って場合によっては説得するの?」
大人二人は視線を交わす。リックがとりあえず回答した。
「とりあえずダメだ。マイラも危険かもしれないのに。お前まで危ない目にあったら今度こそワシの心臓が持たん」
エロディも飲み込んでから。
「そうだよソーニャ。あんた賢いんだから無理だってわかってること言わないの」
「でも……」
エロディは
「とりあえず、情報を集めて。もし行くことになったら、算段が付いてから誰が行くか相談しよう。だから、それまでに食事も済ませて、いつでも出発できる準備をしなきゃ。ね、リック」
エロディが差し出す紙パックを渋い表情のリックが受け取る。伝わる微熱が手の芯に宿る冷えを緩和する。
エロディはスプーンでガンモドキをつつきながら言う。
「食欲がなくても食べれるときに食べなきゃ動けなくなって頭も働かなくなるし、だんだん体が冷たくなって。そんで、大変な時に力が出ない。そして餓死する。どうするの? マイラが助けてほしいときに、リックが野垂れ死んだら。それこそ誰が助けるの?」
「その時はソーニャが助けてあげるね。二人とも」
と言った本人はスプーンをくわえて悪い笑み。
エロディが顔を覗き込んできた。
「いいの若い娘に借り作って?」
言われてリックは鼻を鳴らし、紙パックを開帳した。
「たく、うるさい奴が多いな、この町は」
そう言って、スプーンでたこ焼きを口に運ぶ。
咀嚼してしばらく、気難しい顔がいきなり切り替わり、パックの中を凝視する。
「これ結構うまいな」
リックの豹変した食べっぷりに、エロディとソーニャは笑みを交える。
「ちょっと全部食べないで。少しちょうだい」
「ソーニャにも一つ、あ、三つ」
三人で料理を平らげた後。
空になったパックをエロディが片付けていたとき。
電信機の前で待機していたリックが、突如鳴り響いた受話器型携帯で通話を始める。
「おう。お前か。ああ……知ってる」
一方で、セマフォの情報を漁っていたソーニャに、エロディが膨らんだごみ袋を持って近づく。
「どう?」
「うん……情報は集まってる。やっぱり、ミッドヒルに行くつもりの運び屋さんは、こっちに来る途中で予定を繰り上げて引き返したりして……。あ、デスタルトシティーからミッドヒルの方角へ行く人は、一応いるみたい」
「ほんと?」
「うん! もしかしたら荷物の積み下ろしのために、町に来た運び屋さんの中で、ミッドヒルに行く予定のある人がいるかもしれない。そうじゃなくとも付近までなら連れて行ってくれる可能性がある、らしい」
「なるほど……全部憶測。けどミッドヒル付近まで行ったらバスとか地上の交通手段で行ったり?」
「どうだろ……書き込みを見てると、もうミッドヒルへの公共の移動業はだいたい停止してるって」
その時、鳴り出したセマフォの画面をソーニャは切り替える。飛び込んできた情報に白目をむく。
話がひと段落したリックも近寄ってきた。
「どうした?」
「これ……」
ソーニャが二人に見せた画面にはSNSのページが表示されていた。その直近の更新には
『友達とちょっと長旅に出かけるので旅行を延長しまーす! 爺さんとおチビちゃんは留守番よろしくね♡』
と書かれていた。
「マイラのアカウント……。どゆこと? 無事ってこと?」
とエロディはぎこちない笑みを作る。
しかし、他二人は互いに見合って悲壮な顔に影を落とす。
「あいつの文面に思えないがマイラの更新、なんだよな? ♡って……」
リックの問いに対し、ソーニャは頷いた。
「それは間違いない、と思う。あ、メールも届いてる」
「内容は?」
「……同じ文章」
「そうか……届いたってことは、通信がつながるんじゃ?」
エロディはすでに自身のセマフォで通話を試みた、そして。
「あたしのほうにもマイラからメールが……あ」
エロディはメールを読み進めるうちに言葉を失い、慌てたように目を上げた。そして、駆け寄ってきた二人に気まずそうな顔を見せる。
「その……」
エロディが二人に見せたメールとは。
『エロディ様、元気にしていらっしゃるでしょうか。私は元気で旅をしております。だから心配はいりません。私のことはご心配なく。実はその旅を延長することになりました。つきましては貴女にリックとソーニャの面倒を改めてお願いしたく本メールを送らせていただきました。旅の延長の理由につきましては今お話しするための簡潔な文章が思いつきませんので、後日、落ち着いたときにメールを送信いたします。勝手な懇願だと重々承知しておりますし、貴女に苦労を掛けることになると思います。しかし、なにとぞお願いいたします。それでは、お元気で。
マイラより』
そして二つ目のメールには。
『さっきのメール絶対に二人に見せないで!』
「ごめんマイラ」
エロディはすべて明かしてしまった。
老人と少女は、しばし棒立ちとなり。そこから急いで手を動かす。
リックは電信機を使う。
ソーニャはSNSに書き込み、情報収集に乗り出す。
Sonia is pen:『探し人からメールが届きました\(◎o◎)/! 今までの音信不通はどうして? そして謎のメールが』
David0220:『マイラのことだだな? さっきマップの更新を見た。回線がつながる場所に行って通信したんだと思う。メールのほうは、たぶん、通信が中継局を何度も経由して、データの分別と待機を繰り返して、やっと今届いたって感じかな?』
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ソーニャは返信に感謝する一方で顔色を失う。
しばらくして、それぞれ成果を報告した。
「もう一回交換所に頼んだが、やっぱり通じんかった」
「あたしも……。でも、なんだが、無事、みたい……だけど? そう思いませんか? 無理ですか?」
エロディが同意を求めるが、二人の表情は晴れない。
リックは腕を組む。
「首を突っ込んだってこと、だろうな」
リックはソーニャの顔色を窺いつつ言った。
エロディは。
「でも……無事だよって書いてるし」
「もし本当に無事だったなら、もっと適当な文言で無事を知らせるのがアイツだろ」
「あ……ですよねぇ」
エロディは記憶にあるマイラの考え方を思い出す。
ソーニャも。
「それに長旅に行くっていうなら詳しくどこそこに行くか書いてくれるはず。でも……書いてないってことは。書けないってこと?」
リックは頭を掻いた。
「あいつは、基本賢いが妙に嘘がつけないからな」
エロディは目を丸くする。
「じゃあ、やっぱり、さっきのメッセージって二人を心配させないための偽装工作?」
「結局心配になったがな……」
と苦悶したリックはソーニャの悲愴な顔を見て、咳ばらいをした。
「まあ、本当に無事ってこともあり得るしな。わざわざSNSを更新したんだし。メールもな。考えすぎてもな。な?」
同意を求められたエロディ。
「あ、うん。そうだよ。ね! だからダイジョブだよソーニャ」
ソーニャは二人と目が合い、うん……と、か細く答えてセマフォに視線を落とす。
「嘘をつけないのは、二人も同じだよ……」
リックは少女の呟きを聞き逃し、尋ねようと思うも、携帯電話の着信に応答する方を選んだ。
「もしもし……おお、お前か!……うん……なに! ミッドヒルと周辺地域は行ける、本当か? ああ……それで……え。そうか。うん……わかった。ありがとう。それじゃまたあとで……ああ、いつでも連絡してくれて構わない。ああ、それじゃ」
リックは二人に話す。
「古いなじみに連絡が回って、ミッドヒルに向かうヤツが見つかったらしい」
ソーニャもエロディも表情が晴れる。
「それじゃ」
リックはうなずく。
「ああ、詳しくは知らんが。どうも輸送機で運んでくれるらしい。ソーニャの早とちりが功を奏したようだ。ただ、もしかすると現地にはいかず途中で引き返すかもしれないそうだ。事情が事情だからな……」
希望に寄生する懸念を知り、皆の顔は再び暗くなる。
エロディはリックに尋ねた。
「行くつもりなの?」
「……現地に近いほうが着実に情報を集めれる。だが危険もある」
それを振り払うように声を張ったのはソーニャ。
「でも、一番危険が迫ってるのはマイラだよ。何もできないでウジウジするより少しでも近くにいてあげたい」
エロディもリックも微笑む。
「そうだな。何もしないよりはずっとマシだ」
すでに話題の人物の救出に話はシフトしていた。同意するエロディが。
「それで、出発するとしたら、いつなの?」
「早ければ明日にでも」
「早……帰ってくる方法は?」
「……それは現地に行ってみないと分からん。だがワシにも知恵と経験がある。戦闘地域や嵐から生還したことも一度や二度じゃないんだ」
「それって、若いころの話?」
「今だって若いもんに負けん。それにな、避難者を金づるに脱出を手伝う連中ってのはいるもんだ。場合によってはそいつらの手を借りる。だから帰る手はずはワシに任せろ」
「わかったよ。それじゃあリックが行くってことで、いいんだね?」
リックは大きくうなずいた。
「ワシが行く。旅の心得はあるから迷うようなへまはしない。そもそもほかのヤツに頼める話じゃないしな。もちろん、お前にもだぞエロディ」
「あたしも手伝いたいけど……体力に自信はあるし、ある程度ならサバイバルもできると思うけど。いざとなったら、戦闘経験はないし学もないし……」
リックは鼻を鳴らす。
「戦場に小娘一人行ったって、ろくな事にならん。わかったなソーニャ?」
エロディの話、だと思っていたソーニャは、リックの視線に驚く。
エロディも少女の顔を覗き込む。
「まさか、まだ行こうと思ってるの?」
「だって、リックの体調、本当に悪いんだよ? 本当に」
「お前さんは心配しすぎなんだよ」
でも、と口を開くソーニャを遮るリック。
「うるさい。お前を送ることはできない。これは決定事項だ。わかったら、明日に備えて今から店じまいするぞ」
リックは開けっ放しだったシャッターに向かう、が、閉めようと思ったシャッターを潜った人物と対峙することになった。
「お邪魔しますよ」
侵入者は穏当に挨拶する。
リックは
「すまんな、今日はもう店じまいなんだ……タウンゼント市長」
鋭利な眼差しを相手にぶつけた。
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楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
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