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天使のホワイトデー 後編

後日談 ⑤

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 朝5時くらいだろう。薄暗い部屋で物音がした。ガチャリとドアが開く音がだ。
 その音で目が覚めドアの方を見ると、昨日と同じ格好のアイドルが何故だか部屋にいて、すっと近づいてきて、寝ている俺の顔を覗き込もうとしてくる。

 ……あれっ、変だな。俺、壁側向いて寝てるな?
 ……それが分かるのも変だよな?
 まさに今、現在進行形で寝てるのに……。
 ──これはまさか幽体離脱!?

「──幽体離脱してる!」

「──うわあ!?」

「──戻った! ってか何をしている!?」

 俺が急に起きたもんだから、俺が寝ていると思っていた真咲まさきが驚いてひっくり返った。
 しかし、持ち前の運動神経で反応したらしく、頭を打つことなく尻もちついただけですんだ。
 俺なら頭もいっていたところだろうに。

「いてて、急になんだ! 寝ぼけてんのかよ! ……余計なことはせずに、お返しだけ回収すれば良かったか。失敗した」

「お返し? そうかそうだったな。昨日も渡しそびれていたな。しかし、早くないかい? 朝5時だよ? 始発もまだだろ」

「部屋にいることには何も触れないんだ」

「どうせ家の前でママンと会ったんだろ? いつも朝起きたら、花に水やりしてんもんな。ルイのとこも起きてるだろうし。朝早いとしか思わない」

 商店街の朝は早いのだ。各々店を開ける前にやる事は沢山あるし、普通に家のこともあるだろう。
 例えばルイの家の和菓子屋は、おっちゃんが毎日餡子作るし、お菓子も作る。
 店開くまでを逆算するとこんな時間だろう。

 ウチのママンのは趣味だ。観葉植物的なやつの様子を見るのが朝一のママンの行動だ。
 ルイのとこは起きてるし、おばちゃんも外に出て水やりしている時がある。
 2人が喋っている声で目が覚めるのもなくはない。俺の部屋の下だし。

 まあ、朝事情の話は終わりにして。

「お返しだったな」

 分かるとこに置いてあったホワイトデーのお返しの袋を手に取り、直接手渡しする。
 バレンタインのお返しを手渡しするのはルイにもお姫様にもしていないので初だ。ちなみに、マコちゃんもちょうどいなかったので店に置いてきただけだ。

「遅くなって申し訳ないですが普通に買ったやつです。どうぞ、お納めください」

「はい、ありがとうございます。 ……結構いいやつだね」

「買ったのはデパートだが、そんなん一目で分かるのか?」

 女の子というのはお菓子に詳しいのが普通なんだろか?
 いいやつとか。安いとか高いとか。判別されると男は困るんだけど……。

「袋を別にくれるのはいいやつだよ。ブランドのやつだよ。ボクがあげたのなんて、スーパーで買った売れ残りのチョコだったのに」

「言われてみるとバレンタインっぽくは一応あったが、安い感じのチョコだったな」

「安いとは失礼だな。大事なのは気持ちだろ!」

 それはそうだ。高いとか安いとかではない。
 気持ちがあるから渡すし、気持ちがあるからお返しするのだから。

「申し訳ない。確かに気持ちが大事でした」

「安いチョコが倍以上になって返ってくるなんてラッキーだ。来年もよろしくね」

「……俺の謝罪と気持ちを返せよ」

「貰ったものは返さないよ」

 真咲は返さないとの意思表示のためか、自分の後ろにお返しの入った袋を隠し、スススッと自分も真横に移動する。で、俺のベッドに腰を下ろした。

 ……俺の部屋に座るところがないのは知ってるが、どうしてベッドに座るのか。いや、それは座るところがないからであって……。

「何故、そこに座る?」

「机じゃ遠いし、あとは床じゃん」

「座布団があるだろう」

「なら、零斗れいとも起きてテーブルにいこうよ」

 そんなの寒いし嫌だ。だって、まだ5時だもの。
 二度寝して7時に起きたんで十分に間に合うし。

「一度布団から出たら起きなくてはならなくなるから嫌だ。まだまだ俺の起床時間にはならないんで、寝ます。では」

「おいおい、よくこの状況で寝るなんて言葉が出るね? もっとこの貴重さを感じてほしいんだけど」

「別に。ただの真咲じゃん。朝の二度寝時間の方が貴重だと思います。帰れとは言わないから7時になったら起こして」

「もう帰るから今来てるんだよ……。って本当に寝んのかよ! おい、おいってば──」

 ……なんでか二度寝で夢を見た……。

 昔の夢だ。みんなで茶の間でゲームやって遊ぶ夢。なんで昔かって分かるかというと、ばあちゃんがいる。
 これまでもばあちゃんが夢に出てきたことはあるが、それはとても久しぶりで、懐かしい気持ちになった。

 ……どうして今こんな夢を見るのか……。

 先月、懐かしい喫茶店に行った時から?
 昨夜みんなで、ばあちゃんがいた頃のように茶の間で遊んでたから?
 まあ、それに関しては俺は参加してないけどね!
 なんにせよ、懐かしいと感じる夢だった……。

『ピピピッ ピピピッ ピピピッ──』

 おきまりのアラームの音に、夢から現実へと引き戻される。こんな時は不思議なもんで、パッと目が覚めて夢の内容をしっかりと覚えている。
 懐かしい夢だったなと、思い出のような夢を覚えていられる間は覚えていようと決め、なんだかいいことがありそうな朝に、自ら進んで布団から身体を起こす。

「朝か……」

 日が昇ってきていて今日もいい天気だと分かる。
 テスト日和かは知らないがいい天気だ。
 俺にはクソ厳しかった、夢に出てきたばあちゃんのためにも100点取らないとな!

「んんっ……布団引っ張んなよ。寒いよ……」

 はて? 起きようと掛け布団を取っ払ったら、横から声がしたんだが?

「…………。 ──はぁ?! 真咲。なんでいる! お前、帰るんじゃなかったのか?! おい、起きろ!」

 何故だか寝ている真咲が隣にいて、二度見にてしまった。きっと、この上なく完璧な動作だったと思います。

「んっ……──はっ、寝てた! 今何時!?」

「えーと、6時半だ!」

「──6時半?! ヤバい、遅刻する!」

 飛び起きた真咲はテーブルの上に置いてあったホワイトデーのお返しを掴み、ドアへと向かう途中にあった鏡で寝癖がないかを確かめ、再び前に足を出す。この間わずか数秒である。

「遅刻ってアイドル活動にか。それはいけない! リーダーの腹黒アイドルにシメられるぞ!」

「それはないけど、マズイのは確かだ。ボク、もう行くから!」

「ああ、気をつけて」

「──またね!」

 そしてアイドルは嵐のように去っていった。完。
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