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天使のホワイトデー 後編

あとはお土産を買って帰るだけ ②

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「ただいまー」「ただ……いま……」

 お分かりになるだろうか。
 本日同じところから出発し、同じことをして、同じところに帰ってきたはずの、2人の人間の明らかな疲労の差が。

「おかえりー」

「おかえり! ──どうして2人だけで遊びにいくの! アタシも誘いなさいよ! 朝起きたらもういないし。どこ行ったのか聞いたら、なんか楽しげなところに遊びに行ったって言われるし。追いかけようにもどこなのか分かんないし! ズルいズルいズルいズルいーー!」

 こっちもお分かりになるだろうか。
 俺たちを待ち構えていた、明らかに後半喋りが多い人と、おかえりしか言ってない人との対応に差がないことを。

「──自分だけ楽しければいいの! そんなヤツだったの! みんな仲良くじゃなかったの! なんとか言いなさい、言え、黙ってないで何か言えーー!」

「お土産、お土産、お土産。どれが一愛いちかのかな~」

 俺に掴みかかる天使ちゃんと、俺の手からお土産の袋を次々と奪い取る妹。
 どちらも俺のことなんて見ているようで見ていない。

「一愛、そっちは全部あたしが買ったやつよ」

「ルシアちゃん。姫だからお金持ちなの? もしかすると、これ全部自分のやつ……」

「ちゃんと一愛の分もあるわよ」

「やったぜ! さすがはルシアちゃん! ではでは、お土産をお披露目してもらいます。れーと、邪魔。そっちでやって」

 互いに半分ずつお土産を持ち、天使ちゃんにぐわんぐわんされている俺を助けることなく、茶の間へと向かう。ひとでなしたち。
 特にルシアさん。誰のせいで俺がこうなってると思っているのか……。

「ミカちゃんもあきたらおいで。お土産のお披露目会だよ!」

「うん、コイツをとっちめたらすぐに行くから!」

 なんで、とっちめられるのかも分からないし。なんで、俺だけなのかも分からない。
 そうツッコミなり抵抗なりをしようとは思うのだが、それをするだけの元気が俺にはない。

「覚悟はいい? おいていかれた恨み、甘んじて受けなさい! ……どうしたのよ。何か喋りなさいよ……」

「やめて。疲れた。重かった」

 ほらね。今の俺の口からは単語しか出ない。
 せめて休憩を挟んでにしてもらいたい。
 そうでないと、天使ちゃんのハイテンションについていくのは無理だ。

「えっ、本当にどうかしたの。よく見たら汗だくじゃないの。なんか顔色も悪いわよ」

「今更。遅い。早く気づけ。バカ」

「──バカって言った! バカって言うやつがバカなんだって言ってるでしょ! ……でも、このままとっちめるのは気分が悪いわね。レートが回復してからとっちめることにするわ」

「天使。優しい。マジ天使」


 ※


 マジ天使ことミカエラさんに介抱され、なんとか一命をとりとめた俺。
 今のミカの天使度合いは、俺の中でアミカちゃんに匹敵する。同じ人だけどマジ天使だから。

「だいぶ顔色が良くなってきたわね。なんか飲む?」

「いや、もうちょっとこのままでいたい」

 甲斐甲斐しく介抱されている俺の近くのテーブルでは、お土産のお披露目会がずっと行われている。
 なんかお店みたいにお土産が並べられていく。
 お土産に夢中な妹とお土産を自慢したい姫とは、いろいろと一致するらしく、こっちを見もしない。

「で、なんで力尽きそうだったの?」

「あのお土産の袋の山とルシアを、駅から家まで運んできたからだ。あいつ1回寝たら起きなくて。バスから電車まで連れていくのも大変だったし、電車から家までも大変だった……。俺、重かったけどそこの角のとこまでおぶってきたんだぜ? そしたら狙い澄ましたように起きて、何事も無かったように『だだいまー』って家に入っていったんだ」

 最初は寄りかかられて『ふぁーー!』って思ってたが、それは甘かった……。
 ルシアさんは一度寝たら何をしようと起きず、無理に起こそうとすると反射的に暴力が飛んでくるしまつ。
 もちろん駅からタクシーも考えたが、そんな時に限ってタクシーは捕まらない。帰らないわけにもいかないので、おぶって帰ってきたのだ。

「ああ、あの子。昔からそういうところあるわ。何かごめんなさい。とっちめるのはやめにするから」

「何の役得でもなかった」

「よしよししてあげるから」

 マジ天使ちゃんは優しい。膝枕してくれるだけでなく、報われない俺に優しくしてくれる。
 もう少しこのままで癒されていたい。

「「…………」」

 広げすぎてテーブルがいっぱいになってしまったのか、お土産屋さんごっこはいつの間にか下にまで広がっている。
 そんなお土産屋さんごっこをしていた人たちからの視線が冷たい。ゴミを見るような目をしている。

「ミカちゃん。もうそれの面倒はいいよ。一愛いちかが代わろう」

「そうよ。ミカもこっちきて、お土産を見なさいよ」

 視線だけでなく言葉も冷たい。
 まったく温度がない。
 その冷たさに背筋まで冷たくなっていく。

「でも……」

 しかし、優しい天使ちゃんは俺を見捨てない。
 あの悪魔のような2人とは違い、彼女だけは味方でいてくれる。

「ルシアちゃんがミカちゃんのために買ってきたお土産を見なよ。きっと気にいるよー」

「えっ──」

「今ならフェネックもあげるわよ」

「何それ、可愛い!」

 しかし、優しさゆえに簡単に釣られてしまう。
 あの狡猾な悪魔たちに対して、天使ちゃんは純粋すぎる。

「──まってくれ!」

 釣られたミカは俺を簡単に畳に落とし、お土産屋さんに向かっていく。
 そうして唯一の味方を失ってしまった。

「れーと、いい加減にしろや。黙っていれば調子に乗りやがって。とっくに起きられんじゃねーか!」

「誰がどう重かったのか、後できっちり説明してもらうから……」

 後に待つのは恐ろしい形相の悪魔たち。
 ミカにとっちめられなかったのは、何の意味もなかった……。

「あっ、これ可愛い!」


 ※


 俺はとっちめられ、変わらず畳に寝っころがっている。膝枕はなく座布団すらもらえずにだ。

「これはミルクにあげようと思うんだけど。どう?」

「いいんじゃない。あの子、ペンとか喜ぶと思う」

 お土産屋さんでは、誰にどれをあげるのかが決められている。
 それぞれ決まったやつは、大量に入っていた小さいお土産の袋に入れられていく。
 それを行っているのはルシアさんとミカだ。一愛いちかは自分のお土産をもらって満足そうにしている。

「お前、それ欲しかったのか?」

「いや。まったく」

 一愛がもらったのは、ダンクルオステウスぬいぐるみだ。まさかのチョイス! どうすんだよソイツ。

「その割には嬉しそうだね」

「そんなことはない」

 そんなことはあると思われる。が、口に出せば収まった怒りが再燃する可能性があるので黙っておく。

「ところでだ。今日の成果を聞こうじゃないか」

「頼まれたお土産ならカバンの中だ。新発売のクランチチョコにした」

「やった、──じゃなくて! ルシアちゃんとはどうだったんだ?」

 忘れずに買ってきたお土産の話ではなかった。いいチョイスだと思ったんだけどね。
 ダンクルオステウスには勝てなかったらしい。

「手くらい繋いだのか? 言ってごらん」

 繋いだけど言いたくはない。
 もし言えば、おもしろおかしくあちこちに伝達されてしまう。
 
「なに、本当に手を繋いだのか!? 初デートで! れーとにそんな度胸があるなんて。みくびっていた……いやいや、そんなわけがない!」

 だいぶ失礼な妹だが、だいたい当たっている。
 しかし、沈黙は金。黙ってやり過ごそう。

「れーとでないとするとルシアちゃんから? あの子は意外と大胆だったのかな。それ以上のことはあったのかい?」

「……」

「黙ってないで教えろや! 誰のおかげで今日を乗り切れたと思ってんだ!」

「……」

「何か言えや!」

 沈黙により妹の追撃をかわし、3月14日は終わった。一愛はルシアさんにも聞きまくっていたが、彼女も何も答えなかったようだ。
 最後に、今日は何でルシアさん呼びだったのかというと、デートだったからだよ。
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