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天使のホワイトデー

天使が憤っていた理由

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♢14♢

 天使はお姫様のところに来た時点で怒っていた。いや、正確にはチョコレートが届いた時点でだな。
 これが元から不仲なヤツらなら特に不思議はない。

 しかし、仲が悪いヤツにそもそもチョコレートは贈らない。『この機会に仲良くなりたいからじゃないか?』とも考えられたが、それも違った。
 お姫様が天使にチョコレートを贈った理由は未だに不明だが、天使が最初から憤っていたのは、もっと別な理由があったんだ。

「まさか室外まで蹴り出されるとはな。少しは手加減してくれて良かったんだぞ」

 お姫様に室内から室外へと蹴り出されたモンスターペアレントこと、ミカエルという名の天使のおっさん。
 クソ執事いわく、マジもんのミカエルさんらしい。

 お姫様に壁をぶち抜く威力で蹴り飛ばされたのにピンピンしている、そんなモンスターペアレントから聞いた話だ。
 これで足りなかったピースが埋まった。

「ルシア。覚えているか? ミカエラとここで最後に会った時の事を……」

 モンスターペアレントが言った最後とは、ミカが遊びに来た今回のことではなく、それより前のことだ。
 遊びに来ていたのはもう昔のこと。その後、お姫様たちは時折顔を合わせるだけだったらしい。

 あとモンスターペアレントについてだが、クソ天使と表記してもいいが、クソ執事と被ってしまう。
 なので、クソ天使とはせずにモンスターペアレント。または、おっさんと表記する。

 俺はだいたい中年はおっさんと表記する。
 だって、『おっさんはおっさん』だから。
 紛らわしいかもしれないが宜しく頼む。

「その日。帰る時間となってもミカエラの姿は見えなかった。何故ならオマエと2人で画策し、帰りたくないをアピールするために2人で隠れていたからだ。皆が城中を探すも、見つけるには至らなかった」

 当時、一桁の年齢の2人にしては良く考えたのだろう。帰るのが遅くなれば、今日も泊まっていきなさいと言われると考えたわけだ。
 それが毎日続けば、ずっと一緒にいられるとな……。

「だが、どちらが言い出したのかは知らぬが、一度様子を見てこようとなった」

 誰にも告げず姫2人が城から失踪。これでは騒ぎになったのは明らかだ。
 実際、城は大変な騒ぎだったらしい。

 隠れていた場所にも、そんな声が聞こえたのかもしれない。子供だから単に寂しくなったのかもしれない。
 すぐに戻ると言い、お姫様が1人様子を見に出て行った。

「そこでルシアは母親に捕まり、部屋に連れ戻され、ミカエラは居場所がバレ確保された。そんなことがあったのを覚えているか?」

 これは大人から見た事の顛末だ。当事者の2人の気持ちとかは含まれていない。
 お姫様は親に叱られ、無理矢理にでもミカの居どころをはかされた。

 ミカからすれば様子を見に行ったお姫様ではなく、自分を探していた大人たちが隠れ場所に現れる。
 そして今回のように嫌々、連れ帰られたわけだ。

「ミカエラは、『ルシアが居どころを言ったんだ!』そう口にした。何も間違いではないが……」

 お姫様も親に問い詰められて、黙秘はしていられなかったんだろう。
 王様はお姫様に対して『あまあま~~』だが、母親はどうも違うようだ。俺はできれば会いたくないなぁ。

「あの子からしたら裏切られた。そう思ったのかもしれん」

 そうだったんだろう。
 一緒だったのに。明日も遊ぶと約束したのに。
 その明日は来なかったんだから。

「ミカエラはずっとそれを身の内にしまっていたようだ。学校に行かなくてはいけないというのもあったのだろう。ついには、遊びに行くとすら言わなくなった」

 お姫様からのアクションがあったから、今回ミカはやってきた。なければ顔を合わすこともなかったかもしれない。
 学校も忙しかったのだろう。姫的な仕事もある。何より、その最後を思い出してしまう。

「昔からケンカが絶えんオマエたちだが、それだけではないと知っている。ミカエラが姉ぶり、ルシアが反発するのも変わらんだろう。しかし、アレはルシアとケンカしている時が一番イキイキしていた。今とは違ってな」

 顔を合わせればケンカばかり。
 理由などあってもなくても大差ないのかもしれないけど、本当はそれだけじゃなかったはずだ。

 喧嘩するほど仲がいいと、そういうことだな。
 あれはもう病気なのかもな。何としても張り合いたいのだろう。
 その時間が今となっては唯一、昔のようにいられる時間だから。

「ケガなど1日2日あれば治る。だが、もう休みのやり直しは効かんのだ。天使長というヤツは、ミカエラに限り融通が効かん。それはもう驚くほどな。アレが憎らしいんじゃないかと、薄々思っているほどだ」

 それは知らないわーー。このおっさんが天使長にモノ言えないのが、一番の問題だと俺は思うよ?
 このおっさん。威厳あったのは最初だけだな。

 顔は怖いがなんやかんや娘にあまいし、真顔でふざけてくるし。
 お姫様に蹴られて、頭から地面に埋まってもピンピンしてるのは本当にビックリだけどね!

「今回はミカエラに非がある。しかし、発端はそれ以前にあったのだ。娘を庇うつもりもないが、オマエが知らぬことだろうと思ってな。それをわざわざ伝えに来た」

 これは嘘だ。本当の本当は、姫がケガして帰ってきたから黙っているわけにはいかなかったんだ。
 何もしないでいられる立場の人ではないし、何もしなかった場合、勝手に何かしようとする動きがあったようなんだ。

 おっさんは一言もそれを言いやしなかった。カッコつけやがってーーっ。
 これではクソ天使などとは呼べないではないか。

 クソ執事の言っていたシコリ。
 天使と悪魔間にあるそれが表に出ることはあってはならない、か。
 なら、どうするべきか……。


 ※


「カッコつけるだけつけて帰りやがったな。悔しいが大人なおっさんだった」

「……それ、同じこと2回言ってない?」

「同じじゃないだろう? 大人イコールおっさんではない。おばさんとか、おじいちゃんとか、おばあちゃんもいるだろ」

「別に何でもいいわよ、そんなこと」

 自分で言ってきたくせになんなんすかね。
 新たにぶっ壊された……いや、自分がぶっ壊した壁を見ながら、お姫様はずっと黄昏ていた。
 ミカエルのおっさんの話を聞いてから、何も言わないし動かないから心配になっていたんだが、大丈夫そうだ。もう調子を取り戻したらしい。

「それで。どうするんだ? ルシア」

「初めて名前で呼んだわね。大分時間がかかったこと」

「……どうするんだ? お姫様」

「はぁ……。まだまだ時間が必要みたいね」

 そんな気がしたんだよ! 今ならいけるって!
 でも、その返しは予想外だよー。これじゃあ、いつになってもルシアとは呼べないよー。

「おじ様の話を聞けて良かった。理由があったんだと知れたから。ミカは一言も言わなかったのよ。けど、あたしみたいに無視したりもしなかった。これじゃあ、姉ぶられてもしょうがないわ」

「よし、プロデューサーの出番だな! バレンタインでは助けてもらったからな。任せておきたまへ」

「あんたの手なんて借りないわ。やることは分かってるもの」

「そんな……やっぱり俺は必要ない……。今日もまったく役に立ってないのに……」

 お姫様にもいらないと言われたら、俺はどうしたらいいの? 引退か? もうプロデューサーは引退か?
 失敗ばかりでパッとしないし。イケメンにいいとこ全部持っていかれてるし。いらない子なのかな……。

「冗談よ。味見くらいはしてもらうわよ」

「──ビックリさせんなよ! いらない子なのかと思ったよ! んっ、味見?」

「もう一度作ればいいのよ。チョコレート。たったそれだけのことだったのよ。それを嫌な態度をとって、ミカにケガまでさせてしまったわ。あいつは謝りになんてこないでしょうから、あたしから謝りに行く」

 なんていうか逆転の発想だね。
 これまで誰も考えもしなかっただろうね。
 謝りにはこないから、こちらから謝りに行くとか。

 だけど、実にお姫様らしいと思う。
 ミカも十分悪いのだが、それを言うこともしないとは。流石は姫。その心はまさに姫だね。
 これでこそ我らがお姫様だね。

「ひな祭りにはケーキもあるのよね。ルイに頼んでチョコレートケーキを教えてもらおうかしら」

「また、ルイちゃんのチョコレート講座すか? 俺がイジメられるからイヤなんすけど……」

「誰も参加しろだなんて言ってないじゃない。あんたには別にやってほしいことがあるわ。一愛いちかにも頼まなくちゃ」

「えーーっ、別の作業とかいやだ。俺もそっちがいい」

 あの顔、絶対にめんどくさいヤツやで。
 あんな顔してるやつからは、ろくなことを頼まれないと思う。このパターンは断らなくてはいけない!

「これはプロデューサーへの命令よ。逆らうなら────するわよ?」

「喜んでやらせていただきます! 誠心誠意取り組ませていただきますので! お姫様万歳!」

 ────されるくらいなら、やります。
 ────が何かって? ……知らない方がいい。知らないでいた方がいいよ。
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