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天使のホワイトデー

お留守番の天使

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 天使のバスタオル1枚の現状と、事のあれこれを執事にかいつまんで説明し、天使の服をカバンごと回収。
 その足で、もう1人の執事のところへやってきた。

 一愛いちかが、俺に向けて投げたリモコンで思いついたんだ。
 先ほどの俺の発言。決して、いやらしい意味があったわけではないんだ……。それなのにあの妹はーー!

「セバス。悪いんだけど、2月15日の天使宅に行きたいんだ。ちょっと時間旅行しようぜ!」

 バレンタインの時に体験した、セバスのタイムマシン的な何か。あれなら過去の映像を見ることができる。
 前回、お姫様がリモコンを破壊していたが、それが直ったと聞いたのを思い出したんだ。

「……無理だ」

「リモコン直ったんだろ? 少し手伝ってくれてもいいじゃん。いろいろ大変なんだぜ」

「小僧。貴様が以前口にしたことを覚えているか? 『タイムパトロールに捕まるからか?』と言ったのを」

 ……言ったな。『過去に触れられないのは、タイムパトロールに捕まるからか?』って。確かにそう言いました。

「うん」

「貴様が言うところのタイムパトロールとは、天使のことだぞ」

「──マジで!? 見つかったら逮捕されるとか?」

「ミカエラは天使だ。あの娘の前でそんなことをすれば、他の天使たちから罰が下るぞ。死罪は確実だろうな。下手をすればそれ以上もある」

 時間渡航で死刑。異世界だし普通にありそうだね。
 バレないように、ミカに隠れてやったとしてもあまり意味ないだろうし。そもそも、本人がいなくては無理っぽいし……。

「違う解決法を探せ」

 セバスにも違う方法を探せと言われてしまった。
 お姫様からの手紙の内容だけでも分かればと思ったんだ。進展がある、いい手だと思ったんだけどなぁ。
 諦めて帰るか……。あまり時間をかけると、バスタオル1枚の天使が風邪をひいてしまう。

「──プロデューサー殿!」

 無人のお姫様の部屋。その部屋の扉に手をかけた瞬間に、呼び止められた。
 今の声は天使のとこの執事だ。

「なんだ? 急いでこれを持っていかないと、天使が風邪をひくぞ」

「バレンタインをやったと仰っていましたよね?」

「ああ、やったがそれが何だ? ……そういえばお前、さっきも同じこと言ってたよな。なんなんだ?」

「何故、姫にチョコレートが贈られてきたのでしょう? それがどうにも腑に落ちなくて。ずっとモヤモヤしていまして」

 執事はバレンタインが何かは分かっていても、何故チョコレートが天使に届いたのかは分からない。そういうことか。
 んっ……バレンタインについて知ってた? この執事はバレンタインもチョコレートも知っていたのに、天使を止めなかったのか。

 止めらんなかった。あるいは、知らないところで天使ちゃんが暴走したと考えた方がいいか。
 まあ、どうでもいいや。過去は変えられないし。

「明日、天使も交えて教えてやる。それでいいか?」

「ええ、分かりました。今は着替えを優先してください」

「それじゃあ、帰るわ」

 バレンタインについて。それも必要か?
 すでに起きてしまったことには影響ないような気もするけど……。
 教材はあるし、知りたいというなら教えるのは構わない。となれば天使にもついでに教えよう。
 執事にだけ説明して、後から天使もとなったら二度手間だしな。

 こうして天使に服の入ったカバンを届け、早起きするために寝ることにした。
 ちなみに天使の服はいろんな意味で薄い。ヤツは寒さを感じないのか? と思うくらいだった。

 もちろん寒いのは寒いらしく、寒そうだからと渡された一愛の半纏を大人しく羽織っていた。
 俺がカバンを持ってきた意味は、はたしてあったのだろうか? そう思いました。


 ※


「……と……いと」

 んっ……なんだぁ? もう朝か?
 アラームが鳴ったわけではないし、部屋の中は薄暗い。つまり、まだ起きる時間ではない……Zzz……。

「──寝るな! 起きなさい!」

「──なにっ!? お姫様!」

 声に驚き思わずバッと布団から起き上がり、声の主の姿を視界に捉えた。
 つーかすごく近くにいた! いきなり起きたから距離間が分からなかった!

「な、なんで俺の部屋にいる!?」

「なんでって……帰るのよ。寝てるし悪いとは思ったけど、一言声をかけていかないとと思って」

「そうか。ルイに追い出されたのか……」

「違うわよ! 昨日だって泊まるつもりはなかったのよ! でも、ミカがここにいるみたいだし……。帰るに帰れなかったのよ……」

 それは申し訳ないことをしてしまったかもしれない。俺としてはお姫様のことを心配して、ルイに泊めてくれと頼んだわけだが、余計なお世話だったか。

「悪かった。天使と顔を合わせたくはないだろうと思っての行動だったんだけど……」

「あんたが謝ることないわ。悪いのはミカなんだから」

 わ、わかるぞ……怒っている。
 泣いてはいないが、お姫様はかなり怒っておられる。そして、それでも普通にしているふうなのがこわいぞ。
 だけど、お姫様は大人な対応ができる、出来た人間なのかもしれない。ゆえに普通になされているのかもしれない。

「もう大丈夫なのか?」

「大丈夫よ。ミカとはいっさい口も聞かないし、いっさい目も合わせないつもりだから。あいつが滞在するあいだずっとね!」

「全然、大丈夫じゃないな……」

 やっぱりそうだよね。そんなわけないよね。
 しかし、昨日であれだったのに、もしガン無視されたら天使はどうなってしまうのか?
 ちょっと想像したくないなーー。

 目も合わせないというのも辛いな。きっと天使は泣くし、暴れる。それでも無視される。更に泣くし、暴れる。と、繰り返すと天使がマズイね。
 何をしでかすかわからない。八つ当たりするかも。手当たり次第に破壊を始めるかも。全身天使ビーム連打もありえる。

「それじゃあね。あたしは帰るから」

「仲良くはできないか?」

「……しようとしたわ。でも無理だった。ミカは、あたしと仲良くするつもりがないのよ」

「それは違っ──」

 俺の言葉を切るように、お姫様はクローゼットに消えていく。
 勢いよくクローゼットは閉じられ、まだ話は終わってなかったのに1人になってしまった。

「違うんだよなぁ。違うんだよ。はぁ……どうすっかな……」

 あの様子では、お姫様は本気で天使を無視するだろう。そんなルシアさんに対して、ミカエラさんはどうするのか?

「とりあえず寝よう。起きてから考えよう」

 5時では起きるのが早すぎるよ。あと2時間……Zzz……。

 ……Zzz。
 ……Zzz……Zzz。
 ……Zzz……Zzz……Zzz。

「──ト! レート、起きなさいって! 遅刻するわよ。天使長に殺されるわよ!」

「……それはお前の場合だろ? 天使長なんてヤツはこの世界にはいない」

 やかましいヤツにゆすられて、朝から耳元で大声を出されてで起こされた。時計を見るが……まだ7時じゃねーか。
 学校なんて早く行ってもしょうがないんだ。1分前に教室に入るのがベスト! ──んっ?

「──7時だと!? うそ、アラーム鳴んなかった!」

「ほら、感謝しなさい! 起こしてあげなかったら遅刻じゃない。アタシがいなかったら死んでたわよ」

「遅刻はしないが、今日は早い電車に乗らなくてはいけないんだ! 俺はすぐに家を出る。お前は……どうしよう?」

 こいつのことを考えてなかった……。
 平日ということは、一愛いちかも学校だし俺も学校。学校自体はいかなくてもいいけど、バイトにはいかないと殺されるし、ルイと話もしたい。そうなると……。

「大人しくお留守番できるか?」

「……何歳だと思ってんのよ」

「帰りは一愛の方が早い。一愛が帰ってきたら遊んでもらいなさい。パパンとママンには言っておくから、何かあれば聞きにいけよ? あっ、家から出るのはナシな。迷子になられては困るから。それから──」

「心配してくれてありがとう。でもね、普通に向こうに戻るから! バカね、少し考えれば分かるのにねーー」

 わかってない天使ちゃんは笑っているが、それは分かってないからだ。
 あえて教えずに出掛けてるのもありだと思うけど、余計な心配事が増えるだけな気もするから教えてやろう。

「帰れるならやってみ?」

「はぁ? 何言ってんの。こうやってクローゼットを開けるだけ……──開かない!? あかないんだけど?!」

「実は早朝にお姫様は帰った。そして彼女は昼間、クローゼットに鍵をかけておられる。俺が朝から行く日と、休みの日は事前に教えている。それ以外の日は、夕方以降にならないと鍵は開かないんだよ」

 24時間自由に、異世界に移動できるわけではないんだ。お姫様の気分により。俺たちの取り決めにより移動できるんだ。

「えーーっ、じゃあアタシは1日ひとりぼっちなの!?」

「だから心配してやってんだよ!」

「そんなの聞いてない!」

「悪いが、お前にばかり構ってはいられない。時間が迫っているからね」

 悪いが、俺も天使を無視してでも支度せねば!
 財布と携帯。カバンはなくても困らないが、手ぶらで学校に行くと怒られるから一応持って。
 着替えて、顔洗って、歯を磨いて、朝飯は学校に行ってから買おう。これなら10分あれば家を出られる。で、駅まで走れば間に合う!

「まってよ。おいていかないでよーー」

「お前も学生ならわかるだろ。朝は忙しいんだ。駄々をこねずにお留守番しててくれ。もしくは寝ろっ!」

「無理に決まってるでしょ! あっ、待ってーー!」

 家から出るなと言ってるのに、俺の後をついてくる天使。玄関には今まさに家を出ようとしている妹。

「れーと、おはよう」

「天使をなんとかしてくれ! 聞き分けのない困ったヤツなんだ」

「電車に乗り遅れるからいきな。ミカちゃんとは一愛が話しておくから」

 こんなふうに朝会うことの少ない俺たち。しかし、それで察してくれたらしい。
 お言葉に甘えて、頼れる妹にここは任せて先に行こう。

「──任せた! ミカ、お菓子を買ってきてやるからお留守番しててね!」

 これでいいだろう。急げば間に合う!
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