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きっかけ ⑤

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 僕たちの通う学校は市内でも指折りの進学校として有名で、近年は文武両道も大きく掲げられ、勉強だけでなく運動部にも力を入れ始めている学校だ。

 運動部の中では陸上部に特に力が入っていて、県内からはもちろん県外からの特待生も存在する学校で。
 もとから有名なロボット技術研究会や、ソフトウェア研究会に興味がある学生からの人気も高い学校なんだ。

 僕は転校先にあった通う学校の選択肢の中で、どうせなら私立にしないかと親に勧められたにすぎないが。
 中等部からではなく高等部からの進学者というのは、何かしらのここに通う目的を持っている学校であるはずで。

 しかし黒川くろかわさんは陸上部のようにはとても見えず(主に爪とか髪とか服装とか外見が)、ロボットとかソフトウェアとかに興味がある人にも見えず(上に同じ理由で)、そうなると難しいと聞く一般の進学者である可能性が高かった。

 どちらにしてもこの学校にはめったにいない、または限りなくゼロに近い人種であるところの……不良、、というカテゴリーの人なんではないかと僕は思った。
 近くだと山の向こうにある工業系の学校に多い、ちょっと接しにくいタイプの人なんではないのかと思ったんだ。

一条いちじょうくんさぁ、」

(──この派手な女の子は誰で、僕はいったい彼女に何をしてしまったのだろうか!? そしてこの人目につかない場所で、どうされてしまうのだろうか!?)

 その工業系の学校に通う地元の友人に聞いた、「お坊ちゃんは知らないだろうがヤンキーっていうのはな。自分が気に入らなければシメるだのと勝手なことを言う奴らだ」という話が記憶が脳裏に浮かんでいて。

 加えて友人Cが好きな漫画の展開にあるパターンとして、校舎裏だとか体育館裏だとかで行われる暴力的な描写も合わせて浮かんできた。
 ──結果、僕は勘違いした。

「自分が何かしましたでしょうか! その、気に障ることとか知らぬ間にしたから、放課後に呼び出してシメるって……。これはそんな漫画みたいな展開なんでしょうか!?」

「何それ、想像力が豊かすぎるっ! そんなわけないじゃん。えっと、どこやったっけ」

 黒川さんがバッグに手を入れて、何やらゴソゴソしだしたのにも恐怖しかなかった。
 身長のない黒川さんがバッグを漁る様子は僕からはバッグの中まで見えていて、そこには恐怖を感じる物たちが、いや恐怖を煽る物たちしか入っていなかったからだろう。

(まず謎のスプレー缶。あれはいったい何に使うものなのか……。次に筆箱には見えない小さなバッグ類。バッグの中にバッグとは。あれらの中には何が入っているのか……。最後に、彼女のバッグの中には筆記用具も教科書もノートも見えないのだが? 今日がテスト明けとはいえ、彼女は本当にこの学校の生徒なのか?)

 少なくともノートに筆記用具は入っているのが当たり前だと僕は思っていたから、勉強に関係ない物しか入っていなかった黒川さんのバッグには疑問しかなかった。

 生徒である以上は一定の学力はあるはずで、その一定を保つには予習なり復習なりは必須と言っていいはずなのに、彼女にはそれがまったく見えなかったのだから仕方ない……。

「──あった! これこれ、これだよ。呼び出した理由」
「えっ、それ、僕が書いたラブレター。なんで!?」
「なんでって、あーしの下駄箱に入ってたから?」
「……入れ……間違えた?」

 黒川さんが取り出した物を見て、それを用意した人間には一瞬で何なのかわかった。
 初めてだったのはもちろん、文章を一から考え、レターセットを買いにいき、この日のために時間をかけて用意したものだったんだからわかる。

 そして五十音順でクラスごとの下駄箱で、姫川ひめかわさんと黒川さんとが隣同士なんだとも気づく。
 名前も美咲みさき美雪みゆきと彼女たちの名前は漢字で二文字が同じで、普段は近寄らない女子側の下駄箱で急いだりしたら、そんな間違えもあるかもしれないと思った……。

「でね、読んじゃった。ごめんね」
「えっ、」
「あーしにかと思って姫川宛のラブレター。読んじゃった」

 宛名も差出人も中にしか書かなかったのは僕の落ち度で、自分の下駄箱に入っていた手紙を開けた黒川さんに非はない。
 だけど、何でかとても楽しそうな黒川さんが僕には嫌な人に見えた。
 わざわざそれで呼び出して嗤うのだと思ったからだ。

「……ごめん。それ返してくれる」
「えっ、嫌だけど?」
「黒川さん? 君が姫川さんへのラブレターをどうするの?」
「怒らない怒らない。別に好きでもない、、、、、、相手へのラブレター読まれたくらいで怒らないでよ」

 直前までの笑みが仮面のように張りついた笑みなら、確かなことを口にした瞬間の黒川さんの笑みは、彼女の裏にある本質を覗かせるものだった(なんて言うか……とてもとても邪悪だった)。

「別に好きでもないって……」
「わかるよ。読んだんだから、、、、、、、。名前のとこだけかえたら誰にだって出せる、好きなんて感情がまったくないラブレターじゃん♪」

 口ではそう言う黒川さんは性悪そうな顔のまま、封の切れたラブレターの二枚目からを上にして僕の方に向けてきた。
 友人たちの顔色が変わりだした二枚目からをだ。

 体育館の壁に本当のことを言われて狼狽える僕を追い詰めて、自身の体が密着するくらいまで黒川さんは近寄ってきた。
 そして追い詰めた僕に顔を近づけると言ったんだ。

「ねぇ、一条 司くん。いいこと教えてあげる。姫川に告白するのやめた方がいいよ。あの子ね、大学生の彼氏いるから告白しても無駄だよ。いくら姫川でも二股はしないみたいだからね。で、そんな告らず振られた一条くんに提案なんだけど。あーしと付き合わない?」

「はぁ!?」

「普通の女の子ならドン引きだよこのラブレター。二枚目から先が全部ビジネス文章だもの。一枚目も誰でも、誰にでも使える典型文みたいだし。知ってる。ラブレターって愛とか綴るんだよ? これじゃあ女の子は付き合ってくれないよ」

「……」

「でも、あーしにはとっても面白かった。ぜひぜひこのラブレターに則って、学生らしいお付き合いをしようにゃん♪」

 心底楽しそうに言う黒川さんからは甘い匂いがして、近づかれると強く感じるそれに僕はくらくらして。
 いきなり女の子にほぼゼロ距離にまで迫られて、心臓が飛び出すんじゃないかと思うくらいドキドキして。

 僕はこの時に初めて女の子という存在に理屈ではなく真に実感を得て、初めて女の子とお付き合いするということの未知数を思い知った。
 僕はこの瞬間の鮮烈さを一生忘れないだろう。
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