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それはある日の帰り道
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想っているばかりでは伝わらないと言うが、そんなことは言われなくてもわかっている。
しかし口に出すことができないから、「想っている」ことしかできないのだ。
勇気を出した結果の失敗では今の関係が壊れてしまう。それは絶対にしたくない。
なら、想っているが正解だろう?
──なんてやっているうちに、先を越されてしまったのだ!
今更になって後悔しても遅いのだ……。
「どした? さっきからずっと無言だけど」
「……あぁ、今日の晩ご飯はなんだろうなって考えてた」
「小学生かよ! もう私たちは高校生ですよ」
人の気も知らないで楽しそうに笑っているお隣さんは、つい先ほど愛の告白をされていた。
「貴女のことが好きだから付き合ってください!」と、この上なく完璧なシュチュエーションでだ。
場所は校舎裏の裏門が近くにある駐輪場の横。
先生方の使う駐車場と並ぶそこは、時間によっては人目がまったくない。
自転車通学組は自転車だけ回収して正門から帰り、先生方はまだ帰らないのだから、今の時間は空白になりやすい場所であり。
いわゆる告白場所として伝統的に人気のスポットであり、俺たちが一緒に帰るのに使う裏門の近くなのだ。
流石に何もない男女が毎日一緒に登下校するのはアレだと高校入学と共に意識するようになり。
しかし長年の習慣というのは簡単には変えにくいものでもあり。
お隣さんと協議の末にたどり着いたのが、放課後になるのと同時に帰る帰宅部組が帰ったあとに裏門に集合して帰宅というものだった。
以降今日までとくに問題なく、とくに何も変わることなく今日になった。
……なったのだが、そこに今日も同じように行ったら、まさかの告白シーンを目撃してしまったというわけで……。
「はぁ……」
「いや、ひとの顔見てため息とかなんなのさ」
「あー……、こいつは能天気でいいなぁって思って」
「なっ、誰が能天気か! 夕飯の心配しているようなヤツの方がよっぽど、ってキサマ聞いてんのか!」
とはいえ、告白されるくらいには可愛いのだから仕方ないのかもしれない……なんて事はやっぱりないかもしれない。
人前では流石にやらなくなったが、二人きりになると何も変わらない。
まったくどっちが小学生なんだよ。
だが、告白されていたのは確かな事実なんだよな。
「いたい、いたい、いたい──」
告白したヤロ……相手は自分よりそこそこイケメンで、一年ながら運動部のレギュラーを張っていて、勉強もまあまあできるヤツで。
つまりは完全に自分の上位互換なのである。
そのクソヤロ……ヤツと自分を比較すると、二つの意味でお隣さんというところしか自分には勝っているところがない。
隣に住んでる幼なじみでクラスで席も隣。
こうやって歩くのも隣と、なんやかんや二人で並んでいることが多いというところだけだ。
そんなふうに隣にいる時間の分だけ一緒にいるのだから、想っている時間は間違いなくこちらが勝っているが、こちらはただ「想っている」だけ。
意識しようと伝える勇気もないまま歳だけとり、あわよくば向こうからなんて思っているうちに、お隣さんは告白されてしまったのだ。
「──いたい、いたい、痛いって口で言ってるけど!? 何でプロレス技をかけようとしてんだよ」
「口だけの痛いに意思が感じられないから。これは本気でやった方がいいかなと思って」
「こんなんでよく告は、んんっ、喉渇いたからジュース買うけどキミもいるかい?」
「ふっ、もので釣って許されようなんて甘い。炭酸、炭酸がいい!」
告白したナントカというヤツを内心は「見る目があるな」と思っていたが、どうやら気のせいだったらしい。
まぁ、ヤツも告白シーンを目撃されるようなマヌケ……いやあれはこっちにダメージが入るからやめよう。
目についたいつもの自販機で機嫌も良くなり、しそうになった失言の誤魔化しもできるとはということだ。
「ほら、炭酸といえばオレンジだろ」
「おっ、わかってますねー。でもグレープも半分ちょうだいね。両方あれば両方飲みたいのです」
「半分って。それ間接キスだぞ」
「中学生かよ! 高校生はもうそんなの気にしないって。だいたい今更でしょう。おかわいいなぁ」
いつも何でか楽しそうで、スキンシップがちょっとキツいのだが。
でもまぁ、お隣さんはこんなところが可愛いのだろう。
告白したナントカというヤツは、この可愛さに気づいたことだけは認めなくてはいけない。
そりゃあ昔は男の子みたいで。
毎日毎日、男子と外で遊びまくって。
スカートなんて一回だってはかなくて。
髪だって短くていい匂いもしなかった。
けど、──ずっと可愛いかった。ずっと好きだった。
出遅れた今になってこんなに意識して、こんなに「好き」なんだと思ったところで遅いのに、溢れるものを止めらないし止まらない。
変化を恐れるばかりに居心地のよさに甘えてきたのに。
こんなふうにいざとになったら、ひどく自分勝手なのはわかっていても誰にも渡したくない。
「──だいたい半分くらいに、たぶん半分くらいだと思うから交換して。って開けてもいないじゃん。本当に何か変だよ?」
「悪い、実はさっきの告白を見てた」
「……えっ、えぇぇぇ──っ!? な、なんで、遅れるからって連絡してきたじゃん! 待ってる間に深呼吸したりして、何もなかったようにしたのに!」
「こっちも自分を落ちつけるのに時間が必要だったんだ。意味もなく校舎の中を三周してきた。だけど、やっぱりこのまま平然を装うのは俺には無理だ。後出しだけど、」
告白はされていたが返事はまただった。
連絡先は交換してたみたいだけど、返事がまだなら割り込んでもいいよな。
一日二回の告白は混乱させるだろう。
きっともう今には戻れないだろう。
でも、いつかは言おうと思ってたことだ。
雰囲気も何もないところで申し訳ないが、帰り道がもう終わってしまうから許してくれ。
「──ま、待って! 五分その続きを待ってちょっとこい。はい、これ飲んで!」
「いや、歩きながらは行儀悪っ──」
「公園。街灯のとこ。高架下。うん、そこだ!」
何を思ったのかお隣さんは「引っ張るな」と言っても聞かずに、腕を掴んだまま帰り道を駆け足で進む。
突拍子もないことをするのはいつものことだけど、缶で両手が塞がっているからされるがままだし。
自販機のところから高架下を通るともうマンションだというのに、この帰り道が終わってしまうというのに……。
「よし、ここならまぁいいでしょう。じゃあそれを置いて続きをどうぞ」
それとは両手のジュースの缶のことで、自分で持たせたくせに置けと言うってことは手を空けろと。
そして何故だか自分は後ろを向いたままで、こちらに続きを求めると。
まったく行動の意味がわからないが意味を考える暇はない。
想いをいま伝えると決めたのだから。
「まずはこんな形になってしまってすまない。でも、お、俺の方が間違いなく好きだ! だから、俺と付き合ってほしい!」
「はい」
「こちらからは以上だ。返事は後で連絡してくれ、って、えっ!? 今なんて言った」
好きだと言えはしたがもう顔も見られないくらいに恥ずかしいので、返事はメールでくれとダッシュで帰るつもりだったのだが、間をおかずに何か返事のようなものが聞こえた気がしたのだが!?
それも「はい」と聞こえた気がするのだけど。「はい」ってイエスという意味の「はい」だったりするだろうか。
「はい。って言ったんだよ。この鈍感ヤロウ。もっと気の利いた台詞と場所で、然るタイミングで言ってほしいけど。どうせ無理だろうから今のでいい」
背中を見せていたお隣さんは振り返り、そのまま勢いよく抱きついてくる。
急なことに驚いて頭を下げると、お隣さんの顔が真っ赤っか。
自分もかなり赤いと思うが、同じかそれ以上に赤い。
手を繋いだこともある。おんぶだってしたこともある。お姫様抱っこすらしたことがあるけど、これは流石に初めてだ。
「いつになったら言ってくれるんだろうって思ってた。ずっとモーションかけててもひとっっっつも気づかない。毎日一緒に登下校してる意味も、席替えしても隣の席の意味も気づかない。頑張って可愛く見られようとしてんのにも気づかない! この鈍感ヤロウ。キサマの目玉はどうなってんだ!」
何もない男女が高校生になっても一緒にいる訳を、お隣さんからは居心地がいいからだと思っていた。
気兼ねなく接することができて、一緒にいると楽しいからだと。
しかしそれはそれだけではなく、こちらと同じように異性として意識していた?
それはいつからで、どこからだ?
もう俺はいつから特別だったかなんてわからない。気づいたら特別だったから。
「──すまない。で、確認というか……も、もしかしてだけど俺のことが好きなのか?」
「好きでもない人とずっと一緒にはいない。告白されても付き合わない。抱きついたりしない。スキンシップもしない。もっと早く気づけよ」
自意識過剰だと言われるかもしれんが、お隣さんの全ての行動に「俺が特別だから」と付けるとどうだろう。
あれもこれも誰にでもやっていることではなく、俺にしかやっていないと考えるとどうだろう。
それはなんて愛らしくて、そしてなんて鈍いんだろう……。
「ほ、本当に申し訳ない。でも、それならそうだとなんで言わない! 前から両思いだったわけだろ」
「そういうのは男からだろう! わかりやすく隙を作ってやっていたのに……。おかげでよく知らない人から告白されてしまった。またお断りしないと」
「ええっ、またって告白されたのは今日が初めてじゃないのか!?」
「どうだろうねー。意外と私はモテるからねー」
言われなければ今日のようなことがあったことにも気づきもしないとは、自分の鈍さは相当なものらしい。
今日ですら目撃していなかったら、そのまま気づかずにいたのかもしれないとはなお恐ろしい。
しかしだ。俺から告白されるのをずっと待っていたんだとすると、こんな可愛いことがあるだろうか。
自惚れ甚だしいが「俺愛されてる」「彼女超かわいい」と思ってしまう。
「……顔が気持ち悪い。それはどういう気持ちの顔なの?」
「俺の彼女超かわいいなー、って思ったらにやけてしまうのだ」
「普段そんな顔しないからこわっ。離れよう」
抱きつかれた状態からするりと手を離され、逃げるように離れようとするのを今度はこちらから抱き寄せて阻止する。
されたということはしてもいいということでもあるはずだから。というか俺もしたいからする。
「ちょ、そういうのは雰囲気があるだろ!」
「自分からするのはよくてされるのはダメなのか?」
「今のは冷静さを欠いていて、って撫でるな! やりたい放題を許した覚えはない。誰か通ったらどうするの!」
「んー、見せつけてやる?」
ずっと想っていたお隣さんでも言わなければ何も伝わらなかったし、言われなければ何もわからなかった。
今が壊れるのが恐ろしくて踏み出せなかったのだけど、一歩を踏み出してみれば五分とかからずに想いは伝わった。
告白したナントカというヤツには少しだけ申し訳ないと思うが、もう俺の彼女だから諦めてくれとしか言えないっ──
「──痛ったぁ、本気で踏まれた!?」
「キサマ正気か。こんな家の近くで抱き合っていたのなんて近所の人に見られたら、明日からどうやって生きていくんだ。あー、喉乾いたからグレープ飲もう」
「……それは間接キスでは満足できないから、キ、キスしてほしいということか?」
ジュースを半分ずつ交換すると言っていたから、てっきり間接キスを二つ合わせるとそうなるのかと思ったら違って、普通にキレられたし俺のグレープは全て飲み干された。
その後、マンションまでの間も指一本触らせてくれないし、連絡先を交換してと言っても綺麗にスルーされた。
「じゃあまた明日。いつもの時間にここで待ってるから」
「ここでって、この隣同士の家の前で?」
「そう。下じゃなくて明日からはここから一緒にいくから」
「それはつまりその……」
「僕たちは付き合うことなりましたと、ウチと自分とこと報告してね☆」
彼女ができて調子に乗っていたのもつかの間。
家が真横。家族ぐるみの付き合いがある親たちに、「我々は付き合うことになった」と報告する任務をしなくてはいけなくなった。
これは「娘さんを下さい」と同義であり、公認ということはいいことばかりではなく、何かあった時に逃げ場がないということではないだろうか?
違うと言ってもらいたいけど、彼女の笑みは「そうだ」と言っているようにしか見えないのだが……。
──終わり──
しかし口に出すことができないから、「想っている」ことしかできないのだ。
勇気を出した結果の失敗では今の関係が壊れてしまう。それは絶対にしたくない。
なら、想っているが正解だろう?
──なんてやっているうちに、先を越されてしまったのだ!
今更になって後悔しても遅いのだ……。
「どした? さっきからずっと無言だけど」
「……あぁ、今日の晩ご飯はなんだろうなって考えてた」
「小学生かよ! もう私たちは高校生ですよ」
人の気も知らないで楽しそうに笑っているお隣さんは、つい先ほど愛の告白をされていた。
「貴女のことが好きだから付き合ってください!」と、この上なく完璧なシュチュエーションでだ。
場所は校舎裏の裏門が近くにある駐輪場の横。
先生方の使う駐車場と並ぶそこは、時間によっては人目がまったくない。
自転車通学組は自転車だけ回収して正門から帰り、先生方はまだ帰らないのだから、今の時間は空白になりやすい場所であり。
いわゆる告白場所として伝統的に人気のスポットであり、俺たちが一緒に帰るのに使う裏門の近くなのだ。
流石に何もない男女が毎日一緒に登下校するのはアレだと高校入学と共に意識するようになり。
しかし長年の習慣というのは簡単には変えにくいものでもあり。
お隣さんと協議の末にたどり着いたのが、放課後になるのと同時に帰る帰宅部組が帰ったあとに裏門に集合して帰宅というものだった。
以降今日までとくに問題なく、とくに何も変わることなく今日になった。
……なったのだが、そこに今日も同じように行ったら、まさかの告白シーンを目撃してしまったというわけで……。
「はぁ……」
「いや、ひとの顔見てため息とかなんなのさ」
「あー……、こいつは能天気でいいなぁって思って」
「なっ、誰が能天気か! 夕飯の心配しているようなヤツの方がよっぽど、ってキサマ聞いてんのか!」
とはいえ、告白されるくらいには可愛いのだから仕方ないのかもしれない……なんて事はやっぱりないかもしれない。
人前では流石にやらなくなったが、二人きりになると何も変わらない。
まったくどっちが小学生なんだよ。
だが、告白されていたのは確かな事実なんだよな。
「いたい、いたい、いたい──」
告白したヤロ……相手は自分よりそこそこイケメンで、一年ながら運動部のレギュラーを張っていて、勉強もまあまあできるヤツで。
つまりは完全に自分の上位互換なのである。
そのクソヤロ……ヤツと自分を比較すると、二つの意味でお隣さんというところしか自分には勝っているところがない。
隣に住んでる幼なじみでクラスで席も隣。
こうやって歩くのも隣と、なんやかんや二人で並んでいることが多いというところだけだ。
そんなふうに隣にいる時間の分だけ一緒にいるのだから、想っている時間は間違いなくこちらが勝っているが、こちらはただ「想っている」だけ。
意識しようと伝える勇気もないまま歳だけとり、あわよくば向こうからなんて思っているうちに、お隣さんは告白されてしまったのだ。
「──いたい、いたい、痛いって口で言ってるけど!? 何でプロレス技をかけようとしてんだよ」
「口だけの痛いに意思が感じられないから。これは本気でやった方がいいかなと思って」
「こんなんでよく告は、んんっ、喉渇いたからジュース買うけどキミもいるかい?」
「ふっ、もので釣って許されようなんて甘い。炭酸、炭酸がいい!」
告白したナントカというヤツを内心は「見る目があるな」と思っていたが、どうやら気のせいだったらしい。
まぁ、ヤツも告白シーンを目撃されるようなマヌケ……いやあれはこっちにダメージが入るからやめよう。
目についたいつもの自販機で機嫌も良くなり、しそうになった失言の誤魔化しもできるとはということだ。
「ほら、炭酸といえばオレンジだろ」
「おっ、わかってますねー。でもグレープも半分ちょうだいね。両方あれば両方飲みたいのです」
「半分って。それ間接キスだぞ」
「中学生かよ! 高校生はもうそんなの気にしないって。だいたい今更でしょう。おかわいいなぁ」
いつも何でか楽しそうで、スキンシップがちょっとキツいのだが。
でもまぁ、お隣さんはこんなところが可愛いのだろう。
告白したナントカというヤツは、この可愛さに気づいたことだけは認めなくてはいけない。
そりゃあ昔は男の子みたいで。
毎日毎日、男子と外で遊びまくって。
スカートなんて一回だってはかなくて。
髪だって短くていい匂いもしなかった。
けど、──ずっと可愛いかった。ずっと好きだった。
出遅れた今になってこんなに意識して、こんなに「好き」なんだと思ったところで遅いのに、溢れるものを止めらないし止まらない。
変化を恐れるばかりに居心地のよさに甘えてきたのに。
こんなふうにいざとになったら、ひどく自分勝手なのはわかっていても誰にも渡したくない。
「──だいたい半分くらいに、たぶん半分くらいだと思うから交換して。って開けてもいないじゃん。本当に何か変だよ?」
「悪い、実はさっきの告白を見てた」
「……えっ、えぇぇぇ──っ!? な、なんで、遅れるからって連絡してきたじゃん! 待ってる間に深呼吸したりして、何もなかったようにしたのに!」
「こっちも自分を落ちつけるのに時間が必要だったんだ。意味もなく校舎の中を三周してきた。だけど、やっぱりこのまま平然を装うのは俺には無理だ。後出しだけど、」
告白はされていたが返事はまただった。
連絡先は交換してたみたいだけど、返事がまだなら割り込んでもいいよな。
一日二回の告白は混乱させるだろう。
きっともう今には戻れないだろう。
でも、いつかは言おうと思ってたことだ。
雰囲気も何もないところで申し訳ないが、帰り道がもう終わってしまうから許してくれ。
「──ま、待って! 五分その続きを待ってちょっとこい。はい、これ飲んで!」
「いや、歩きながらは行儀悪っ──」
「公園。街灯のとこ。高架下。うん、そこだ!」
何を思ったのかお隣さんは「引っ張るな」と言っても聞かずに、腕を掴んだまま帰り道を駆け足で進む。
突拍子もないことをするのはいつものことだけど、缶で両手が塞がっているからされるがままだし。
自販機のところから高架下を通るともうマンションだというのに、この帰り道が終わってしまうというのに……。
「よし、ここならまぁいいでしょう。じゃあそれを置いて続きをどうぞ」
それとは両手のジュースの缶のことで、自分で持たせたくせに置けと言うってことは手を空けろと。
そして何故だか自分は後ろを向いたままで、こちらに続きを求めると。
まったく行動の意味がわからないが意味を考える暇はない。
想いをいま伝えると決めたのだから。
「まずはこんな形になってしまってすまない。でも、お、俺の方が間違いなく好きだ! だから、俺と付き合ってほしい!」
「はい」
「こちらからは以上だ。返事は後で連絡してくれ、って、えっ!? 今なんて言った」
好きだと言えはしたがもう顔も見られないくらいに恥ずかしいので、返事はメールでくれとダッシュで帰るつもりだったのだが、間をおかずに何か返事のようなものが聞こえた気がしたのだが!?
それも「はい」と聞こえた気がするのだけど。「はい」ってイエスという意味の「はい」だったりするだろうか。
「はい。って言ったんだよ。この鈍感ヤロウ。もっと気の利いた台詞と場所で、然るタイミングで言ってほしいけど。どうせ無理だろうから今のでいい」
背中を見せていたお隣さんは振り返り、そのまま勢いよく抱きついてくる。
急なことに驚いて頭を下げると、お隣さんの顔が真っ赤っか。
自分もかなり赤いと思うが、同じかそれ以上に赤い。
手を繋いだこともある。おんぶだってしたこともある。お姫様抱っこすらしたことがあるけど、これは流石に初めてだ。
「いつになったら言ってくれるんだろうって思ってた。ずっとモーションかけててもひとっっっつも気づかない。毎日一緒に登下校してる意味も、席替えしても隣の席の意味も気づかない。頑張って可愛く見られようとしてんのにも気づかない! この鈍感ヤロウ。キサマの目玉はどうなってんだ!」
何もない男女が高校生になっても一緒にいる訳を、お隣さんからは居心地がいいからだと思っていた。
気兼ねなく接することができて、一緒にいると楽しいからだと。
しかしそれはそれだけではなく、こちらと同じように異性として意識していた?
それはいつからで、どこからだ?
もう俺はいつから特別だったかなんてわからない。気づいたら特別だったから。
「──すまない。で、確認というか……も、もしかしてだけど俺のことが好きなのか?」
「好きでもない人とずっと一緒にはいない。告白されても付き合わない。抱きついたりしない。スキンシップもしない。もっと早く気づけよ」
自意識過剰だと言われるかもしれんが、お隣さんの全ての行動に「俺が特別だから」と付けるとどうだろう。
あれもこれも誰にでもやっていることではなく、俺にしかやっていないと考えるとどうだろう。
それはなんて愛らしくて、そしてなんて鈍いんだろう……。
「ほ、本当に申し訳ない。でも、それならそうだとなんで言わない! 前から両思いだったわけだろ」
「そういうのは男からだろう! わかりやすく隙を作ってやっていたのに……。おかげでよく知らない人から告白されてしまった。またお断りしないと」
「ええっ、またって告白されたのは今日が初めてじゃないのか!?」
「どうだろうねー。意外と私はモテるからねー」
言われなければ今日のようなことがあったことにも気づきもしないとは、自分の鈍さは相当なものらしい。
今日ですら目撃していなかったら、そのまま気づかずにいたのかもしれないとはなお恐ろしい。
しかしだ。俺から告白されるのをずっと待っていたんだとすると、こんな可愛いことがあるだろうか。
自惚れ甚だしいが「俺愛されてる」「彼女超かわいい」と思ってしまう。
「……顔が気持ち悪い。それはどういう気持ちの顔なの?」
「俺の彼女超かわいいなー、って思ったらにやけてしまうのだ」
「普段そんな顔しないからこわっ。離れよう」
抱きつかれた状態からするりと手を離され、逃げるように離れようとするのを今度はこちらから抱き寄せて阻止する。
されたということはしてもいいということでもあるはずだから。というか俺もしたいからする。
「ちょ、そういうのは雰囲気があるだろ!」
「自分からするのはよくてされるのはダメなのか?」
「今のは冷静さを欠いていて、って撫でるな! やりたい放題を許した覚えはない。誰か通ったらどうするの!」
「んー、見せつけてやる?」
ずっと想っていたお隣さんでも言わなければ何も伝わらなかったし、言われなければ何もわからなかった。
今が壊れるのが恐ろしくて踏み出せなかったのだけど、一歩を踏み出してみれば五分とかからずに想いは伝わった。
告白したナントカというヤツには少しだけ申し訳ないと思うが、もう俺の彼女だから諦めてくれとしか言えないっ──
「──痛ったぁ、本気で踏まれた!?」
「キサマ正気か。こんな家の近くで抱き合っていたのなんて近所の人に見られたら、明日からどうやって生きていくんだ。あー、喉乾いたからグレープ飲もう」
「……それは間接キスでは満足できないから、キ、キスしてほしいということか?」
ジュースを半分ずつ交換すると言っていたから、てっきり間接キスを二つ合わせるとそうなるのかと思ったら違って、普通にキレられたし俺のグレープは全て飲み干された。
その後、マンションまでの間も指一本触らせてくれないし、連絡先を交換してと言っても綺麗にスルーされた。
「じゃあまた明日。いつもの時間にここで待ってるから」
「ここでって、この隣同士の家の前で?」
「そう。下じゃなくて明日からはここから一緒にいくから」
「それはつまりその……」
「僕たちは付き合うことなりましたと、ウチと自分とこと報告してね☆」
彼女ができて調子に乗っていたのもつかの間。
家が真横。家族ぐるみの付き合いがある親たちに、「我々は付き合うことになった」と報告する任務をしなくてはいけなくなった。
これは「娘さんを下さい」と同義であり、公認ということはいいことばかりではなく、何かあった時に逃げ場がないということではないだろうか?
違うと言ってもらいたいけど、彼女の笑みは「そうだ」と言っているようにしか見えないのだが……。
──終わり──
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