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遠征実習

鉄衛の紫幻 "Sentinel Violet Mirage"

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 帝都中央駅のホームに滑り込む列車は、通勤客でごった返していた。一行が人混みに紛れながら進む中、ヴィクトリアがちょっとした混乱に見舞われていることに気づいた。俺は手を差し伸べ、彼女を助けるように声をかけた。

「大丈夫だ、慣れるまで少し時間がかかるかもしれないけど」

 ヴィクトリアは微笑みながら、俺の手を受け取り、無意識に俺の腕に抱きついてきた。その瞬間、何か懐かしい気持ちが胸をよぎった。

――昔はヴィクトリアがよく袖にしがみついてたなぁ。

 通勤客たちが慌ただしく動く中、俺とヴィクトリアは少し離れた場所へと歩いていった。

「ありがとう、お従兄様」

 混雑した場所から離れるとヴィクトリアが囁く。彼女の声は小さかったが、俺は何かを感じ取ったような気がした。

 仲間たちはヴィクトリアと俺が一緒に歩いていることに気付いていないようだ。ただ、リリーだけは何かを感じ取ったような表情を浮かべている。彼女は微笑みかけるが、その微笑みには寂しさがにじんでいるようにも見えた。

 人混みに紛れながら、俺たちは帝都中央駅のホーム上の空いているスペースで列車が発車するのを待つ。列車が発車してしまうとホーム上の乗降客が目に見えるように減り、ようやく落ち着いて帯同教官兼案内役との合流場所へ向かうことが出来た。

 途中、俺はヴィクトリアがまだ人混みに慣れていないことを感じ取った。彼女は人混みを前にして緊張しきり、その様子を見て俺は彼女に声を掛ける。

「ヴィクトリア、大丈夫か?」

 彼女は小さく頷いて、穏やかな笑顔を返してきた。

「ええ、ありがとう。ただ、こんなに人が多いのには驚いてしまうわ」

「慣れるまで時間がかかるよ。でも大丈夫だ、君ならすぐに慣れるさ」

 手を差し伸べて頭を軽く撫でると、ヴィクトリアの表情が和らぐのが分かった。

「ここなら人混みも少ないし。合流場所に着いたら、もっと広いスペースがあるから安心して」

 ヴィクトリアは優しく微笑んでくれたが、その微笑みの中にはまだ緊張が残っているように見えた。俺たちの後をリリーも静かに歩いていた。彼女は何か考えごとをしているようで、時折であるが彼女の何かを訴えかける様な視線を感じた。

 合流場所に到着すると、そこには鉄道憲兵隊の制服を身にまとった若い女性士官が待っていた。彼女はクールな表情で、厳かな雰囲気を纏っている。

「それでは、皆さん、私からご挨拶申し上げます。私はシャーロット・スティールと申します。今回の遠征実習では、私が皆さんの案内と安全確保を担当させていただきます。どうぞよろしくお願いいたします」

 彼女の挨拶に、俺たちも順に敬礼を交わした。ヴィクトリアやリリーはシャーロット少尉の制服に見入る様子で、軍人の厳かな雰囲気であるのに声色に穏やかで優しさを感じさせる彼女に敬意と羨望の混ざった視線を向けていた。

「エドウィンさん、あなたがクラスの代表者と伺っております。どうぞよろしくお願いいたします」

 シャーロット少尉は握手を求めてきた。俺も手を差し出し固く握り合う。

「こちらこそ、スティール少尉殿。皆が安全で、有意義な実習が出来ますようご指導願います」

 俺がそう答えると、シャーロット少尉は微笑み返し、続いてヴィクトリアやリリーにも声をかけた。

「ヴィクトリアさん、リリーさん。初めましてですね。安心してください、私たち鉄道憲兵隊は常に皆さんの安全を最優先に考えて行動しています」

 ヴィクトリアとリリーは照れくさそうに頷き、微笑み返した。特にリリーはシャーロット少尉の軍人らしい堂々とした雰囲気に、少しだけ感嘆の眼差しを向けていた。

「エレノア、貴女もいると聞いていたけれど、元気そうね。安心したわ」

 順に挨拶を交わしていき、最後にエレノアに声を掛けるシャーロット少尉は憲兵としてではなく家族としての表情を見せていた。

「簡単な挨拶になりましたが、皆さんを案内しますのでついてきてくださいね」

 その後、シャーロット少尉が先導でノルドグレンツェ門方面ホームへと進んでいく。俺たちは一列になってついていくが、彼女の足取りは堂に入っていて、しっかりとタクトを刻むようだった。

 駅構内を歩きながら、シャーロット少尉は続けて説明を始めた。

「これからノルドグレンツェ門方面ホームへ向かいます。ここから先は当然、軍事施設となります。本来は軍関係者でも立ち入りが制限される区画でもありますが、今回は皆さんが装甲列車に乗り込む場所で、特例によって立ち入っていることを理解してください」

 シャーロット少尉の言葉に、俺たちの関心が高まる中、リリーが思わず口を挟んだ。

「装甲列車って、どんな感じなのですか?」

 リリーの好奇心に応じて、シャーロット少尉は微笑んで答えた。

「帝国軍の94式装甲列車をベースにしたものです。今回乗車するのは鉄道憲兵隊が保有する最新鋭の98式装甲列車、その内の一編成である通称『皇都の盾』。帝国軍の94式装甲列車にはない兵員輸送車も連結されているので、皆さんも快適に移動できることでしょう」

 ヴィクトリアが少し驚きながらも、興味津々で尋ねた。

「装甲列車にはどんな武装が施されているのですか?」

シャーロット少尉は微笑みながら、軽く頷いてから説明を始めた。

「『皇都の盾』には搭載された重機関銃や対空機銃、さらには装甲客車内の機関銃など、十分な武装が施されています。ただし、今回は実習ですので、戦闘は行いません。実際、あとで実物を見ていただいた方が良いでしょう。そのときに再度説明します」

 シャーロット少尉の説明に、俺たちは安堵の表情を浮かべた。それでも、装甲列車の迫力ある武装に思わず胸が高鳴るのを感じる。ノルドグレンツェ門方面ホームに到着すると、そこにはまだ『皇都の盾』は入線していなかったがただならぬ気配を感じずにはいられなかった。
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