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課外実習

古城-5- エドウィンの忠犬

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 一方で、フェルナンド大尉率いる探索分隊も地下区画での情報収集に苦慮していた。地下室には奥行きがあり、迷宮のように入り組んでいる。フェルナンド大尉が持参した地図にはない通路や部屋がいくつもあり、明らかに新設されような部屋もあった。ただし、そういった部屋を見渡す限り、特に何かが置かれているわけではなく、今後使う予定で新設したような状態であった。

「明らかに異様な状態であると言わざるを得ないな。新設された部屋があるだけだと良いが、何か罠があるかもしれん。気をつけろ」

 フェルナンド大尉が警告を発したが、探索分隊が深層に進むほどに異変が広がり、ますます緊迫感が高まっていく。彼らは地下区画のいくつかの部屋を調べていき、やがて地下区画の奥深くにある一室で兵器級ダイアメトロンが集められている場所に辿り着いた。

「本当にあるとは。こんな量のダイアメトロンを何に使うつもりなんだ?」

 フェルナンド大尉が呆れて呟く。その呟きにオリヴァーが考え込んだ表情で応える。

「ダイアメトロンはエネルギー源として使われることが一般的だが、これだけの量が必要なこと・・・・・・少なくとも工業目的などではないのは明らか、例えば大規模テロとか」

「大規模テロか、確かにそれはありえるな。最近は帝国領でも比較的最近に併合された地域を中心にテロ事件が起きている。だが、それにしても・・・・・・これは尋常ではない量だぞ?」

 フェルナンド大尉は考え込んでしまう。軍人として、何が起きているのか、何が起きるのか、それを推し量っているようだ。

「何者かは、わからないが・・・・・・少なくとも帝国に害意を持つ存在が、このヴィーネスノイシュタットを拠点に行動を起こそうとしているのは間違いない。そして、恐らく、その標的は位置関係から帝都ヴィーネスヘイムであるだろう」

「教官、ざっと計算してみたのですが、この量・・・・・・ヴィーネスヘイムに効率よく配置して一斉爆破するとヴィーネスヘイムが文字通り火の海となり壊滅します。そして、5月になると乾いた東風が帝都近郊に吹きます。それも含めて考えると、帝都近郊のいくつかの都市も巻き添えになる可能性もあります」

 フェルナンド大尉の予測を補完するようにフェリクスが想定される被害を概算値であったが伝えたことでこの場にいた探索分隊は揃って青ざめることとなった。特にヴィクトリアはセリーナと共に通い、多くの学友が今も学ぶセレスティア女学院が火の海となり、学友が逃げ惑う地獄絵図が脳裏に浮かび頭を抱えて膝をついてしまった。

「あくまでも想定される被害だ。そうならないために僕たちが今、ここで動いているんだ。君が動かなければ、現実になるかも知れないんだぞ! ヴィクトリア、さぁ立ち上がれ!」

 フェリクスは安易な慰めの言葉をかけなかったが、現実と示し、ヴィクトリアを叱咤する。

「ええ、もう大丈夫」

 まだ顔色は青いままだったが、それでもヴィクトリアは立ち上がり、想像した未来を現実にしないために動き始めた。

 ◇◆◇

 探索分隊がダイアメトロンを発見していた頃、俺たち防衛分隊は地下通路とフロアを確保しつつも敵対する偽帝国兵との激しい戦闘が繰り広げられていた。だが、数に勝る敵は俺たちを圧倒しようとしていた。

「アシュモア卿、あなたの左側から敵!」

 リリーが俺の気付いていなかった敵の動きを教えてくれる。

――危なかった。リリーが気付かなかったら、深手を負っていたかも知れない。

 俺は心の中で彼女のサポートに感謝しつつ、その敵を対処する。

 防衛任務は地下通路の探索とは異なり、狭い空間での戦術が求められる。できうる限り、敵に背後を見せず、一対一にならないよう味方と連携して敵を圧倒することが望ましい。

 そういう意味では、今の俺の状況はまずいと言えるだろう。だが、リリーとアイザックが連携して敵に相対しつつも、リリーがサポートしてくれているのはありがたいことである。エレノアは優れた射撃技術で敵を次々と制圧し、セリーナが機敏な動きで剣を振るい、仕留めていく。彼女たちの連携で今もまだ探索分隊の退路は確保できている。

 アイザックが爆風槍を振り回して敵を牽制して、リリーが俺のサポートに回るのを助けてくれている。この辺りは流石だと思う。リリーとアイザックは本当に良いコンビだ。

 リリーの加勢を得た俺が敵を気絶させると、アイザックが声を上げた。

「奥から大勢の敵が迫ってくる!」

「ここを通すわけにはいかん! リリー、右側に集中しろ、左は俺が受け持つ! アイザックは中央で立ち塞がれ!」

 アイザックの発した警報に俺は態勢を整えるべく指示を出す。セリーナはエレノアと背中合わせで布陣していた。どうやら、エレノアに射撃援護をさせる間、地下区画方向の警戒と対処をセリーナが引き受けるつもりらしい。

 セリーナも先の野戦演習で参謀役を引き受けた経験からか、戦場での役割に沿った戦術行動をしてくれている。頼もしいことだ。エレノアが素早く援護射撃の態勢を整え、俺たちは敵の猛攻に立ち向かっていった。

 狭い地下通路での戦闘が激しさを増していく中、俺とリリーは隣り合い、彼女の腕前に感心しきりだった。彼女のレイピアが巧みな動きで相手を翻弄し、俺はその間に狙撃銃を構えて敵の足を撃ち抜く。撃ち漏らした敵をリリーがレイピアで刺突してとどめを刺す。

 アイザックはリリーと俺の背中を守るように位置し、俺とリリーが苦戦する相手を彼の特殊な爆風槍が強力な威力を発揮して薙ぎ払っていた。セリーナとエレノアも息の合った連携で敵を追い詰め、後方だけでなく、前面を担当する俺たち三人をアシストしている。戦場全体が彼女たちの剣と銃の踊りで埋め尽くされていた。

「アシュモア卿!」

 リリーが叫ぶ、俺は狙撃銃の照準を急速に変えて撃ち抜いた。アイザックが爆風槍で敵の前衛を吹き飛ばし、リリーが猛然と剣を振るい、見事な剣技で敵の隊列を乱す。その勇姿に俺は思わず息を呑んだ。舞うかのような彼女のそれに見蕩れたと言っても良いかも知れない。

 だが、戦場はそんな呆けているいとまを与えてくれない。敵の数の多さに押される瞬間もあった。そんな時、セリーナとエレノアが後方から援護してくれた。ある程度余裕が出来るとセリーナはまた後方の守りを固めるべくエレノアと共に退き、俺たち三人が態勢を整えて更なる敵を出迎える。

 敵を受け止めては押し返す、その中で俺はリリーに言葉を掛ける。

「リリー、君はとても美しく綺麗だ」

 言葉を掛けると、リリーは少し驚いた表情を浮かべたが、すぐに微笑み、そして敵に向かって突撃していく。敵を撃破し、俺たちが地下通路の制圧に成功した瞬間、リリーが俺に微笑みかけてきた。彼女の瞳には何か強い想いが宿り、それが俺にはっきりと伝わってきた。

「リリー、君のおかげでここまでやってこれた。感謝してる」

俺の言葉に、リリーは頷き、照れた表情を浮かべていた。その様子見を見てニヤニヤしていたアイザックは揶揄うように言ってきた

「おうおう、大将、リリーの奴、尻尾がちぎれんばかりに振っているぜ」

「アイザック!」

 リリーは良い気分だったのに水を差された様で頬を膨らませて反発していたが、それもまた可愛いからよしとする。

 俺は再び前を向いた。まだ戦いは終わっていない。しかし、仲間たちとの連携と信頼があれば、どんな困難も乗り越えられるという確信がそのときの俺には確かにあった。
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