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野戦演習<Ⅰ>

厳しい野戦実習-5-

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 一方、南にいる第2分隊は小川の橋を渡り終えつつあり、南西の藪地帯に差し掛かっていた。

「フェリクス、エレノア、藪地帯だ。進む前に周囲を確認しろ」

「了解、確認する」

 フェリクスは返事をするやいなや一番高そうな木を探し、そこへ向かっていった。どうやら木登りをして視界を稼ぎつつ、いるかも知れない第3分隊に気付かれないように静かに観察しようという意図であるようだ。

「藪の中に何か潜んでいそうな感じがします」

 橋を渡り終えてからすぐに岩場があり、地図の情報が正しくなく、岩場を迂回するうちに藪に覆われた獣道になったことはオリヴァーにとっては誤算だった。

 だが、ある意味ではこの藪を抜けたどこかで待ち伏せをすることが可能だということも意味していた。この藪の中にエレノアの警報装置を設置し、送信機を数カ所に設置し、そこから発信する導力波を対象物に当て反射させ受信機で受け止めることによって警報を発する。これを複数組み合わせれば、近づく第1分隊もしくは第3分隊を早期発見することが可能となるのだ。
 
「フェリクス、エレノア、藪地帯の要所にエレノアのアレを仕掛けるぞ。送信機を等間隔に設置し、受信機をハブとして配置するように仕掛けるんだ。急ぐぞ」

「合点承知」

 フェリクスは右手でガッツポーズを決める。

 エレノアは手元の小型端末から導力波を発信し、周囲の動静をキャッチしていた。その情報を元に、彼女はトラップを活用した警報装置を調整して始める。。

「フェリクス、これが警報装置の送信機と受信機です。侵入者が近づくとアラートが鳴ります。そのため、先に受信機を設置して、次に送信機を設置してください。これは線警戒方式と言って・・・・・・」

「エレノア、説明は後で聞くから、送信機と受信機の用意して、その線警戒方式とやらはいくつも設置しないと駄目なんだろう? それと送信機は多めにもらえるかな。足りない部分は数でカバーすれば良いさ」

 催促しているのは新しいオモチャをノリノリで準備をするとハブとなる受信機を大木に登ってくくりつけると、そこから導力波が届く範囲へ半円状に送信機を設置し続ける。

 エレノアは受信機の感度を調整するために工具を使って細かい作業を行っている。やがて送信機の設置が終わったらしく、次の送受信機のセットを設置するべくフェリクスが戻ってくる。都合5セットを藪の中の要地に設置したのであった。

 これによってオリヴァーたち第2分隊は後方を警報装置に任せることで前方だけを気に掛けて行動することが可能となったのだ。

 ◇◆◇

 第2分隊が警戒装置を展開している頃、第3分隊も順調に演習場西部地区を進み、森林と沼地の終わりに近づいていた。

「もうじきこの沼地も終わりだけれど、森林地帯に近いとは言ってもぬかるんでいるから足元に気を付けて」

 ヴィクトリアは苦労して抜けてきた沼地の終わりが見えてきた仲間たちに気の緩みを感じたのか注意を促す。

「了解、ヴィクトリア。思ったよりこの辺はぬかるんでいるな」

 ヴィクトリアが注意を促したばかりだが、アレクサンダーは早速ぬかるみに足を取られて転倒しそうになっていた。だが、すぐに体勢を立て直し、ぬかるみが少ない場所を探り当てる。

「セリーナ、沼地の先に何か見えるか?」

 アレクサンダーは先に進んでいたセリーナに様子を尋ねる。転倒しかけて体勢を立て直した際に周囲が少し開けてきていることに気付いてすぐにしゃがんだことで違う意味でドジを踏んだのではないかと心配になったのだ。

「塹壕がいくつかあるようです。要注意ですね。第2分隊が待ち伏せしていてもおかしくはないですね」

「今ので気付かれたかな?」

「もしそうなったときには囮になっていただきますわ」

 氷のような冷たい返事が返ってきたことにアレクサンダーは戦慄するが、どのみちこのメンバーでは囮役は自分しかいない。とんだ貧乏くじを引いたものだと彼は溜息を吐く。

「沼地を避けて森林の方に進むと速そうだけれど、どちらにしても塹壕が邪魔よね。塹壕を迂回しても時間がかかりそうね。どうしたものかしら」

 ヴィクトリアは少し離れたところから双眼鏡で周囲を観察しつつ呟く。彼女もこのまま沼地を進む必要性を再考するべきかも知れない思い始めていた。今までは安易に森林地帯を抜けることで第2分隊に鉢合わせすること避けるために面倒を承知で沼地と森林の行軍に不適なルートを選んでいたが、ここで塹壕に出くわしたことで沼地を進む理由は既になくなったようにも思えるのだ。

「アレクサンダー、沼地の深さは?」

「そうだな・・・・・・深いところまでいかなければ、おおよそ腰までと言ったところか。足元が不安定、慎重に進めば大丈夫そう。だが、俺が囮を兼ねて斥候に出てから判断しても遅くないと思うぞ」

「そう、では、セリーナ、あなたはアレクサンダーをサポート出来る場所に移動して身を隠して、アレクサンダーの持ち帰った結果次第では進軍ルートを変えます」

「ヴィクトリアさん、あなたの方針を支持しますわ。さぁ、アレクサンダー、覚悟しなさい。第2分隊を誘引出来たらしっかりと連射して差し上げますから」

「なぁ、セリーナ、それは俺が巻き添え食って死亡判定になるんじゃないのか?」

「そうならないように頑張ってお逃げくだされば良いのです」

 セリーナの冷たい返事にアレクサンダーは内心で思うところはあったが黙って斥候に出ることにした。

 暫くしてアレクサンダーはいくつかの情報を持ち帰ることに成功した。その中でヴィクトリアたちは大きな勘違いをしていることに気付いたのだ。

 自分たちが南に向かって進んでいたと思っていた進軍ルートがいつの間にか東へ向かっていてどうやら現在地は中央監視哨の南西もしくは南にある塹壕と接した場所であることだ。

 どうやら塹壕は無人であり、近づいても無反応だが、塹壕内を突破するためには崖を登らないといけないこと、また、鉄条網が設置されいることから森林側からのアプローチも難しいことがわかったのだ。

「そうなると沼地を越えて南に行った向かう必要があるわけね」

「双眼鏡で見える限り、沼地の向こうは藪があるようですわ。ただ、視界がすごく悪く、あの藪を突破するしか方法がないといえどもリスクが高いと思いますわ」

 セリーナはヴィクトリアは沼地の向こうに広がる藪に視線を向けつつ次の方針を練る。ただ、堂々巡りのそれに至り、結局、リスク込みで進むしかないと結論に達した。

「アレクサンダー、あなたは引き続き斥候をしてくださるかしら?」

「へいへい。第2分隊があの藪の中を突っ切ったと仮定すると、ひとつ気掛かりがある」

 アレクサンダーは不承不承ではあるが同意する。だが、同時に懸念を示す。それにセリーナが反応した。

「なにかしら?」

「第2分隊はエレノアがいる。この間、アイザックが警戒装置をエレノアに提案していたんだよな、それがもし完成していたら、俺が踏み込んだ時点で恐らく第2分隊にはすぐに居場所を知られると覚悟しておいた方が良い」

「なにそれ、そんな話聞いていないわ」

 セリーナはアレクサンダーの話に食ってかかる。

「いや、今思い出したことだからな」

「そんなの卑怯じゃない」

「いや、卑怯も何も、エレノアは自分の頭を使っているだけで別に問題ないだろう? セリーナだって、ここまで無事に俺たちを沼地と森林を切り抜けるために頑張ったのだから、それと同じさ」

 突っかかるセリーナをアレクサンダーは宥める。得意な分野で助け合うのに卑怯も何もない。ただ、問題は競い合う相手がやっかいであるというだけのことだ。

「アレクサンダー、そこまで言うなら、何か対策とかないのかしら?」

 ヴィクトリアはアレクサンダーに打開策を求める。だが・・・・・・。

「そんなものあるわけないだろう。エレノアが何を考えつくかなんて俺たちにわかるわけない。だが、一つ間違いないのは、あいつは本物の天才だ。一つの閃きや気付きで何かやっちまうような奴だってことだよ」

「敵を褒めても打開出来なければ意味ないでしょう!」

 セリーナはそう言って叫ぶが、アレクサンダーは両手を挙げてやれやれという表情をするだけだった。

「何も出来ないなら、結局、沼と藪を突っ切るしかない・・・・・・仕方ないですね。いきましょう二人とも・・・・・・第2分隊が態勢を整える前に行動出来ることを祈って」

 ヴィクトリアの言葉に二人は頷くと沼を抜け藪へと足を踏み込んでいくのであった。

 各分隊が独自の戦略を立て、未知の地形を進む中で、彼らの前にはさまざまな試練が立ちはだかっていた。彼らの選択と行動が、結果を左右することになるだろう。次なる展開が待ち受けている。
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