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野戦演習<Ⅰ>

厳しい野戦実習-1-

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 入学から暫くすると本格的な訓練が俺と仲間たちを待っていた。入学初日から続く疲労も癒えぬまま、朝の日差しとともに、厳格な教官たちが訓練場に姿を現した。

 俺たちの目の前には広大な障害物コースが広がっていた。早朝から晩まで、繰り広げられるのは様々な障害の連続だ。それは戦場での激しい状況に対応するための訓練であり、体力向上と共に連携力も鍛え上げるものでもある。

 今回の野外実習は、士官学校から車で15分ほどの場所に位置する演習地で繰り広げられた。概ね1000ルーデ四方に及ぶ広大なフィールドには、森林、池、藪、そして廃墟が点在し、これらを駆使した実戦的な演習が行われることとなっていた。

 仲間たちは演習用の装備で完全に装備されていた。これは正規軍歩兵の標準的な装備で銃剣装備の小銃と携帯スコップなどだ。俺は第1分隊を率い、リリーとアイザックを指揮する。オリヴァーは第2分隊を指揮し、エレノア、フェリクスと共にある。ヴィクトリアは第3分隊の指揮官としてアレクサンダー、セリーナと共に任務に挑む。

 俺たちが指示された内容は、フィールド中央の小高い丘に設置された監視哨に掲げられているフラッグを奪うこと。最初にフラッグを手に入れると勝利判定が下されるルールだ。

 俺たちはそれぞれ異なるスタート地点からフラッグを目指して進軍を始めた。エドウィン率いる第1分隊は南東、オリヴァー率いる第2分隊は南西、ヴィクトリア率いる第3分隊は北西からのスタートだった。

 俺は仲間たちに合図を送り、第1分隊は迅速かつ無言に行動を開始した。俺たちは木々の間を駆け抜け、立ちはだかる藪を丁寧にかわしながら前進した。リリーは軍人の家系に伝わるサバイバル技術を発揮し、アイザックも的確な状況把握で分隊をサポートしていた。

 一方、オリヴァー率いる第2分隊は森林の奥深くに進軍していた。エレノアはトラップの準備を入念に行っていつでも使えるようにしている。フェリクスもエレノアの特技を活用出来るようにオリヴァーへ的確なアドバイスを行っている。

 ヴィクトリアの指揮する第3分隊は、池の周りを回り込むように進軍していた。アレクサンダーは地理的特性を把握しつつヴィクトリアにアドバイスを行い、セリーナと共に敵の動きを分析していた。

 各分隊が戦場で団結し、己の技能と連携を駆使して進んでいく光景は、まさに士官候補生である俺たちに相応しい情景だったと言えるだろう。

 この演習場の地勢を簡単に示すと以下のような条件だ。

1,第1分隊は南東スタート、第2分隊は南西スタート、第3分隊は北西スタート
2,フィールド東から南西にかけて小川が流れている
3,この小川は川幅はそれほどないが水深が深く迂回しないと渡れない
4,迂回する橋はフィールド南側にあり、第1分隊だけでなく第2分隊も経路上ここを通過する可能性は高い
5,第1分隊が迂回しない場合、何らかの工夫をしないといけない
6,フィールド南西は鬱蒼とした藪
7,フィールド西は森林と沼が広がっている
8,フィールド北西は開けているが崖となっている
9,フィールド北は狭い間道がある岩場となっており通過が難しい
10,フィールド中央の監視哨の周囲には塹壕が幾重にも掘られている
11,フィールド東から北東に関しては意図的に地形図に記載がない

 早速、地図情報通りにフィールドの東側から流れる小川にさしかかった。情報通り渡るのが難しいほどの深さを持っていた。情報通りなら迂回する橋が南側にあるが、第2分隊もここを通る可能性は高い。

「リリー、アイザック、小川に出たが、情報通りみたいだな」

「アシュモア卿、あそこに塹壕があります。一気に突っ切るのは危険かと考えます」

「南側の橋は回避しよう。でも、時間をかけずに向こう岸に渡りたいな。渡河出来そうなポイントは他にないかな」

 小川の迂回と南西の鬱蒼とした藪地帯、それに南側の橋の利用を考えながら、俺は仲間たちと話し合っていた。

 リリーが見つけた塹壕は情報になかったことから近づくのは避けたい。第2分隊が強行軍で進撃していた場合、蜂の巣にされてしまう未来が容易に想像出来る。また、アイザックが言うようにいつまでも停滞していても仕方がない。ここは他を当たるのが上策だろう。

「アイザック、君は南側の橋を確認して渡れそうなら手旗信号を送ってくれ。白を2回振ってくれたら良い。渡れそうでも問題があると思ったら赤白交互に2回降ってくれ。その場合すぐ引き返してくれ」

「了解。それじゃあ、ちょっと橋を見に行ってくる」

 アイザックが小川の方に向かって歩き出すと、俺ははリリーと相談を始める。今はリリーの才覚に頼るのが適当だと思ったからだ。

「リリー、小川を迂回するのも一つの手だが、南西の藪も避けたい。どうしようか?」

 リリーは俺が相談してくることを見越していたのか、双眼鏡を俺に渡すと北東方向を指さす。

「アシュモア卿、東側に見晴らしのいい監視哨があります。橋を渡るのが駄目なら、まずはあそこを目指してこの森を突破するのはどうかしら?」

「確かに、監視哨からは周囲が見渡せる。悪くないアイデアだ。リリー」

L:「了解。アイザックの連絡を待ちつつ、進むとしましょう」

 一方で、アイザックが小川の南側の橋を確認しに向かっていた。彼は小川の方に急ぎ足で向かっていた。小川に到着すると、慎重に橋を観察し、その構造や安定性を確かめた。橋は古びていたが、なんとか渡れる状態だ。

 だが、問題は思っていた以上に橋の位置が第2分隊の想定進撃ルートから丸見えになっているという点だ。

「渡れそうだが渡河中に狙われると蜂の巣だな。ここはやめた方が良さそうだ」

 即座に判断すると手旗信号を取り出し、後方の丘に向かって赤白交互に旗を振った。

「いい仕事だ、アイザック。急いで戻ってこいよ」

 双眼鏡でアイザックが偵察中の橋を監視していた俺は彼の合図に気付く。旗を振り終わったアイザックは来た道を再びをたどって、元の場所に戻るために歩き始めていた。
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