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第19話 魔王様に助けてほしい

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「……すいません。熱くなりすぎたっす」

 リューナが深々と頭を下げ謝罪する。

「リューナたん、あまりに派手な喧嘩はやめなさいって私前から言ってたわよね?」
「……うぐぐ。ママ、ごめんなさい」

 いつも飄々としているリューナからは考えられない殊勝な態度である。
 リューナの後ろで縮こまっている二人、あれだけ騒がしかったパパさんとお兄さんも粛々とした様子で一緒に黙って話を聞いている。
 場所は変わって、僕はリューナの実家へとお邪魔していた。
 そんな光景を横目に――目の前にだされた来客用のお茶をゆっくりと口に運ぶ。ママさんからは激しい威圧感が発せられており、僕は息を呑む音が聞こえないよう緊張感ごとお茶を喉に流し込んでいく。
 説教もひと区切りつき、ママさんが僕の方へと視線を移しながら、

「ええっと、晴人さんでしたっけ? うちのものが迷惑をかけたみたいで本当にごめんなさいねえ」
「とんでもないです、僕も誤解させてしまったので」

 ほんわかとした喋り口調も含め、ママさんはとても優しい雰囲気を感じさせる。
 容姿はリューナによく似ており、お姉さんかと思えるくらい若い。あとおっぱいがとてつもなく大きい――うん、おっぱいがとてつもなく大きい。
 ママさんはにこりと笑みを浮かべながら、

「あらー、素直な感じのいい子じゃない。ほら、パパもリュージンも見習ってちゃんと謝りなさい」

「「……」」

 だんまりを続ける二人に対し、ママさんが急にテーブルを拳で粉砕する。
 飛び散る木片、あまりの突発的な行動に僕は言葉を失う。前言撤回しよう――瞬間湯沸かし器かなにかかな? 
 再度、ママさんはゆっくりと口を開き、

「謝りなさい」
「ごめんなさい、晴人くぅん」

 パパさんが素早く床にひれ伏す。
 な、なんて綺麗な土下座――というか、この世界でもこうした謝り方は一般的な知識としてあるのだろうか? 僕は夫婦間のパワーバランスを瞬時に理解する。

「リュージン、あなたも――」
「ちぃっ!」

 お兄さんは大きく舌打ちし、ぎろりと僕の方を睨み付けながら、

「晴人と言ったな? 俺様の早とちりが悪かったことだけは認めてやろう。だが、謝ることは別だっ! 謝ってほしかったら力尽くで謝らせるんだな! 俺様は雑魚に下げる頭なぞ持ち合わせていないからだっ!」

 謎に胸を張るお兄さん、ママさんがゆらりと近付いていき、

「――リュージン、私をこれ以上怒らせないで」
「ひぃっ! 仕方ないな、母に免じて条件を緩和してやる。晴人よ、俺様に少しでもダメージを与えてみろ。さすれば貴様に謝ってやってもいいっ!」
「リュージンっ!」
「母よ、これだけはリューナたんの兄として譲れぬのだ。俺様はこいつの実力を見極める必要性がある。リューナたんのそばにいる限り、いつかリューナたんの助けになる力があるのか否かを知りたいのだ」

 お兄さんは僕の頭をわし掴み、入口に向かって勢いよく投げ飛ばし、

「おららぁ! 表にでろやぁっ!」
 
 強制的に表にだされた僕は、お兄さんと真正面から対峙する。
 ママさんはため息を吐きながら――仕方ないな、という雰囲気で成り行きを見守る形となっていた。

「晴人さん、無理をさせてごめんなさいね。リューナたんのこととなると、頭に血が上ってどうしようもないの」
「いえ、兄妹だからという気持ちもわかりますので」
「ふんっ! 俺様の提案を受け取ってくれたことには素直に感謝してやろう。だが、生半可な力を見せてみろ? その瞬間に貴様の首と胴体は――」
「晴っちに反撃したら一生きらいになるっすからね」
「――特になにもしないでおいてやろう。ただ俺様が貴様のことを残念に思い、半端なく失望するだけだ」

 実力を示すもの、か。
 そのクリア条件はお兄さんにダメージを与えるというもの――僕が提案を承諾したことには理由もある。
 はたして、天撃はどれくらいの威力があるのか?
 まだまだ性能的に謎が多い分、真正面から受けてもらえるのは僕にとっても非常にありがたい。先ほどの家族バトルからも察するに、お兄さんは頑丈そうなので――試すという言い回しは申しわけない気持ちになるがこの方以上の人材はいない。
 お兄さんは腕を組みながら堂々と胸を張り、防御する気はゼロの状態である。
 まさに自然体、僕はお兄さんの言葉通りに遠慮なく――その中心を貫くイメージを持って右手を構える。

「ばっち来いやぁっ! 遠慮せず俺様にぶつけてみろっ!」
「それでは行きますよ! 天、撃っ!」

 大地を揺るがす衝撃音、稲光が僕の右手から発せられる。
 ゴンザレスさんの時は無我夢中でよく視認していなかったが――一言で天撃の見た目を表すならば、槍の形をした雷とでも言うべきか。
 それはとてつもなく大きく速く――一瞬にしてお兄さんを射抜いた。

「……」

 まともにくらったお兄さんは、同じ姿勢のまま微動だにしない。
 全く効いていないのだろうか? もしかして、めちゃくちゃ弱かった? 音だけでビビらせるサプライズ効果だけとか? 
 ……無言、お兄さんはなにも喋らない。
 あまりにがっかりし過ぎて言葉すらでないのだろうか――もう僕は打ち止め状態、これ以上見せるものはなにもない。僕がお兄さんに終わりの声をかけようとしたその時、ママさんがお兄さんへと駆け寄る。
 ママさんは唐突にお兄さんの身体に耳を当てながら、

「……心臓がとまっているわ」
「嘘ですよね?!」

 予想外の言葉に、僕は思わず叫び返す。

「パパ、どうしましょう? 外傷によるものではないので、回復魔法をかけても効果がありそうにないわね」
「うーむ、一撃で心臓をとめてしまうとは驚いたぞい」
「さよならっす、お兄」

 よく見ると、お兄さんは白目をむいていた。
 ば、抜群に効いていたのか――いや待って、今なんかさよならとか言ってなかった? パパさん、ママさんはうんうんと頷き合い、

「今宵、リュージンは赤竜族として天寿を全うしたとしよう」

 パパが決め顔で結論を言う。

「えっ? 諦めちゃうんですか?!」
「赤竜族は戦士の一族ぞ。なにがあろうと戦い散ったのであれば、それは誇り高き死として受け入れるしかないのじゃ」
「いや初対面の家庭崩壊させるとか僕がめちゃくちゃ後味悪いですよ! 一時的なショック死の可能性もあるので心臓マッサージとかどうですかね?!」 

 言うが早いか、僕はお兄さんに力の限りのマッサージを施す。
 しかし、蘇生する気配は全くなく――いや、僕の力ではこのお兄さんの頑丈な身体に対しては無意味なのかもしれない。

「リューナ、代わりに頼むっ!」
「同じようにやればいいですかね? 晴っちのお願いとあらば――えんやこらぁっ! どっこいしょぉおっす!」

 バギメキバギン、ゴボギィンッ!
 なにか鳴ってはいけない音がしたような――だがその数秒後、お兄さんが血しぶきと共に息を吹き返すのだった。
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