加護なし勇者

静月 

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22話 脱牢成功

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 どうして世界はこんなにも残酷にできているのだろう。
 俺は生まつき不器用で体格もお世辞にも恵まれているとは言えないような体だった。鍛冶仕事が全く上達しなければ鍛錬をしても力はつかず、ドワーフといえばででてくるような仕事はすべてダメダメだったし。
 ドワーフの恥。なんて言葉も何度言われたかわからない。鍛冶屋の師匠にも言われたし、まだ体格に差がなかった頃の友達にも言われた。勿論親にだって。
 恨まなかった日はなかったと言っていいほどに、俺はこの体を嫌悪していた。だけど、それと同時に俺は信じてもいたんだ。好きな言葉を。
 昔何処かで聞いた『人生は山あり谷あり』という言葉を。
 俺の人生はどこを振り返っても深い峡谷のような谷。なら、それの反動でやってくる山はさぞ大きいんだろうと。
 だけど、結局俺が報われることはなかった。ヒステリックを起こした親を必死にかい潜って漸くありつけたこの職業。そんな念願の存在意義の場でなんの出世もないまま、俺の生涯はこれで終わることになるんだから。

『ググギギッギググギ』

 無力に佇む俺とは対象的に蟻の魔物は余裕を持て余したように顎をこすり合わせる。ただの巨大な蟻の感情なんてわからないが、きっと無力な俺のことを嘲笑しているのだろう。
 もしここに誰がいれば、「兵士なんだから戦えよ」って言われるだろう。もしそうなっていたら、俺は戦っていた。俺が戦うことでその人が逃げられるならば、ようは俺が戦うことで誰かの人生に干渉できるなら。
 どうせ生きていても何も成せれない命なら、誰かの恩人になって死ぬことが将来の夢だ。だけど、この場にそんな人はいない。なんにもなかった空を埋めようとしてくれた友人ももういない。
 戦っても戦わなくても何も変わらないのなら、疲れて死ぬより楽に死んだほうがマシだろう。
 俺はその場にゆっくり座り混んであぐらをかく。目を瞑りすぐに来る死の苦痛を迎え入れる用意をしているのだ。が、どうしてか魔物は俺に襲いかかってこない。
 目を開けると、蟻の魔物は俺を見下ろして仁王立ちをしていた。
 …戦えっていうのか?もう何も持っていないこの才能の抜け殻に。
 …たしかにそうだ。こんな虫けらに食べられてしまうなんて、いくら俺でも腑に落ちない。
 俺は斧を構える。友人のと比べるとボロボロだが、的に当たればさほど問題は感じない。

『グギヤオンググギ』

 魔物の金切り声とともに戦闘開始だ。頭を震わせ鎌のような前足を振り上げ、俺も対抗して斧を振り子のように振り上げた。
 恐怖で動かなかった足も、無理やり雄叫びで活を入れる。
 お前がそういうのなら、戦ってやるよ。この身朽ち果てるまで。そしてあわよくば、ここを勝って…

「ヒーローに」

 ◇◇ ◇◇

 後ろの方から図太い声の雄叫びが聞こえ、私は足を止める。声の主が誰かはわからないが、方向からして私―イルたちの計画がバレたのは確実だろう。
 私たちは今、魔物の通り穴を利用して脱牢を試みている。
 この穴がどれだけ続いているのか、どこにつながっているのかはわからない。行き止まりという可能性もある。
 だけど待っていてもきっとでられないのだから進むしか無いのだ。

 事の発端はポニーテールの青年を寝かして後のこと。唐突に壁の奥が崩れて魔物が現れたのだ。
 暗闇で姿は見えなかったものの硬いものが擦りあうような鋭い音が魔物の襲撃を知らせてくれた。
 私は音の方を警戒し即座に戦闘態勢に入ったが、私が交戦することはなかった。
 どうやら真っ先に気づいたトレイドが倒してくれていたらしい。霊体が関係しているのかはわからないが、暗闇に強いそうで対処が容易だったようだ。
 そんなこんなで、とどまる理由のなかった私たちは利害の一致で魔物の出てきた穴から脱牢を試みている、というわけだ。

 前にはトレイド、後ろにはルクス、そして私が真ん中を歩いている。
 穴の大きさは私達が四つん這いになって漸く通れるほど。後ろから聞こえた雄叫びについて後ろを振り返るスペースはない。
 ただ後ろを歩くルクスだけは気になったのか歩みを止めて嘆きを零す。

 「嘘だろもうバレたのかよ。見回りがあるなんて聞いてねえぞ」

「そりゃ1日だって滞在してるわけじゃないんだから。看守の動きなんて分かるはず無いわ」

「どうやったらそんなに肝がすわれるんだよ」

 ルクスの気持ちがわからない訳では無い。しかし、分かりきっていたことに焦り散らかすほど私の感受性は高くないのだ。

「まぁ嘆いた所で遅いか。」

 普段のルクスからは到底出てこないであろう言葉に少し言葉を失う。
 追いかけられることに不安を感じているのはきっとルクスだけだろう。ゴーストのトレイドも全く動揺を見せず私たちの前を先導している。

「にしても。あいつ置いてきてよかったのか?」

 トレイドが不意にそう尋ねる。袋で届けられたポニーテールの青年についてだ。
 起きるまで待っていても良かったが、もし看守に見つかって塞がれると次の機会がいつになるかわかったものではない。ルクスは反対していたが、素性も知らない犯罪者助ける義理はない。ましてや人間なんて、乗り気にはなれない。

「彼にかぶせた布と壁はほとんど同じ色だから、変な風が吹くまではバレないわよ」

「最低限の優しさか。まぁたしかにそうだ。有能な敵より無能の味方、気を失ってるってんじゃ連れて行っても命の保証はできないな」

「だとしても、あんな危ない場所に放置して良いのかよ。まだなんの罪かもわからないってのに」

 私の言葉にトレイドは一人納得したように歩みを再開するが、ルクスはやはり腑に落ち無いのか未だ独り言をぼやいている。

「冤罪なんてそうそうあるわけ無いでしょ。私たちが特殊なんだから」

「そうか?」 「そうよ」

 理不尽に頭の硬いレーガルの圧迫尋問ならもしかしたらと思う私もいるが、普通に考えるとそんな可能性は低い。
 いつの間にか距離の離れたトレイドの背中を追って私は腕を動かした。ルクスはピッタリと後ろに付いている。

 不思議とどこにも枝分かれのしていない一本道はまるで脱獄囚が掘った脱獄路のようだった。ただし掘った本人は人間ではなく瘴気に包まれた魔物。何を考えているかなんてわかりはしない。
 それから暫くぐねりの続く道を進み続け、少し先に光が見えてくる。
 出口から見えるそこはある程度の奥行きがありそうな場所で、家具などの見えない自然の洞窟背景だった。火とは違うタイプの明かりに照らされているが、外につながっているわけではないらしい。

「かなり広いみたいだな。ドワーフはいなさそうだから出てきていいぞ」

「ありがとう。とりあえず脱牢は成こ…ッ!!」

 トレイドの言葉に私はゆっくりと出口から顔を覗かせる。
 その体制のまま光の正体を確認しようと天井を見上げた瞬間、私は反射的に頭を引っ込めて後ずさりをしてしまった。
 床から天井にかけて形成されるゴツゴツとした赤褐色の岩肌を覆うほどの張りのある植物の蔓。そしてそこから転々と星空のような光を放つ黄色の花たち。
 ツルイバラの群生地だ。

「うぐっ」

 勢い余ってルクスの顔を蹴ってしまい小さな悲鳴が響く。

「お、おいイルさん。前行ってくれないと俺が出られないって」

「あっ、ごめんなさい。ちょっ…と…」

 今回の件で軽くトラウマになってしまったのだろう。進むしか道はないと分かっているのに、進もうとすると手足が竦んでしまって指を動かしても手元の土をいじることしか出来なくなってしまっていた。

「大丈夫か?…イルさん?」

 怪訝そうなルクスの問いかけにも答えられないでいる。
 自分でもよくわからないのだ。どうしてこんなに怖いのかが。
 気絶するほど苦戦した魔物と再戦するのが怖いのだろうか。それとも武器のない戦闘に躊躇しているのだろうか。いや、勇者パーティで何度も格上の魔物の囮にされていたから対峙することに対して恐怖はそこまでないはず。
 ツルイバラに恐怖を感じている訳では無い。ならどうして。
 考えたところで答えなんて出ない。このぼんやりとした恐怖は説明すら出来ないのだ。ただ怖い、それだけ。

「…今から引き返して別の道を探しましょう?」

「急に何言ってるんだよ、ここまでに分岐なんてなかったろ?やめてくれよおばけでもいたのかよ。あっおばけはトレイドか。え?ならどうした?ちょ怖いってイルさん。なんか言ってくれって」

 私のあからさまな動揺に、何も知らないルクスも恐怖を感じ始めている。
 早く動かないと。進まないと。
 ルクスに軽くお尻を押され余計に焦って腕に力を入れても、爪が土に食い込むだけでから回る。
 そんなときだった。

『ァァァァァァァァァアア』

 後ろから聞いたことのない叫び声がこちらに向かって近づいている。声はこの穴を伝って響いているため、牢屋から誰かが猛スピードで進んでいるということだ。
 この雄叫びに近いその叫び声は途中で聞こえた根太いドワーフのものではない。
 明らかに人族のものだった。
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