加護なし勇者

静月 

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21話 唐突の別れ

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 名前はコウ。本名は忘れてしまったらしい。
 小さい頃に離れ離れになった父親を探して旅をしている途中にこの里へ向かうという話を聞いて行動に出たと言っていた。
 ドワーフに知り合いが居るわけでもないコウは、どう訪ねようかか悩んだ末に、ドワーフの武具を扱っている行商人の馬車に隠れ潜んで移動することを思い立ったという。普通に乗る選択を取ろうと思えば取れたが、もし拒否されて警戒されると乗れなくなるという可能性を考慮したうえでの犯行だと言っていた。
 コウを動かしたその目撃情報は数週間前と確実性はなかったので、コウ自身も希望は薄く感じていたのか焦らず気長に潜伏していたため、行商人に気づいた様子はなかったらしい。
 それからは怪しまれないように堂々と親を探し、堂々とごはん処に入ったきり、そのまま食い逃げを実行した。本人は道中でスリにあったと言っているが、この里にそんな事をする者はいないためドワーフを侮辱している考えられる。

「こんなところじゃな。それに尋問途中ににげだそうとしたやつだ」

 そんなやつを誰が助けたいと思うんだ。
 口には出さないが、目がそれを語っている。
 しかし、ラルコスは顔を引きつらせることはなかった。寧ろ、憐れんでいるという方が正しいほどだ。

「あんなに人の良い行商人を疑うなんて、環境が悪かったんですかね。子供の頃の経験がそのまま大人に変わることなんてよくあるって聞きましたし。」

 だからといって許してほしいと言うわけでもなく、ただその人の人生を変わりに悔やんでいるにすぎない。だからこそ、レーガルの口元は呆れ返りラルコスから目をそらす。

「またあの行商人からなにか吹き込まれたのか」

 行商人というのは、近くの村に住んでいる人間のことで、この里の武具を売り歩くために度々ここへ立ち寄って武具を買い取っている。
 小さい頃からドワーフとしか関わっていないラルコスにとって、人間というのは貴重な異種族だ。ドワーフたちの計らいで武具の受け渡しに任命されてからというもの、ずっと可愛がられている。
 最近はラルコスも心が成長し別の感情も芽生えている可能性もあり、育て親としてレーガルは少し目をつけているのだ。

「何もありませんよ。少し私の性格について話す機会があって、レーガルさんだから今の私が居るって会話を少し挟んだ程度です。」

「褒めても何もでないぞ」

「やだな。本心ですよ」

 ラルコスは決してこういった冗談で人をからかったりするような性格ではない。レーガルはそれがわかっているからこそ次第に口元が緩んでいった。
 そんなときだ。
 温かい雰囲気の漂う休憩室に、忽然と戸を叩く音が響き渡る。ラルコスの耳がピクリと動き、音が3回なり終えた時、部屋の外からレーガルを呼ぶ兵士の声が聞こえた。非常事態特有の緊迫した声だ。

「まさか、脱牢でしょうか」

「たしかに最近使っていなかったからメンテナンスはしてないが、たかが人間の素手で壊れるようなやわな作りはしていなかったはずだ」

 そう言ってレーガルは扉の前で待機していた兵士を部屋にいれる。狭い部屋に3人をいれるのは少々窮屈だが、今はそんな事を言っている場合ではない。

「どうした。何があったのだ」

 パニックになっているのか、なかなか兵士は言葉を紡げずにいる。
 ここまでひどくなると雰囲気は伝染するもので、不安そうに見つめていたラルコスも次第に焦った表情になっていった。

「コ、コーヒーでも淹れて落ち―」

「言っとる場合か」

 レーガルは少し声を荒げてラルコスの口を噤ませ、兵士の方へ向き直りその縮こまった背中叩く。

「おい、里を守る兵士だろ。しっかりせんか」

「しゅ、襲撃です…!ぁ、ぁありの魔物に仲間を…ッ」

 看守長兼兵士長の険しい声がレーガルを形作る。おかげで少し正気が戻ったのか兵士はこわばった表情のまま細く震えた声を絞り出した。
 それを聞いた瞬間レーガルの表情が一気に暗くなる

「蟻の魔物だと。今までこの洞窟では出たことがなかったじゃないか。どうしていきなり」

「そんなの、私にだって…。デでも、確かに見たんですッ。黒くて、デカくて、斧ですら…!」

 表情から冗談は伺えない。信じたくないが、そういうことなのだろう。

「面倒なことになった。戦えるものを数人集めろ。俺が先陣を切る。ラルコス、お前は村へこの事を伝えろ」

「数も実力もわからないのに、そんなの無謀ですよ。兵士が一人やられたほどには強いんですよ?」

「だからといって逃げる理由はない。巣を作られていたら勝機はないかもしれぬが。ここを失えば俺達は地上で野垂れ死ぬのみ」

 レーガルの言葉は少し厳しいように聞こえるかもしれないが、言っていることは至って全うで、ラルコスも言葉を失うしかほかなかった。

「…気をつけてくださいよ。なんだか胸騒ぎがするんです」

 獣人は野生に近いその本能により勘が鋭いと言われている。昔地上の魔物が迷い込んで危機にひんしたときもラルコスの勘は当たっていた。
 レーガルはより心を引き締めたように顔をこわばらせる。ラルコスですらにども見たことない、焦りと不安と覚悟の入り混じった本気の目だ。

「仲間の葬儀はことが片付いてからだ。お前は牢屋の奴らを監視しろ。ドサクサに紛れて逃げるかもしれんし、何よりお前はもう戦えない」

 戦闘にとって危険なのは有能な敵ではなく無能な味方―冷徹に物事を判断するレーガルにピッタリのモットーだ。

「…はい」

 兵士はまだ震えの残る体を精一杯に動かす。

「現れた場所だけ教えてもらおうか」

「へ、兵士用食堂です。武運を…祈ります」

◇◇ ◇◇

 何気ない仲間との会話が今日で最後になるなんて、誰が予想できただろう。
 俺は牢屋に向かう途中、ずっと頭の中で友人の死の瞬間を繰り返していた。
 暇な巡回中に食堂で隠れて間食をとる。俺がやめとけって言って、仲間がバレないからって言って、結局俺が根負けしてついていく。いつもと何も変わらない。
 なのに、部屋へ入るといつもは呆れたようにご飯を作ってくれるおばちゃんの姿はなくて、変わりに蟻の魔物がなにかの肉を貪っていた。それがなんなのかは予想はできたが、確認はしなかったので確証はない。知らないほうがいいことがあると、この時初めて知った。
 そして仲間は斧を構える。この前友人に特別に作ってもらったと自慢していた、まだ刃こぼれすらしていない両刃斧。しかし、ドワーフの腕力があっても魔物の装甲は貫けなかった。関節部分なら行けたかもしれないが、動揺していた俺達がそんなことに気が付くはずがない。
 此処から先は思い出したくない。どれだけ脳内で繰り返されたとしても、頭を殴ってでも脳裏に映らないようにする。痛みなんて関係ない。寧ろ気が散って大歓迎だ。
 らしくないのは分かっている。兵士とはそういうものだ。いつ何が起きてもいいという覚悟を持ってなるもの。しかし、冴えない俺の事を認めてくれた、唯一無二の心を許せる、初めて出来た『友人』を名乗れる仲間だったのだ。こんなこと、誰が耐えられるというのだろう。
 そして、必死の抵抗の末に牢屋に辿りついたとき俺はさらなる頭痛に耐えられなくなりその場にうずくまった。
 レーガルの想定通り、牢の中に探しても囚人たちがいなかったのだ。荒れる呼吸、頭に響く心音、子鹿のように芯のない足たち。俺は文字通り地を這って牢屋に入ってランプで照らす。すると、奥の真ん中に人一人が四つん這いで入れそうな穴が空いていた。
 そしてその側には穴と同じくらいの黒い影が死んだように倒れていた。そして今この瞬間に、穴の中から同じものが俺の前に仁王立ちする。
 レーガルさんはきっと意地悪だ。こんなに精神のやられている俺にこんな仕事を任したなんて。

 どうして牢屋の中に
 どうして牢屋の中に蟻の魔物がいたんだよ。
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