加護なし勇者

静月 

文字の大きさ
上 下
9 / 22

9話 旅と旅行は紙一重

しおりを挟む
「私の呪いは、簡単に言うと複雑な魔法が撃てないことなの」

 私は目を強く瞑った。少しでもルクスの顔が引き攣りを見せた瞬間、もう私は怖くなって旅を続けられなくなるような気がしたのだ。
 勿論、私が忌み子と知った後も全く態度を変えずに接してくれたルクスなら、きっと大丈夫と理解している。理解しているから話そうと決心したのだから。
 なのに、どうしてかいざ言うとなると途端に不安になっていく。無能だと気付いた私をルクスが見捨てて先に行ってしまうことを。
 確かに、私には前衛職のような運動神経も、後衛職のような器用さも持ち合わせていない。戦闘以外に関しても、社交性も計画性も他のパーティメンバーと比べるとまったく持って落ちぶれていた。
 勇者パーティから私を追放する時にプロダシアが言い放った「無能」というのは、何も違っていないのだ。
 私は勝手な被害妄想で初めから低めだった視線をさらに下げる。今の私はルクスの有罪宣言を待つ、哀れで無様な忌み子だ。
 そしてほんの少しの空気の氷付きがルクスの言葉によって解除される。

「…ぇそれだけ?」

 だけど、私がそんな事を考えていることなんて知りもしないルクスは全く持って素っ頓狂な声を出した。
 少し驚いてルクスの顔を見上げると、「大した事ない」と言いたげな表情で目を丸くしていた。

「それだけって言うけれど。つまり私は初級魔法以外の魔法を使えないということよ?冒険者なら初心者でも中級レベルを持ってる人だっているのに」

「だけど、それなら頑張ればいくらでも強くなれるじゃん」

 ルクスのその台詞は、まるでもっと苦しんでる人を知っているかのような反応だった。
 私がは本気でその呪いについて悩んでいると言うのに、ルクスはそれを「その程度」で軽々しく片付ける。
 わかってる、ルクスに悪気はない。確かに、ここまで忌み子が嫌われていると成るともっと特別なものがあると勘違いしても不思議じゃないのだ。
 だけど、「頑張れば強くなる」。ルクスのこの言葉だけは少し怒りを覚えた。まるで追放された私がそこまで努力してこなかったからと言われたような気がしたのだ。

「あっいや。別にイルさんの気持ちを否定したいわけじゃないぜ?ほんとに苦労してるってのは近くで見てれば分かる。ただ」

「ただ?」

 私の表情を見てなんとなく心が読めたのか、ルクスは両手を顔の前に出して大きく否定を表現する。
 だけど、無意識に本音が漏れかけたのか、最後に気になる一言を漏らして口を噤んだ。
 ルクスは言わないほうが良いと判断したらしいが、生憎私はそれをされると不安が積もるので、怯えながらも問いただす。
 すると、ついに諦めた様子のルクスがもう一度口を開いた。

「俺が昔出会った忌み子の呪いと比べたら、イルさんの呪いはまだ希望があるって言いたかったんだ。これを言ったら悩んでるイルさんが馬鹿馬鹿しいって思ってるように聞こえるかなってやめたんだけど。俺が言いたいのは…まだ諦めるには早いってことだ」

 ルクスは苦笑いを浮かべながらとても言いにくそうにそう語る。私はそんなルクスの唇をじっと見つめながらそれを聞いていた。
 もし、ルクスの言うことが本当ならば、その昔会った忌み子はよっぽど酷い呪いにかかっていたんだろうと思うと心が痛くなる。
 よく考えれば、忌み子の障がいの中で私が特別酷いというわけではない。中には日常生活に影響があった呪いもあったかもしれない。夢で見たとおり、過去に忌み子はたくさんいたのだから、私よりも苦しい人はいるはず。少なくとも、その人達は海に身を投げる覚悟で幸せに縋り付いていた。
 もう、勝手な被害妄想で自分を押さえつけるのはやめよう。私はそう思ってもう一度ルクスの目をよく見て口を開く。

「ごめんなさい。ルクスの言う通り、私はもしかしたら忌み子の中では軽い方なのかもしれない。もし、そのルクスの昔出会った人っていうのが、ルクスと仲良しだったなら、こちらが無粋だったわ」

「いやいや、謝るんはこっちだって。そいつとイルさんは違うし、別にそいつも自分の人生を恨んだりしてなかったから」

「…ありがとう」

「おう!」

 私が謝ると、ルクスは少し微笑みを浮かべてこちらを向いた。
 少し場所の雰囲気が温まったことで、私も少し勇気が湧いたので、1つルクスに質問をする。

「そういえば、その忌み子っていうのは、どういう人だったの?」

「え?、え~と…」

 ルクスは頭を掻きながら記憶を探ろうとする。
 しかし、いつになってもルクスの顔は明るくならない。時期に諦めてきたルクスが突然目を見開いて上へ目をそらした。

「…忘れた!」

 考えるのをやめて開き直ったのか頭から手を離して私を見る。
 昔のことだからしょうがないのかもしれないけど、忌み子は結構インパクトあると思うんだけど、なにか特別なことでもあったのかもしれない。
 どっちにしろと忘れたならこれ以上掘り返しても意味はなさそうだ。どうせ旅の目的に別の忌み子と会うというのは入ってないしね。

「まぁ、ルクスっぽいわね。頭に花も咲いているし…っ!?」

 私は不意にパッと現れた、今のルクスを表す表現するのにぴったりな言葉を口にする
 しかし、どうしてそれがでてきたのか一瞬考えた結果、私は驚いて近くの杖を構えた。

「ど、どうして頭に花が!?」

 私が慌ててルクスの頭を凝視すると、小さな花がニ輪頭から風に揺られて生えていた。

「えっチョッ、何?寄生!?燃やすの?燃やせば良いのね…!、動くな?っ!…」

「えっちょまっ!ダアァァストップ!ストップイルさん!ほら、見て。カチューシャ!これカチューシャ!」

 私が混乱のデバフをかけられたように火球魔法を飛ばそうと魔法陣を展開すると、ルクスが焦ったように頭についていたカチューシャと呼ばれたそれそれを外す。
 カチューシャは花以外の部分が全て朱色でルクス髪色と同化しているのに加えて、大きさ的にも髮の毛の下に隠せるものだったから、本気で気付くことができなかった。
 状況を理解して急いで魔法陣を解除すると、ルクスの目の前で燃えた石が真下の焚き火に落下して、炭に着地する音が私を正気に戻してくれた。

「…もう、驚かせないでよ。せっかく人が落ち込んでたのに」

「へへへ。でも、旅に暗い気持ちは不要だろ?」

 さっきまで本気の目をして焦っていたルクスは、もう既に笑顔に戻っていて、そのまま何も言わずに花のカチューシャを私に被せた。
 そんなルクスを見ていたら、少しずつ重苦しかった空気が軽くなっていくのを肌で感じる。

「色が違うからカチューシャってのはバレバレだけど、やっぱり頭に花がついてるとかっこいいイルさんも可愛くに見えるな」

 風に吹かれて揺れる花びらを触りながらルクスは私に笑いかける。
 台詞だけ聞くと、温かくて微笑ましい雰囲気。だけど、ふとルクスの顔を見てみるとその表情は明らかにいたずら好きの少年の見せるそれだった。
 完全にバカにされてる。

「…もう十分でしょ」

 私は小さくため息を付いてルクスの腕を振り払う。
 なんの未練もなくカチューシャを頭から外す私を見て、ルクスは少し不服そうな顔をしてカチューシャを受け取った。

「せっかく村の子供たちに絶対似合うって貰ったのに、勿体ない」

「バカみたいなこと言ってるんじゃないわよ、全く」

「へーい」

ジュー

「ん?なんの音?」

 渋々といった様子でカチューシャをカバンに入れるルクスを見ていると、急に焚き火の方から何かが焦げる音が聞こえ始める。
 その瞬間にルクスのヘラヘラした表情が焦り始めた。

「やばっ魚が!」

 ルクスが急いで土の地面に刺して焚き火に曝していた棒を引き抜くと、黒焦げになった魚が顔がルクスを見つめていた
「せっかく川で取ったのに、カチューシャのせいで焦げちったよ…」

 首をガックシと落とすルクスを横目に私の方にもあった棒を抜いてみると、こっちは丁度良い火加減だった。

「あっイルさん笑った!こっちは今日の晩御飯が半分炭になったんだぜ!?」

 必死そうな顔をして訴えるルクスに私はまた笑ってしまう。

「旅に暗い気持ちは不要でしょ?」

「いやそれとこれとはまた違うだろ!…まぁでも、こうやって笑ってられる旅が最高なのは確かだよな」

「そうね」

 さっきのルクスの言葉をそのまま返すと、ルクスはしっかりツッコミを入れてくれる。
 旅に出てから、こんなに笑ったのは初めてかもしれない。
 楽しい、パラと遊んでいた頃もこうだったかしら。
 …もうパラとは会えないのに、こんなこと考えていても虚しいだけね。

「食べたらもう行くわよ、流石に2日連続で野宿は疲れるわ」

「了解」

 次は向かい側の村へ行く、店主と話をしながら書いた地図には向かい側の方が魔王城へ行きやすいのだ。
 プロダシアと同じルートを行くことになるけど、絶対に抜け道を探して先に到着してやる。
 私はそう心に誓い、魚の腹を荒々しくかじった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

半神の守護者

ぴっさま
ファンタジー
ロッドは何の力も無い少年だったが、異世界の創造神の血縁者だった。 超能力を手に入れたロッドは前世のペット、忠実な従者をお供に世界の守護者として邪神に立ち向かう。 〜概要〜 臨時パーティーにオークの群れの中に取り残されたロッドは、不思議な生き物に助けられこの世界の神と出会う。 実は神の遠い血縁者でこの世界の守護を頼まれたロッドは承諾し、通常では得られない超能力を得る。 そして魂の絆で結ばれたユニークモンスターのペット、従者のホムンクルスの少女を供にした旅が始まる。 ■注記 本作品のメインはファンタジー世界においての超能力の行使になります。 他サイトにも投稿中

【二度目の異世界、三度目の勇者】魔王となった彼女を討つために

南風
ファンタジー
かつて竜魔王を討ち、異世界を救った勇者イサム。 使命を果たし、現代でつまらない日々を送っていた彼は、再び異世界に転移をする。 平和にしたはずの異世界で待ち受けていたのは、竜魔王の復活。 その正体は――かつての仲間だった彼女が、竜魔王と化した姿だった。 狂愛と許されざる罪を抱えた彼女を前に、イサムは新たな戦いへと身を投じる。 命を懸けたその戦いの果てに、彼が掴むのは平和か、それとも赦しなき運命か――。

おっさんの神器はハズレではない

兎屋亀吉
ファンタジー
今日も元気に満員電車で通勤途中のおっさんは、突然異世界から召喚されてしまう。一緒に召喚された大勢の人々と共に、女神様から一人3つの神器をいただけることになったおっさん。はたしておっさんは何を選ぶのか。おっさんの選んだ神器の能力とは。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

月が導く異世界道中

あずみ 圭
ファンタジー
 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  漫遊編始めました。  外伝的何かとして「月が導く異世界道中extra」も投稿しています。

~僕の異世界冒険記~異世界冒険始めました。

破滅の女神
ファンタジー
18歳の誕生日…先月死んだ、おじぃちゃんから1冊の本が届いた。 小さい頃の思い出で1ページ目に『この本は異世界冒険記、あなたの物語です。』と書かれてるだけで後は真っ白だった本だと思い出す。 本の表紙にはドラゴンが描かれており、指輪が付属されていた。 お遊び気分で指輪をはめて本を開くと、そこには2ページ目に短い文章が書き加えられていた。 その文章とは『さぁ、あなたの物語の始まりです。』と…。 次の瞬間、僕は気を失い、異世界冒険の旅が始まったのだった…。 本作品は『カクヨム』で掲載している物を『アルファポリス』用に少しだけ修正した物となります。

あなたは異世界に行ったら何をします?~良いことしてポイント稼いで気ままに生きていこう~

深楽朱夜
ファンタジー
13人の神がいる異世界《アタラクシア》にこの世界を治癒する為の魔術、異界人召喚によって呼ばれた主人公 じゃ、この世界を治せばいいの?そうじゃない、この魔法そのものが治療なので後は好きに生きていって下さい …この世界でも生きていける術は用意している 責任はとります、《アタラクシア》に来てくれてありがとう という訳で異世界暮らし始めちゃいます? ※誤字 脱字 矛盾 作者承知の上です 寛容な心で読んで頂けると幸いです ※表紙イラストはAIイラスト自動作成で作っています

処理中です...