加護なし勇者

静月 

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8話 呪いの運ぶ記憶

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 この世界には、生命が誕生してからの歴史と神話を綴る聖書が存在するという。全て同じもの、どれだけ国同士が離れていて文化が違っていても、聖書に記されているものは一言一句同じものらしい。不思議よね。
 他にも、誰が広めたかとか、誰が書いたのかとかは誰も知らないらしい。だけど、そんなことはどうでもいい。言いたいのはここから。
 そんな世界で共通する聖書には、私のこの文様について『黒バラの紋様』と記されている。だけど、教会に祈る聖職者たちはそんなに整った言葉ではこの文様を表さない。

『黒錆』

 「錆」なんて、神聖を汚すこの類の話では使うことを避けられる表現。聖職者は、この紋様を神話と同じく扱いたくないということなのだろう。全ての救いを求める聖職者たちにとって、私たちの生きる意味はどう捉えているのか。問い詰めてみたいけれど、勿論答えを聞きたくはない。

◇◇ ◇◇

 メラちゃんを振り払って村の柵をくぐったあと、私は後ろを振り向かず歩き続けた。
 いつの間にか魔物と戦った場所も過ぎていて、今ではがどこかもわからない森の中。
 また独りで歩く森の中。近くの山の麓かもしれないけど、空の光が吸われていくことに変わりはない。私の心が荒んでいくだけだ。
 ルクスも追いかけてこない。雑貨屋で店主と話してるルクスが気づくはず無いのに、それでも追いかけられない自分が惨めになっていく。

 自分は何も悪くない。私が何をしたっていうんだ。
 ただ村を守ろうとしただけ。本当にそれだけだった。
 そのはずなのに、何も知らないドラゴンには疑われ、この腕の紋様を知った瞬間から、村人の視線は黒く淀んでいったのを本能で感じた。
 この紋様にとって、私がどうなろうと知りもしないでしょう。ただ着た衣に雨を降らせて次に行く。ただそれどけ。
 ただ、私が今こうして歩いているのは、それだけではないことは分かっている。
 私を忌み子と知ってなお腕を差し出したメラちゃんを振り切ったのは、紛れも私の意思なのだから。

 荒んだ心では何を考えても良い未来が見えるわけもなく、当然光も存在しない。
 不意に少しでも「光」を感じようと意識を視界に戻した時、いつの間にか私の歩いていた道は1つの光も感じない闇一色の世界へと変わっていた。
 ただ木々で空の光が届かなくなったわけではなくて、どこを見渡しても木は無くて、いつの間にか靴で踏み鳴らす地面も土ではなくなっていて、常に地面から反発を受けているように感じる。こんなどこかもわからない世界にすら、私は拒絶されているのかもしれない。
 自分の体すらもよく見えない真っ暗闇なこの空間で、私は訳もなく立ち止まった。

 〝進むのが怖い〟
 このままルクスと合う前に戻ってまた初めからやり直せば、人の集まるところに一生関わらずに生きていけば、今のような気持ちになることはない。だけど、そんな道を進んだところで、全く良かったと思える未来も見えない。

 〝戻るのが怖い〟
 パラと2人で遊んだ楽しい日々は大好きだった。一生アレを嫌いになる日は来ないでしょう。だけど、だからそこ、もう戻れない幸せを追いかけたところで、より前を向くのが怖くなるだけ。

 考えれば考えるほど、どんどんこの世界に呑まれていく。
 いつしかしゃがんで頭を抱えていると、どこから止めなく聞いたことのない声が聞こえてくる。

『忌み子は殺せ』

『お前さえ産まなければ』

『人を殺した気分はどうだ』

『殺されるのが優しさ』

 闇から聞こえてくる黒い声は確かに【忌み子】と言っているけど、全く私は言われた記憶がない。
 なのに、どうしてかその言葉はトラウマを穿り返すように私の胸を貫通する。
 明らかに私が聞いたものではない。私以外の【忌み子】の記憶なのだろうから。

 取り留めのない恐怖を紛らわせるために叫んでも、黒い声は止まること無く聞こえ続ける。
 私は嫌になって目を強く瞑った。すると、脳裏に焼き付いた私ではない誰かの記憶が、声とともに頭へ流れ込んでくる。
 自分の記憶ではないはずなのに、全く鮮明にその記憶は脳裏に再生される。

 1番信頼していた、1番愛していた人に裏切られた誰かの記憶を
 命を賭けて助けた相手に命を狩られる後悔を
 他にも、たった一瞬の判断ミスで生涯のすべてを棒に振るうことになった記憶もある。
 忌み子は生きているだけで憎まれて、嫌われて、その先に待っているのはいつも絶望と暴走。
 【忌み子】は、なんのために産まれたのでしょうか。

 私がどれだけ拒絶しても、脳裏に流れる記憶は止まらない。目を開けてみても、暗闇の中に記憶が映し出されるだけだった。

〝良い実験材料だ〟

 ここはどこかの研究所。ある生物学の教授は忌み子を利用した非人道的な人体実験を繰り返していた。
 その教授は、自分しか知らない紋様を治療する方法を知っていると忌み子に歩み寄り、病院を偽った血塗られた研究所に連れて行った。
 無抵抗な人間に対して人体実験なんて、国にバレれば一発で極刑判決が下されるでしょう。
 だけど、それが忌み子なら?
 死んでも誰も悲しまない、殺しても誰も咎めない悪魔の子。何をしたところでなんともないのだ。
 教授は忌み子を人間とは見ていなかった
 結局次の実験で凶暴化して研究所を焼いたことで記憶の主は公開処刑となった。


〝ママ…どうして死なないといけなかったの〟

 今度の記憶は、子供の頃に村人たちから迫害を受け森に逃げ込んだ忌み子の記憶。
 小さい子供が森に独り彷徨っても、せいぜい一週間足らずで力尽きる。だけど、この記憶の主は運が良かったらしく、餓死する寸前で別の村の親子に拾われる。
 心優しい親子のお陰で、忌み子は大人になるまで幸せに育ってきたが、最終的に親子は村人に見つかり家を焼かれてしまう。
 この言葉は、目の前で親を失った忌み子の友だちになった悲しい子供が発した最期の一言。
 涙すらもすぐに乾く業火の中に取り残された子供は、一体何を思って最期の時を過ごしたのだろう。
 少なくとも、その時に娘は思っただろう。

「忌み子さえ助けなければ」と

 記憶の主は後悔と罪悪感に苛まれ、火をつけた村人の家共に村のしみになった。

 それからも、知りたくもない忌み子の後悔の記憶は流れ続ける。
 勿論、死に際の苦痛も自分のもののように感じられる。
 記憶の中で生きる忌み子たちは1人として同じ道を通ったものはいなかった。
 忌み子の中には、私のように魔王を倒そうとした人もいた
 世界中の人たちを愛して守ろうとしていた忌み子も、平穏に過ごして寿命を全うした忌み子もいた
 だけど、それで自分が幸せものと感じて眠りについた者は、1人としていなかった。

 だけど、唯一希望を失わずに死んでいった忌み子がいた

〝お前は十分頑張った。後は俺達に任せ〟

 始祖の魔王誕生から数年が立った頃。
 魔王を倒すべく産まれた勇者と、その仲間たちに誘われて魔王討伐に同行した忌み子がいた。
 この忌み子は魔王軍に親を殺され、それを偶然見つけたドラゴンによって野生児として育てられた。
 勿論、この忌み子も立ち寄る街々で迫害されていた。だけど、勇者は1度も切り捨てることを選ばず、逃げ去るように旅をしていた。
 結局、旅の途中に泊まった村の宿で忌み子の紋様がバレた際に捕まってしまって、火炙りにされたのだが。
 国とは違って問答無用だから勇者たちも止めることが出来たのは村人が火をつけた後だった。
 忌み子は死んだ。
 だけど、ここで他と違うのは最期に手を差し伸べてくれた人たちがいたということ。
 そして脳裏に景色が映った瞬間私は記憶を疑った。
 そこに映った人は、私の知人と瓜二つなのだから。

「ル…クス…?」

◇◇ ◇◇

 私は星が照らす大空の下で目を覚ました。
 横では焚き火を起こして火を見続けているルクス。

「あっイルさん。もう起きれるのか?道端で寝るなんてよっぽど疲れてたんだろ?」

 私はいつの間にか眠ってしまっていたらしい。
 頭の中ではずっと歩き続けていたと思っていたけど周りが暗くなっていた頃にはもしかすると夢の中だったのだろう。
 あの夢は、一体何だったんだろう。あれは、本当に夢だったのだろうか。
 夢なら私の作った幻想だけど、それにしては苦痛や記憶が目が冷めた今も鮮明に頭に残っている。
…いま考えても無駄か。
 だけど、とりあえず眠ってしまった理由はわかる。

「…ここで変に嘘ついても心配されるわね、気を失っていた私を助けてくれたみたいだし。もう良いかしら」

「…何言ってんだ?疲れて寝てたんだろ?たしかになんで道端で倒れた形なのかは不思議だったけど」

「その不思議の理由よ。私の呪いについて」

 「呪い」と聞こえた瞬間、ルクスは一瞬眉毛を上げて笑みを浮かべる。
 少なくとも私を裏切る気はなさそうだから、ルクスを信じてみることにする。
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