加護なし勇者

静月 

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6話 迫りくる危機

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 警鐘と聞いて咄嗟に窓から外を見る。
 明るい空にほのぼのとした雲が漂っているその下で村の大人たちが急いで家に逃げる姿が見えた。

「野生動物の群れと勘違いした可能性は…」

 目の前で震える小さな命は私の焦りを加速させる。
 咄嗟に希望をもたせようと顔を明るくしたが、全く意味を成さないらしい。

「警鐘は音の回数で大まかな数を知らせるんです。こんなに長く間違えるわけないんです」

 自分で言葉にしたことで余計に怖くなったのだろう。成り始めと比べてさらに震えている。
 私がメラちゃんを軽く抱きしめて背中をさすると、メラちゃんは胸に手を回し私の中で縮こまる。

「この村に戦える戦士はどれくらいか分かる?」

「数週間くらい前から山の反対側の村まで様子を見に出かけているんです。明日には返ってくる予定だったんです」

 タイミングが最悪すぎる。まるで誰かが謀ったみたい。
 そうなれば、今この村にいるのは戦いを知らない老人や女性、子供。
 そして、私たちだけ。
 最後にメラちゃんを少し強めに抱きしめた後、すぐに解放して立ち上がる。
 私の目線にある可愛い牛のマークが付いた木のドア。そのドアノブに手をかけた時走ってきたメラちゃんに今度は足を掴まれた。

「お姉ちゃんだめです!魔物もたくさん出し、死んじゃ…」

「大丈夫。お姉ちゃん、強いんだから」

「やだ。やだやだ、死んじゃいや!」

 さっきまではここまで泣きつくような雰囲気はしていなかった。
 振り返って視線を同じ高さにしてみると、大粒の涙を流して必死に説得をしてくる。
 私はなんて言っていいかわからず少しの間無言で説得を聞いていると、不意に泣き崩れるように何も言わなくなった。

「もう、どこにもいかないで…」

 家族か過去の旅人か、魔物と戦いいく姿によっぽどのトラウマがあるようだった。
 だけど、だからこそ、さっきの笑顔を守りたい。
 いくら人間が怖くても、こんな小さい子がどうなっていいなんて思わない。

「ならこれを持ってて、私の大事なものなの。絶対取りに戻るから。ね?」

「…分かった。絶対だよ!帰ってこなかったら、壊しちゃうからね!」

「それはやばいわね。絶対帰ってこないと。…それじゃ、また後で」

 渡したのは黒バラ模様のペンダント。追放される前に買いためておいたウチの一つだ。
 これを渡ながら私は決意する。
 全てをなくすまでは、絶対に死なないと。


 家を出て橋とは別の陸に繋がる門へ向かう途中、広間で噴水に座っているルクスの姿を見つけた。
 流石に子どもたちも帰ったのだろう。広間では虫の声1つも聞こえてこない。

「ルクス、魔物が」

「おう、あいつらから聞いたぜ。色々とまずいみたいだな」

「そうね」

「…逃げないのか?今ならまだ間に合うだろうけど」

 急に私の中の時が止まった
 ルクスは表情乗せず別の方向を眺めている。
 普段ならルクスが真っ先に否定するはずの言葉だ。ルクスの口からこんなことを聞いて驚かないわけがない。
 
「今まで色んな人に拒絶されてきたんだろ。なんでこっちはしちゃいけねんだよ」

 何も言えなくなる私にルクスはさらに追い打ちをかける。
 ルクスが言いたいことは、「人間を助ける理由なんてない」ってことでしょう。
 一見酷いことを言っているようだけど。実際は何もおかしくない。やられたことをやり返すだけだから。
 ルクスは、私に考えてほしいんだ。
 魔王を倒しに行くなら、これからだってこういう機会は必ず巡ってくる。その時に、私が自分の心を見失わないように。
 だけど、もうメラちゃんと約束をしてしまったんだ。今更辞めるだなんて、私は嫌。

「この村は関係ないわ。八つ当たりなんて良くないわ」

「…俺も同感だ。行くかイルさん、魔物がきちまう」

「えぇ、勝つわよ。私は」

 前まで人間なんてどうなっても何も思わなかったのに。
 私も、色々変わっちゃったな。

◇◇ ◇◇

 少し走った後、私たちは魔物を見つけて立ち止まる
 魔物側も行進をやめこちらを威嚇する。
 数は9体。狼が5匹、瘴気妖精、朱い小竜がそれぞれ2体だ。
 瘴気妖精 ― たまにある、瘴気が自我を持ち妖精の形を成してできた魔物だ。本物の妖精は希少だが、こっちは冒険していればそう珍しくない。

「一応みんな魔王軍ではなさそうね」

 魔物には魔王の息がかかった【魔王軍】とそれ以外の【瘴気堕ち】の2種類がいる。
 魔王軍は魔王の呪詛によって貢献すればするほど強くなる、世界の支配を試みる魔物。
 瘴気堕ちは昨日の羊のように生き物が瘴気に侵され魔物化、又は凶暴化した魔物を指す。
 基本どちらも人間も襲うため、同じ魔物として扱う者も多いが、魔王軍は基本体の何処かに紋様があるという特徴がある。
 今回は凶暴化した瘴気堕ちだ。

「余計に不気味だな。コイツラの分だけ瘴気が溜まってたってことだろ?」

「瘴気堕ちは倒せば自然に還るわ。何体居ても斃すだけよ!」

「そうだな…行くぞ!」

 ルクスの合図と共に、私は速度上昇と攻撃力上昇の補助魔法をかけてバトルを開始した。

「前の狼は俺が相手だ!」

 そう言ってルクスは1番手間にいた狼に斬りかかる。
 相変わらず切れ味は悪いみたいだが、上手く急所にあたっていたのかそのまま倒れ込んで動かなくなった。
 ルクスが斃したことを確認すると、狼がいつの間にか4方向から囲っている。
 次々に跳び掛かってくる灰色の悪意を一匹跨いで今度は別の狼も攻撃する。

「おうおう、4対1で同時に襲うなんて卑怯じゃねえか?」

 既に3対1になっていることには気付いていないルクスは狼の威嚇に挑発で返す。
 ルクスの威勢に私は負けずと魔法陣を展開する。焦点は後ろで狼諸共魔法で斃そうとしている反妖精たち。

「相手は私よ、させないわ!」

『コルティルフト』

 私は慣れた手つきで三日月の刃を飛ばす。
 いくら初心者用といえども、不意打ちなら十分に威力は出る。
 魔法陣から飛び出た2つの三日月は交差しながらお互いを研いでいく。背後に回った双月は瘴気妖精の羽を切り裂き、淀みきった光る羽を鱗粉のように空へ舞い上げ、羽を失っい地面に堕ちた瘴気妖精を、庭を吹き荒れる小さな三日月の真空竜巻が襲う。
 もう片方はギリギリで防御魔法を展開したが、竜巻を避ける余裕は生まれなかったようだった。
 単純な動きで襲ってくる魔物は私の得意分野。パーティにいた頃プロダシアにさせられていたことが、ここで役に立つとはね。皮肉なものよね。

「意外と呆気ないのね。羊の曝された瘴気とは別のも何かしら」

 私がそう吐き捨てると、上空に飛んで様子を見ていた小竜が降りてきた。
 私が警戒して杖を構えるが、小竜の視線は私ではなく斃された瘴気妖精の方へ向いていた。
 全身傷だらけで倒れている反妖精をみて、小竜は目を細めて咆哮をする。言葉を話しているわけではないが、小竜の姿はどこか楽しそうで、無惨にも負けた反妖精を嘲笑って居るように見える。
 魔物の界隈も、対して人間と変わらないのかもしれないわね。

『コルティルフト』

 反妖精と同じように不意打ちで終わらせようと魔法を放つと、片方の小竜が直前で気付き、爪で空を切り風刃を飛ばして相殺した。

「流石は小竜、されど小竜ね。あなた達に反妖精を嗤う実力はあるのかしらね」

 他の魔物よりも知性が高い小竜は私の言葉が挑発だと理解したらしい。
 本気で仕掛けて来たのか、2体が同時にブレスを放つ。だけど。魔法使いが相手だとそれは間違った攻撃だ。

「それじゃ私が何をしていても見えないんじゃない?」

『ヒューリンレイ』

 新たな魔法陣が光の槍を1本飛ばすと、なんの抵抗もなくブレスの中を突き抜ける。
 分散された魔力には集中させた魔力攻撃が有効だ。  
 発動が見えれば避けれたであろう光の槍は、ブレスで直前まで見えずそのまま小竜の喉を貫く。
 仲間の死に気付いたもう片方はブレスに火球を混ぜて攻撃を当てようとしてきたが、私は落ちたドラゴンと一緒に自由落下したためブレスの後には姿を消していた。
 そうなってしまえばあとは早く、背後からの『ヒューリンレイ』で終了だ

「おーい!こっちも片付いたぞ!」

 私が額の汗を腕で拭っているとちょうどルクスも終わったようで私に走り寄ってくる。
 ルクスの来た方を見ると、なぜか狼がタワーのように積み重なっていた。
 暇だったのかしら、たしかに少し時間をかけすぎたかもしれないけど。
 
「羊と比べたら弱くて助かったぜ。でもこれで俺達ヒーローだな!」

「そうね。解体を済ませて戻りましょう」

「でも、魔物って仲悪いんかな、皆なぜか1人ずつ襲ってきたぜ?」

 確かに魔物の中で意思疎通が出来るものは数少ない。孤立して戦うことは珍しくないが、なにか引っかかる。
 思えば小竜も瘴気妖精たちが斃されるのを見てから降りてきた。ただ嗤っていただけなら良いけど、それなら空でもできたはず。
 嫌な予感がする。村が危ない。

「ルクス!今直ぐ戻るわよ!」
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