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瀕死の俺を、誰も助けてはくれない

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「純平様! そのお顔は、如何されたのですか?」
「だ、旦那様!? なんっすか? 何が起きたっすか!」

 昨晩は、語る必要はないと言ってしまったが、ある程度は話しておかないといけないだろう。
俺は、エリから朝まで拷問……ではなく、説教を受けた結果、体中がズタボロになってしまった。

 ただ、2つ発見があった。
まず、俺は死ねないというだけで、治癒力が高いというわけではないらしい。

 死んだと言える状態にならなければ、再生しないのだ。
それは、地獄の亡者の特性で考えれば、そうなのかもしれない。
死ぬほどの苦痛を受けても、回復することもできず。
死んで始めて、無理やり蘇生され、また責め苦を受ける。
 だから死ななければ、傷も生身の人間と同じくらいしか治らない。

 昨晩の、地獄すらも生ぬるいと思うような説教中(物理)、あまりの痛みに、俺はアニメでしか見たことがなかったが、もう殺してくださいとエリに懇願した。
 するとエリは
「す、好きな人を殺す何て、私にできるわけないじゃない。私は純平の事大好きなんだからね! それに、私そんなことするような人間に見えるの? ホント純平酷い!」
 そんな、ツンデレっぽいセリフを吐き出しながら、死ぬよりも苦しい説教を続けた。
俺からすると、地獄の獄卒がニヤニヤして、罪人をいたぶっているようにしか見えなかったのだが。
 どうも神楽坂さんは、僕の事を3回ほど殺したことは覚えていないらしい。
もし当人にその事を聞けば、そのころはまだ、好きではなかったから問題ないと答えそうだが。

 正直、一撃で吹っ飛ばされていた頃が天国にすら思えた。
死ぬ感覚も、痛みもあったが一瞬だった。

 俺の事がいかに好きかと言いながら、俺が悪かったことをあげつらいながら、ごうも……説教を続ける神楽坂様。
 何となく、夫のDVを受けても逃げられない、妻の気持ちも体験することができた。
でも、自分が悪いのも分かっていたので耐えるしかなかった。多分に割に合わない気もするが。

 マールとリアナは、その顔がどうしたのか聞いてくるが、まず半分以上はお前達のせいだと言ってやりたい。

 そして、酷い状態なのは顔だけではない。
全身、痣がないところの方が少ないくらいだ。
間違いなく骨にもひびが入っている。いや、多分数カ所折れているだろう。
「かわいそうな純平様。私が治して差し上げますわ」
 そういってマールは呪文を唱えた。
小さな光の玉が、幾つも俺の中に入ってくるが、残念ながら傷は治らなかった。
 やはり、死ぬか自然回復以外は意味がないらいしい。
これが二つ目の発見。俺は通常の治癒魔法は効かないらしい。
「おかしいですわね? 今の魔法なら、魂自体に問題なければほぼ回復するはずですのに」
 マールは、可愛く首を傾げている。
 しかし、困った。正直、マールの治癒魔法にかなり期待していた。
今も続く全身の痛みに何とか耐えていられたのは、朝になればマールが治してくれるだろうと。期待があったからだ。
 希望が消えると、人間の精神、この場合魂、は非常に脆くなる。
希望があるから、苦痛や辛さに耐える事が出来るのだ。
俺は今、希望を失った。このままでは決闘どころではない。

「エリ、マール、リアナ。頼む、俺を殺してくれ。身体中が痛くて仕方がない。
頼む、俺のお願いだ。一思いに殺してくれないか?」
「む、無理よ。突然何を言い出すの? 私に純平を殺すなんてできないわ」
 突然? 神楽坂さんは、昨晩俺に何をしたのか記憶が無いのだろうか? 
もしかしたら、記憶障害でもあるのかもしれない。
 今回に限り、エルフの里の防犯カメラの映像を見せながら、小一時間ほど問い詰めてやりたい。
「ひどいですわ。私に、愛する純平様を殺せなどと。私、悲しゅうございます」
 信じられないといった、顔をするマール。
お前が、この信じられない事態を起こした責任についても、問い詰めてやりたい。
「分かったす。旦那様が苦しんでいるのなら、旦那様を殺して、ウチも死ぬっす」
 リアナ、お前が死んでどうするんだ。何故お前は心中したがる。
それに、お前は俺が直ぐに生き返ってるの、2回見ただろう。
 だめだ、こいつらが使えない事だけは分かった。

 5分後、俺は完全回復の状態でゲストルームから出てきた。



 「では、一週間後の正午にこの場所で」

 その日の午後、帝国の使者たちが、エルフの里がある森の前に現れた。
森の中は、エルフの里の者達が結界を張っているので、エルフの里の住人以外は、転移魔法を行使する事は出来ないらしい。

 帝国側の通知は、あっさりしたものだった。
日本でいう外務大臣と、防衛大臣のような役職の人間と、その補佐役。
 それから、もし決闘だったら誰が来るかという事で、昨日現れた帝国主席魔導士のミリス、帝国騎士団長のキリア。
そして、昨日はいなかった。大神官長のリリー、勇者ディルが来ていた。

 リリーは緑の髪に、碧眼で、白地に、金の刺繍をあしらった神官服をきていた。
歳は一二歳位だった。
子供で大神官長という肩書なのだ、相当魔法に長けているのだろう。
 イメージ的にはあの子が、回復と支援魔法を使うのか?

 勇者と名乗るディルは、一五歳位の少年で、黒髪に黒い瞳。地球の人間以外では、初めて見た気がする。
フルプレートのキリアと違い、胸当てと、小手、脛当ての軽装だった。

 何だよ勇者って! おかしいだろ! 本来なら俺が名乗るとか、俺がそう言われて崇め奉られる予定だったのに!
俺は魔法少女、神楽坂様のお荷物でしかない。
 花婿争奪戦の時の魔法が、本気でなかったと聞いた時は、永遠に俺TUEEEEEの時代が来ない事だけは確信した。

 通知の内容。
先ずは、エルフの里の先制攻撃によりこの争いが始まり、更にこちらが宣戦布告したという事の確認。
因みにこの部分が読み上げられた時、神楽坂さんと、エルフの里代表のマールは遠くを見ていた。現実逃避である。 
 これで口笛でも吹いていたら、完璧だった。 

 次は、昨日の会議で言われていた通り、決闘方式か全軍交えての戦争かの選択。
これも、会議で決まっていた通り、決闘方式で決する事で合意した。

 ミリスが、良い度胸ね、とか、また高圧的な態度で言っていたが、他の参加予定者は特に何も言わなかった。
 相当自信があるのだろうか?

 後は、決闘の場所と時間。それと、決闘終了後に、双方の権利について確認する会談の設定。
それが決まると、帝国側の人間は転移魔法でまた去っていった。

「うーん。ちょっとまずいかも」
 え? 神楽坂様、何を仰っているのですか?
 マールは、エリがまずいたので青い顔になっている。
散々、戦いの時は王族ガー、などと言っていた筈なのだが。
 リアナは話を聞いていない様だ。自身に気合を入れていた。
「やってやるっす!」

 それにしても、俺もちょっと想定外だった。
「え? エリでも勝てないくらい、強いって事なのか?」
「そうじゃない。でも、強いのは間違いない。
さすが私達のご先祖様たちが、最終手段を使おうとしているだけはあるわ」
「なんだ、神楽坂さん驚かせちゃって、勝てるんじゃないですか?」
 ああ、ちょっと不味いって、苦戦するかもしれないって事ね。
本当に、神楽坂さん驚かせないでくださいよ。
 確かに相手は、天界で最も魂を消滅させてしまった帝国の最高戦力なのだ。まあ、多少はね?

「いや、だからね。三人を守りながら戦うのは、多分無理なのよ」
 うん……? そ、それはちょっと不味い。大分マズイ。
俺が、エリが守れないと言っているリアナとマールを、守れるわけがない。
 そもそも、マールとリアナの方が俺より強い。

「そんな事でしたか、それは大丈夫ですわ。自分の身くらい自分で守りますわ」
「当り前っす。ウチは、エリに守ってもらうつもりなんてないっす。旦那様の役に立つために戦うっす」
 おお……。この二人は、大分勘違いしている様だ。
もともと、この二人は、まあ俺自身も含めてだが、戦力にカウントしていない。
 昨日の会議で、無理やり参加すると言われ、脅され、仕方なく参加させる事になっていたのだから。
 俺も、エリ一人に戦わせたくないと言う男の意地と、死なないという理由だけで参戦するのだ。
情けない限りだが、本当は、エリ一人で闘った方が、効率が良いくらいなのだ。

 俺はエリに耳打ちする。
「なあエリさんや、もし一対一で、リアナとマールがあいつらと戦ったら、どうなるんじゃ?」
 エリも、耳打ちして返した。
「正直私も、戦に慣れてる訳じゃないから、ハッキリとはわからないけど。相手から感じた魔力と力だけで言えば、下手したら一瞬でやられちゃいそう」

「あ! また旦那様とエリが、二人だけで秘密の話をしてるっす!」
「まあ、純平様、エリさん。抜け駆け禁止をもう破るおつもりですの!」
 駄目だこいつら。危機感の方向性が完全に間違っている。
 エリはエリで、そんな、秘密のお話だなんて、などと言いつつ照れている。
神楽坂さんは、時々持病が発病してしまうようだ。

 さて、どうしたものだろうか……
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