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エピローグ
しおりを挟む――後日。
人間界での活動を再開していた斥候・ギギラが魔界へ戻り、玉座の間へ飛び跳ねる勢いで馳せ参じた。
「魔王様、ご報告します!」
玉座の前に跪くその顔は、傷が癒えただけではなく、先日とは打って変わって生き生きとしていた。
長い尻尾が、嬉しげにゆらゆらと揺れている。
それを見た魔王ゼオギアは既に破顔しそうになっていたが、隣の玉座に座る王妃リリスの視線をひしひしと受けて、全力で真顔を保っていた。
「勇者一行が伝説の大魔法を習得するのを、このギギラ、阻止致しました!」
「――――ほう。まことか?」
愛する部下の手柄を聞いて、ゼオギアは一瞬大きく身を乗り出しかける。が、どうにか己を抑え込み、可能な限り平静を装って問いかけた。
部下は何ひとつ不審がることなく、肯く。
「勇者に変身して悪さを働き、奴の蛮行をでっちあげて、大魔法の守り手に不信を抱かせました。重要な魔法を守ってきた彼らは用心深く、一度疑った者に対して簡単には心を開かないでしょう。また、“勇者”の蛮行は思いのほか各地に広まり、奴等の評判は落ち始めています。今後の旅にも支障が出ることでしょう」
魔王は肘掛けを軋みそうなほどきつく掴んでいる。本当ならば今すぐ諸手を挙げて部下の功績を褒めちぎりたいが、どうにかこうにか耐えていた。
己を制するのに必死で黙り込んでしまった魔王に代わり、リリスがいかにも尊大に言い放つ。
「なるほど、考えたものよなぁ。これで勇者たちの戦力は大きく削がれることになろう。失態ばかりかと思っておったが、なかなかやるではないか、ギギラよ」
「もったいないお言葉です、リリス様! 魔王様の慈悲に、このギギラ、必ずお応えしなければと決心した次第でございます……!」
魔王を見上げるギギラの、瞳の小さな眼は、畏敬の念に輝いている。
「今後もいっそう魔王様のお役に立てるよう、尽力致します!」
ゼオギアは、いったん瞼を閉じ、深く深呼吸してから、ゆっくりとその両の眼を開いた。
緩みきってしまいそうな顔面の筋肉を総動員し、微かな笑みを浮かべるに留めて。
「……よくやった。今後も励むが良い」
抑え込んだ低い声と手短な激励は、結果的に、重々しい威厳を示していた。
それを受けたギギラは、ぱあっといっそう表情を輝かせてから、深々と頭を下げる。
「はいッ、ゼオギア様……!!」
内心、リリスは舌を巻いていた。
失態続きだった部下が成果を上げた。こういったことは、ゼオギアが王となってから初めてのことではない。
彼が魔界を治めるようになって、部下たちの士気は確実に引き上げられている。それこそ、リリスの代の敗退から立ち直り、もう一度侵略に挑もうという空気が出来上がるほどに。
魔王単身で強国を堕とすという偉業に勇気づけられたせいもあるが、それだけではない。
リリスが同じように褒め、労ったとて、同じように奮い立つかどうか。
(民を惹きつける天賦の才か? それとも――)
慈しみに満ちた眼差しで部下を見つめる魔王の、端正な横顔を盗み見て、王妃は思う。
(……伝わるものか。どれほど深い愛情をもって、相手に接しているのか……抑えようとも、抑え切れるものではないということか)
この若き魔王の愛情によって、魔族全体が奮い立った暁には――
数千年に渡る悲願……人間界の侵略が、ついに果たされるかもしれない。
(やれやれ……末恐ろしい男を魔王にしてしまったやもしれんな)
リリスはそっと苦笑したが、そこに微塵の後悔もなかった。
「ギギラは今回、本当によく頑張った! たとえ手柄がなくても構わない、いや、むしろ出来の悪い部下ほど可愛いとは思っていたが……やはり嬉しいものだな、部下の成長というものは! 見たか!? あの尻尾の動き! あんなに嬉しそうにゆらゆらと揺れて……ああっ、愛い!! 愛いが過ぎる!! それに俺を見つめるあの眼差しと言ったら――」
「あ~~もういい、わかった、わかったと言っているのに~~!」
ギギラが去った後、ゼオギアの部下談義をいつも以上に長々と聞かされたリリスは、やはり少しだけ後悔したとかしなかったとか。
全ての魔族に深い愛を注ぐ魔王。
彼の存在が、後に魔族と人間の歴史を大きく変えることになるのだが……
それはまた、別の物語。
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