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参 トラウマ

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「ふう。今月の稼ぎはなかなかだぜ」
「ぼくも狼夜も頑張ったもんね」
 全ての欲喰師よくばみしは協会の一員だ。月に一度報告書をまとめて本部に提出する必要があり、代わりに内容に見合った賃金を得ることができる。
「言われた通り、お前のことは書かずにおいたけどな」
「それが正解」
 子供の姿になった兎月はフードを深く被り、眼の色も術で変えているという徹底ぶりだ。
「……協会には、ぼくのことは知られたらまずいんだ」
「ふーん。まあ出会った時のこと考えてもお前訳ありまくりの匂いしかしねえからな」
 オレは特に興味がないので、兎月の手を引いていつもの宿に戻る。
 その途中「新発売!鉱石まん!」の旗に兎月が目を輝かせた。
「うわあ。キラキラしてて美味しそう。ね、狼夜買って?」
「欲しいんなら買ってやるよ。お前甘いもの好きなんだな」
 ちょうど収入があったところだし、値段も手頃。自分用には肉まんを買い、冷めないうちに早足で宿に戻った。
「いただきまーす」
 はむっ、と鉱石まんに齧り付いた兎月は二口程度で食べ終わると満足そうな笑みを浮かべた。
「甘くて美味しい。これ、中に鉱石糖が入ってるんだ。生地はもちもち中はさくぷるって感じで新食感だよ」
「お前本当幸せそうに食うよな。食べ物も幸せだろうよ」
 同じく肉まんを食べ終えて畳にごろ寝する。竹猪の肉まんは本当に美味い。響都は秋津の大都市なのでその分ちょっと境や他の地域に比べると割高だが。
「ここ以外にはどんな料理があるんだろうなあ。ぼくはずっとこの土地から離れたことがないから」
「そうなのか?お前俺よりずっと年上なら色んなとこ行ってるもんだと。それこそ秋津全土とか」
 兎月は小さく首を振る。
「ないよ。ぼくは多分一生この土地に縛られ続ける。だって……そのためだけの……」
「兎月………?」
 一瞬見えたその顔は泣きそうに見えた。
「……来月は別の地方の料理を出してる店にでも行くか?下落理げらりは響都にしか出ないから俺もここから離れられねえけど、ここには秋津中から食と文化が集まってる」
 といっても境の串カツとか六冷の海鮮丼ぐらいしかわからないけどな。今度秋津料理ガイドブックでも買おう。
「わあ!それは楽しみだよ。約束したからには連れていってもらうからね!」
 いい時代になったなあとさっきまでが嘘のように兎月が笑う。契約はしたけれど、思えばこいつのことはまだ殆ど知らないままだ。ただ、無理に聞くのも趣味ではないし、心の中の何かがその行動を止めていたから深く考えないことにした。
 いつだって、真実は残酷なもの。
 何かの劇で聞いたそのセリフが何故だか妙に腑に落ちた。

**
「今日の依頼は畑を荒らす植物型の下落理の浄化か駆除だ」
「今はそんなのがいるの………?」
「ああ、いるんだとよ。おそらく餓死でもして腹一杯メシ食えなかったやつが下落理に堕ちたんだろうって言われてる。危険度は中級だけど、美味いメシ食えなくなるのはオレもお前も嫌ってことで引き受けた」
「じゃ、囮になるね。しっかり倒して!」
 兎月は明るくいって、畑へと駆け出していく。満月が近く、月は明るい。
 下落理は光をひどく嫌うが、中級以上は逆に満月を好む。
 木陰に身を潜めながら、兎月を追う。

「……何も起こりそうにはないけど……植物型ならむしろ昼に動いたり………?」
 兎月は畑の中心で気配を探る。今のところ下落理に動きはない。
 畑の植物を荒らすというから、畑の作物にまぎれているのかと思ったのだがーー
「狼夜、畑にはいないみたいだよ?……狼夜?」
 狼夜と合流しようとして異変に気づく。
「な、何これ?植物型の下落理の……森?」
 畑を取り囲むように、下落理の群れが出現していた。
「ひっ……」
 木の表面に現れた顔がげらり、と笑い、兎月の体に蔓が巻きつく。
「あ、やだ……やめて……縛られるのは……研究所を思い出すから……だめっ……!」
 下落理の木が兎月を持ち上げ、その体を幹に縛り付ける。
「狼……夜……助けて……っ……んぐうっ……」
 続いて蔓の先が口をこじ開けて入りこみ、どろりとした蜜を口内に垂らす。
「あ……」
 その瞬間、身体が熱を持った。他の木が笑いながら蔓を伸ばし、衣服の中に入り込んで肌をまさぐりはじめる。
「だめ……だめえっ!」
 やがて胸の飾りを締め上げられて叫ぶ声が甘く掠れ出す。
「あ……ああっ……」
 恥ずかしさと快楽でぽろぽろと兎月が涙をこぼすと、木は締め上げを強くする。
 やがて固くなって蜜をこぼし始めたそれに絡みつき、擦り上げ始めた。
 同時に足に絡みついた蔓が太ももを伝って、下着の隙間から秘部を探り当てる。
 体をこじ開けようとする蔓の感触に兎月の体は震えた。
「やだ……ろうや……ろうやが……いい……」
「いやああっ!」
 叫び声はより下落理の木を煽り、ついに蔓は兎月の中へ入りこみ、蜜を吐きながらぐちゃぐちゃにかき回す。
「う……ああっ……やめて……やめ……」
 涙と唾液で顔はもうぐちゃぐちゃになり、素直な体も下落理と自らの蜜に塗れている。
「おねが……いっ……」
 意識が、遠くなる。下落理である以上は耐え切れば浄化できるのだろう。
 だがもう兎月には耐えられそうになかった。木は少なくとも三体。
「しばるのだけは……あ、ああんっ……」
 その上植物型の下落理に言葉は通じない。叫んで泣き叫ぶほどに、蔓は増え、兎月の身体の全てを蹂躙する。淫らな水音がぐちゅぐちゅと鳴り続け、兎の耳に絡みついた蔓は、時折耳にまで入り込んでくる。
「は、ふ……」
 やがて瞳は何も写さなくなり、鳴き声すら聞こえなくなった。

「兎月!返事しろ!クソッ!」
 オレが異変に気づいたのは兎月が消えてから少し経ったあとだった。
 畑には荒らされた作物と、森へ続く何かを引きずったような跡。
「植物型の下落理……複数で森を作ってんのか……」
 森が相手では人の力では難しい。ふと空を見ると、月が満ちていた。
「……そうか、狼の力なら……ま、迷ってる暇はねえな」
 わおーん!
 一声鳴いて、完全な獣へと姿を変えて下落理の森へと駆ける。
 邪魔な木々は噛み砕き、引き裂いて塵に変え、森の最奥に辿り着いた時、怒りで狂いそうになった。
(兎月……!)
 幹に縛られ、兎月の中に入り込んだ蔓は小刻みに動いて、淫らな水音を立て続け、兎月はぐったりとしていて、とろんとした目の焦点は合っていない。体は白濁の蜜に塗れ、雫が今もこぼれ落ちていた。
(絶対、許さねえ!こんのクソ下落理ッ!)
 爪と牙で蔓を切り裂き、ついでにげらりと笑う顔を噛み砕く。
 風のような速さで三体の下落理を塵にした後で、兎月を背に乗せて狼の姿のままで宿への道を駆ける。
「ろうや、ちゃんと……来てくれたんだ」
「ぼく、しばられるのだけは、いや……でもよかった。死ねないから……ずっとああされるんだっておもうと、くるいそうだったから……」
 狼の姿では会話はできないので、とにかく急ぎ、意識が朦朧とした兎月を温泉に浸けた。
 夜が明け、獣化は解けたが、激しい怒りのためか狼耳と牙は残ったままだった。
「兎月……悪い」
「……大丈夫……これが……ぼくの、数百年続けてきた、贖罪……」
 顔色は戻ったがまだ意識がはっきりしないようで、譫言のように兎月は続ける。
「狼夜もね、ぼくのこと……縛らないで。研究所でされたこと、思い出したく、ない」
「ああ、約束する。契約者として、お前が本当に嫌なことは絶対しないから」
 温泉に浸かり、兎月の細い体を抱き寄せて、思いのままに口付けた。
「あとで上書きしてやるから。……しっかり刻んでやるよ。オレが「兎月」の契約者だってな」
「……うん……ぼくは、兎月が、すき。許されなくても、好き……」
「ああ、オレもだよ、兎月……」

 兎月の身体を布団に運び、そのまま楔を打ち込んで、オレで上書きする。
 兎月は下落理のためのものではなく、オレのものだと刻み込む。
 小さな声をあげてくたりと布団に沈み込んだ兎月は、柔らかく微笑んでいた。

 ーー一方その頃、招かれざる客がこの響都に辿り着く。
「やっと見つけた、兎月。儀式の準備に時間がかかったけれど、役目を、果たしてもらう時だ」
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