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第三章・前編
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「俺、佐藤さん好きなんだよね」
「え」
そろそろ寒くなってきた秋の昼下がりだった。ふたりで昼ごはんを食べている最中に、灯真はささやいた。聞きたくなかった言葉に動きが止まり、箸を落としかける。佐藤さんというのは、灯真がよく視線を向けていた学級委員長である。フルネームは佐藤理花だったはず。
「絶対誰にも言うなよ」
「絶対言わないよ」
こっちはそうしたせいでえらい目にあったのだ。こんなことをされれば誰だって懲りる。
……それよりも、今はこの状況をどうやって打開するかが先だ。
今なら返答が的外れなものになっても『驚いたから』でどうにかなる。それを利用して、僕はフルに頭を回転させた。
佐藤さんには好きな人がいるらしい。そう言ってみるのはどうだろう。──『好きな人がいる』という情報だけだったら、自分じゃないかと期待するだろう。抑止力にはならない、却下。
だったらいっそ、具体的に誰かの名前を出してみてはどうだろうか。──あの声がまた現れるかもしれない。恋愛するどころじゃなくなったら本末転倒だ。却下。
学生の本分は勉強だからと言ってみるか? ──固いやつだと思われて、一気に好感度が下がるかもしれない。これも却下。
驚いたわりに頭が回るのは、こうなることを予測していたからだろう。しかし予測できていたからといって、受け止められるとは限らない。
現に案こそは浮かぶものの、穴があるものばかりだ。少しでも不審に思われたらゲームオーバー。僕はひとり恋心を抱えて散る。
「頼む、応援してくれ!」
気がつけば、灯真が僕に頭を下げ、手を合わせていた。ちらほら聞こえてきた内容とさっきの『佐藤さんが好き』発言から、告白や気を引くための手伝いをしてくれということなのだろう。
友人としては、積極的に応援するべきだ。その人の幸せを願える人を、きっと友人と呼ぶのだから。
僕は、どうしたい?
自分に問いかける。
これで僕の失恋は決まり、それでも恋愛を続けたいなら片想いだけという状況。それならせめて、友人として灯真の幸せを願うべきではないのか。好きなら、その人の恋も応援するべきじゃないのか?
──灰になる僕が、灯真に遺せるものはそれくらいだろ?
「ああ、任せてくれ」
僕は力強く頷いた。目の奥が熱くなる。灰色に染まった胴体上半身と右足をそっと撫でる。これが僕の、愛の形だ。
「ありがとう。じゃあ手始めに、佐藤さんのタイプとか割り出してくれない?」
「いや、僕話術とかないし。それは灯真のほうが得意でしょ」
「頼むよー、緊張して話題が全然違う方向に行くんだよー」
レベルの高い要求に、僕はブンブン勢いよく手を振る。僕は灯真としかまともに話すことができないのだ。すると灯真は困ったように僕の手をガクガク揺さぶる。
ひそひそ恋バナをする僕たちは、どこからどう見ても親密な友人だった。
「え」
そろそろ寒くなってきた秋の昼下がりだった。ふたりで昼ごはんを食べている最中に、灯真はささやいた。聞きたくなかった言葉に動きが止まり、箸を落としかける。佐藤さんというのは、灯真がよく視線を向けていた学級委員長である。フルネームは佐藤理花だったはず。
「絶対誰にも言うなよ」
「絶対言わないよ」
こっちはそうしたせいでえらい目にあったのだ。こんなことをされれば誰だって懲りる。
……それよりも、今はこの状況をどうやって打開するかが先だ。
今なら返答が的外れなものになっても『驚いたから』でどうにかなる。それを利用して、僕はフルに頭を回転させた。
佐藤さんには好きな人がいるらしい。そう言ってみるのはどうだろう。──『好きな人がいる』という情報だけだったら、自分じゃないかと期待するだろう。抑止力にはならない、却下。
だったらいっそ、具体的に誰かの名前を出してみてはどうだろうか。──あの声がまた現れるかもしれない。恋愛するどころじゃなくなったら本末転倒だ。却下。
学生の本分は勉強だからと言ってみるか? ──固いやつだと思われて、一気に好感度が下がるかもしれない。これも却下。
驚いたわりに頭が回るのは、こうなることを予測していたからだろう。しかし予測できていたからといって、受け止められるとは限らない。
現に案こそは浮かぶものの、穴があるものばかりだ。少しでも不審に思われたらゲームオーバー。僕はひとり恋心を抱えて散る。
「頼む、応援してくれ!」
気がつけば、灯真が僕に頭を下げ、手を合わせていた。ちらほら聞こえてきた内容とさっきの『佐藤さんが好き』発言から、告白や気を引くための手伝いをしてくれということなのだろう。
友人としては、積極的に応援するべきだ。その人の幸せを願える人を、きっと友人と呼ぶのだから。
僕は、どうしたい?
自分に問いかける。
これで僕の失恋は決まり、それでも恋愛を続けたいなら片想いだけという状況。それならせめて、友人として灯真の幸せを願うべきではないのか。好きなら、その人の恋も応援するべきじゃないのか?
──灰になる僕が、灯真に遺せるものはそれくらいだろ?
「ああ、任せてくれ」
僕は力強く頷いた。目の奥が熱くなる。灰色に染まった胴体上半身と右足をそっと撫でる。これが僕の、愛の形だ。
「ありがとう。じゃあ手始めに、佐藤さんのタイプとか割り出してくれない?」
「いや、僕話術とかないし。それは灯真のほうが得意でしょ」
「頼むよー、緊張して話題が全然違う方向に行くんだよー」
レベルの高い要求に、僕はブンブン勢いよく手を振る。僕は灯真としかまともに話すことができないのだ。すると灯真は困ったように僕の手をガクガク揺さぶる。
ひそひそ恋バナをする僕たちは、どこからどう見ても親密な友人だった。
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