僕の恋は死の病

慈こころ

文字の大きさ
上 下
5 / 8

第二章・後編

しおりを挟む
「俺、白石灯真。席近いし、これからよろしくな」

 軽く明るい笑みをこちらに向ける、顔の整った少年。たまたま僕が灯真の前席に座っていたことから、僕たちはよく喋るようになった。
 僕は恋をして灰色になるのが怖くて、男とは喋らないようにしていた。かといって女子ばかりに話しかけると変なやつ扱いされるし、別に話題が合うわけでもない。特に灯真は見た目も性格もよかったし、このままいけば恋に落ちる可能性も考えられた。

 今まで通り、誰とも親密にならないように。間違っても、恋になんて落ちないように。

 僕は細心の注意を払っていたのに、灯真は違った。僕の塩対応も気にせず、灯真はことあるごとに話しかけてくる。わけがわからなかった。
 僕からして不思議極まりない行動が気になり、一度聞いてみたことがある。どうして、そんなにも僕に話しかけてくれるのかと。

「仲良くなりたいからに決まってんじゃん」

 灯真は真剣に聞いたことがバカらしくなるほど、あっけらかんとした口調で答えた。

 ──こんな僕でも、仲良くしてくれるのか。

 心を開いた瞬間だった。
 それから、僕はさまざまなことに気がつく。もちろん人気がある人ともよく会話しているのだが、機会を見つけては僕みたいな浮いているやつに話しかけ、会話を盛り上げている。前のクラスでは全然笑わなかったやつが心底楽しそうにしているところを見たとき、尊敬の念を灯真に抱いた。

 尊敬が恋に変わるのは、案外早かった。

「俺、凪のこと好きだわー」

 軽い口調から、その言葉が恋からではないことを悟る。理性は『違う』と叫んでも、本心は『もしかするんじゃないか』と期待を抱いた。

「何ぽかんとしてんだよ。ほら、この前英語のスピーチあったろ。あれ、すごいなって思ってさ」
「ああ……。かなり練習したからね。みんなも練習すればできるようになるはずだよ」
「そこに練習できるのがすごいんだよ。それに、英語できるのに全然自慢しないじゃん。そこが好きだって話してんの」

 灯真は屈託のない笑顔でへへ、と笑う。そのスピーチは、灯真の友達としてできることをしようと努力したものだ。だから余計に嬉しかった。

 少なくとも、恋に落ちるほどには。

「凪も頑張ってるし、俺も頑張るかぁ。わかんないことがあったら聞いてもいい?」
「全然、いつでもいいよ。……あ、そうだ。LINE交換しない?」

 これがチャンスだ。僕は勢いのままスマホを取り出し、交換を迫る。灯真は嬉しそうにニコニコしながら「ありがとう」と言ってくれた。口の端は、震えていない。

 交換して、微笑む。これが僕たちが仲を縮めるきっかけになった出来事だ。


 思い出すだけでも幸せの波が押し寄せ、不安を洗い流す。いつの間にか燃えるような焦りも消えており、呼吸はいたって正常なものになっていた。

 ふっ、と笑みを零す。灰色が広がっていなければ、完璧だった。背中に触れた指は、もうじき背中全体が灰色に染まることを告げる。

「……戻るか」

 ひとり呟いて、個室を出る。廊下は嵐の前のように静かだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

冬の水葬

束原ミヤコ
青春
夕霧七瀬(ユウギリナナセ)は、一つ年上の幼なじみ、凪蓮水(ナギハスミ)が好き。 凪が高校生になってから疎遠になってしまっていたけれど、ずっと好きだった。 高校一年生になった夕霧は、凪と同じ高校に通えることを楽しみにしていた。 美術部の凪を追いかけて美術部に入り、気安い幼なじみの間柄に戻ることができたと思っていた―― けれど、そのときにはすでに、凪の心には消えない傷ができてしまっていた。 ある女性に捕らわれた凪と、それを追いかける夕霧の、繰り返す冬の話。

通学電車の恋~女子高生の私とアラサーのお兄さん~

高崎 恵
恋愛
通学途中で会うサラリーマンに恋をした高校生の千尋。彼に告白するが、未成年であることを理由に断られてしまう。しかし諦めきれない千尋は20歳になる3年後のバレンタインの日に会いたいと伝え、その日が来るのをずっと待っていた。 果たしてサラリーマンのお兄さんは約束の日に、彼女の所に来てくれるのだろうか。 彼女の終電まで残り7分。あと7分で彼が現れなければこの長かった恋にお別れをしなくちゃいけない。

形而上の愛

羽衣石ゐお
ライト文芸
『高専共通システムに登録されているパスワードの有効期限が近づいています。パスワードを変更してください。』  そんなメールを無視し続けていたある日、高専生の東雲秀一は結瀬山を散歩していると驟雨に遭い、通りかかった四阿で雨止みを待っていると、ひとりの女性に出会う。 「私を……見たことはありませんか」  そんな奇怪なことを言い出した女性の美貌に、東雲は心を確かに惹かれてゆく。しかしそれが原因で、彼が持ち前の虚言癖によって遁走してきたものたちと、再び向かい合うことになるのだった。  ある梅雨を境に始まった物語は、無事エンドロールに向かうのだろうか。心苦しい、ひと夏の青春文学。

わたしの心中

木苺
ライト文芸
 心中して記憶を失ったカップルが、お互いの「底」を見ながら前の自分たちのために記憶を取り戻そうとする話。

わかばの恋 〜First of May〜

佐倉 蘭
青春
抱えられない気持ちに耐えられなくなったとき、 あたしはいつもこの橋にやってくる。 そして、この橋の欄干に身体を預けて、 川の向こうに広がる山の稜線を目指し 刻々と沈んでいく夕陽を、ひとり眺める。 王子様ってほんとにいるんだ、って思っていたあの頃を、ひとり思い出しながら…… ※ 「政略結婚はせつない恋の予感⁉︎」のネタバレを含みます。

透明少女症候群

塔野とぢる
ライト文芸
この世界の少女の何割かは、18歳を迎える頃、透明になって消えてしまう。

フィラメント

EUREKA NOVELS
ライト文芸
小桜 由衣(こざくら ゆい)は少し変わった女の子。 プライドだけは人一倍で怒りっぽく感情に流されやすい彼女は周囲と溝を作りながら生きてきた。独りで絵を描くことに没頭していたのだが、ある日—— 「障害と創作」をテーマにした短編。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

処理中です...