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2人でお買い物②

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「んー? だーれー? こんな昼間に」

 眠そうな女の人の声が聞こえてくる。

「俺だ! ジグだ!」

 店内は薄暗く、窓は完全に締め切られていて光がほとんど入ってこない。

「あージー君かーちょっとまっててー」

 ズズズ、ズズズ、ズズズ

 と店の奥から引きずるような音に耳を傾けるもうっすらと人影が見え始めた。

「おまたせー。むむっ。雌の匂いがするー」

「あ、初めまして、ジグさんのお手伝いをしてるリーンといいます」

 背の高い女の人だと思って、ペコリとお辞儀をしたのだが、その視線の先にあるはずの人の足が無く、かわりにあるのは蛇のような体だった。

 ひきつる顔を必死に抑え、顔を上げたつもりだったが悟られてしまったのだろうか? 眼力だけで呼吸が止まりそうだった。

「ちょっとジー君、誰? この子ー」

 言葉に少々殺気が混ざっている。

「最近雇ったんだ」

「はぁー聞いてないー。あたしが前にジー君のお店手伝うよーっていた時、断ったじゃーん。それなのになんでー?」

「前って、もう何年も前だろう」

「たった数年前でしょー? ジー君の尺度で言わないでー」

「そうだな、すまん」

 半人半蛇のラミア種は一応魔族という分類にはなっているが今となっては珍しい種族。
 
「リーン、こちら店主のヒンナさんだ。昔からお世話になってる」

「そーよー、ジー君がメソメソ泣いてた時も、あたしのとぐろの中でヨシヨシって頭撫でてあげたんだからー」

「ちょ、ちょと、リーンの前では」

「なによー本当のことでしょー。それともこの子の前では格好つけたいのー?」

「いや、リーンはまだ子供だから、そうゆう事はよく分からないかと」

「あのねージー君。雌なら分かるのよこーゆー事がどーゆー事なのか。ね、リーンちゃーん」

 おどろおどろしい真っ赤な瞳に体を縛られる様な感覚になり、頷くだけで精一杯だった。

「中古の瓶なら箱詰めされたのがいつものところに置いてあるから好きなだけ持って行きなさーい」

「お、おう。金はここに置いておくぞ」

 私も手伝おうと何とか右足を踏み出したが、太い尻尾で行く手を阻まれる。
 そしてまた体を縛られるような感覚に陥った。

「あの、何か?」

「あり得ないと思ったけど、あなた人族よね。どうやったのー?」

「そうですけど、何をでしょうか?」

「ジー君と仲良くなる方法」

 転生の話は出来ないが、嘘をついてどうにかなるものなのか分からず沈黙するしかなかった。

「はぁーずるいわー。ジー君あたしじゃダメなのかなー。前は人族に興味無かったと思ったのになー」

「そう、なのですか?」

「知らないでしょうねー。でも教えてあーげない」

 前世の記憶があってもジグの過去を全て知ってる訳ではない。そこで、私の前世の記憶を探ってみた。

 火事の事、名前、年齢、職業、性別ぐらいまでは分かっていたが、種族は思い出せてなかった。

 ジグが昔から人族に興味がなかったのであれば、シルニアは人族では無い可能性がある。

 それに気づき種族を思い出そうとしたが、そこの記憶はもやがかかったようになり思い出せない。
 名前を思い出した時のようにジグに言われないとダメなのかもと諦めた。

「ヒンナさん。2箱貰っていくね。リーン帰るぞ」

 その声で見えない拘束が解かれる。

「ジー君もう帰るのー? お茶でも飲んでいけばー?」

「すまない、ヒンナさん。まだ寄る店があるんだ。今度またゆっくり」

「約束よー」

 こちらもペコリとお辞儀をしてジグに続いてお店を出て行く。

 店が見えなくなるまで歩くと、ジグが口を開く。

「直ぐに種族わかっただろ?」

 あれだけ特徴的な体つきで分からないわけがない。でも今はそんなことよりも話したいことがある。

「私は行かない方が良かった気がする」

「でも早めに紹介しておきたかったんだ。後々だとなんか怖くて」

 こっちは既に恐怖を感じたことも知ってもらいたかった。

「ねぇ、ジグの知り合いに人族はいないの?」

「い、いるぞ。リーンとか、リーンのお父さんとか」

「他には?」

「……ギルドの受付嬢とか」

「仕事以外では?」

「……。」

「ヒンナさんが言ってたけど、昔ジグは人族に興味が無かったって。だから私を雇ったのはあり得ないって」

「そんなことをリーンに言ったのか……」

 ちょっと困った顔をしたが、歩きながら小声で話してくれた。

「実はな、俺は父親を6歳の時に、母親は15歳の時に亡くしてる。どちらも人族に殺されたんだ」
 
「ごめんなさい、知らなかったとはいえ……」

「謝らなくていい。むしろリーンには知ってて欲しいから話す。それで俺は人族が怖くなってな、あまり関わりを持たなくなったんだ。それでも両親がやってた店だけは守らなくちゃと思って続けてた」

「そう、だったのね」

「シルニアと出会ったのは1人で店を切り盛りして3年目ぐらいだったと思う。いつもの配達人が変わってシルニアが荷物を届けてくれたんだ。今でも覚えてるぞ」

「ねぇ、シルニアは怖くなかったの?」

「全然怖くなかったぞ、そりゃ雪兎族だからな」

 その言葉でもやが晴れる。
 やっぱり人族じゃなかった。

「そっか、雪兎族だったんだけ」

 雪兎族は亜人族の仲間で白い肌、ウサギ耳、そして体温が低い種族だ。

「シルニアは雪兎族なのに耳がそんなに長くないのを気にしていつも帽子かぶってたな。俺からしたら短い耳でも可愛いと思ってたぞ」

 前世の私の事なのに、何故か顔が赤らんでしまう。

「じゃ、なんで私は人族なのに平気なの? まだ子供だから?」

「んー何でだろうな? リーンは不思議と大丈夫だったんだ。子供にホットミルクを出したのもリーンが初めてだったし」

 シルニアの生まれ変わりだからと言われるのかと思ってたがジグの返答は違っていた。

「あ、そうそう。子供にホットミルク出すときはコップをよく洗ってよね。ちょっとお酒の味がしたんだから」

「あれ、そうだったのか? よく洗ってるつもりだったんだけどな。わりぃ」

 ふと思い出した、私と初めて出会ったとき飲んだホットミルクの味。

「でもありがとね。話してくれて」

「リーンにしか話せないな」

「なんで? ヒンナさんじゃダメなの?」

「この年になっても弱みを見せたらヨシヨシされそうでなぁ」

「いいじゃないヨシヨシ」

「それは俺の尊厳に関わるんだ」

 ジグのなけなしのプライドを見た気がする。
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