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乾いた怒り①

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 マインドプロンプトによって作成された精神体は七色に光る波に乗って進みつづける。
 その波が消えたところで本体との繋がりも途絶えてしまった。

《ご安心ください》

 不安な気持ちが伝わったのか、マインドプロンプトが気を使ってくる。

(本当に?)

《世界の外側と言えばよろしいでしょうか。例えるなら圏外のようなものです》

(懐かしい言葉使ってくれるね)

《ここから更に空間を跨ぎますのでご注意ください》

(注意しろって言われてもどうすりゃいいのよ)

 瞬きほどの暗転の後、七色の光とは違う見慣れた世界に目を疑った。

(あれっ……?)

 空は青いが太陽らしきものはなく、下に広がる水面は浅く波一つない。
 水平線は霧がかかった様によく見えないのでハッキリとした広さがわからない。

《到着いたしました》

(え? ここで合ってる?)

《もちろんでございます》

 探索スキルを使って周囲に誰もいないと思っていたが後ろから声をかけられる。

「迷子かえ? いったいどこから迷い込んできたでありんすかえ?」

 エネルギー体でしか入れない場所に物質体のまま存在している。

 朱い羽織のような服に赤の長い髪、濃く沈むような紅の瞳は見えないはずのエネルギー体の私を真っ直ぐ見つめてくる。

《対象者、クレア・シエヴィスです》

 鑑定眼で確かめるまでもなく、マインドプロンプトが教えてくれた。

「……!」
 
 声を出そうにも、エネルギー体のままだと発することが出来ない。

(ちょっと、私に肉体作ってよ!)

《かしこまりました》

 エネルギー体を包むように物質体が構成され、おまけに可憐なドレスを着飾っている。

(ちょっと、いつもの冒険者姿でいいのに)

《お似合いですよ》

 最近のスキルはお世辞を言うようになったらしい。
 
「他人の夢の中で器用なことをしなさんす」

 私の姿をまじまじと見てくるクレア。
 
「はじめまして、ケーナっていいます」

「あぁ驚いた。言葉が通じるとは思いもしなかったでありんす」

 紛れ込む迷子は言葉の通じない相手ばかりだったのだろうか、紅の瞳を丸くしている。

「ケーナは、どこから来たでありんすか?」

「メルクレシアという場所です」

「やはりそうでありんすか。どおりで……。しかしこんな所に迷い込むなんて傾奇者よのぉ。わっちはクレアでありんす、できれば仲良くしてくりゃれ」

「こちらこそ!」

 想像してたよりずっと親しみやすい。憤怒の魔王と言われるのが不思議なぐらいだ。

「質問いいですか?」

「なんでもござれよ。誰かと話すのはいつぶりになろうかのぉ……」

「夢の中って、クレアの夢の中なのでしょうか?」

「それは違いんす。わっちの夢ではありんせん」

「じゃあ、誰のです?」

「忌々しい魔導士でありんす」

 この忌々しい魔導士に思い当たるのは魔王クレア討伐パーティーにいた六大魔導士ぐらい。魔王クレア討伐後消息不明になっているのは知っている。

「その魔導士の夢の中ってことでしょうか」

 呆れるようなため息とともに大きく頷いている。
 
「安心しなんし。ケーナはその大魔導士の意思とは別、そのうち出て行くことはできんしょう。これまで迷い込んできた者もいつの間にかいなくなったでありんす。でも元いた場所に帰れたかはわかりんせん」

 私が偶然来たと思い込んでるようだった。
 そろそろこちらの事情を話さなければとおもい、様子を見ながら話しをつづける。
 親しみやすさで忘れそうになるが目の前にいるのは誰もが恐怖する憤怒の魔王。
 だとしても最初はお友達になることから始められそう。

「なんと! わっちのことを憤怒の魔王と知りつつこんな場所まで来てわっちと友達になりたいなんて!! 後にも先にもここまでの傾奇者はケーナしかいんでありんす。喜んで承知するでありんす」

「ありがとうございます。……まぁここに来たくても普通は無理ですからね」

 普通じゃないのはバレても仕方ない。
 
「折角来たでありんすから、帰る前にあちらの事を少し教えてはくりゃせんか?」

 何を話そうかと思ったけれど、ここにいつまで居ることができるか分からないので無意味な雑談は省略させてもらう。

「実はクレアが聖剣の勇者に討伐されたことになっていまして……」

「やっぱり、そうでありんしたか。あの役立たずが真の勇者になったんでありんすか」

 この程度ではまだ怒っていない。予想していたのかもしれない。
 あの勇者は役立たずだったのか。

「その後シェヴィスの名を持つ者は粛清されました」

「そんなことまでしたでありんすか。勇者に箔を付けるためとはいえ命をぞんざいに扱うことは許されることではありんせん……」

 悲しんでるのか。怒ってはいないようだ。

「でも1人だけ粛清から逃れた者がいます。ヨーシエヴィスという者ですがクレアに会ってみたいといってまして――」

「その者には……わっちのせいで辛い思いをさせてしまったでありんす。いまさら合うわけにはいきんせん。どうせここから出ることも儚き夢でありんすよ」

 生き残ってくれて嬉しいというより申し訳ないといった感じなのだろうか。もっと興奮したり涙したりするかと想像していたけど違ったようだ。
 それにここから脱出するということまで諦めきっているようにも見える。

「ここから出られないって何故でしょうか?」

「ここは大魔導士の夢を使った魔法であるのは確かでありんす。その者が夢から醒めることでこの魔法が解除されると本人から聞いたでありんす」

「その大魔導士を探し出し叩き起こせばいいのね」

「それも無理でありんす。その魔導士がわっちに魔法の話をした後この夢の中で自害してしまったでありんす」

 外との一切の繋がりを絶つために自ら死を選び永眠することで二度と目覚めない夢
を完成させる。更に夢の中で自害することで蘇生もさせない。魔王クレアを絶対に外に出さない意思が感じられる狂気の魔法。

「使用者が死んでも発動し続ける魔法があるなんて……」

「わっちが使える魔法やスキルではここから出ることはできんでありんす」

 色々試したのだろう。もう打つ手なしの状態なので諦めてしまったのかもしれない。

「ここからクレアが出る方法ってあるのですか?」

「無い が答えでありんしょう」

 だとしてもこの場所が完全無欠ではないことは私を含め迷子がときどき来るということが証明している。
 魔王クレアに夢中すぎて第三者の侵入を考えていなかったのかもしれない。
 それなら隙は十分にある。

 六大魔導士という肩書を持つ者が魔法や魔術に特化した者だと言うことは重々承知している。ただこの六大魔導士は自分達以外に魔法や魔術そしてスキルを得意とする者がいると言うことを知らなすぎる。
 ちょっとはミストのように魔法の交換でもして見分を広めた方がいい。

「ちょっと見てて」
 
 スキル空間収納を発動させる。取り出したのは収納内に入れっぱなしになっていた薬草。

「薬草でありんす」

「うん、普通に取り出せたね。今度はこれを」

 また空間収納を発動させ薬草をしまう。

「アイテムボックスは知っているでありんす」

「それがここで使えるってことが重要なんだよ」

 私のスキルを阻害するような感じは一切なかった。だとするなら収納する対象をクレアにするだけだ。

「クレア、もし良かったら私のモノにならない?」
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