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帝王の空論

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「魔王様から贈り物がございます」

 じいが雅な黒盆を持って帝王のもとへ歩み寄る。
 盆の上に乗っているのは質素な腕輪。送り主はケーナだという。

「もしや気にしていたのか、律儀なところを見せてくれる。そこまでする必要などないというのに」
 
 ケーナのせいで帝王が装備していた腕輪が使い物にならなくなったので、それを弁償するために送ってきたのだ。

「じい、この腕輪、どうだ?」

 眉間にしわを寄せながら、険しい視線で腕輪を見つめながら答えた。

「これがただの高価な腕輪でしたら他の国のように媚びを売っているだけかと思います。しかしながら腕輪を城にいる解析士や鑑定士達に調べさせましたが、知ることのできた情報はほんの僅かでした」

「僅かでも分かった事はなんなのだ」

「高い魔法耐性のアビリティが付与されている腕輪型の魔道具ということだけです」

「で、分からないことは何なのだ?」

「どの程度の魔法まで耐えることのできるのか分かっておりません」

「たかが腕輪のアビリティで上位の魔法に耐えられるとでもいうのか」

「レベルの低い兵士に腕輪を付けさせ性能を確認いたしました。上位のファイアボールを無効化できております」

「なっ! ありえるのか?」

「無効化できてしまったのは事実です。1度や2度の奇跡でもございません。付け加えると他の属性による優劣もございません」

「じいよ、これと同じ物は作れぬのか? 全部隊は無理でも精鋭に持たせたい」

「……残念ながら、まずこの腕輪の鉱物が何なのか分かっておりません」

 銀色に輝く腕輪は一見磨いた鉄のようにも見える。

「ミスリルなどではないのか?」

「希少なオリハルコンやアダマンタイトの可能性も考慮しましたが、それも違うようです。腕輪自体に隠蔽アビリティが付与されているせいで不明な点が多々ある状態です」

「はぁ……贈り物1つで騒がしてくれるの」

「いかがなさいますか?」

「これは元々まろに宛てた物であろうからな、使わせてもらう。……もしこれが量産できてしまったら東の魔女たちは生きた心地がしないであろうな」

「しかし、どうして魔王様はこれ程の物を我が国に……」

「逆だ、じいよ。この程度の物であるなら他はどうであれ魔王にとっては取るに足りないことなのであろうな。あの魔力を間近で感じた者であれば分かるであろう」

「左様でございます……」

 地下で起きたことを思い出す2人。
 漏れ出た魔力に溺れるという前代未聞の経験のおかげで、魔王の本当の強さを垣間見ることができたのは、今後の繋がりを保つ上でも有益なことだと認識していた。

「同盟の話は公にしないことにしていたが、いっそのこと公開してもいいのかもしれんな」

「しかし、それにはあの魔王様の強さを他国も知っていることが前提になりますので、今はまだ難しいかも知れません。それに魔王様はあえて強さを隠しているようにもうかがえました。そのほうが都合がいいのでしょう」

「まろのような者は、あの見た目に惑わされて声をかけてしまうからな」

「あ、いえ、そのような……」
 
「その通りだと思うぞ、皆があの少女の面に騙され手のひらで転がされてしまうかもしれぬ。もしかしたらそのほうがこの世界は上手く行くかもしれんぞ」

「魔族や亜人族を束ね魔王になり、そして大国の4人を従わせることができれば……」

「前者は達成しておる。魔族らは強さに関して鋭い者たちだからな、本能で誰が真に強いか分かっておったのかもしれん」

「強き者に従う本能がここにきて真価を見せたということでしょうか」

「まろは従属とまでは言わなくとも、魔王の言葉を安易に無視できるとは思っておらん。怒らせるだけでも代償が大きすぎるであろうな」

「アヤフローラ教国は、既に軍や貴族が後ろ盾になっているところ考えると、教会も魔王側についている可能性があります」

「そうだな、ケーナ殿はアヤフローラ出身でもあるから、それを見逃すほど教皇ども馬鹿では無いだろう。むしろあの強さを知れば、聖女か女神として祭り上げたいぐらいかもしれぬな」

「問題になりそうなのはインテルシア魔導国ですか……」

「問題にはならぬさ。この腕輪、贈り物にするぐらいだ、ある程度の数はあると考えるぞ。それだとインテルシアを侵略することなど周遊のついでだろうな。あの魔女どもは魔法が効かぬ相手など存在しないと信じておるからな」

「となると、残るはオオイ・マキニド共和国ですが……あそこは金があれば誰でも国主に成れてしまう国ですので……」

「ああ、もし魔王に金の協力を願われたら国庫の半分を出すぞ」

「それ程まで!」

「もちろんだとも、金であの魔王に恩を売ることができるならこれ程楽なことは無い」

「となると……」

「5つの大国をまとめた魔王であるなら、小国などはどうにでもなる。むしろ反発した先は亡国の道しかないからな」

「不名誉で名を残したいと思う王など存じませぬ」

「愚王が1人でもいればいい見せしめになるだろうが、死ぬことが分かっているのにそこに飛び込む者がいるとは思えん」
 
「残る最後の問題は導師様たちでしょうか。魔王様がそのような行いをすることを眺めているわけはないと思います」

「あぁ、あの老いぼれのことか。残念だがあれはもうおらぬ。少し前に『魔王には今後一切干渉せず』といっておったからな。寝返ったのかと思っておったが……」

「なぜ導師様たちは……もしかして魔王様の力を存じていた?」

「可能性はあるかもしれぬが、そこは正直分らぬ。魔王と導師の接点があればこちらにも情報が入ってくるはずだからの。それでも無関係とは思えんな」

「…………もう、問題は思いつきません」

「おい! じいよ、それではだめだ。ケーナ殿が世界征服してしまうではないか! はっはっはっ!!」

 魔王の世界征服が笑い話になっていないことに大笑いをする帝王。

「頼みの綱は勇者ぐらいでしょうか」

「国と国の問題に勇者を引っ張り出すのか。それで魔王を討たせると。それがまかり通ってしまったら、各国の国王が勇者に殺されてもいいと言っているようなものだぞ。それだけはできぬであろう」

「ですが、魔王を討てるのは勇者ぐらいしか……」

「ケーナ殿が残虐非道な行いをくり返し、人々を悲しませ、多くの命を奪うようなことがあれば勇者が出てきてくれるかもしれぬな」

「……勇者の出番はなさそうでございます」

 ここだけの話でケーナが容易に世界征服できることが分かってしまった。
 
「だが本当にケーナ殿が世界征服をしてくれても構わんと思うぞ。それでドボックスの民が悲惨な目にあうような将来はないと思っているからの」

「それはいったい――」

「まろは命を救ってもらったから分かる、あいつは優しいぞ」

「左様でございましたね」

 しかしマローニアはケーナが世界征服しないと分かっていた。
 短いながらもケーナと会話を重ねたことで気づいたことがあったからだ。

 ドボックスでの国の仕事から逃げるように他国へ遊びに来ているケーナが、世界征服をしてその管理を自らやろうと思うのかどうか。

 仮に自ら進んで管理したいと思っているのであれば、既に世界征服は終わっていて、直接会った時に精神支配の魔法の1つでも受けていておかしくはない。

 今、自由に発言が出来ているということはそういうことだ。

「そろそろ、帝王としての仕事をこなすとするか。じい、今日の予定を申せ」

「はい、本日はまず――」
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