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第2章 魔術学院受験専門塾

44 通過点

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 12名の卒業生への卒業証書の授与が終わると、ノールズは壇上に立ったまま1期生たちへの送辞を述べ始めた。

「まずは卒業生諸君に一言。この1年間よく頑張った。1人でも不合格者が出ればそもそもこの謝恩会は行われないはずだったから、俺は今この瞬間ここに立っていられることが本当に嬉しい。大陸東部や南部の魔術学院に下宿して通うことになった卒業生もいるが、どの地方であれ今現在のエデュケイオンにある私立魔術学院で難関でない学校は一つもない。お前たち全員に自らの勝利を祝う資格があることは間違いない」

 既に感涙にむせび始めていた卒業生や講師もいる中で、ノールズは真剣な表情のまま続きを述べた。


「だが一つ勘違いして欲しくないのは、魔術学院への合格はあくまで人生の通過点であり終着点でなければ折り返し地点ですらないということだ。旧大社きゅうたいしゃだろうが御三家だろうがその他の私立魔術学院だろうがお前たちの目標はあくまで優秀な魔術師になることであって、その成否は進学後の努力にかかっている。これは俺がケイーオ私塾出身の魔術師だから言えることだが、私立魔術学院で最も入試難度の高いケイーオ私塾に進学できた魔術学生でも入学後にパッとしない奴や魔術師になれずに退学してしまう奴は普通にいる。かと思えば大陸北部や南部の私立魔術学院を出ていても大陸中にその名をとどろかせている魔術師もいる。俺だってまともな戦闘魔術師としてやっていけなかったから今ここで塾長をやっている。その結果が成功か失敗かはこれからの俺の努力と講師の先生方の尽力にかかっている。名門校を出ているから成功できるという訳じゃないんだ」

 卒業後の心構えについて語ったノールズの言葉に、12名の卒業生全員が耳を傾けた。


「魔術学院は決して楽な場所じゃない。1年生の時から大量の講義と実習と試験に放り込まれて、少しでも試験に不合格になればそのまま留年だ。課外活動や時限労働もやろうと思えばもっと忙しいし、戦闘魔術の実習では命を落とす危険性さえある。その生活が6年間続いて、卒業できても大陸魔術師試験に合格できなければただの人だ。そして合格できても最低2年間は研修を受けなければ一人前の魔術師にはなれない。つまりお前たちは最低でもあと8年間は見習いの立場だし、見習いから脱しても努力し続けなければ凡庸な魔術師にしかなれない。それを考えれば魔術学院への合格など通過点でしかないと分かるだろう?」

 そこまで話すとノールズは懐から陶器製のさかずきを取り出し、目の前の台に置いた。


「そういうことを踏まえて今日は楽しく飲み明かし、お前たちの今後を祝福しようじゃないか。それでは乾杯!!」

 乾杯! の掛け声のもとに成人している卒業生は酒を、そうでない卒業生は果汁飲料をかざして杯と杯をぶつけ合った。


 その日は夜遅くまで宴会が続き、チューターとなるイクシィを除いては今日で別れることとなる卒業生と講師たちは感動に泣き、笑い、熱く未来を語り合った。




 夜の21時を過ぎて、先に講師の控室に戻っていたユキナガのもとをエレーナとイクシィは2人で訪ねていた。

「ユキナガ先生、これから卒業生12名で近くの酒場に移動するのですが一緒にいらっしゃいませんか? アシュルア先生とヨハラン先生も来てくださるそうです」
「誘ってくれてありがとう。ただ、実はこれから新規入塾生の面談があってね。お父様の仕事が夜遅くまであってこんな時間からなんだ」
「そうなんですか。道理でお酒を飲まれていなかった訳ですね」

 興奮冷めやらぬ中、皆で酒場に行こうと誘ってくれたエレーナにユキナガはこれから面談がある旨を伝えていた。

 ユキナガは普段から宴会でしか酒を飲まないが、今日は夜遅くの面談に備えて大事な謝恩会でも酒を飲んでいなかった。

「ユキナガ先生、良かったら俺も面談を見学させて貰えませんか? 来月からチューターになるので、今のうちに経験を積めればと……」
「気持ちは嬉しいが、今日は流石にいいよ。教える側の経験はこれからいくらでも積めるから今日は卒業生として皆と楽しんできて欲しい。そうだな、私も面談が早めに終わったら合流しよう。これでどうかな?」
「ありがとうございます! すぐ近くの酒場なので楽しみにお待ちしてますね」

 イクシィは嬉しそうに言うとエレーナと共に控室を立ち去り、ユキナガは彼らの背中を微笑ましく見送った。


 チューターになるイクシィとはこれからいくらでも話せるが、他の11名とはしばらく会うこともなくなる。

 面談が早めに終わったらノールズも誘って酒場に行こうと考えて、ユキナガは既に入塾を決めている狼人生とその保護者との面談に向かった。
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