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第2章 魔術学院受験専門塾

33 脱走

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 その翌日、休息日の外出を終えて15時過ぎに帰ってきたエレーナたち女子生徒にユキナガはねぎらいの言葉をかけていた。

「お帰り、エレーナさん。今日も息抜きできたかい?」
「ええ、女子生徒だけで集まって亜人語の演劇を見てきました。解説冊子を見なくても聴き取れる部分が結構あって、頑張って勉強してよかったと思いました」
「それは素晴らしい。受験生活は大変だけど勉強をするのは魔術学院に合格するためだけじゃないからね。数術の勉強も理論魔術の勉強も、必ず日常生活で役に立つことがあるよ」
「ですよね。お料理にも魔術の概念は応用されてますし、私も魔術学生になったら自炊してみたいです。晩ご飯まで自習してますね」

 エレーナはそう言うと友人たちと共に自習室へと歩いていき、ユキナガはその光景を微笑ましく見守っていた。


 それから16時になり自習室の様子を見に行こうとしたユキナガは、反対に自習室から出てきたヨハランに話しかけられた。

「ユキナガ先生、お伝えしなければならないことがあるのですが……」
「どうされました?」
「実は、生徒のうちイクシィ君だけがまだ帰ってきていないのです。普段は一緒に遊びに行っているという男子生徒たちに聞いてみたのですが今日のイクシィ君は一人で行きたい所があると言って途中で別れ、どこに行ったのか彼らも知らないというのです」
「それは心配ですね。ただ、イクシィ君は前にも道に迷って10分ほど帰りが遅れたことがありますからもう少し待ってみましょう。生徒たちに余計な心配を与えてもいけませんし」

 ユキナガの意見にヨハランも同意し、それからユキナガは自習室の見回りをヨハランに任せて「魔進館」の玄関口でイクシィの帰りを待った。

 しかしイクシィは17時を過ぎても現れず、塾生たちの間ではイクシィが脱走したのではないかという噂が流れていた。


「おいユキナガ、イクシィはどうも脱走したらしい。アシュルア先生が自警団に聞きに行ってくれたが、この辺りでは今日特に事件は起きていないと言われたそうだ」
「やはりそうですか。交通事故などに巻き込まれた訳でもないとなると……」

 エデュケイオンには警察組織として各都市が設置している自警団があり、中央ヤイラムとその隣接地域で事件が起きればその情報はすぐに届いているはずだった。

「もうすぐ夕食だがイクシィを放置して飯にする訳にもいくまい。ヨハラン先生に生徒を任せて、今から俺たち講師総出でイクシィを探そうと思う。ユキナガにも協力を頼みたい」
「分かりました。その前にこの辺りの地図を見せて頂けませんか? 私はまだ地理に詳しくないもので」
「もちろんあるぞ。俺たちも見ておきたいから講師控室に持ってくる。その間にヨハラン先生以外の講師を集めておいてくれ」

 ノールズの指示を受け、ユキナガは今現在魔進館にいる講師全員を控室に集めた。


「これが中央ヤイラムとその周辺の地図だ。イクシィがいるとすればヤイラム宿場しゅくばかクルザーの街が候補になるが……」
「どちらも安価な飲食店や宿屋が多くありますね。……ノールズ先生、ここは一体?」
「マニングスの街か? かなり遠くなるが、その辺りには歓楽街が広がっているはずだ」

 木製のテーブルに広げられた地図を見て、ユキナガは地図の端にある街を指さした。

「なぜかは分かりませんが、イクシィ君は必ずここにいるような気がするのです。その根拠は分からないのですが……」
「塾生が一人で行くには遠すぎるようにも思うが、ユキナガ先生がそう言うからには何かあるんだろう。よし分かった、俺とユキナガ先生はマニングスの歓楽街に行くから、アシュルア先生とメトー先生はヤイラム宿場を、他の先生はクルザーの街を探してくれ。22時までに見つからなかったらその時は魔進館まで戻ってくれ」
「分かりました。ノールズ先生もお気をつけて」

 アシュルアをはじめとする講師たちはそれぞれ指定された場所にイクシィを探しに行き、ユキナガはノールズの後に付いて徒歩で1時間ほどかかるマニングスの街を目指すことにした。


 ユキナガは地図を見た時、ただ1点にイクシィの気配を感じ、その直感を信じて彼を探したいと考えた。

 その直感が自身に秘められた魔力によるものだということを、今のユキナガは知らない。
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